07.情報は鮮度が命だと思う
先ほど学院の附属病院にある車寄せからキャリルが呼んだティルグレース伯爵家の馬車に乗り、あたし達は王立国教会の本部へと移動していた。
状況によっては寮に戻るのが遅くなるかも知れないということで、その辺りの手続きも伯爵家の人に任せてしまっている。
「それでお嬢さまとウィンちゃんは、悪魔憑きと戦って撃破されたとか」
「そうなんですのエリカ」
「流石ですお嬢さま。後学のためにその時の状況を伺いたいのですが」
キャリルとあたしを迎えに来た馬車には、キャリルの側付き侍女であるエリカが乗っていた。
馬車が移動し始めて直ぐにキャリルに話を訊こうとしている。
後学のためと言っているけれど、確かに悪魔を呪術で身に宿して戦う相手なんて珍しいかも知れない。
だから訊いておきたいのかも知れないけど、同時にあとでシャーリィ様あたりに報告するために訊き出してるのもあると思う。
けっこうエリカは抜かりないんだよな。
「詳しくはまた後で話しますわ。それよりもウィン、明日の模擬戦のことですがブラッド様の実家から向かうと言っていましたよね?」
「模擬戦? ――ああ、レノに設定を頼んだ『敢然たる詩』の模擬戦ね。ええ、お爺ちゃんちに寄ってマジックバッグを置いて、それから王城に向かうわよ」
あたしの言葉にキャリルは何やら考えた後、一つ提案してきた。
「それなら今晩は我が家に泊って、明日一緒に行きませんか?」
キャリルはそう言ってくれるけど、寮の自室の荷物はお爺ちゃんちに持っていく予定だったんだよな。
「結局荷物を取りに行く手間がかかるし、せっかくのお誘いだけど基本は寮に戻ることにするわ」
「そうですの……チッ (今晩ずっと新調した戦槌でスパーリングできると思ったのに、ままなりませんわね)」
何やら舌打ちした後に小声で呟いているけれど、細かくツッコむと地雷を踏みそうな予感がしたのであたしはスルーした。
というか、キャリルが舌打ちしたのは久しぶりな気がするな。
たぶんヤバいネタだったんだと思う。
それにしても悪魔を宿したという妙な相手との戦いに巻き込まれたけれど、明日から本格的に冬休み突入なんだよな。
母さんとの第一種接近遭遇 (?)が控えているから、もしかしたらキャリルの提案に乗るのも正解だったのかも知れないな。
そこまで考えて、あたしは何かを忘れている気がした。
今日学院は一学期の期末試験が終わって、あたし達は風紀委員会の週次の打合せを行った。
打合せでは連絡事項なんかがあったけど、無事に終わってリー先生からおやつを頂いた。
そのあと歴史研に顔を出して、合体魔法騒動に駆り出され、いま馬車の中か。
――あれ、忘れてるというか、どうやって連絡を取ったらいいんだろう。
「キャリル、大変!」
「どうしたんですのウィン?!」
「カスタードプリンよ!」
「…………なんの話だったでしょうか」
「ウェスリー先輩に報酬を貰う約束をしたじゃない! 当日はダメだって言ってたやつ。翌日か次の日くらいとか言ってたわよね?」
そもそもの話をすれば、ウェスリー達が呪いの腕輪を最初期に手に入れていた生徒を特定した。
その件でウェスリーは呪いの技術的な側面からの情報が欲しいと言い始めた。
キャリルは協力を即答したが、あたしは報酬を要求した。
その結果ウェスリーが言い出したのがカスタードプリンだったのだ。
「呪いの腕輪の件ですわね。そんなこともありましたが、もう冬休みですわ」
「関係無いわ。情報は鮮度が命だと思うし、直ぐに報告してカスタードプリンを頂くべきよ!」
そう言ってあたしは馬車に揺られつつ握りこぶしを作った。
キャリルはその様子を見て呆れたような視線を送ってきた。
「そんなことを言っても、ウェスリー先輩と【風のやまびこ】で連絡を取れるようにしたくないと言い出したのはウィンですわ」
それは確かにそうなんだけどさ。
だってあの人と魔法で連絡が取れるようになると、色々な面で不安な気がする。
「それはそうなんだけど、キャリルも反対しなかったわよね。むしろあたしに同意見だった記憶があるのだけど」
「さて、記憶にございませんわ」
そう言ってキャリルは怪しい貴族スマイルを浮かべた。
くそ、いつの間にキャリルはこんなワザを身につけていたんだ。
あたしは思わずため息が出た。
「まあいいわ。いまはカスタードプリン、……じゃ無かった、ウェスリー先輩と連絡を取る方法よ」
「それならウィンちゃん、共通の知り合いに連絡を取るのはどうかしら?」
話を聞いていたエリカが助言してくれた。
あいだに知り合いを挟むのは確かに無難ではある。
「確かに本人への連絡先が分からなくても、知り合いを頼るのはアリですね」
そうなると、パトリックかフェリックスだろうか。
でも二人とも連絡先は知らないな。
ただフェリックスはホリーのお兄さんだし、ホリーに相談してみればいいのかも知れないな。
「キャリル、あいだにホリーとフェリックス先輩を経由して連絡してみるわ」
「ふむ。確かにそれは無難な連絡手段かも知れませんわね」
「いちおうホリーとフェリックス先輩の仲がわるく無いって前提だけどね」
以前見たあの兄妹のやり取りをみた限り、たぶん大丈夫なんじゃ無いかなと思っている。
「確かに、情報の鮮度が大切ということは一理ありますわ。……この冬休みで呪いの腕輪に似た物品が出回る可能性もありますし、ウェスリー先輩達に一声かけておくのも悪くありませんわね」
「そういうこと」
あとはカスタードプリンが気になるのも事実だったけど。
以前ウェスリーによばれたアップルスコーンもしっかりした味だったし、かなり期待できるんじゃないだろうか。
話が一段落付いたので、その後はキャリルがエリカに悪魔を宿した相手との戦闘を説明していた。
エリカはニコニコしながら聞いていたけど、彼女はプリシラの誘拐未遂事件の時キャリルと共に戦っていた。
だから彼女は笑顔を浮かべつつ、頭の中では悪魔を宿した相手との戦闘をシミュレーションしていたのかも知れない。
馬車はやがて王都中央部にある王立国教会本部の敷地に入る。
いつもあたし達が行く中央広場に面した教会の礼拝堂の方では無くて、馬車で入れる門をくぐった先にある建物だ。
国教会の本部と言えどさすがに王都のど真ん中の一等地なので、余分な広さも無いのだろう。
門をくぐったら直ぐに車寄せがあってあたし達はそこで馬車を降りた。
馬車を出迎えたのはスーツを着込んだ青年で、ティルグレース伯爵家の邸宅で見かけたことがある執事の一人だった。
あたし達は彼の案内で国教会本部の建物に入り、エントランスホールで待っていた女性の神官に出迎えられた。
「ようこそ王立国教会にいらっしゃいました皆さま。部屋を用意しておりますので、そちらでお話を伺いましょう。また、必要なら祈祷などを行いますので、どうかご安心ください」
「分かりました神官様。よろしくお願いいたします」
キャリルがそう応えると女性神官は頷き、あたし達を用意された部屋に案内した。
その部屋は貴族邸などにあるような華やかさは無かったが、清潔感があって明るい感じがする部屋だった。
なにやら観葉植物の鉢植えもあるけど、外からの光を浴びて活き活きした感じだな。
あたしとキャリルは女性神官に案内されるままソファに座ったが、付き添いの執事の青年とエリカはあたし達のソファの後ろに立ったまま控えた。
あたしはキャリルと並んでソファに座っちゃったけど、マナー的に良かったんだろうか。
一瞬振り返ってエリカに視線を向けるけど、彼女はニコニコしながら頷いた。
たぶんこのまま話を進めろということなのだろう。
女性神官が自己紹介を行い、彼女に伝わっている話の説明をした。
その中であたしとキャリルの名を把握していると分かったけれど、あたしまで『様』付けされたので、それはやめてもらった。
「――それで、お二人は学院の風紀委員会に所属する関係で、学院内の問題ある行動をした生徒に対処された。そして相手の生徒たちが呪いの技法を用い、悪魔の力を仲間の身に宿してお二人と戦闘をした。お二人はそれを制圧し、呪いの技法の影響を調べておきたいということでよろしいでしょうか」
「間違いございませんわ」
「大丈夫です」
あたし達の返事に女性神官は頷く。
「お話を伺う限り一般的には、その呪いは術が掛かった本人のみに影響するものです。ただそちらの執事様より、詳細に調べて欲しいと伺っております。ですので国教会本部におります高位の神官の手が空き次第、こちらに参ります」
「お手数をお掛け致しますわ」
「いいえ。呪いに対処するのは私ども神官の役目でございます。――高位の神官が来るまではまだ時間が掛かるでしょう。僭越ながら私が一般的な魔法と略式の祈祷でお二人を調べておきます」
その後、女性神官が【鑑定】や祭句を唱えてあたしとキャリルを確認してくれた。
それでも特に異常は無いとのことだったので、あたし達と女性神官はお喋りをして過ごした。
年末年始の国教会の行事の話もしてくれたけれど、どうやらミサがあるそうで「時間がありましたらぜひ」と誘ってくれた。
やがてあたし達がいる部屋の扉がノックされ、一人の少年が入ってきた。
「失礼いたします皆さま。間もなく高位の神官が参りますので、そのままお待ちください」
一礼したあと少年はそう告げて、扉を開けたままその場に気を付けの姿勢で待機した。
すると、あたしが知り合いの気配がすると思った次の瞬間、高位の神官の正装を着た年配の男性が入ってきた。
それは以前お会いした時よりも仕事モードの顔をした教皇様だった。
ウェスリー イメージ画(aipictors使用)
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