10.聖なる日としよう
食後は自室に戻り、戦闘服に着替えてロングコートを羽織る。
そしてあたしは窓から寮を抜け出し、花街に向かった。
花街は微妙に苦手意識があるけれど、教皇様のお使いなら仕方がない。
身体強化をして気配を消している状態で、目的の獣人喫茶『肉球は全ての答』に辿り着いた。
そのまま微妙に気配遮断を緩めながら店内に入るが、今日はペットらしき動物は見掛けないのでモフモフイベントをしているわけでは無さそうだった。
獣人を中心に、店内はそれなりにお客さんが入っている。
この店は玄関の土間から先は土足禁止だったんだよな。
あたしがブーツを脱いで【収納】で仕舞い、絨毯の上を進んで店の中にズカズカと入る。
「いらっしゃい。……ってお嬢ちゃんはたしかゴードの爺さんの孫だな。どうした? デイブのお使いか何かか?」
「こんばんはマリアーノさん、ご無沙汰です。その節はお爺ちゃんがご迷惑をおかけしました。ええと、お使いはそうなんですが、ロレーナさんはいらっしゃいますか?」
「ん? 確かに居るこたぁ居るが……お使いねえ。もしかして……」
そう言ってマリアーノはあたしに見せるように聖印を切る。
教皇様関係のお使いかと確認しているんだろう。
「ええ、デリック様からお手紙が」
デリックというのはもちろんフレデリック教皇様の愛称だ。
「あー……、まあ分かった。厨房に居るからあそこから入ってくれ」
「お仕事中に済みません」
苦笑するマリアーノを横目に、あたしは案内された通り店の厨房に向かった。
「すみませーん、こんばんはー。ロレーナさんは居ますかー?」
あたしが声を掛けると、厨房に居た二人の獣人の女性がこちらを向く。
そのうちの一人はロレーナさんだった。
「ああこんばんは。あんたはウィンじゃないか。どうしたんだい、珍しいね?」
「急にうかがって済みません、ちょっと手紙を持っていくように頼まれちゃって」
あたしは苦笑いを浮かべつつ、マリアーノのまねをして聖印を切ってみた。
すると一瞬ロレーナは呆けたように口を開け、その後あたしの前まで歩いてきた。
「なるほど、デリック様から手紙を預かったんだね。今ならそこまで忙しく無いから話を聞こうか――」
そう言ってロレーナは厨房にもう一人いた獣人のお姉さんに声を掛け、あたしに応対した。
「それで、手紙だって?」
「はい。ちょっと防音にしていいですか?」
「ああ、構わないよ」
ロレーナからの許可が出たので、あたしと彼女を囲むように【風操作】で周囲を防音にする。
「じつはいま教皇様ですけど、この前神官が起こした事件があったじゃないですか。学院生徒に呪いを掛けて逃げた事件」
「確かにそんな事件があったね。何か責任を取らされてるのかい?」
「責任ていうか、あの再発防止の体制が整うまで、本部の敷地を出られないそうなんです。新年を迎えたら新しい部署が立ち上がるから、それで外に出られると思うと言ってたんです」
あたしの話を聞いてロレーナは額に手を当てる。
なにやら苦々しい表情をしているな。
「そういう事だったのかい。今月の“モフ会”に顔を出さないからヘンだなとは思ってたんだよ」
ああそのイベント、ホントに始めたんだ。
まあ、モフラーに交流イベントとかあるのは、本人たちには大事なことなのかもしれないけどさ。
「今日たまたまですけど国教会本部で教皇様にお会いすることがあって、私用ということで手紙を預かったんです」
「私用で預かった? ……それで?」
「なんか『吾輩、モフモフが足りずにそろそろ倒れそう』とかいって必死そうでしたよ」
あたしは脱力したけど。
ちなみに目の前のロレーナはそこまで耳にすると、再び額に手を当てて目を閉じた。
「くっ! 何てことだいっ! そりゃたぶん検閲をして手紙を弾いてたんだね」
「検閲、ですか?!」
そこまでやるか。
まあ、たぶんやるんだろうな、教皇様を仕事に集中させるために。
でもちょっとやりすぎな気もしてくるけど。
「ああ! 恐らく周りの奴らがデリック様からモフモフを遠ざけてるんだ! 預かった手紙を見せとくれ!」
「分かりました」
あたしは【収納】からロレーナ宛ての封書を取り出し、宛名書きを確認したうえで手渡した。
ロレーナは直ぐに封を切ると、中の手紙を真剣な表情で読み込んでいった。
そして顔を上げるが、彼女の表情には不敵な笑みが浮かんでいる。
「よし、間に合ったな。ウィン、あんたはやっぱり“持ってる”よ」
「え、どういう意味ですか?」
「あんた、今日デリック様に会ったのはたまたまなんだろう?」
「ええ、それは間違いありません。学院で風紀委員をしていて、その関係で教会に用が出来たんです」
「そんなことがあるんだね……。まあいい、これをちょっと読んでごらんよ」
そう言ってロレーナは手紙を差し出してきた。
それを受け取って読んでみる。
“モフの同胞たるロレーナよ、モフ会は順調だろうか。吾輩はこのままでは駄目かも知れぬ。故あって吾輩は今モフに辿り着くすべを断たれておる。神官として情けない話ではあるが、モフの命の喜びを断たれることは、どのような荒行にも勝る試練と吾輩は知ってしまった。だがここで一つの好機が迫っておる。十二月の最終週は今年一年無事に過ごせたことへの感謝を、神々に捧げるミサが行われる。ここをモフで満たすのだ。具体的には最終週の地曜日は、家族たる家畜やペットなどを連れて遍く大地の恵みに感謝するミサを行う。もし間に合うならば当日朝に、モフ会の朋友たちを国教会本部の敷地に集めてはくれまいか。例年地曜日のミサはモフに理解のある神官が多く参加する。これは彼らを吾輩たちの方に切り崩す好機とも言える。十二月最終週の地曜日をモフの聖なる日としよう。吾輩の願いが神々に届き、適切なタイミングで汝にこの手紙が届くことを祈っている。デリック”
何やら力のこもった文字が踊り、流れるような達筆で手紙が書かれていた。
パッと見る限りでは、宗教書などの写本を開いたような風格を感じてしまった。
その内容はともかく。
「何というか、役に立ったなら良かったです。お爺ちゃんが例年色々とお世話になっているみたいですし」
あたしはそっと手紙をロレーナに返した。
「いや、ゴードの爺さんはむしろこっちの方が世話になってる。それはいいが、『モフの聖なる日』か。面白いじゃないか!」
「はあ……」
思いっきり私情が入ってる気がするけど、教皇様的にはセーフなんだろうか。
たぶんセーフと判断したんだろうな、いちおう。
「そういや爺さんは王都に来るのかい?」
「いえ、祖父が来るとは聞いていません。恐らくアロウグロース領領都の工房で過ごすと思います」
「そうか、そりゃ残念だよ。だがそうなると、連絡網はわたしが回さなきゃならないね。こうしちゃいられないよ! すまないウィン、茶でもご馳走するところだが、用事が出来ちまった!」
「いえ、大丈夫です。繰り返しですが、お爺ちゃんがお世話になってるし」
お世話というか、一緒に悪乗りしてるような気もする。
そもそも連絡網って何のことなんだろう。
でもまあ、今回ばかりは少しだけ教皇様が可哀そうだよね。
「なんだったらあんたもミサの当日に来ればいいんだ。わたしが見る限り――」
ロレーナはそう言ってじーっとあたしを観察した。
何を観察しているのやら。
「あんたはイヌかネコかでいえばネコ派だね?」
「ええと……、その二択ならネコですね」
イヌも好きなんですけどね。
「ふむ、三毛ネコ、縞ネコ、黒ネコ、白ネコ、長毛種」
「……どうしたんですか?」
「黒ネコと縞ネコがツボだね?」
「え?!」
いや、前に縫いぐるみを買ったことはあるけどさ。
「そういうのって分かるんですか?」
「ああ、これでも色んなモフラーを知ってるからね。もしウィンがネコに興味があるなら、当日は触り放題になると思うよ!」
そう言われると一瞬心が揺れる。
でも母さんも王都に来るし、どうなるか分からないんだよな。
「両親が王都に来るので、ちょっとどうなるか分かりません」
「そんなの、親も誘えばいいんだよ。王都のモフラーの底力を見せてやるよ」
そう言ってロレーナは不敵に笑った。
「そんなわけで、わたしは出かけにゃならなくなった。ここで失礼するよ」
「はい。あたしも失礼します。……旦那さんにも一声かけてあげて下さいね」
「分かってるさ」
あたしはそこまで話してから厨房を出て、マリアーノに挨拶してから寮に戻った。
ウィン イメージ画(aipictors使用)
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