03.大切なのは自制心
昼食後にあたし達はとりあえず寮に向かった。
冬休み中に寮を離れる生徒も、その多くは移動の都合などで一夜明けた明日闇曜日の朝に離れるのが普通らしい。
王都に実家や邸宅がある生徒の中には、今日の夕方から寮を離れる生徒も居るみたいだけれども。
あたしは自室に戻ったけれど、父さんの実家には明日アルラ姉さんと移動する予定だ。
その前に今日このあと風紀委員会の週次の打合せがあるので、時間になったらキャリルと向かうことになっている。
時間になるまではお昼寝して過ごす事も考えたけど、微妙に寝過ごすのが恐ろしかったので日課のトレーニングを行っていた。
そして時間になったらキャリルと寮の玄関で合流して風紀委員会室に向かった。
委員会室にはリー先生を始めみんな揃っていて、あたしとキャリルが最後だったようだ。
あたし達が席に着くと、リー先生が口を開いた。
「それでは皆さんが揃いましたので、今年最後の風紀委員会の週次の打合せを始めたいと思います。先ず最初に共通の連絡事項です。以前学院内にて呪いの腕輪が流行しそうになりました。この件で新しい動きがありましたのでお伝えします――」
そしてリー先生は呪いの腕輪に関する説明をしてくれたが、以下のような内容だった。
・情報提供者の使用人が、王宮の呪いの研究者と面識があった。
・王宮の呪いの研究者は、呪いの腕輪の製作者に関して情報を持っていた。
・学院非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』に、呪物の製作者を『底なしの壺』とする技術が伝わっている。
・現在流通している製作者が『底なしの壺』である呪物は、非公認サークル『虚ろなる魔法を探求する会』のOBやOG、または現役部員が関わっていると思われる。
「――ここまでが、昨日夜の段階で得られていた情報です。本件とは別に、問題の非公認サークルはここ数日問題となっていた食堂での大食い騒動にも関わっている可能性が示唆されました。ここまでよろしいでしょうか?」
リー先生が風紀委員会のみんなを見渡す。
するとジェイクが手を挙げて問う。
「先生。話をまとめると、王宮の専門家によれば、呪いの腕輪の製作には『虚ろ研』の関係者が関わっている。加えて彼らは大食い騒動にも関わっているということでいいですか?」
「腕輪の方は、在校生か卒業生かは不明ですがほぼ確定です。大食い騒動の方は可能性でした」
ジェイクが呪いのことで質問をした事で、みんなは一瞬彼を心配するような視線を送る。
それでも直ぐに視線をリー先生に戻していたけれど。
「説明を続けます。大食い騒動に関しては、『虚ろ研』の幹部よりマーヴィン先生に報告がありました。曰く、『グリーンモンスタースムージー』という食品を呪いで作り出し、その対価が食欲の増大だったようです」
「先生、呪いで食欲が増したってことにゃ? 効果は何だったにゃ?」
エリーが手を挙げてリー先生に問う。
料理研究会に所属する彼女としては気になるのかも知れない。
「呪いの食品の効果がステータスの力の値の上昇で、その対価として食欲が一時的に増すというものだったようですよ」
「呪いってそんなこともできるにゃ?!」
エリーの反応を見ながらリー先生は苦笑いを浮かべる。
料理研の彼女が、これを機に呪いに興味を持つのは好ましく無いと考えたのかも知れないな。
「あまり上手にコントロールできるものでも無いようです。マーヴィン先生に報告した生徒には異常は認められませんでしたが、ステータス値を際限なく上げようとすると、最悪飢餓状態に陥るようです。場合によっては極度の栄養低下で、衰弱死につながる危険もあるとか」
『うわ~』
みんな顔をしかめているけど、衰弱死という単語でドン引きしている感じだ。
「量をまちがえると衰弱死する栄養剤とか、あんまり笑えないねえ」
「健康のためなら命を懸けるっ人て、本当に居るんですかね?」
エルヴィスの言葉にあたしは思わず反応してしまったが、やり取りを聞いていたみんなはやっぱり苦笑いをしていた。
その後もリー先生の説明は続いたけれど、学院側はまず『虚ろ研』の幹部のリストを作り、幹部から事情聴取したようだ。
内容は『グリーンモンスタースムージー』の製造や摂取に関することと、呪いの腕輪の製造の件だった。
事情聴取の内容は【真贋】で真実と判定したという。
「――話を聞いた結果、『虚ろ研』の“幹部の生徒”には問題が無いと判断されました。具体的には呪いの食品の危険性を部員内で共有して警告し、その上で日常生活に影響のない範囲で実践を行ったこと。また、呪いの腕輪製造には関わっていないことが確認できました」
その後、学院の生徒で食欲が大きく増している生徒や、衰弱などの兆候が見られる生徒を調べ個別に事情聴取を行ったようだ。
結果として、飢餓状態に陥りかねない危険な量を摂取していた生徒が数名見つかり、学院の附属病院で処置が施された。
「なお、この件で『虚ろ研』幹部はお咎めなし、その他の生徒についても危険な量を摂取した生徒たち以外は不問としました」
それはほとんどの関係者を不問にしたという感じだろうか。
何となくモヤっとするな。
「先生、『虚ろ研』の殆どの生徒を野放しにしたということですか? それは大丈夫なんでしょうか?」
思わずあたしは声を上げてしまった。
ちょっと呪い絡みの件ということで、気持ちが入ってしまった気がするな。
それでも、あたし以外の風紀委員のみんなも割と興味深そうな視線をリー先生に向けている。
もしかしたら、あたしと同じように腑に落ちないと感じているのかも知れない。
「学院としては、呪いの実践について自制心を持って行っている生徒は、問題無いと判断することにしました」
そう言ってからリー先生はあたし達を見渡した。
「これは危険度でいえば、他の四大属性魔法でも同じだからということにつきます。皆さんが学院の授業などで習っている基本的な魔法――【石つぶて】などでも、生き物を殺傷させられます。大切なのは自制心なのです」
リー先生が諭すような口調でそう説明すると、委員会室の中の雰囲気は少しだけ緩んだ気がした。
理由があって判断が下ったということで、あたしを含めてみんなは一応は納得したんだと思う。
「それでリー先生。今の話では何人か病院送りになったようですが、彼らは処分されるのでしょうか?」
カールが問うと、リー先生が頷く。
「そうです。具体的には反省文の提出と、ステータスの力の値が関わりそうな試験科目の追試受験が決まりました。内申書にも処分の経緯が記載されます」
内申書への記載はずっと残るし重い処分の気もするけれど、学院が自制心を重視するというなら妥当だろう。
「今週あった出来事の共通の連絡としては以上になります。――それでは個別の連絡をお願いします」
カールからは特に連絡は無かったが、ニッキーは期末試験の出題で賭けを行った生徒が居たので各クラス担任に通報してお説教してもらったという連絡があった。
エルヴィスとジェイクとアイリス、エリーからは特に無し。
あたしからは、先週の闇曜日に学院構内でフェリックスとパトリックが気配を消して手合わせをしていた話を報告した。
当日キャリルの方からニッキーに問題無いことは確認してあったので、フェリックスとパトリックの名は伏せたけれど。
ニッキーからも補足説明があった。
あたしに続いてキャリルからの連絡では、あたしと共にフェリックスとパトリックの試合を止めたことを話していた。
「――皆さん、個別の連絡ありがとうございました。年内の風紀委員会としての活動はこれにて終了となります。ですが冬休み中に学院の生徒からの相談事があったり、学院への報告が必要なことが発生したときは、迷わずいつでもわたしまで連絡をお願いします」
『はい(ですの)(にゃー)』
「年明けの週次の打合せは来月冬休みが終わってからになります。寒い時期ですし、体調の管理を怠らずに過ごしてください。それでは皆さん、今年もありがとうございました」
『ありがとうございました』
風紀委員会の打合せは終わったけれど、その後リー先生がおやつを持ってきたからと言ってそのままお茶会に突入した。
先生が【収納】の魔法で取り出したのはホールサイズのタルトで、リンゴのものとペアー(西洋梨)のものを二個ずつ持ってきてくれた。
商業地区にあるお店で買って来たものらしい。
先生からのおやつの提供を受けて料理研所属のエリーが張り切り、人数分の牛乳のホットミルクを用意して出してくれた。
「リー先生、タルトをありがとうございました」
「いえいえ。わたしもよく利用する店のものですけれど、甘さがしつこく無くて好きなんですよ」
「分かります! なんかリンゴやペアーの味がバターの香りと相まって前に出てくるんですよね」
「ふふ、お店を教えましょうか?」
「ぜひ!」
あたしはそんな話をして、リー先生からケーキ屋さんの情報をゲットした。
ちなみにエリーやニッキーも知っている店で、結構有名なところらしかった。
それはそれとして、あたしは呪いの腕輪の件でリー先生に念押しして確認をしておきたいことがあった。
それは学院の在校生が関わっているかどうかという点について。
「リー先生、確認というか、共通の連絡事項でうかがった話ですけど、呪いの腕輪の製作者は在校生か卒業生かは絞り切れていないんですね?」
「そうですね。『虚ろ研』幹部の生徒が関わっていない事と、食堂で大食い騒動を起こした生徒が関わっていないことは確認できています」
「話を聞いた生徒に漏れがあるということですか?」
「ええ。どうやら彼らの活動は自由度が高いらしく、一時的に参加して直ぐ来なくなるような生徒にも呪いの実践情報を公開しているようなんですよ」
それってやっぱり何らかの規制みたいなものをかけた方がいいんじゃないだろうか。
あたしは反射的にそう思った。
「ウィンさんは納得がいかないという表情をしていますが、基本的に彼らは自らの知識欲のために活動しているようです。よこしまな意図があって活動しているなら、学院としてはもっとキツく対応しています」
「そうですか。……先生、彼らの幹部の名前だけでも教えてもらうことはできますか?」
「そうですね。ウィンさんを含め、皆さんなら悪用するようなことも無いでしょうし、伝えておきましょう」
そう言ってリー先生は四名の生徒の名を教えてくれた。
ゴードン・シンプソン、マニュエル・デュラン、フレイザー・ボスウェル、ナタリー・カーヴァ―。
以上の四人の名を聞き、あたしは脳内にメモをした。
その後はみんなでお喋りをして過ごしたけど、冬休みの話をした。
風紀委員会のみんなは王都に居るようだけど、カールとエリーは王都が地元なので、冬休み中は家に戻っていると言っていた。
「ところでエリー先輩。ディナ先生に突撃するといった話をされていた気がしますが、どうされましたか?」
キャリルがエリーにディナ先生とパーシー先生の話題を振ると、エリーがつやつやした表情で語り始めた。
「その件はー、たぶんアタリにゃ! 本人に何を聞いてもはぐらかされるにゃ! でもリア充の匂いというか、『本当は自慢で話したいのに職場だしどうしようかにゃー』って感じの気配を感じるんだにゃー」
「「詳しく教えてー!」」
横からキャリルとエリーのやり取りを聞いていたアイリスとニッキーが、話に飛び込んできた。
あたしはその様子を眺めながら、タルトの味を堪能して過ごしていた。
リー イメージ画(aipictors使用)
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