13.分かれていてもいいのですわ
大人数で押しかけても変なプレッシャーをかけるかも知れないからと、サラとジューンは食堂で別れた。
ホリーに案内されて初等部の図書館に向かうとプリシラはすぐに見つかった。
キャリルが話をしたいことを告げると、分かりましたとだけ告げて、彼女が手にしていた本を片付けてから移動した。
図書館の建物の近くのガゼボのひとつが空いていたので、あたしたちはそこに入ってベンチに座った。
屋根があるため秋の日差しが抑えられ、より涼しく感じられる。
「それで、お話とは何でしょうか?」
相変わらず鈴の音のような声で、感情が制御された風にプリシラが問う。
「まず最初に、今からお話しすることはホリーに頼まれたから話すわけではありませんの。彼女から聞いたことで、わたくしが思うところがあって、お話したくなったのですわ」
「はい」
プリシラの返事にひとつ頷いて、キャリルが告げる。
「今朝の教室での出来事をうかがって、あなたが魔道具研究会への入部を止めたことを伺って、ご実家が北部貴族の重鎮ということも伺いました」
「はい」
「その上で問いますが、魔道具研入部をやめたのは部長が南部貴族の家の方だと知ったからですこと?」
「そうですね。……否定はしません」
あたしとホリーはそれぞれキャリルとプリシラの側に座っている。
「この国の貴族には『北部貴族』と『南部貴族』、そして『中立派』の三派閥がありますわ。……プリシラ、この国の派閥とは何か、考えたことはありまして?」
「この国の派閥、ですか。貴族をまとめるためにあると思います」
「わたくしも同意しますわ。歴史を紐解くまでもなく、ヒトは色々な大きさのグループを作って生きてきましたの。派閥もそういうものですわ」
「そうですね」
キャリルは、プリシラへ説教したいというわけでもなさそうだ。
だまってやり取りを見守ることにする。
「でも、そのグループが他を排除するだけのものなら、ヒトは野の獣と大差無かったと思いますわ。ですから、派閥とはそれを含む王国を護るために存在するとわたくしは思いますの」
「はい…………理解しました。……それでも、派閥は分かれています」
「分かれていてもいいのですわ。世が女だけなら、ヒトは子を成せませんですわね」
「そう、かも知れません」
地球の記憶では実験室レベルでは哺乳類の単為生殖は成功していた気がするが、当然あたしは黙っている。
「派閥が違うから排除しなければならないという考えは、毒のようなものだと思いませんこと?」
「毒? ですか?」
「毒です。派閥の違いでほかの派閥を許せなくなったら、北部は北部だけ、南部は南部だけで国を割ることになりますわ」
「…………」
「派閥が違ってもいいのです。わたくしは南部貴族の我が家を誇りに思いますわ。同時ににわたくしは、プリシラのお爺様であるキュロスカーメン侯爵閣下を尊敬いたします」
「私は……」
「あなた、北部派閥だけで学院を作りたいのですこと? ちがうでしょう? 大切なのは、プリシラ自身が北部貴族であることの誇りを保つことですわ!」
「……考えています」
「そういえば……コウが入学式で言っていましたわね。『上でもなく下でもなく前を見よう』でしたかしら。大切なのは、あなた自身ですわ。ですから……そうですわね。魔道具研に入りたいのなら、難しく考えなくていいとわたくしは思いますわ」
「そう、ですか。……少し、考えてみます」
「ええ」
そこまで語ってから、キャリルは右こぶしを出した。
「ええと、これは?」
「プリシラもこぶしを出しなさい」
当惑しながらプリシラが右こぶしを出すと、キャリルはグータッチをした。
「武門の家では、仲間にはこうするのですわ。あなたは北部貴族です。でも、わたくしにとってはこの学院の学友です。これからよろしくお願いしますわね」
そこまで告げてからキャリルは立ち上がった。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
プリシラもまたベンチから立ち、柔らかく微笑んだ。
ちなみにそのあと四人で改めてグータッチした。
侯爵令嬢がグータッチするのはいいんだろうかと思ったが、とりあえず気にしないことにした。
後日ジューンとサラから、プリシラが魔道具研究会に入部したことを聞いた。
「そうなんや。プリシラちゃん、やっぱ縛られとったんや……」
「そうですわね。頭が固すぎるのですわ」
「でも、キャリルがそう伝えたなら、大丈夫なんじゃないんですかね」
「あたしも大丈夫だと思うわ。正直、自分でカベを作ってたら学院生活とか大変なだけじゃん。ラクこそ正義! ……とおもうんだけど」
「何やろう……。ウィンちゃんが言うとものすごい説得力や思うわ……」
放課後になってあたしたちは部活棟へと移動していた。
トレーニングに向かうのだろうか、すでに運動部の生徒たちが構内を走り回っていたりする。
「今回身近なところで貴族派閥の話が出てきたでしょう? そういう話って、学院内で誰かが調べたり管理してるのかな?」
今後のあたしの調査にもかかわる話だ。
「先生方は把握しているかも知れませんわ」
「そうですね。あとは、……生徒会とか、意外と調べてるかもしれないですね」
「あーそやな。学生同士の揉め事とかの原因で派閥の話が絡むようなことがあったら、あらかじめ知らんかったらヤバそうやね」
「確かにねえ……」
生徒会か、いちど当たってみようか。
丁度というか、プリシラのことがあったし名前を出さずに相談ということで行ってみてもいいかも知れないな。
あたしたちがそんなことを話していると部活棟に着いたので、それぞれの部室に向かった。
今日はキャリルと武術研究会の部室に顔を出してみた。
部室にはすでにコウとカリオが来ていて、先輩から説明を受けている。
先輩の名前はたしかライナス・ディーンで、高等部一年の男子生徒だ。
あたしたちに気づいたコウが先輩に一声かけてから、話しかけてきた。
「やあ、キミたちも来たのかい? いま先輩から説明を聞いていたんだ。一緒に聞かないかい?」
「そうですわね。途中からでもよろしいのですの?」
キャリルが問うが、先輩が大丈夫だというので話を聞いてみる。
「改めて説明すると、武術研の主な活動は二つと、付随する活動が二つある。主な活動は、武術を互いに教え合うことと、体術の授業でやってるディンルーク流体術の鍛錬だ――」
先輩によれば、付随する活動は地属性魔法の【回復】でケガを治して回復魔法の習熟度を上げることがあるらしい。
もうひとつの付随する活動には、部活で使う武器はすべて木材を切り出して自作するので、様々な武器の理解を深めることがあるそうだ。
「あと、互いに武術を教え合うことだけど、それぞれの流派には外部に出せない秘伝のようなものがある。だからスパーリングなどで手を抜いているように感じることもあるかも知れないけど、それはお互いさまということで見逃すようにしてほしい」
たしかにあたしの月転流にしても、バンバン全力で戦って技を見られるのは望ましくないとおもう。
べつに、サボりたいってわけじゃないんだからね。
その後、部室の隣の保管庫に移動して木製の様々な武器を眺めつつ、あたしたちは自分の練習用の武器を手に取った。
あたしは短剣二本でコウが木刀一本、キャリルが戦槌一本だったが、カリオは格闘武術なので武器は不要だと言っていた。
コウは木剣だけではなく木刀があることに感心していた。
先輩の案内で部活用の訓練場に移動するが、訓練場は武術関係の室内練習で使う施設のようだ。
ほかには部活用の体育館があるとのことだった。
訓練場ではほかの生徒たちが身体を動かしている。
「それでだ、新入生の君らはしばらくのあいだは、武術研に来たら高等部の生徒をつかまえてほしい。回復魔法が使えるから、何かあっても初期治療ができる」
「「「「わかりました」の」」」
「ここからは見学してくれてもいいし、他のやつをつかまえてスパーリングをしてくれてもいい。うちはケガの回復やその手伝いは義務にしてるけど、それ以外は見学だけも認めてるんだ」
あたしたちは話し合った結果、一本先取するまでのスパーリングをすることになった。
コウがあたしと立ち合い、キャリルがカリオと行うことを決め、まずあたしたちがやるのを見ていてもらうことにする。
互いに開始位置に立ち、先輩の合図で始まった。
立会ってみて思うが、刀を構えるコウには隙が無い。
だが見つめ合っていても終わらないので、両手に短剣を持った状態で無造作に歩いて近寄る。
時おりあたしを撫でたりつつくような魔力の動きが迫るが、実戦なら魔力の刃で斬撃や刺突技を繰り出すのだろうか。
まあ、実体を持たせずにフェイントで使う可能性もあるかも知れないけど。
念のためあたしも手加減した感じで魔力の刃を作り、コウの魔力による牽制を逸らしていく。
その間にも普通に歩いて近寄ると刀による攻撃圏内に入ったのだろう、コウが斬撃を放ってきた。
手の中の短剣で完全に受けるのではなく、斬撃の力を往なしつつコウの周囲を歩いて移動する。
打ち合ってみて分かるが、うっすらと刀身に魔力が込められている。
何らかの属性魔力を込めるんだろうかと思いつつ、数合を捌くと刺突技を間に挟むようになった。
そのあいだにも先ほどの撫でたりつつくような魔力を向けてくるので、こちらも魔力の刃で対処する。
先の先を取るというか、コウはこちらが斬ってほしいと思うところに斬撃を出しているので、歩くように淡々と移動しながら短剣で逸らしていく。
何となくコウのリズムみたいなものが分かってきたかな、と思ったところで意図的に拍子を外して打ちこんでくる。
それにも対処する。
「参ったね、今のも捌くのかい?」
「でもコウ、ぜんぜん本気じゃないじゃん」
「まあ、そうなんだけどそれこそキミもお互いさまだよ」
「そうね」
あたしはコウの剣を捌くのに加えて、彼の周りを歩きながら適当にコウの手の隙が見える場所を短剣で撫でていく。
実戦では防具があるだろう場所なので、有効打にはならないだろうが牽制みたいなものだ。
そろそろ決めてみようかと思い、それまで往なしていたコウの刀を短剣二本で受け止める。
同時に魔力の刃で、実際に切れないように手加減したうえでコウの左太ももの内側を撫でてみる。
実戦なら左足は貰った。
するとコウは困った顔をしたあとで、口を開いた。
「一本もらったよ。ボクの負けだ」
そう告げてからコウは後ずさりして、あたしから離れた。
あたしたちがキャリルとカリオの方に向かうと、武術研のほかの部員も出迎えてくれた。
プリシライメージ画(aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。




