05.世界を壊さず時代を壊したい
デイブから微妙に気になる話を聞いたものの、あたしが暗部の仕事に関わることは無いだろう。
いままで無かったし。
怪しい気配がするところに近づかないようにすればいいだけなので、あまり気にしないことにする。
デイブの店を出たあたしは身体強化と気配遮断を行って、ブルースお爺ちゃんちに移動した。
何となく家の中の気配を探るけど、人が増えている気がするな。
というか、たぶん父さんと母さんがもう着いている気がした。
玄関扉のドアノッカーを叩くと直ぐに扉が開き、中からリンジーが顔を出した。
「ようウィン、元気そうだね。みんな来てるよ、入りな」
「こんにちはリンジー姉。父さんと母さんも来てそうだね」
リンジーに促されるままあたしはお爺ちゃんちに上がり込む。
「ブラッド叔父さんは兄さんとジェストンに庭で稽古を付けてるよ。ジナ叔母さんは母さんたちと台所だ」
「そうなんだ。夕食の準備ならあたしも手伝うよ」
「ああ、行こう」
そうして台所に向かったけど女子率が高かった。
コニーお婆ちゃんにリンダ伯母さん、そして母さんもいる。
他にはイエナ姉さんとアルラ姉さんにリンジーがいるところにあたしが合流した。
けっこう広い台所だから、人数で狭さを感じたりしないけれど。
あたし個人としては男性が台所に立ってもいいと思うのだけど、我が家やお爺ちゃんちの男性陣に任せるのは不安ではある。
父さんは冒険者の料理を作りそうだし、お爺ちゃんやバリー伯父さんは騎士団の野戦料理を作りそうだ。
父さんたちに任せるなら、まだジェストン兄さんとかバートを呼んできて作業単位で手伝ってもらった方が安全かも知れないな。
ともあれ、母さんと久しぶりに会ったし再会を喜んでおこう。
第一種接近遭遇に失敗して連行され、この冬休みを修行漬けで過ごしたくは無いのだ。
「みなさんこんにちは! あと母さん、久しぶり! 元気だった?!」
母さんのことだから何をどうしても元気だとは信じているけど、一応訊いてみる。
その場のみんなからは挨拶が返ってきたが、母さんも料理の手を止めてあたしの所に歩いてきた。
「ウィン、久しぶりね。元気そうで何よりだわ」
そう言って母さんはあたしをハグしてくれた。
「ちょっとたくましくなったかしら。ふふ」
「たくましくってどういう事よ母さん?! それを言うなら『かわいくなった』じゃあ無いの?」
あたしとしては不本意なのでハグから抜け出して母さんの目を見る。
でもその目は何やら嬉しそうにしていた。
「あなたがかわいいのは昔からよ。でもそればかりだと文句を言ったじゃない?」
「そうだったっけ? どっちにしろ、たくましくって微妙に不本意よ」
「はいはい。でもそうね、成長してそうで良かったわ」
そう言って母さんは目を細める。
成長って言葉に他意が無さそうなのは分かるのだけれど、身長がそんなに伸びていないのを自覚して少しダメージを受けた。
「九月に入学してまだ四か月じゃない。身長とかそんなに伸びて無いわよ?」
「そういう事じゃ無いわよ。……まあいいわ。夕食の下ごしらえはだいたい終わってるから、魔法で洗い物を手伝ってくれるかしら」
「いいわよ、すぐ始めるわ」
そしてあたしは使用済みの料理道具を【洗浄】でキレイにしていった。
商業地区の雑踏を使い、追っ手を撒くことに成功したアレッサンドロとアンナは、獣人が経営する宿屋に部屋を取った。
部屋に入りアレッサンドロは頭に巻いたターバンを取って古エルフ族特有の長い耳を伸ばし、アンナと茶を飲んでくつろいだ。
そしてアレッサンドロは再度ターバンを巻き、アンナを連れて宿に併設する食堂に向かう。
遅い昼食になったが、そこで出される共和国料理を楽しむためだ。
案内されたテーブルに向かい、料理を頼むと直ぐに前菜が出て、程なくラザニアが出た。
大皿で出てきたのでアンナがそれを切り分け、二人で食べる。
「ああ、何だかホッとするよ」
「平打ちのパスタを使うのですよね。パスタはこれだけ美味しくて手間ではないのに……」
アンナがそう告げて一瞬表情を曇らせる。
その直後にアレッサンドロは風魔法を無詠唱で使い、自分たちの周囲に見えない防音壁を作った。
「王国北部の食糧事情の話かい?」
「はい。腸詰めもステーキもきらいでは無いのですが、味付けがシンプルに過ぎるというか」
「ああ、分かるなあ。でもアンナ、北部でも大きな街だったらパスタが入ってきているところもあったじゃないか」
アレッサンドロが防音にしたのは、自分たちの会話の内容で王国北部をうろついていたことを誰かに聞かれたくなかったからだった。
周囲の気配や魔力の怪しい動きはアレッサンドロが気を付けているが、それでも人の耳に残る話は漏らさない方が安全だと思っている。
「そうですけれど、ちょっと全体としては……」
「ぼくもブラッドソーセージは口に合わないし、好みの問題はあるかなあ」
「生ハムはどうですか? ボスはけっこうおいしそうに食べていましたけれど」
「そうだね。共和国の生ハムが一番だと思っているけど、それでも王国北部の生ハムも悪く無かったよ。オルトラント公国の食文化が入っている感じだね」
「あれが公国の料理なんですね」
アンナはそれを聞いて、公国に行くことがあったら食べ物に困るかも知れないと考えていた。
やがて続く料理が彼らのテーブルに届く。
アレッサンドロが注文したのは『悪魔風チキンソテー』だった。
再度、アンナが料理を大皿から切り分けてアレッサンドロと自分の分を取る。
「『悪魔風』ってけっこうすごい名前ですね」
「唐辛子でちょっと辛めになっているから、そういう名前になったんじゃ無かったかな。でも皮がパリッと焼かれているだろうから、食感を楽しめると思うよ」
そして彼らはフォークを立てるが、オリーブオイルでパリッと焼かれただけではなく、ニンニクと柑橘類の風味が付いた味だった。
それは辛さの中に旨みが濃縮されているように感じられた。
「ああ、やっぱり料理は共和国のものが一番だなあ」
「わたしはフサルーナ料理や、その影響を受けている王国南部の料理も好きですよ」
「確かに、それも分かる。究極の選択だね」
そんなことを話しつつ、二人で料理を楽しむ。
あるとき、アンナが料理の名前からふとしたことに疑問を持つ。
「ところでボス、悪魔っているじゃないですか」
「そうだね、きみが単独で戦うとしたら厄介な相手だろう」
「それは分かってます。ええと、でも今はその話はいいんです。ボスって前世の話をしてくれるじゃないですか」
「うん、するね」
「ボスの前世って、今から数千年から一万年くらい前の時代じゃないかって前に言ってましたけど、当時から悪魔とか居たんですか?」
「居たさ。天使も居たよ。人間と共存して暮らしている連中もいた」
「ホントですか?!」
「というのはウソだけど」
「ボス?!」
アレッサンドロにからかわれたと気づいたアンナは、彼をじっとにらむ。
「ハハハ、……前に言ったと思うけれど、星の位置や地形情報なんかを確認する限り、ぼくが前世を生きていた世界は間違いなくこの世界だ。その時代では魔法工学が今よりも発達していて、悪魔や天使の力を借りる魔道具もあったのは覚えているよ」
「そんなことが可能なんですか?」
「可能だったはずだ。ぼくの前世では、思い付いた多くのことは実現できたと思う」
「……その例外が、神と精霊と言っていましたね。……あとは竜ですか」
アンナの問いに料理を食べる手を止め、アレッサンドロは考え込む。
「きみは信じたくないと言っていたけど、神々は実在するんだよ。そして彼らはぼくらの世界を管理している。その道具が大精霊と竜だよ」
「それはもう、何度も何度も聞いていますし、今さら疑いませんよ」
「そうかい? でもまあ、悪魔とか天使はぼくらの社会では人類の道具とされていたと思う、たぶん」
アレッサンドロが告げた答えで、アンナはとりあえず満足する。
それでも、彼女は別の疑問が生じてくる。
いつもの疑問ではあったけれど。
「ボスが前世の記憶を取り戻したきっかけは、なんども聞いてよく覚えてるんですけど……」
古エルフ族の一派に伝わる、魔神信仰にまつわる禁術を試されたのだ。
禁術の対価として、ヒューマン族――獣人や古エルフ族、エルフ族などを除くヒト族の血がかなり流れた話もアンナは知っていた。
だからアレッサンドロは信仰なるものが好きでは無いし、アンナもその影響を受けている。
「うん」
「前世の記憶があったらボスは遊んで暮らせるじゃないですか。じっさい旅の資金も、未踏遺跡とかをよく分からない魔法で攻略して得てますし。……わたしを助けた時のように、気まぐれでこの国や世界を変えたいんですか?」
アンナに問われたアレッサンドロは、彼女の真っすぐな視線を見入る。
そして魔法などを使わずとも、彼女の想いを洞察する。
「きみからみたらぼくは相当に器用に見えるかも知れない。この時代では失われた知見も思い出している。でも、器用なだけで神様じゃあ無いんだ」
言葉を選びながらアレッサンドロはアンナを見るが、彼女は真直ぐに彼を見ていた。
「でもね、人間はもっと自由で、大切にされるべきだと思う。そういう時代があったのを知っているから」
そう言ってアレッサンドロはワインを一口飲む。
「ぼくは、世界を壊さず時代を壊したい。この国の王様に会いたいのも、同じ理由だと思っているよ」
彼の言葉を聞くと、アンナは一つため息をついた。
「わたしとしては、その説明で王様に会おうとしているのが、とても危険な感じがします」
アンナの言葉に苦笑いを浮かべつつ、アレッサンドロは肩をすくめる。
「でも、わたしはあなたを動かすものが、善なる心だと思っています。だから付き合いますよ」
「でも、ぼくはきみがそろそろ実家に戻ってもいいと思っているけれどね」
「わたしが行きたいから一緒に行くんです!」
「はいはい」
アレッサンドロはそう応じてワインが入ったグラスを掲げると、アンナは果実水が入ったコップを掲げ、二人は乾杯をした。
ジェストン イメージ画(aipictors使用)
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