02.これで冬休み突入
翌日、期末試験も四日目になった。
今日明日を乗り切ればもう冬休みだ。
今日の試験科目は体術の実習と魔法史と経済基礎だ。
あたしとしては苦手な科目も無かったので、問題無く試験を終えてお昼になった。
実習班のみんなとお昼を食べながら、体術の実習の試験について話をして過ごした。
食堂では少し変化があった。
配膳口のところに男性教師が数名控えていて、大食いをしようとする生徒に声を掛けていた。
もしかしたら呪いの食品の件で、学院側が何らかの手を打ったのかも知れない。
それでも騒ぎになるようなことも無く、試験四日目は終了した。
その後はみんなと寮に戻り、自室で日課のトレーニングを行い、気分転換にジューンの部屋を訪ねた。
ジューンの部屋は片付いていたけれど、彼女の部屋らしいなと思ったのは棚の工具類だった。
魔道具を弄ったりするための道具類が整理され、棚の一角を占拠している。
「ねえジューン、また工具が増えたんじゃないかしら?」
「そんなこと無いですよ。……少しだけ買い増したりはしましたけど、棚に収まりきらない量にはなっていませんし」
マジックバッグとかあるし、収納には問題無いと思う。
それでもわざわざ自室の棚に仕舞ってあるのは、工具を買い過ぎないようにするジューンの自制心の表れなのかも知れないな。
「ところでウィン、風紀委員会には非公認サークルの情報は入ってくるんですよね?」
「迷惑な連中の情報は先輩から連絡されたりするわね。何か心配事でもあるの?」
「いえ……。期末試験に入る前に、魔道具研究会の先輩と非公認サークルの話をしていたんです」
非公認サークルと言っても色々あるからな。
ジューンが気にするような団体だとどんなものがあったかな。
「何の非公認サークル?」
「『魔道具を魔改造する会』です。そろそろ魔道具研で『アルプトラオムローザ・ツヴァイテ』の搭乗試験が始まるので、非公認サークルから挑戦状が届くかも知れないって」
「挑戦状かあ……」
非公認サークル『魔道具を魔改造する会』は、搭乗型ゴーレムを開発しているという非公認サークルだ。
魔道具研の方が魔道具の全身鎧なのに対し、『魔道具を魔改造する会』の方は日本の記憶でいう所の搭乗型ロボットに近いのかも知れない。
「でも『魔改造する会』の方は過去に暴走で農場を荒らして、危険視されてるわよね?」
「そうですね。そもそも開発作業を行うスペースが、学院内に無いんじゃないかと言われたりしています」
「確かに、怪しい集団が搭乗型ゴーレムを弄っていたら、風紀委員会に情報が入ってくると思う。それが無い以上、いまのところは動きが無いのかも知れないわ」
「だといいんですが……」
ジューンはそう言って苦笑いを浮かべる。
でも彼女のことだから、挑戦状と言われても『ピンク色の悪夢・弐号』は負けませんと力説しそうな気がする。
その辺りを訊いてみると、自信満々な応えが返ってきた。
「後継機では性能が向上しすぎたので、搭乗型ゴーレムと万が一にも戦闘などを行った時には相手に死傷者が出ないかが心配なんですよ」
「死傷者かあ……。ケガ人はともかく、死人は出したくないわね。金属の塊とゴーレムがぶつかり合うのはちょっと洒落にならないし」
「全くです……」
ジューンはそう言って微笑んでいた。
一夜明け、期末試験も最終日の五日目になった。
朝のホームルームもそこそこに、今日の試験が始まる。
ちなみに今日は全ての試験が終わったらホームルームを行い、そこで解散となってそのまま冬休みに突入する。
どうやら王国では学期ごとの始業式や終業式は行わないみたいだ。
今日の試験科目は魔法の実習と礼法基礎と神学基礎だ。
あたしは特に苦手な科目も無いので淡々と試験を受ける。
魔法の実習の試験内容は、授業の中でずっと練習していた盾の魔法の練度を確かめる内容だった。
試験担当の先生が打ち出す威力を弱めた【石つぶて】を、盾で受ける試験が行われた。
他には魔道具を使い、生徒が魔法で作り出した盾の強度を測定するというのがあった。
残りの教科についても暗記科目だったし内容も初歩のもので、なおかつ問題も毎年使いまわされるようなものだった。
そういう感じで期末試験は全て終了した。
試験後にホームルームを行ったけれど、ディナ先生が冬休み中の注意事項を連絡し、年明けの二週目から授業が再開することをみんなに伝えた。
注意事項にしても冬休み中に学院の来年入学する生徒のための入試があるので、講義棟には入らないようにとかそういう内容だった。
「――以上がワタシからの連絡事項になります。重ねての話になりますが、冬休み中は学院の生徒として節度を守って行動し、新しい年を迎えてください。それでは皆さん、今学期、ありがとうございました」
『ありがとうございました』
さて、これで冬休み突入である。
ただ、あたしとキャリルは風紀委員会の週次の打合せに出る必要があるのだけれど。
それでも時間的にはお昼なので、実習班のみんなといつものように食堂に向かった。
食堂ではやっぱり男性教師が配膳口の辺りに立っていたけれど、特に騒ぎも混乱も起きていなかった。
あたし達は料理を取り、冬休みについてお喋りする。
「なあなあニナちゃん、冬休み中は地元に戻ったりするん?」
きのことベーコンのクリームソースパスタを食べながらサラが問うが、パスタへのソースの絡み具合が見た目の時点で美味しいですよと自己主張している気がする。
「妾? 戻らんのじゃ。移動が面倒くさいし、戻らんでも身内は全て特に変わりなく息災じゃろうからのう」
ニナはトマトのスープパスタを食べながら応えているけど、あれも美味しそうだ。
ニナの場合は、従姉で師匠のノーラが付き合い始めの彼氏と王都で同棲中だ。
従姉が近くに居るし、特に帰省するつもりも無いのだろう。
「サラはどうするんですか? 私は寮で過ごすつもりですけれど」
ジューンはビュッフェで取ってきたチキンソテーとサラダを食べている。
ビュッフェは大食い騒動が始まってから生徒が集中するようになっていたけど、昨日と今日は落ち着いて来ているようだ。
「ウチも寮で過ごすで。たぶんヒマしとるから、退屈やったら声掛けてなジューンちゃん」
「はい」
サラの申し出にジューンがニコニコと応じた。
「キャリルは王都のお屋敷で過ごすのよね?」
「そうですわね。特に行事も入っておりませんし、誘われたりしない限りは屋敷におります」
キャリルは今日はフサルーナ風の豚のトマト煮込みを食べている。
この季節の煮込み料理は美味しそうだよね。
「そういうウィンはお父上のご実家で過ごされるのですよね?」
「その予定ね。たぶん武術の師匠の母さんが来てしまうから、基本は絞られてると思うわ」
あたしは今日はキャリルと同じ豚のトマト煮込みを選んでいる。
野菜よりも豚肉が多めなんだけれど、これは運動部の要望が絡んでいる気がするな。
「ウィンちゃんのおばちゃんて、こわい人なん?」
「うーん……こわいというよりは厳しい感じかしら。でも、武術以外の部分では優しいんだけどね」
あたしの感覚的には母さんは完璧超人な主婦なんだよな。
でもミスティモントで過ごしていたころにそんなことを本人に言ってみたら、「リーシャお婆ちゃんの方が私よりも凄いわ」とか言って笑っていた。
確かにゴッドフリーお爺ちゃんを制御できる時点で、リーシャお婆ちゃんは凄いんだけどさ。
リーシャお婆ちゃんはしばらく会っていないな。
思わずあたしが苦笑すると、その様子にキャリルが微笑む。
このメンバーだと母さんを知ってるのはキャリルだけだ。
「武術に中途半端な指導をすると、場合によっては命にかかわりますわ。ジナ様はそう言う意味ではやはり優しい方です」
「まあ……、それは分かってるんだけど、要求水準がちょっとねえ」
「師匠とはそういうものかも知れんのじゃ」
「そういえばニナは最近、ノーラさんから指導を受けたりはしているの?」
「…………」
何やらニナがスープパスタを食べる手を止めて考え込んでいる。
「どうしたんですかニナ? 従妹のお姉さんに何か問題でも?」
「いや、大丈夫なのじゃ。ノーラお姉ちゃんは一度、ローガン先生と一緒にフラッと現れて修行を付けてくれたことがあるのじゃ」
ジューンに問われたニナは苦笑いを浮かべた。
「そ、そうなんだ……」
「彼氏と一緒に来たんやね」
「もしかして自慢だったのでしょうか?」
「自慢でなければ、ボーイフレンドなり婚約者を作るよう、ニナに無言の圧力を加えた可能性もありますわね」
ニナはジューンやキャリルの言葉にため息をつくが、スープパスタを食べながら告げる。
「たぶん自慢だったと思うのじゃ。ローガン先生は優しい人じゃったし、ノーラお姉ちゃんを任せるのに不満は無いのう。……でも二人してずーーーっと稽古の合間にイチャイチャイチャイチャと……。しばらく来ないでくれとは言っておいたのじゃ」
そう言ってニナは煤けた感じで笑みを浮かべた。
あたしでもあの二人のイチャイチャぶりは甘すぎて微妙にダメージを食らった。
それに従姉のお姉さんで師匠という材料が加わったら、ダメージは倍増しだったのかも知れないな。
「まあでも、あたしにしても冬休み中ずっと稽古してる訳でも無いと思うわ。寮にいる三人は、ヒマになったら連絡をちょうだい? 父さんの実家に案内するから」
「確かにウィンちゃんのおばちゃんは興味あるわ」
「そうですね。ウィンのお母さんがどんな人かは会ってみたいです」
「その時は妾も行くのじゃ」
「うん待ってるわ。みんなが来るようなら、キャリルにも連絡するわね」
「分かりましたわウィン」
その後もあたし達は昼食を食べながら、食堂でお喋りをして過ごした。
サラ イメージ画(aipictors使用)
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