01.王宮より指示があり
一夜明け、期末試験も三日目になった。
さすがに三日目ともなると、クラスのみんなは焦ることなく試験を受けている。
今日の試験科目は体育の実習と地理と王国政治基礎だ。
体育の実習については短距離走と垂直跳びと反復横跳びとボール投げの記録を取って終了だったので、すごくラクだった。
先生からも説明があったけれど、実習の科目については普段の成績が重視されるということだった。
それでも期末試験の期間に行うのは、試験期間の緊張感の中で体調などの管理が出来るのかを見ているんじゃないのかと、アルラ姉さんとロレッタが説明してくれた。
ちなみに身体強化は禁止なのだけど、あたしは短距離走とボール投げは平均的な成績だった。
垂直跳びと反復横跳びに関しては、そこそこいい成績だったと思う。
地理や王国政治基礎の試験に関しては特に問題は無かった。
試験後に解散して実習班のみんなと食堂でお昼を食べるが、今日はビュッフェのコーナーがものすごい勢いで料理が追加されていた。
「なんか厨房のオバちゃんらが、大食い対策で臨時に増員されたらしいで」
「なるほどのう。どのくらい儲けが出るかは分からぬが、出すだけ売れるならアリかも知れんのじゃ」
サラとニナが食事をしながらそんなことを言っている。
サラは今日はミートグラタンを食べていて、ニナはカルボナーラのパスタを食べている。
ウェスリー達から『グリーンモンスタースムージー』の話を聞いたあたしとしては、食堂の儲け云々の話は微妙である。
呪いの食品の対価で食欲が増しているという話は、あまり放置していいものでは無いと思う。
ただ、彼らには学院側に通報するように言っておいたし、それでも風紀委員会の方から連絡がこない以上あたしが対応することは無いだろう。
対応すると言っても、フードファイター並みに大食いになっている生徒相手に、何をすればいいのか分からないし。
チーズリゾットを食べながらキャリルがあたしに問う。
「どうしたんですのウィン?」
「ううん、何でも無いわ。それよりも明日は体術の実習の試験があるけれど、サラとジューンは大丈夫なの?」
キャリルにはまた別途ウェスリー達からの話を説明しようかな。
あたしはホウレン草のミートパイを食べながら話題を逸らした。
サラとジューンが昼食を食べる手を止めてこちらを見る。
ちなみにジューンは今日はトマトのスープパスタを食べている。
「ウチはさすがに約束組手くらいは慣れたで。クラスメイトと格闘の試合とかは想像できへんけど」
「私はダメですね。それでも試験はサラも言いましたが約束組手ですし、ダンスのたぐいと思って頑張ることにします」
「ダンスというのは言いえて妙じゃのうジューンよ。踊りと武術というのは意外と共通する要素も多いのじゃ」
「共通する要素ですか。うーん……身体の操作という点ではそうかも知れないですけど、私はやっぱり怖いです」
確かに武術を習っている生徒とそうでない生徒では、ハンデがあるような気がするんだよな。
約束組手っていうのはそのハンデへの手当な気はする。
魔法科の授業に体術があるのは不思議に感じる向きは多いかも知れない。
でも結局、武術の身体操作に慣れることで、体の中の内在魔力の操作を扱うときのイメージ力向上を狙ってるとあたしは思っている。
あとは護身術代わりか。
みんなは明日の試験の話をし始めたので、今日の試験は特に問題無かったんだろう。
そう思いながらあたしはミートパイを頬張った。
王都ディンルーク北にある王城の中には騎士団の駐屯施設があり、王国の防衛の主力である光竜騎士団が常駐している。
その施設の中には管理職の執務室もあり、その一つでウィンの祖父であるブルース・マリク・ヒースアイルが書類仕事を片付けていた。
幸いにも大陸は平和な時代であり、国家間の揉めごとに光竜騎士団が駆り出されることは無くなっている。
それでも連隊長を務める身としては、騎士たちの運用について頭を捻る必要があった。
今日も今日とて自らが預かる連隊の中で、どの大隊に何の仕事を割り振るかで考えを巡らせている。
一応ブルースの下に就く大隊長に方針を伝えたうえで仕事を丸投げてもいいのだが、末端までの指示に不備があると面倒事が増えてしまう。
光竜騎士団の王国中央部を管轄する第一師団には三つの旅団があり、旅団の中には二つずつ連隊が存在する。
つまり、王国中央部はブルースを含めた六名の連隊長が部下を指揮している。
王国中央部と言っても王都だけが王国の中央部では無い。
ざっくりと王都の東西南北にある都市や街を四つの連隊が護り、残りの二つの連隊で王都と王城の防衛を取り仕切っている。
中でもブルースの連隊は、王都と王城の防衛を隔年で担当している。
王都の防衛は衛兵として展開して警備を行い、王城の防衛は近衛騎士などと連携しながら砦としての王城を防衛する。
そして今は正に十二月で仕事が切り替わるタイミングだ。
今年は王城を担当していたので、新年を迎えた瞬間から王都の防衛を担当することになる。
ある意味で勝手知ったる王都防衛の仕事ではあるが、担当が切り替わるこの時期は毎年神経を使っていた。
そんな折に執務室の扉がノックされた。
「入ってくれ」
「失礼いたします」
そう告げて入室して来たのは、師団長の補佐をしている騎士の青年だった。
敬礼ののち、青年が口を開く。
「ブルース連隊長、ご多忙の折に恐縮です。師団長より指示がございましたのでお伝え致します」
「頼む」
「王宮より指示があり、今週闇曜日午前に、第三王子殿下が光竜騎士団相手に鍛錬目的の模擬戦を所望とのこと。このための人員を差配せよとのことです」
レノックスの鍛錬目的なら以前に経験がある。
自身の連隊の者の鍛錬にもなるし、ブルースとしては歓迎する内容ではあった。
ただ彼の連隊は約二千人規模なので、レノックスの鍛錬に参加できる者はごく僅かではあるのだが。
「承知した。以上か?」
「追加で指示があり、模擬戦の人員にブルース連隊長ご本人も参加するようにとのことです」
思わず想定外の指示内容に、ブルースは一瞬目を丸くする。
「おれに参加せよという指示か?」
「は。間違いなくそういう指示です」
師団長補佐の青年騎士の言葉でブルースは手にしていた書類を机の上に置き、椅子に深く座り直した。
思わず彼の頬が緩む。
「そりゃまたどういう意図だ?」
「は。ティルグレース伯爵家からの要請であり、第三王子殿下のパーティーメンバーであるキャリル・スウェイル・カドガン嬢の要請を受けたものであるとのことです」
「んんっ? キャリル嬢? ティルグレース伯爵閣下のご令孫だな……」
そこまで耳にしてブルースは考えを巡らせ、ある可能性に思い至る。
「第三王子殿下のパーティーメンバーの名前は今分かるか、おい」
「は。お伝えいたします――」
淡々と応える青年騎士だったが、最後に述べた名前で青年騎士の表情が少しだけ緩んだ。
「――そしてウィン・ヒースアイル。以上になります」
「ふっ、おもしれえじゃねえか。よく分かった。師団長に全て承知したと報告してくれ。下がってくれていい」
「承知しました」
青年騎士を返した後、ブルースは嬉々とした表情を浮かべる。
「ったく、こんなことがあるんだな。そういうことなら、たまには爺ちゃんらしいことをしてやらんとな」
そしてブルースは机上の書類に視線を走らせる。
「そのためにはちょっと巻いて片付けなきゃならんな。まったく、デスクワークなんざ放り出してえくらいだが、投げる前に決めとかねえと結局戻って来るしな」
そう言って彼は書類を手に取りながら机上の呼び鈴を鳴らす。
すると隣室から扉が開き、連隊長補佐の青年騎士が顔を出す。
「連隊長、どうしたんで?」
「また第三王子殿下が鍛錬目的で模擬戦をやる。人員を集めろ。あと、向こうの要請でおれも参加しろってよ」
「マジっすか?! ええと、復唱します。第三王子殿下の鍛錬目的の模擬戦に向け、人員を揃えます」
敬礼した後に連隊長補佐の青年騎士はそう応えた。
「ああ、実施は次の闇曜日の午前だ。イキがいい奴を頼む」
「承知しました」
連隊長補佐の青年騎士は笑顔でそう応え、入ってきた扉から隣室に戻って行った。
「さて、おれはおれで仕事を片付けねえとな。孫と遊ぶ時間を作らにゃならん」
そう呟いてブルースは書類仕事に意識を集中し始めた。
「くしゅんっくしゅんっ、……うー誰かがあたしの悪口言ってるかも」
「なんなんそれウィンちゃん。風邪のひき始めやったらヤバないか?」
あたしは寮に戻った後、自室で日課のトレーニングを片付け、気分転換にサラの部屋を訪ねていた。
コーヒーと焼き菓子を頂きながらお喋りをして過ごしている。
サラの部屋はナチュラルインテリアの部屋な感じだろうか。
備え付けの机と椅子とベッドはそのままに、ラグや棚やローテーブルやクッション類で自然素材な感じを取り入れた部屋になっていた。
地元で買ったものらしい。
「たぶん大丈夫だと思うけど、念のため【洗浄】を使っていいかな? 風邪の予防にいいみたいなのよ」
空気清浄機とか無いけど、ヘタをしなくても【洗浄】の魔法の方が優秀そうだし。
「そうなんや?! ウチもやるわ!」
そうしてあたしはサラの部屋で二人で【洗浄】を掛けまくってみた。
その後もお喋りしていたけど、あまり長居してもサラの勉強の邪魔だと思って、適当なところで自室に戻った。
ウィン イメージ画(aipictors使用)
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