04.八つ当たりを受けた側
今年最後の風紀委員会の週次の打合せが終わった。
寮に戻るには少し早かったので、あたしは久しぶりにキャリルに同行し、歴史研究会に顔を出すことにした。
期末試験期間中は部活棟は閉鎖されていたけれど、試験が終わったので今日の午後から部活棟の使用が再開されたらしい。
歴史研の部室にはすでにアルラ姉さんとロレッタがいて、他にはレノックス様やペレの姿もあった。
「あらキャリルとウィンじゃない。風紀委員会の打合せは終わったのかしら」
「ええ、終わりましたわ姉上。ウィンはここのところ我が歴史研究会に来ておりませんでしたので、今日は引っ張ってきましたの」
「あまり顔を出さずに悪かったわよ。……それで、歴史研は休み中は何か活動をしたりするんですか? 基本的には文献の調査が多いイメージがあるんですけど」
そう訊きながらアルラ姉さんとロレッタが座っている近くの椅子に座る。
フィールドワークとかをしているなら、それはそれで面白そうだなとは思う。
遺跡の発掘とかをして、出土品などを【鑑定】で調べるとかすれば色んな情報が得られるかも知れないし。
もっとも闇神の狩庭をニナに鑑定してもらった時に知ったけれども、高位鑑定でもあまりに古すぎる物は鑑定できないようだけどさ。
「ウィンの言う通り、研究会としての活動は特に無いわね。ただ、個人的にフィールドワークに挑む部員も居たりするわ」
「そうなんだ? 姉さん、フィールドワークってどんなことをするの?」
「色々あるわよ。手軽なところだと文献や論文の再検証っていう意味で、歴史がある古い街を訪ねてその様子を自分なりに確認するとかかしら」
アルラ姉さんが教えてくれたけど、一番基本的なものは観光な感じがするのはあたしの認識不足なんだろうか。
日本の記憶でいえば、京都や奈良や鎌倉を修学旅行するような光景をイメージしてしまった。
「……ウィン、『それって観光じゃないかしら?』って顔をしてるわね」
「う、うん」
「はぁ、正直でよろしい。観光っていう概念も歴史の研究とは無関係では無いわよ。王都の周辺では見付かっていないけれど、王国の辺境伯領領都は周辺に遺跡があるわ。それ目的で観光として訪ねる人もここ数百年で一般的になっているのよ」
「そうなんだ……」
「そうよ。アロウグロース辺境伯領領都の名前は分かるわよね?」
アルラ姉さんの妙なスイッチを押してしまった気がするな。
なにやら口頭試問モードに入っている気がするんですけど。
試験が終わった日にテストが始まった気分なのはこれいかに。
「ゴッドフリーお爺ちゃんの工房がある街ですもの、さすがに知ってるわよ。領都シゲルオセルよね。ディンラント古語で『太陽の土地』を意味するんだったかな」
『お~』
アロウグロース辺境伯領はディンラント王国の東部に位置する。
ディンラント王国は建国から二千年経っているけれど、各地の辺境伯領の領都ではそれより以前から人類が暮らしていたという説がある。
その説の一つの論拠が、都市の名が古くからディンラント古語で呼ばれてきたことによる。
王都ディンルークもディンラント古語の名があるという説があるみたいだけど、具体的な話が出て来たことは無いらしい。
「さすがアルラの妹だな。ディンラント古語まで押さえているのは中々だ」
「あれでキャリル並みの武闘派なのよね」
「風紀委員とかやめて歴史研に入ってくれりゃあいいのに」
「フィールドワークの範囲が広がりそうよね」
あたしとアルラ姉さんのやり取りを聞いていた歴史研の部員たちが、何やら評していた。
その中で一瞬、不穏な言葉が聞こえた気がするけどスルーしよう。
「要するに、王都を含めて王国内の都市の中では辺境伯領領都は古い歴史があるから、自分の目で確かめるのは大切って言いたいのよね?」
「その通り。分かってるならいいわ」
アルラ姉さんはあたしの言葉で笑顔を浮かべるけれど、どうやら正解を引いたようだった。
学院の講義棟の裏手にある広場には、いま数名の生徒たちが集まっていた。
普段なら運動部の部員たちが部活用の施設に向かうために通ることもあるのだが、期末試験最終日が終わったその夕方には人通りも絶えている。
その人通りの無さも、生徒たちがそこにいる理由だった。
呼び出されたのはフレイザーほか、『虚ろなる魔法を探求する会』の幹部たるゴードン、マニュエル、そしてナタリーの四名。
呼び出したのは『虚ろなる魔法を探求する会』に所属し、『グリーンモンスタースムージー』の件で期末試験の追試が決まった八名の生徒たちだった。
「俺たちがお前らを呼び出した理由は分かるよな?」
「さて、理解できないときはどう応えるべきだろうか。クフフフフ」
「お前らのせいで、俺たちは追試を受けることになったんだよ! それについてどう考えてるんだ?」
彼らを呼び出した生徒の一人が、ゴードンの言葉で声を荒げる。
それに対し、ナタリーが口を開く。
「見苦しいわねあなた達。要するに八つ当たりでしょ? 仮にも呪いを扱う集団の者が、その危険性もリスクも分かりませんでしたとは言わせないわよ」
「そうだね。フレイザーがかなり丁寧かつ熱心に、リスクを説明してくれた。それを無かった事と捉えるなら、美しく無いと言える」
マニュエルもやや呆れた口調で彼らに告げる。
「どう考えるのか、でしたか。呪いについて深く考えることも無く、通常の魔法のように使ったのでしょう。その結果、自滅して不利益をこうむるのは、呪いの研究で良くある光景だと思いますよデュフフフフ」
そう告げて笑ってみせるフレイザーだったが、その口調ほどには表情は笑っていなかった。
あるいはいま起きている状況に、彼はウンザリしていたかも知れない。
その程度の覚悟しか持たず、呪いに触れていたのかと。
だが、フレイザー達を呼び出した生徒たちは頭に血が上ってしまったようだ。
それは、彼らが指摘した内容が図星だと理解していたからかも知れないが。
「上等だ!」
「お前らは前から気に食わなかったんだよ!」
「なら、お前らにこれから起こることも『良くあること』だよな?!」
「同じサークルのよしみだ、命までは取らんが手足の二、三本は覚悟しろよ?!」
そう言って彼らは魔力を集中し始めた。
「本当に想定の範囲を超えない連中ね……」
ナタリーが彼らに呆れた視線を向けると、ゴードンやマニュエル、そしてフレイザーも口を開く。
「凡庸なのは悪い事ではないが、退屈な行動だよ。クフフフフ」
「彼らの葛藤自体は、美しいと言えるかもしれないがね」
「仕方ありません、われわれも対処しましょう……。どうやら風の合体魔法のようです」
『了解 (よ) (クフフフフ)』
フレイザー達を呼び出した生徒たちは、一人が闇魔法で意念を接続させてタイミングを合わせ、風魔法を唱えた。
『【風壁】!!』
それとほぼ同時にフレイザーは事前に決めていた手順で楽団の指揮者のように合図を送り、タイミングを揃えて風魔法を発動した。
『【風の盾】!!』
次の瞬間フレイザー達を襲うように、風属性魔力で形成された風の刃の連なりが壁を作った。
だがその中では、フレイザー達が風属性魔力で形成された防壁を一人一層作り出し、四人の魔力が循環する形で複雑な構造を形成して一時的なシェルターのようなものにしていた。
「事前の取り決め通り、反撃はしませんがよろしいですね? デュフフフフ」
「構わないわよ。さすがにこんな所でこんなに魔力が集中していれば、誰かが気が付くわ」
「俺たちは八つ当たりを受けた側であって、彼らをどうこうしたい訳では無いからね。クフフフフ」
「それよりも僕らの風の盾だが、なかなか美しいじゃないか」
余裕を見せるフレイザー達だったが、その様子に彼らを呼び出した生徒たちはさらに激昂し、魔力を強めていった。
最初に感じたのは違和感だった。
魔力の妙な流れが学院内のどこかで起きているようにあたしには感じられた。
「どうしたんですのウィン?」
「誰かが魔力を集中させてる気がする……」
「オレも同感だ。学院内だと思う」
キャリルとあたしのやり取りに、近くで本を読んでいたレノックス様が同意した。
というか、一度意識し始めると気になるくらい濃い魔力の気がするな。
環境魔力じゃ無くて、魔法の発動による魔力の気がする。
「妙な魔法でも使ってる人が居るのかな?」
「合体魔法を使っている人が居るのかも知れないわ。練習で使っているならいいけど、誰かが誰かを攻撃しているなら問題だと思うわ」
アルラ姉さんがあたしに告げる。
合体魔法というのは魔法の座学の授業で教わったことがある。
何らかの手段で魔法の発動のタイミングを合わせ、複数の魔法の使い手が同じ魔法を放つことで魔法の効果を高めるというものだった。
そこまで考えたところで、ニッキーから魔法で連絡が入った。
「アイリスちゃん、エリー、キャリルちゃん、ウィンちゃん、いまいいかしら? 学院構内で風の合体魔法を使っている集団がいるようです」
「ウィンです。先生に連絡はしましたか?」
「私でも気づいたので、先生たちも気づいていると判断します。もし可能なら現場に急行してください――」
『了解 (ですの) (にゃー)』
返事もそこそこにあたしとキャリルは「風紀委員の呼び出しがあった」と周りに告げて、移動を始めた。
アルラ イメージ画(aipictors使用)
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