07.悩む時間は有用です
コウはウィンと王城前広場で別れた後、カリオと一緒に王都の商業地区を散策してから男子寮に戻った。
自室で本を読んで過ごし、夕食はカリオに誘われて寮の食堂で取った。
二人で食べているとエルヴィスが食堂に現れ、料理を配膳口で取ってからコウ達に合流する。
「やあ、二人ともここの席はいいかな?」
「あ、大丈夫です」
「大丈夫ですよエルヴィス先輩。今日は一人なんですか?」
「うん。同学年の女の子たちと商業地区をブラブラしてきて、寮に戻ってからは一人でのんびりしていたんだ」
コウの質問に応えたエルヴィスだったが、その話を聞いたカリオが「陽キャはこれだから」とか呟いている。
「先輩は休み中はどこかに出かけたりするんですか?」
「女の子たちとかい? 今のところそういう予定は無いかな」
「違いますって(イケメンはこれだからまったく)。ちょっといまコウから話を聞いたんですけど、こいつ休み中にお兄さんが王都に来るらしいんです」
コウが質問すると、エルヴィスは自然な感じで女子とイチャイチャしそうな方向に話を転がそうとする。
カリオが微妙に小声で毒づきながら、コウの質問に補足した。
「ええ。それでいい機会だから、ボクと兄さんをウィンが竜征流の本部に紹介してくれるって話になってたんです。エルヴィス先輩も良かったらどうですか?」
「ああ、そういうこと? 竜征流か、そうだなあ……」
「それで訊いたんですけど、先輩は王都から出かけたりします?」
コウに訊かれてエルヴィスは微笑む。
「休み中は武術研究会のライナスに誘われて、王都南ダンジョンに鍛錬に行こうって話になってたんだ。ライゾウも一緒に行くよ。カリオはコウと行くのかい?」
「あ、俺は俺で、いつも世話になってる人たちに風牙流の特訓を受ける話になってます」
「ふーん、そうなのか……」
カリオの言葉にエルヴィスは食事の手を止めて何やら考えだす。
そして彼は突如楽し気な表情を浮かべて告げる。
「そういうことならいっそ、みんなで行ってみないかい?」
「「え?」」
「みんなって、どういう意味ですか?」
「みんなってみんなさ。コウはお兄さんと行く。ボクはライナスとライゾウを連れて行く。カリオはお世話になってる人たちと行く。――どうかな?」
「「…………」」
エルヴィスの提案に二人は考え始めるが、直ぐに面白そうな話だと思ってしまった。
「俺としてはちょっと興味があります。でもそのためには、コウに確認して貰わないとな」
「そうだね。ウィンに人数が増えてもいいか訊いてみるよ。それで大丈夫そうなら改めて二人に連絡しますね」
コウの言葉にエルヴィスとカリオは頷いた。
「ところでカリオ。君は女の子たちと遊んだりしないのかい?」
「え? 俺ですか? そういう出会いとか無いですし(リア充は錐揉み回転しながら路上を転がればいいのに、ってそういうダンスだって注目されそうだな)」
何やら小声で毒づくカリオを見てエルヴィスが微笑む。
「出会いが欲しいなら紹介するよ」
「え、それは……」
エルヴィスの言葉でやや頬を赤らめて逡巡するカリオだったが、サラやウィンたちの顔が一瞬脳裏によぎる。
同時に、エルヴィスの伝手では、エルヴィス目当ての肉食系女子生徒の群れに放り込まれることを予感して顔色を悪くする。
肉食系女子の群れで煩悶とする肉食系獣人て洒落にならないよな、などとカリオは内心ぐったりした。
「いや……、遊ぶときは、いま居る知り合いと遊ぶからいいです」
「そうなんだ? 気が変わったらいつでも言ってね」
カリオとエルヴィスのやり取りを見ながら、コウはニコニコと笑っていた。
夕食後に自室に戻ったコウは、魔法でウィンに連絡を入れた。
先ほどカリオとエルヴィスを交えて話したことを相談するためだ。
「こんばんはウィン、いまちょっといいかな?」
「こんばんはコウ。大丈夫よ、どうしたの?」
「うん、ボクとジン兄をウィンのお父さんに紹介してもらう件なんだけれど、人数が増えても大丈夫か訊きたかったんだ?」
「人数が増える? どのくらい増えそうなの?」
ウィンに問われたコウは、先ほどの食堂でのやり取りを説明した。
「そうなのね。けっこう増えそうね。……ちょっと父さんに確認してから折り返し連絡するわ」
「ありがとう、手間を掛けるね」
「ううん、ターゲットを分散できると思うし、いい流れよ」
「ターゲット?」
ウィンが漏らした単語に思わずコウは反応する。
「あ、何でも無いわ。それじゃあ一端魔法を切るから」
「よろしくね」
魔法での連絡を終えて本を開くと、程なくウィンから連絡があった。
「いま父さんに確認したけど、『百人とかならともかく、十人や二十人は大丈夫だ』って言ってたわ。竜征流の本部に興味がある人は誘っていいって」
「分かったよ、ありがとう。それじゃあ日にちとか人数が決まったらまた連絡するけど、明日以降で週が明けたどこかでお願いするよ」
「うん、分かったわ。それじゃあ」
「ああ、またね」
ウィンとの連絡を終え、コウは魔法でエルヴィスとカリオに連絡を入れた。
二人とも乗り気だったが、明日またコウに連絡をすると言って魔法を切った。
時おりハーブティーを淹れたりしながら自室で読書をして過ごしていたコウだったが、魔法で彼に連絡が入った。
「こんばんはコウ。元気にしていますか?」
「こんばんはジン兄、久しぶりだね。もちろん元気だよ。連絡をくれたってことは王都に着いたんだね?」
「ええ。フラムプルーマ伯爵家の護衛が一段落つきましたので、休暇を取らせてもらうことになりました――」
コウが確認すると、明日から三日間休みをもらったらしい。
どうやら護衛の任務を伯爵家の王都邸の方に引き継いだので、少し時間が出来たのだそうだ。
コウはさっそく明日の昼食を一緒に食べる約束をして、その後に竜征流の本部に紹介してもらう話をした。
「――そういう話をウィンとしていたんだ」
「ウィンというのは手紙でも書いていた少女ですね」
「うん。いつだったか彼女と話した時に、ジン兄と会ったことがあるって言ってた気がするけど」
「そうですね――」
コウの言葉に少し考える間があってからジンは応える。
「仕事でティルグレース伯爵家の別邸を訪ねたとき、働いているウィンさんに会いました。立ち姿に光るものがありましたから覚えています」
「そうなんだ?」
「ええ。武を学んでいる雰囲気がありましたが、おまえの手紙で妙に納得しましたよ」
兄の言葉にコウは何故かホッとしている自分に気づいた。
「おまえは中々に“フラフラしているフリ”をしていますが、今後ウィンさんと腰を据えて交際するというなら、わたしは応援しますよ」
「……うん」
兄ゆえかコウの一瞬の間に、彼の裡にある想いを察する。
「それともおまえは、今でもフラムプルーマに探しに行きたいのですか?」
「……そう、かも知れないよ」
「あるいはその件で、神託でも受けましたか? 火神さまの覡なのは変わりありませんよね?」
コウがまだ幼い頃に突如火神・アタリシオスがコウの夢に現れ、覡に選ばれたことを告げた。
コウは直ぐに父であるケイ・クズリュウに相談したが、父の判断で教会などには秘することにした。
秘した理由は火神がコウに家伝の刀術と、王都の学院で魔法と学問を修めるよう神託を下したからだ。
「変わりは無いね。火神さまからの神託も、一年くらい前に地元で受けたのが最後だよ。『時が至るまで自身を磨け。キミの前から消えた子は不自由なく息災だ。南の国にキミは見出すだろう』」
「おまえが火神さまの覡である以上、おまえはその意に従うべきです」
コウはジンの言葉にため息をつく。
その言葉は、彼の地元で本当に幾度も重ねられた言葉だから。
「夢の中で火神さまに訊いたことがあるよ。そのご神力で、彼女を救えなかったのでしょうかって」
「それは……初耳です」
「うん。火神さまは『キミがボクの分身ならもっと助けてあげられた。でも、今は彼女の健勝を護ったことで満足して』だってさ」
「分身、ですか。生憎わたしは神学には疎いですし……。何れにせよ、それを信じることしか、今のおまえには出来ないということでしょう」
ジンの言葉にひとり自室で頷きながらコウは応える。
「分かってる。攫われたあの子を探しに行きたい。でもその力が無い」
「ウィンさんの強さに惹かれていると手紙にありましたが、おまえの旅が終わるまでウィンさんが一人とは限りませんよ」
兄の言葉に応えたいのに、コウは想いばかりが自分の裡で空回りする。
それはめまいを覚えるような感覚だったが、顔を上げれば変わらない寮の自室だった。
コウは一つ嘆息する。
「分かってる……、でも、ごめん、分かって無いかも知れない。言葉にならない……」
「それで構いません。今はまだ、おまえは子供です。悩む時間は有用です」
「うん。……ありがとう」
そう言ってコウは机の上の冷えたハーブティーを一口飲んだ。
地元で鳳鳴流をジンや父から仕込まれている時に、その厳しさは身に染みていた。
同時に、迷わずにコウを指導し続ける兄と父の優しさに感謝していた。
その優しさを、ふと思い出した。
「ともあれ、話を戻します。まず、明日の昼に食事を一緒に取りましょう」
「そうだね。ありがとう、兄さん」
「竜征流の本部は確かに興味がありますし、明後日かその次の日で予定を組んでください」
「分かったよ」
そしてコウは連絡をくれたことへの礼をジンに告げて、魔法を切った。
エルヴィス イメージ画(aipictors使用)
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