02.全ての組み合わせを
王城の砦部分にある訓練場を見渡せる屋根の上から、彼女はウィンの様子を確認していた。
「――始原魔力では無いわね。時属性魔力を一瞬感じた気がするけれど……。まあいいわ。それにしても王国の光竜騎士団の本拠地で、かつて風牙流と月転流が見せた連携を示すなんて、誰の入れ知恵かしら」
彼女の呟きには若干の呆れと共に喜色が含まれていた。
その声の響きを裏付けるように、彼女は柔らかく微笑んだ。
ウィンはその時、訓練場に仲間と共に立っていた。
模擬戦の初回は終わり、訓練場の中央に集まっている。
対戦相手の騎士たちの負傷が魔法で治療され次第、講評を始めると言われていた。
ふとウィンは誰かが微笑んだ気がしてその気配を追い、視線を送った。
視線の先は屋根の上だったが、そこには誰の姿も気配も無かった。
「気のせいかしら。……今日の夕方よね」
ウィンは一つ嘆息し、仲間たちの方へと視線を向けた。
その様子を、訓練場を視察できる部屋の一つから伺っている男たちがいた。
光竜騎士団暗部に所属する者たちで、全員がウィンを知っていた。
「連携が取れていたこともありますけど、一般兵の中隊長クラスだと相手になりませんでしたね、ロッドさん」
「さもあらん。月輪旅団の二つ名持ちの時点で、八重睡蓮は止まらんだろうさ」
トッドの言葉に頷きながらロッドは応えた。
彼らの想定では、ウィンを自由に遊撃させた時点で模擬戦の結果は見えていた。
「惜しいなあ、あれで光竜騎士団に入ってくれたら、即日暗部のチームの一つは任せられるでしょうに」
「戦闘力だけでみればそうだな」
「指揮とか戦術とかは最初は年長者が見ればいいじゃないですか。何だったら私が手を挙げますよ」
横でロッドとトッドの話を聞いていたアンディが苦笑しながら告げた。
「あ、その時は自分も手を挙げます」
「なんだ、アンディとトッドはロリコンだったか。その時は好きにすればいい」
そう言いながらロッドは右手をひらひらと振ってみせた。
実際にそのような機会が訪れるとは想像できない。
だがもしウィンが入隊して暗部に所属し、それを補佐するのを彼らが志願するつもりなら、ロッドとしては推薦するのに否は無かった。
「それよりも……」
そう言ってロッドは、ウィンが見上げていた視線の先を見やった。
言うまでもなく、そこには屋根しかない。
「どうしたんですか?」
「いや……、何でもない」
トッドに問われてロッドは嘆息し、窓際を離れる。
「わたしはそろそろ移動する。仕事があるからな」
「分かりました、第三王子殿下とそのパーティーの現状分析はこちらで進めておきます」
アンディに一つ頷いて、ロッドは静かに部屋を出ていった。
初回の模擬戦が終わり、講評を行うことになった。
あたしとカリオが斬ったりぶっ刺した騎士の人たちは、事前に聞いていた通り魔法による治療を受けて、何事も無かったかのような顔をして集まってきている。
ブルースお爺ちゃんの姿は無いな。
「なあ、鍛錬目的とはいえ、微妙に罪悪感を感じないか?」
「そうなのよね……。手を抜いたほうが失礼だと思ったから割と頑張って戦ったんだけど、ちょっと気になるわよね」
あたしとカリオはひそひそとそんなことを話していると、呆れた様子でレノックス様に声を掛けられた。
「そんなことを言い出すんじゃないかと思ったが、その通りだったか。彼らは鍛錬にその身を投げ出し命を掛けているが、それは戦いの場で勝つためだ」
「そうですわウィン。それに誰も斬られたことを気にしておりませんわよ」
キャリルまでそんなことを言い出す始末だけれど、確かにその場の空気はとくに重くも悪くも無い。
むしろ、あたし達が勝ったことでレノックス様やあたし達への視線に、感心の念が含まれている気がする。
「分かったわよ。もう気にしないことにするわ」
「俺もそうするよ」
「それで、模擬戦の講評ということだけど、まだ始まらないのかい?」
あたし達のやり取りを黙って眺めていたコウが、レノックス様に講評のことを訊いた。
確かにあたし達が好き勝手にお喋りしているのと同じく、対戦した人たちや周りに控えていた人たちも適当に集まって好き勝手にお喋りをしているな。
「そろそろ始まると思うが、二戦目以降の調整で色々準備をしてるのだろう」
「あ、来たみたいだぞ」
噂をすれば何とやらで、ブルースお爺ちゃんと審判役を務めた騎士の人が並んでこちらに歩いてきた。
それを見た辺りの騎士の皆さんの行動は素早かった。
それまで好き勝手にお喋りをしていたところを黙り込み、全員が小走りで移動してあっという間に整列してしまった。
普段から彼らはこんな感じで緩急をつけて訓練をしているのかも知れないな。
「よし注目。これより教導担当から模擬戦の初戦に関して講評を行う」
「はい、それでは諸君、模擬戦の初戦の講評を始めます。今回の模擬戦の結果はひとえに、遊撃の使い方とその対処がカギだったと言えるでしょう――」
・少人数同士の対人戦で相手と会敵した場合、散兵になってバラけて戦うか密集して戦うかの選択肢が生まれる。
・密集する場合は、仲間と近距離で連携しやすく打撃力が上がる反面、移動や反応が遅くなる。
・バラけて戦う場合は、敵の範囲攻撃や集中攻撃を分散させやすく奇襲をしやすいが、互いの連携を断たれて各個撃破されやすくなる。
・レノックス様のパーティーはバラけて戦うのを選び、このとき二人以上になることで各個撃破するリスクを減らした。
・ブルース連隊長のチームは密集するのを選び、移動のデメリットを減らすために斥候役を遊撃で一名出したが撃破された。
・ブルース連隊長のチームはこの段階で密集陣形を強めてチームの連携を強めるべきだったが、それよりも早くにレノックス様の奇襲担当に各個撃破された。
・最終的には主戦力であるブルース連隊長を包囲攻撃することになり、勝利を拾うことができた。
「――ということで、戦術的な講評はそのような流れになるでしょう。レノックス様のパーティーの課題としましては、メンバーの特性を考えるに、散兵でバラけて戦う弱点を減らすのを考えるべきです」
割と細かい説明をしてくれたけれど、あたし達が戦術論みたいなものを知らない前提で話してくれたんだと思う。
けっきょく密集にしろバラけて戦うにせよ、メリットデメリットはある訳か。
でもあたしたちのパーティーだと、全員がキャリルと同じように相手の攻撃を引き受ける役目は出来ないな。
コウはキャリルの補佐をしているから密集陣形を行うのに対応できるかもしれない。
あとカリオもヌルヌルした往なしを上手く使えば対応できるかもしれないけど、今回ブルースお爺ちゃんに殴り飛ばされちゃったんだよな。
「具体的な方針としては何を考えるべきだろうか?」
レノックス様が審判役をした人に質問した。
すると迷わずに相手は応える。
「大前提として、今後もメンバー個人の戦闘力を上げることが一つあります」
「ああ」
「もう一つ。今回レノックス様は散らばって散兵で戦うことを選ばれましたが、メンバーの特徴からは妥当な戦術です。ですので、二人以上で組んで戦う場合の全ての組み合わせを、普段から繰り返し試しておくべきです」
「全ての組み合わせか」
「そうです。現在は五名のパーティーなので二人一組と三人一組を一セットずつ作れます。これを誰が誰と組んでも即座に動けるようにするべきです」
なるほど、状況に応じた選択肢を増やす感じなんだろうか。
「ご確認させて下さいませ。『全ての組み合わせを』とおっしゃったのは、戦術上の選択肢を増やすことや、仲間の動きを知ることで個人の戦闘力を上げる意図があるということでよろしいでしょうか?」
「さすがティルグレース伯爵のお孫様ですね。ご指摘の通りです」
キャリルが手を挙げて質問を投げたが、審判役をした人は頬を緩めた。
それでも補足したいことはあったみたいだ。
「……細かいことを申しますと各メンバーが担っている護り手ですとか攻め手、斥候などの役割の、二番手三番手を決めるなど、考えるべきことは多いです。ですが、まずはここまでに申した二つを伸ばしてください」
「『個人の戦闘力』と『全ての組み合わせ』か、分かりやすい指摘に感謝する」
レノックス様の言葉に、審判役をした人は嬉しそうに微笑んでから恭しく礼をした。
「よし、講評に感謝する。我がチームの反省会は日を改めてやるから良いとして、レノックス様、仰っていた例の防具が調整できました」
講評を聞いていたブルースお爺ちゃんがレノックス様に告げた。
例の防具って何の話やら。
「そうか、手間を掛ける」
「滅相もございません。初戦のデータを基にして居りますので、より安全に鍛錬できます」
ブルースお爺ちゃんはそう言って、傍らに控えている騎士からマジックバッグを受け取った。
お爺ちゃんはそれをレノックス様に渡すと、元の位置に戻る。
「よし、ブルース連隊長、今より三十分休憩とする。この間に防具を変えて、二回目の模擬戦を行おう」
「承知いたしました。諸君! これより三十分休憩とする!」
『はッ!』
ブルースお爺ちゃんの号令の後、騎士の人たちはそれぞれ休憩をしに向かった。
「防具って何の話だいレノ?」
「学院の指名依頼で使っているロングコート型の防具を、近衛騎士団から提供してもらった。指名依頼用のものを作るとき、どうせサイズは分かっているからな」
それって魔力暴走の研究でマクスと戦うときに着ている防具のことだな。
安全なのはいいけど、あれを着ると泥仕合になるんだよな。
「どうしたんですのウィン?」
「いや、安全になったのは歓迎だし、ブルースお爺ちゃんも一般兵程度の強さになるだろうけれど、試合がどうしても長引くじゃない」
かったるいのよ、とは言えないよね。
でもあたしの表情を察したコウが一言告げる。
「ウィン、鍛錬をがんばった方がランチが美味しくなると思うよ」
そう言ってコウはにっこりと笑ってみせるけれど、その説得力にあたしは意識を切り替えるしかなかった。
「コウの言う通りね……。よし、あたし二戦目も気合入れて行くわ!」
「うん、がんばろう!」
あたしとコウのやり取りをレノックス様は微笑みながら見つめ、キャリルとカリオは呆れた視線を向けていた。
コウ イメージ画(aipictors使用)
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