01.奇跡を演出して
昼食を食べるには未だ早い時間帯に、その三人は王都の商業地区に来ていた。
魔道具工房を訪ねるためだったが、妙齢の女性が親戚の男子を連れて買い物に来たような光景ではある。
もっとも妙齢といってもその女性は三十代前半で、ハーフドワーフ故の特性で二十代に見えているのだが。
「先生、やはり先ほど通り過ぎた店だったのではありませんか?」
「クルト先輩よう、無駄だぜどうせ。ドワーフの血が入った女は、どんな見てくれをしてても結局他人の話は聞かねえんだぜ。地元でもそうだったじゃねえか」
「そうは言ってもだなマクス、言うべき時は言った方がいいだろう?」
「労力の無駄なんだぜ? 俺様のクラスにもたぶん若干一名いるんだよなあ」
そんなやり取りをしながら、クルトとマクスは先頭を歩くマーゴットの後をトボトボと付いていく。
だが二人のやり取りがたまたま耳に残ったのか、マーゴットが振り返ってマクスに告げた。
「なんだいマクスくん、いまの言い方だとわたしの見てくれは内面よりはマトモそうというふうに聞こえるね? これは喜ぶべきなのかな?」
「好きにしてくださいよ先生。 俺様は今日はクルト先輩の付き添い兼、王都の魔道具屋の見学がメインなんだぜ。先生への提案は特に予定してないんだぜ」
「ふふ、きみと話していると地元に戻ったみたいだよ」
「俺様もなんだぜ」
機嫌良さそうに微笑むマーゴットに対し、マクスは少々くたびれたような表情を浮かべた。
彼らが再び商業地区を歩き始めると、突如普段味わうことの無い気配を感じた。
その気配で彼らは足を止める。
「今の気配は何でしょうか?」
「魔力……、いや、違えな。神気って奴か?」
「マクスくんが正解だろうね。けれど、わたしが王都に住み始めて、こんなことは初めてだよ」
当惑するクルトとマクスにマーゴットが応じるが、彼女は以前教会で神官が使った神術のことを思い出していた。
三人の感覚では先ほど感じた神気はやや弱まったものの、相変わらず一定の方向から発せられている感じがする。
「これはちょっとヘンかな」
「何が変なんだぜ先生?」
「距離と神気の強力さが釣り合わないという感じか。正確な距離は分からないけれど、この神気が出ている地点から相応に距離があるように感じられる。わたしは感覚的な話は好きではないけれどね」
「私も同感です。ただ、方角的には王立国教会の本部がある方向でしょうか」
「何だ? 教会が“奇跡”でも呼び寄せたってことか? クルト先輩よう?」
マクスの言葉にクルトとマーゴットはそれぞれ腕組みして考え込む。
だが、現状では情報が少なすぎると直ぐに結論する。
「マクスくんの問いは興味深いけれど、いまはリスクを考えるべきだと思う」
「私も先生に同感だ。ここまで来ておいて残念だが、一度学院まで戻ろう」
二人の言葉にマクスは不満を露わにする。
「はあっ? なんでリスクなんだぜ? 神気って要は神の気配って奴だろ。いいことが始まるんじゃねえのかよ?」
そう叫ぶマクスに手を挙げて制し、マーゴットが諭す。
「気持ちはわかるけど、奇跡を『教会関係者が研究する“びっくりイベント”』って感覚で捉えるのは危険だね。神の種類にもよるけれど、場合によっては破壊をもたらす奇跡もあるからだ」
彼女の言葉を一瞬で理解したマクスは溜息をつく。
「そういう事なら仕方ないんだぜ。二人とも早く行くんだぜ」
マクスの言葉にマーゴットとクルトが頷いた瞬間、三人が居る地区のあちこちから叫び声が響いた。
「きゃああああああああ!」
「うわあああ! 何だお前は、うわっぎゃああああ!」
「こっち来るな! こっち来るな! こっち来るな!」
「イヤああああああああ!」
状況の変化を把握しようと周囲を観察しつつ、マクスは地元で喧嘩などの荒事に巻き込まれたときの空気を感じる。
そして【収納】から槌を二本取り出して両手に握った。
次の瞬間周囲の店から店員や客が道に飛び出ると、それを追うようにゆっくりとした足取りで翼を背負った人間のような姿の者が現れた。
「天使が出現した?」
呻くようにクルトが告げると、マーゴットが不思議そうな表情を浮かべつつそれに応じる。
「確かに、神学なんかの資料で見ることがある天使の姿をしているね」
突如出現した天使たちは白い肌に白い髪をしており、トガ――一枚布の上着を着て背中から羽根を生やしている。
瞳の色は個体ごとに異なり赤と緑と青の三種類ほどだろうか。
彼らの脚にはサンダルが履かれていた。
「一般的に、ダンジョンなどの遺跡で遭遇する天使は魔獣に分類されるよね。教会は否定しているけど、呼び出した者が制御していないときは暴力的に振舞ったりする」
マーゴットが淡々と語る合間にも、逃げる者の背中から天使が上半身を飛び出させている光景が見られた。
「人間から、天使が生えて来てるんだぜ?」
「どういう機序でしょう。人間の方は動けているようですし、魔力を使い切って倒れ込むということも今のところ無さそうです」
冷静に観察する三人だったが、彼らにゆらゆらと一体の天使が歩いて来て、突然マーゴットに殴りかかった。
「ちっ」
マクスが反射的に動こうとするが、マーゴットは左手を上げてそれを制する。
そして無詠唱で【収納】から剣の形をした魔道具を取り出し、その直後から制御を開始した。
「シュニッター・エルステからドライツェーンテまで使えば、大抵の魔獣には対処できるよ」
虚空に取り出された剣型魔道具は十三本あり、空中を正に切り裂くように飛ぶ。
そして瞬く間にザクザクと、マーゴットへ殴りかかった天使を解体していった。
天使は切り分けられた部分から、燐光を放ちながら虚空へと融けるように消えて行く。
マクスとクルトはやや呆然としながら、マーゴットとその周囲に浮遊する剣型魔道具を眺めていた。
「先生……。それって、『死神くん』って言うんだぜ?」
「壱号から拾参号まであるんですか?」
やや呆気に取られる二人の反応に苦笑しつつ、マーゴットが応える。
「わたしは武術は得意では無いからね。魔法工学の専門家らしく、魔力で制御できる飛行する剣を持っているのさ。魔力を纏っているから、天使のような精神生命体にも有効なんだ。性能試験では色々切ったなあ……。欲しければ研究室に行けばまだあるよ?」
「「いや、結構 (なんだぜ) (です) 、先生」」
「そうかい?」
取りあえずマクスとクルトは、マーゴットのネーミングセンスに若干引いていた。
「さて、二人とも、呆けて無いでこの場から移動しよう」
マーゴットの言葉に二人は頷き、学院に向かうべく移動を開始した。
王都の南門前では、突如現れた天使たちの姿に人々は混乱に陥っていた。
元々王都南ダンジョンに向かう冒険者が乗合い馬車の停留所前にいて、中には直ぐに抜剣して戦闘を始める者の姿がある。
それでも単純な物理攻撃では効き目が無いようで、好き勝手に暴れる天使たちを前に守勢の戦いを強いられる者も多く居た。
そんな中、ある瞬間に膨大な魔力の集中が成されたかと思うと、視界の範囲に水属性魔力が走る。
次の瞬間、その場の天使たちはその足元に発生した水属性魔力の塊によってその場を動けなくなっていた。
「よーし、効いたな。ディナ先生、俺の『罠魔法士』のスキルで足止めしたぞ! あとは鴨撃ちと変わらない!」
「分かりましたパーシー先生! 皆さん、聞きましたね? 二人一組で行動して、天使を狩りなさい! 魔力を乗せない攻撃は効果が薄そうなので注意するように!」
『はい!』
そこには王都南ダンジョンで合宿をするために、ルークスケイル記念学院の狩猟部の部員が集まっていた。
乗合い馬車を使って王都南ダンジョンに向かおうとしていた所に、騒動が起こったのだ。
あくまでも希望者の参加ということだったが十名弱の生徒が集まり、その引率に顧問であるディナが付き添っていた。
そして生徒たちにはディナの補佐と説明されたが、その場にはパーシーの姿もある。
生徒の中には『ディナ先生が彼氏を連れて部活の引率に来たのか』と思う向きもあった。
だが目の前で展開されたパーシーの、『罠魔法士』のスキル『設置敷設』の効果に評価を改める。
ここまでお膳立てされたら、あとは自分たち学生でも天使を狩れるだろう。
そう頭を切り替えた生徒たちは狩人の目に変わって弓矢を構え、天使狩りを開始した。
「やはりパーシー先生に来てもらって良かったです」
「そう言ってもらえると、俺も嬉しいですよディナ先生」
何やら見つめ合って甘い雰囲気を軽く漂わせたところ、狩猟部の生徒の一人が「先生たちも動いて下さい!」という叫びで二人は我に返る。
「コホン……、この分だと状況確認のために学院に戻るべきかも知れませんね」
「俺も同感です」
「まずはこの場を何とかしましょう」
「ええ」
ディナとパーシーは真面目な顔で頷き合い、その場の制圧を始めた。
ティルグレース伯爵家の邸宅内の執務室から、ラルフは窓の外を見ながら報告を受けていた。
魔法を使った連絡で、自家の“庭師”からの現地の情報を探らせている。
「――そうか、王家の皆様と教皇様の安全は確保されたのだな。――わかった、引き続き現地と王都内の情報を収集しろ」
ラルフは魔法を切り、執務室に集まった家族を見る。
「どうやら王立国教会前の広場では、奇妙なことが起きているようだ――」
そう言ってラルフはソファに座っている夫人のシンディと嫡子のウォーレン、そしてウォーレンの嫁であるシャーリィに告げる。
現場では賛神節のミサが行われていたが侵入者が現れ、多層式の【水壁】を発動して王家と教皇を囲む。
古エルフ族らしき侵入者は王に王家の責務の分散放棄を提案し、王がそれを拒否した。
侵入者が王との会話を終えて何らかの魔道具を使おうとしたところ、天空から光柱に貫かれて舞台上で磔にされ、高密度の神気を発し始めた。
「――なお、侵入者が磔にされる直前、『魔神の召命』なる宣言をする声があったそうだが、発言者は不明とのことだ」
ラルフの話に考え込む一同だったが、シンディが最初に口を開く。
「情報が足らない以上現段階では憶測にすぎませんが、その侵入者は神々かそれに類する存在に選ばれたと考えるところでしょう」
「あるいは、そう見せかけた逃亡手段という可能性はありませんか、母上?」
「侵入者が衆人環視のミサに現れた時点で、王家に物申すという行為自体を目的にしたと考えるべきですわ。当然その場合は脱出が課題となるでしょうが、奇跡を演出して逃亡するというのは奇妙です」
ウォーレンに問われて応えるシンディだったが、その言葉に一同は頷く。
「たとえ演出でも奇跡を行えるなら、神々の使いを名乗ってそのまま王家の皆様や教皇様と会談に持ち込んだ方が上策ですね、お義母様」
「ええ、そうなのですよ」
シンディはシャーリィの言葉に頷く。
「何れにせよこのまま情報を集め、必要に応じて王家に助力するぞ」
ラルフがそこまで話したところで執務室の扉がノックされた。
ラルフが入室を許可すると、副侍女長のアメリアが現れた。
「お話し中に失礼いたします。先ほど屋敷内に天使が現れて暴れ始めましたが、お嬢さま方によって討伐されました」
アメリアの言葉に一同は眉を顰めつつ、説明を促す。
どうやら先ほどから感じられる神気が発生した段階で、厨房を中心に突然人間から天使が生えてきたそうだ。
天使は暴れ始めたが、使用人が直ぐに応戦する。
だが物理攻撃が効かずに難儀していたところにキャリルがロレッタを引きずって現れ、瞬く間に魔力を纏わせた戦槌で撃破した。
「ただいまお嬢さま方は『屋敷内をパトロールしますわ!』と仰って、警戒に当たっております。なお、お嬢さま方には“庭師”二名とエリカを同行させております」
アメリアがそこまで説明するとラルフとウォーレンは苦笑いを浮かべ、シンディとシャーリィは満足そうな笑顔を浮かべた。
マーゴット イメージ画(aipictors使用)
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