05.悪徳を考えさせるため
部活棟を飛び出したあたしとキャリルは、ニッキーから聞いた場所を目指し身体強化を行って急いだ。
制服姿で下はスカートだったので、建物の屋上を渡って最短距離を進むのは控えたけどさ。
これ以上妙な称号を貰いたくは無いのですよ。
現場に近づくにつれ、風属性魔力が盛大に放出されているのが感じ取れた。
これはいったい何をやっているんだろう。
標的が人間なら、急がないとかなりマズいところだろう。
そして講義棟の角を曲がり、現場の広場が目視できるところに到着した段階で生徒たちらしき集団が目に飛び込んできた。
学院の制服姿の集団が、同じく制服姿の集団に向かって風魔法を掛けている。
あれはもしかして【風壁】を合体魔法で掛けているのか。
【風壁】は風の刃を作り出す上級魔法で、一定範囲を属性魔力の刃で切り刻む効果がある。
先ずは止めないと、ヘタをしたら死人が出かねない。
そこまで考えたところで現場に辿り着いた。
他の人たちは先生たちを含め、まだ来ていないか。
「風紀委員会です! 直ちに風魔法を停止させなさい!」
「停止させない場合は実力行使で停止させますわ!」
あたしとキャリルが叫んだ直後、【風壁】を使っていた集団が一瞬こちらに視線を向けた後、魔法を解いた。
その場に形成されていた【風壁】による風の刃は霧散し、その中には風属性魔力で盾の魔法を範囲展開している生徒たちの姿があった。
攻撃された側の無事を確認してあたしはホッとするものの、盾の魔法の中に居る生徒たちに妙な気配がある気がした。
だが今は、攻撃をした連中が問題だろう。
あたしは攻撃を加えていた側の生徒たちに意識を向けた。
フレイザー達を攻撃していた八名の生徒のうち、一人が仲間に視線を送る。
その仲間は頷き、残りの仲間に歩み寄り何やら呟いた。
そして最初に視線を送った生徒が口を開いた。
「お望み通り魔法を止めたぞ、斬撃の乙女に変幻の乙女!」
「魔法の停止を確認しました。非常に危険な魔法の使い方でしたが、あなた達はどういう意図でこのようなことをしたんですか?」
ウィンの問いに、応対していた生徒が歪んだ笑みを浮かべて応える。
「どういう意図だって? 問題ある仲間に、厳しく説教をしているところだった、と言えば納得するか?」
彼がそう告げる間にも、彼の仲間が三人一組でなにやら同じ言葉を呟き始めた。
彼らはそれぞれ以下のような祭句を唱えていた。
『我らは汝、悪魔マルコシアスを呼び起こさんとす。魂の根源の威力を以て、我らは汝に命ず。至高の造物主の御業を称え、その威力によって瞬きの間我らの朋友に宿れ。在りし者よ、その玉座よ、全ての基礎たるものよ、まさに在れ!』
『我らは汝、悪魔アロセスを呼び起こさんとす。魂の根源の威力を以て、我らは汝に命ず。至高の造物主の御業を称え、その威力によって瞬きの間我らの朋友に宿れ。在りし者よ、その玉座よ、全ての基礎たるものよ、まさに在れ!』
祭句を唱えた直後、三人一組の集団は一人ずつが風と火と水属性魔力を一瞬放出すると、それぞれの集団の真ん中に地属性魔力の塊が生じた。
そしてその地属性魔力の塊は祭句を唱えなかった二人の生徒に入り込み、それぞれの右手の甲に紋様を浮かび上がらせる。
ウィンに応対していた生徒の甲にはヘビの尻尾を持った有翼の狼の姿が浮かび、もう一人には甲冑を着た獅子獣人の姿が浮かんだ。
「「ふぅ~~~」」
右手の甲に紋様を浮かべた生徒二人は揃ってその紋様をウィン達に向け、嗤いながら大きく息を吐いた。
「ねえあなた達! その連中、悪魔のチカラを身体に宿したわよ!」
「中々手際がいいな。腐っても呪いの実践者ということかクフフフフ」
「非常に興味深い状況です。風紀委員会の彼女らに、名前付きの悪魔の力を喚起した者を押さえられるのか。見ものですねデュフフフフ」
「悪魔憑きに挑む学院生徒という構図は本当に美しいよ!」
ナタリーを始め、ゴードンとフレイザーとマニュエルは、半ば他人事で状況を見物し始めた。
その様子にウィンは若干イラつきつつ、一瞬キャリルに視線を向けてアイコンタクトしたあと口を開く。
「ちょっとあなた達、悪魔を宿すってどういう事よ?!」
「知りたいかね斬撃の乙女?」
「……マルコシアスとかアロセスとか言ってたわね」
ウィンは自然体から軽く半身を取りつつ、そう告げた。
先ほどの祭句の中で出てきた単語で、固有名らしきものが聞こえたので話題に上げることにしたのだ。
相手は魔獣に近いような、おどろおどろしい奇妙な気配を纏っている。
ゴードンが『呪いの実践者』と言っていたのも聞こえていたので、呪術の類いを使う連中だと想起する。
そしてウィンは彼らと会話をするフリをして、キャリルが【収納】から武器を取り出す時間を稼ぐつもりだった。
ウィンは知るところでは無かったが、彼女が地球の記憶で悪魔の名を知っていたなら驚いたかも知れない。
彼らが宿した悪魔は、同じ名で地球にも知られていたからだ。
「はは。斬撃の乙女は中々耳が良いようだな。魔獣の中でも悪魔と呼ばれる存在が居るのは知っているか?」
「悪魔を含め、妖精だとか死霊なんかの精神生命体に近い存在というのは、冒険者なら知ってるんじゃないかしら」
「なるほど、確かに冒険者としての知識がある生徒は、知っていてもおかしくない。だがその悪魔の中でも名前付きと呼ばれる強力な存在が確認されている」
「名前付き?」
「諸説あるが、教会なども推す主流の説では、神々の頂点たる創造神の御使い――天使と呼ばれた者が悪徳を考えさせるために悪魔になったそうだ。彼らは名を持つ」
「ウィン」
キャリルがウィンに声をかけるが、その手には【収納】から取り出した戦槌が握られていた。
デイブの店で購入した白い戦槌で、キャリルは内心実戦投入を希望していた武器だった。
「変幻の乙女は準備が出来たようじゃないか? お前は武器は用意しないのか、斬撃の乙女?」
「あたし達を待っていたということかしら?」
「『学院裏闘技場』での立ち回りは観た。俺たちの呪術がどのくらい通じるかは、興味があった!」
その言葉にウィンは溜息をつく。
彼女は彼らが行ったという呪術が、彼らの精神に及ぼしている可能性を一瞬考える。
「呪術の対価か何かで気が大きくなっているわけじゃ無いのよね? 一応警告するけれど、止めておきなさい」
「お前らを退けて、あいつらを潰す。もう、決めたことだ」
その言葉を聞いてウィンは急速に目の前の状況が面倒になり、早く現場に応援が来ないかななどと考え始めていた。
目の前の生徒たちのうち、魔獣の気配を纏って『悪魔を宿した』と言っている連中は、何やら戦う気が満々だった。
あたしとしてはせっかく期末試験が終わって冬休みに入ったのに、なんでこんなに殺伐とした状況に巻き込まれているんだろうと悩ましくなる。
一方あたしの近くに居るキャリルはやる気満々である。
気配からして戦闘モードに突入している感じで、視線を向けなくても非常に好戦的な笑顔を浮かべているのが想像できた。
ああ、自室に帰りたい。
そう思ったのはいつぶりだろうかと思ったけど、侍女服のサイズ合わせで伯爵邸を訪ねたとき以来だろうか。
今回とは状況が違うけれど、あの時もキャリルが居たんだよな。
巡り会わせって不思議だなと思いながら乾いた気分になっていると、有翼狼のマークを浮かべた生徒が叫んだ。
「それでは行くぞ!」
その瞬間にあたしは内在魔力を循環させてチャクラを開き、身体強化を発動した。
有翼狼マークの生徒は何というか、真正面からそのままあたしに突っ込んできた。
一応ボクシングのような構えは取っているけれど、体術の授業で習うディンルーク流体術だろうか。
光竜騎士団の格闘術で制式採用されているし、決して馬鹿にできない体術なんだけど目の前の相手はフェイントとかは考えていないようだ。
キャリルに向かって行った生徒も似たような感じだな。
キャリルは全身と武器に火属性魔力を纏わせているので、ほどほどに対処するつもりなんだろう。
そこまで考えていると、有翼狼マークの生徒は格闘の間合いに入りあたしにジャブを打ち出してきた。
意外と速いけど、それだけだ。
怖くは無いので身体強化だけを行って円の動きで回避しつつ、魔力を込めずに掌打の四撃一打を相手のボディに叩き込む。
だが感触としては分厚い肉の塊を打っているような感覚だった。
「効いて無さそうね、これ」
「ははは、どうした斬撃の乙女! 全く効かんぞ!」
相手はすごくうれしそうだけど、どうしようかなコレ。
応援が来るまで適当に打ち合っていようかな、と考えていると呪術を使った生徒たちから敵意を感じた。
あたしは反射的にそちらを無力化することを決め、一足で彼らの傍に移動する。
そして彼らの傍らを駆け抜けながら鳩尾に四撃一打を打ち込んで意識を刈り取って行った。
「無駄だ、斬撃の乙女! 仲間を倒しても、呪術は止まらんのだよははははは!」
いや、そういう意図では無かったんですよ。
【潭水】とか【麻痺】なんかの補助魔法をぽいぽい放たれても面倒だったから処理した感じなんです。
そう思いながら有翼狼マークの生徒が迫るのを少し待つ。
するとキャリルに声を掛けられた。
「ウィン! こちらは終わりましたわ! いつまで遊んでるんですの?」
気配の変化で何となく察していたけれど、甲冑獅子獣人マークの生徒はすでにキャリルの容赦のない打撃で倒れている。
キャリルに視線を向けると、手にした白い戦槌を軽く素振りしていた。
あれは本人的に物足りない感じのアピールなんだろうか。
「むむ、恐れるべきは変幻の乙女だったか?! 先に仕留めさせてもらうぞ!」
有翼狼マークの生徒はそう叫んでキャリルの方に向かおうとする。
だがあたしはその言動に反応してしまった。
もし今回のことでキャリルとあたしで差が出た時、どちらかに偏って戦いを挑む生徒が出るかも知れない――
「それは本意じゃ無いのよ」
思わずそう呟いたあたしの声は、自分でも気づくほどに低い声だった。
あたしは一足で有翼狼マークの生徒に近づき、人差し指と中指を立てた手で刺突技を繰り出す。
風属性魔力を込めた四刺一突で、デイブが良く使う死帛澪月の素手バージョンだ。
指二本で繰り出したのは、貫き手で繰り出すと大穴が開きそうだったからだ。
あたしの攻撃で有翼狼マークの生徒は両ひざと両肩と両ヒジに穴が開き、悲鳴を上げながら地面に転がった。
「呪術、解いてくれませんか? あんまり治しにくい傷とか作りたく無いんですよ」
あたしが顔を近づけて告げると、脂汗をかきながら有翼狼マークの生徒は呪術を解いた。
特に祭句も唱えなかったし、悪魔を宿した状態は本人の意志で解くことが出来るのかも知れない。
このまま傷を放置する訳にも行かず、あたしは【回復】を掛けて生徒の傷を治した。
そうしているうちにエルヴィスやエリー達が戦闘服を着て現場に到着した。
エルヴィスはグレイブを抱えているな。
歴史研から駆け付けたのか、戦闘服を着こんだレノックス様やペレの姿もある。
なぜかカタナを佩いたコウも来ているけど、エルヴィスと一緒に行動していたんだろうか。
「大丈夫かいウィン! キャリル!」
「敵はどうなったにゃ!」
「どうやら出遅れちゃったのかねえ」
コウやエリーが叫ぶが、エルヴィスが苦笑いを浮かべた。
もしかしたら合体魔法の可能性を考えた時点で、完全武装してきたのかも知れないな。
「流石の手並みだな」
「キャリルはともかく、ウィンも凄いんだね」
レノックス様やペレが何やら頷いている。
その後も次々に風紀委員会のみんなや先生たちが到着し、現場は騒然となった。
キャリル イメージ画 (aipictors使用)
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