10.ここからが本番だと思うわ
あたし達が中央広場に辿り着いたときには、かなりの人手になっていた。
日本の記憶でいう所の、満員電車とかライブハウスのような雑踏までは行かない。
それでも広場を埋め尽くすように多くの人が集まっている。
そしてその場には人だけではなく、動物も集まっている。
ペットであろうイヌネコが多いけれど、ウサギやキツネ、ヒツジやヤギを連れている人が多い。
変わったところだとヘビや鳥を連れてきている人も居るようだ。
「不思議だね。これだけ動物たちがいれば、騒いだりじゃれ合ったり飛び回りそうだけど……」
「うん、みんな大人しくしてる」
ジェストン兄さんの言葉に応えたけれど、あたしが見る限りその場に居る動物たちはケンカなどを始めることも無く大人しくしている。
動物と意志疎通できるスキルがあるみたいだし、そういう関係で誰かが彼らを落ち着かせているんだろうか。
中央広場の真ん中にはかなり大きめの丸い舞台が用意されていると、コニーお婆ちゃんが教えてくれた。
どうやらそこで国教会の人が聖歌を歌ったり祈祷を行ったりしているようだ。
「パイプオルガンの音が聞こえるわね」
「教会の中で弾いている音を魔道具で広場に中継して、拡声魔法で広げているんでしょう」
イエナ姉さんと母さんがそんなことを話している。
音を中継する魔道具とかあるのか。
学院内で放送とかが行われていることは無いけど、もしかしてマーゴット先生とかに相談すれば放送部が作れるんじゃないのか。
誰がアナウンサーやらをやるんだって話ではあるけど。
そんなことを考えていると、近くに立っていた青年から声を掛けられた。
「あの、良かったらうちの子を撫でてやってくれませんか?」
「あ、はい、撫でるんですか?」
視線を向けると青年は腕の中にトラネコの子猫を抱えている。
「ええ。地曜日のミサでは動物たちを撫でてやるんです。その飼い主や撫でた人にも福徳があると言われてるんですよ」
「そうなんですか……」
そういうことならとあたしは子猫の背中を軽くなでてやると、青年の腕の中で身体をひねり、子猫はあたしの手を両前脚でつかんで舐め始めた。
舐められてザラついた感じがするけど痛くは無いか。
子猫はすぐに気が済んだように青年の腕の中に納まる。
「ありがとうございました。来年もあなたにいいことがありますように」
「ええ、お兄さんたちにも」
そうして子猫と青年は別の人を探すように歩いて行った。
あたし達メンバーに目を向けると、コニーお婆ちゃんと母さんが二人でシベリアンハスキーみたいな大きな犬を撫でている。
アルラ姉さんは大きなヘビをおっかなびっくりといった感じで撫でているけど、撫でられているヘビは大人しくしているな。
ジェストン兄さんはヤギを撫でようとして、なぜか腹部に軽く頭突きをもらってよろめいたのをイエナ姉さんとリンジーに苦笑されている。
たぶん、ジェストン兄さんなら鍛えてるみたいだし大丈夫だろう。
こういうミサなら、確かに『肉球は全ての答』のロレーナが言ったようにイヌネコが触り放題だ。
でもあんまりしつこく撫でて、動物たちにストレスになったりしないんだろうか。
そんなことを考えつつ、あたしは聖歌が響く中央広場を見渡していた。
しばらくすると広場の真ん中の舞台で動きがあった。
鎧に身を包んだ光竜騎士団の騎士たちが、広場の北側にある王立国教会の建物から二列で舞台まで進み、列の間を広げて道を作った。
そして聖歌が広場に響く中、その道を数名の人物がゆっくりと歩いて行く。
教皇様が先頭で、それに続いて王家の皆さまが舞台に向かう。
ギデオン様とレノックス様を含めた王子様たちの他に王妃様たちがいた。
国王のギデオン様には二人の王妃がいて、第一王妃がカトリオーナ・テイラー・ルークウォード様だ。
カトリーナさまはレノックス様と、第一王子のライオネル様の母君だ。
第二王妃はオリヴィア・レイン・ルークウォード様で、第二王子リンゼイ様の母君だが、二人の王妃の仲は姉妹のように睦まじいという噂がある。
「本格的にミサが始まるのかしら」
「王家の方々が来た以上、ここからが本番だと思うわ」
あたしの声が聞こえたのか、近くに立つ母さんが応えた。
そう言えばレノックス様が『実家の行事に駆り出され』て『基本的には置物』として過ごすようなことを言っていた。
もしこれでミサが長い時間行われるなら、確かに大変だよなと思う。
円形の舞台の方を見ていると、聖歌を歌っていた人達は歌いながら舞台の周囲を南側に移動していく。
その間に教皇様と王家の皆さまは、円形の舞台北側にある祭壇脇から舞台に上がり、祭壇の方を向いて設置された椅子に座って行った。
教皇様は祭壇の脇に立っているな。
王家の皆様が全員座った段階で聖歌は一旦止まった。
ふと気が付けば、広場の各所に暗部の人たちの感じで気配を消した人が散らばっている。
これだけ衆目の前に王家の人が集まったら、警護とか大変だよね。
「母さん、何か暗部の人たちが展開してる気がする」
「――そうね、何人ぐらいいると思う?」
人数か、ちょっと数えてみようか。
「ええと……、三十人は居ると思うわ」
「私もそう思うわ。気配察知は上達してるわね」
「だといいけど、人間相手よりも魔獣の気配とかを正確に読みたいのよ」
「確かにそうね。練習なさい」
「うん」
母さんと話ながらコニーお婆ちゃんの方に視線を向けると、お婆ちゃんのすぐ傍にジェストン兄さんが移動していた。
何となく中央広場に人出が増えてきたし、お婆ちゃんを見守るつもりなんだろう。
さり気なく周囲の人の流れに意識を割いているし、さすが騎士志望だよなとおもう。
やがて教皇様がギデオン様に一礼すると、ギデオン様は舞台上の祭壇前に移動し、祭壇を背にして立った。
すると舞台上に控えていた正装の女性から魔力が走る。
以前ジェイクを起こすためにニナと王城に行ったけれど、その時に見かけた宮廷魔法使いの一人な気がする。
もしかしたらギデオン様に拡声魔法を使ったのかも知れない。
「おはよう皆の者。私はギデオン・モルダー・ルークウォード・ディンラントだ。今年も色々あったが、無事に賛神節を迎えられて嬉しく思う。今日より一週間、王として国を代表し、神々に感謝を述べて新しい年を迎えよう。皆の者も今年を反省し、来年に備える機会として欲しい。私からは以上だ」
ギデオン様がそう告げると直後に広場に居た人たちから拍手が起きた。
中には「ギデオン様~」と黄色い声援を送っている女性たちもいるけど、陛下は美形だし人気はありそうだ。
ちなみにその間も動物たちは拍手の音で混乱することも無く、大人しくしている。
何か魔法でも掛かっているんだろうかとも思うけど、魔力の大規模な流れは感じなかったんだよな。
もしかしたら、舞台でさっきまで歌われていた聖歌になにか秘密でもあるのかも知れないけれど、詳細は不明だ。
「国王陛下、ありがとうございました。それでは私、王立国教会教皇フレデリック・グリフィン・フェルトンが、賛神節のミサを進めさせて頂きます」
拡声魔法を使ってあったのだろう、教皇様がそう告げて祭壇と王家の皆様と群衆に礼をした。
公の場だからか、自分のことを「吾輩」ではなくて「私」とか言ってるな。
「さて、賛神節を始めるにあたり、まずは豊穣神様への感謝を申し上げなければなりますまい――」
教皇様はそう言いながら無詠唱で【収納】を使ったのか、手の中に小さい本を取り出した。
その本をめくりながら、豊穣神様を称える説法を話し始める。
教皇様の話に合わせて聖歌も再開され、中央広場は独特の厳かな雰囲気に満ちて行った。
賛神節に王家が加わったことで式次第が進む。
フレデリックが卒なく説法を述べて舞台周囲に控える神官たちが祭句を唱える中、舞台上で聖歌隊が晴れやかな歌を歌いあげている。
中央広場に集まった群衆は周囲の人々と交流し、その場に連れてこられた動物たちを愛でながら和やかな雰囲気が広場に満ちていた。
だがここに、一人の男が現れた。
細身の長身で頭にはターバンを巻き、その顔には仮面をかぶっている。
仮面自体は王都の商業地区の屋台で売られているような安物だが、男の表情を隠すには十分だった。
仮面の男は中央広場の真ん中に設えられた舞台に、あたかも関係者であるが如く堂々と階段から上がるが、不思議と彼を止めるものは居なかった。
広場に展開している暗部やウィン達は、仮面の男が舞台に上がった瞬間に認識していたが、気付いたときには王家の者が座る席の近くまでするすると移動していた。
「ディンラント王国の国王よ、大切な式典に割って入る不敬を謝罪したい」
理知的にも感じる仮面の男の声は、拡声魔法を使っていたのか中央広場全体に響いた。
反射的にギデオンと王妃たちを庇うように王国の三人の王子が立ち上がる。
それと同時に第一王子のライオネルが無詠唱で竜魔法の【竜鱗】を発動した。
その防御魔法によって、王家全員と教皇の周囲に魔力による防御壁が形成される。
直後に舞台に上がった仮面の男は、無詠唱で水魔法の上級魔法である【水壁】を半球状に発動した。
これにより自身と王家の者たちと教皇を高粘度の水の壁で囲んだ彼は、状況に動じることも無く告げる。
「先ず最初に述べたい。ぼくはディンラント王国の全ての者を謂われなく傷つける意志がない。これは全ての神々のご威光に誓って申し上げる」
「ハハハハハ、剛毅な奴だ。いきなり一国の王を呼びつけて話しかけるなぞ、普通は不敬を由に斬り捨てられるだろうに」
「王よ、全ての不敬は謝罪する。だがぼくは、御身らが背負って来た業に対して異を申すために伺った。もう王国が興ってから長い時が過ぎた。もう十分だろう」
そう言って仮面の男は両手を広げてギデオンに訴え始めた。
イエナ イメージ画(aipictors使用)
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