11.呪いの研究で良くある光景
晩秋の午後の日差しの中、学院内にあるガゼボの一つに生徒が数名集まっていた。
非公認サークル『虚ろなる魔法を探求する会』の主要メンバーの面々だったが、その表情はあまり芳しくない様子だった。
「諸君も知っての通り、『グリーンモンスタースムージー』が好評だったようで食欲にまみれた者たちが多く出ているようだね。クフフフ」
「ある意味で予想の範囲内のことね。自己責任なのは強調しているし、現にここにいる私たちはそういう状態には陥っていないわ」
ゴードンの言葉を受けてナタリーが告げるが、彼らは呪いの食品の『対価』が引き起こしていることについて話し合っていた。
「僕も君の指摘に同感だよ。弁えている者は弁えているし、効果と対価とで美しいバランスを保っている」
「問題は、弁えていない皆さんが引き起こす事態ですね。そういう方たちが自滅する分には呪いの研究で良くある光景ではあります。デュフフフフ」
マニュエルにせよフレイザーにせよ、呪いの実践者として自己管理が出来ない者は呪いの対価で身を滅ぼすだろうと酷薄に捉えている。
それはゴードンやナタリーでも共通する認識ではあった。
だがナタリーには懸念があった。
「それでも『グリーンモンスタースムージー』を過剰に取った生徒が、その手法を調べた私たちの責任を騒ぐまでは予想できるわ」
「その点に関しては、論理的に釈明することはできますよナタリー。仮に非常に美味な卵料理のレシピを誰かに教えたとして、それを食べ過ぎて腹を壊した人が出たとします」
フレイザーがそこまで告げると、それに対してマニュエルが横から説明に加わる。
「その場合は腹を壊した本人の責任とするのが、美しい説明だろう。尤も、論理的な説明と感情的な理解を区別できないのも、人間の美しさではあるがね」
「クフフフ、問題はそこだ。学院に対しては俺たちは胸を張って釈明できる。だが、自己管理できない自分たちの弱さを俺たちに押し付ける連中を、どうするかということだ」
そこまで語って、彼らはそれぞれに考え込む。
彼らが理解している通り、学院に対しては自分たちの活動の正当性を一応説明できる。
そして彼らが懸念している通り、度を越した実践者の感情を御する手立ては不足している。
沈黙を破りマニュエルが口を開く。
「美しい結果を得るために、学院に対しては僕が動いておこう。トップに直接働きかける」
「マーヴィン学長に伝手があるのですか?」
「『建築研究会』の関係で少々面識がある。都市計画に関する話で評価を頂いたことがあるよ。少しくらいは僕の話を聞いてくれるはずだ」
マニュエルの言い出したことを他の三人は頭の中で吟味する。
確かに学院のトップである学長に事前に話を通しておくのは、問題が大きくなってから釈明するよりはずっといいだろうと彼らは考える。
「でもそれじゃあ、今後の私たちの活動にクギを刺されることもあるんじゃないかしら?」
「マニュエルは『建築研』の活動に専念するよう諭されるかも知れないな。そうなったらそうなったで構わないがね。クフフフフ」
「その辺りは、呪いというものに対するマーヴィン学長や学院の度量を、信じるしかありませんね。ぼくは今この段階で、一言でも上申しておくのが賢明と思います」
フレイザーは度量と言ったが、確かに非公認サークルとはいえ、『虚ろなる魔法を探求する会』は代を重ねて今に至っている。
過去にも自身の先輩たちが学院から危険視されたことはあったし、それでも代を重ねてきた実績はある。
その辺りのことをそれぞれが頭に思い浮かべたが、ナタリーが口を開く。
「学院への手当はそれが無難、というかそれしかないかも知れないわね」
彼女がマニュエルに視線を向けるが、マニュエルは澄ました所作で肩をすくめてみせた。
「なら後は自己管理できない連中からの視線をどうするかだね。いっそ俺たちだけで別団体を起こすか? クフフフフ」
「その件ですが、ひとつ次善の策を思いつきました。ぼくの伝手で、王都ブライアーズ学園に呪いの実践に造詣が深い方を知っています。もし今後ぼくらが動きづらくなるようなら、そういう選択肢もあるのは覚えておいてください」
フレイザーの言葉に他の三人は表情を緩める。
『呪いの実践に造詣が深い方』とフレイザーに言わしめた人物に興味が出たのだ。
「君にそう言わしめる実践者か。クフフフフ」
「学園か……。要するに転校ということね?」
ナタリーに問われ、フレイザーは静かに頷く。
「ふむ、ブライアーズは実学を重んじるし、建築の道を考えている僕には悪くはない話だ。尤も、追い出されるという状況は美しくはないと思うがね」
「いいえ、追い出されるのではありません。ぼくらが学院を捨てるという選択肢ですよ。デュフフフフ」
マニュエルの言葉にフレイザーはそう応え、ねっとりと笑った。
学院の食堂でアップルパイを頂いたついでにウェスリー達に絡まれてしまった。
『虚ろなる魔法を探求する会』が絡んだ呪いの食品の話をされてしまったけれど、最終的には学院側に通報するように勧めておいた。
いくらウェスリー達が『諜報技術研究会』を名乗ってその実践を行っているとしても、いまは期末試験の最中だし時期が悪すぎるだろう。
一応あたしの方からニッキーに連絡を入れるかをウェスリー達に確認してみたけれど、彼らは直接呪いの食品の件をリー先生に通報すると言っていた。
その後、あたしは彼らと別れて寮の自室に戻ってきた。
「さて、日課のトレーニングの続きをしますかね」
夕食まではまだ時間があるので、あたしは引き続きトレーニングを行った。
自作の振り子を使った【減衰】は続けているけれど、効果が分かりにくい感じがする。
何か別のトレーニングを試すか悩んでいるところだ。
コイントスを使った【符号演算】は、六回連続して表または裏を狙って出せるようになっている。
これに関しては七回できるようになったらサイコロに変える予定だけど、もうそろそろだと思っている。
【符号遡行】と【回復】は、葉っぱに傷を入れて直したり治したりしている。
【回復】はそれなりに発動がスムーズになった気がしている。
【符号遡行】は目に見えての変化は無い。
時属性魔力を月転流の技に乗せる練習は、変わらず地道に手刀に乗せて貫き手を放つ練習を続けている。
これはもうそろそろ四閃月冥に乗せられる気もするんだけど、慌てずにトレーニングを続ける。
始原魔力のトレーニングは順調だったので、発想を変えて点で身体に纏わせるトレーニングを試している。
例えば人差し指の指先にコメ粒ほどの大きさで始原魔力を保持し、それを使って木の棒を切ったり傷つけるトレーニングだ。
そのうち彫刻のまね事みたいなことを試そうと思っているけど、トレーニングの方向性が微妙に違う気も少ししていたりする。
チャクラを開いた状態で周辺の気配を察知するトレーニングは、明日の試験科目のノートを取り出して眺めながら行った。
そもそもこのトレーニングは、何か動作をしている状態で“役割”を『風水師』にした時のような気配察知が出来るのを目指している。
本当にやる気があるなら、一日中その状態で過ごした方がトレーニングにはなるだろう。
「でもそれって脳筋を通り越して変態に足を踏み込んでる気がする。でなければバトル脳とかか」
いちいち口に出しながらも気配察知を続けるが、少しずつではあるけど気配を読める範囲が広がっている。
「継続は力なりとか、言葉にすればカンタンだけど大変だよね。ホントはラクがしたいんだけどな」
そこまで呟いてから、あたしは日課のトレーニングを一区切りつけた。
そのまま自室のベッドに横になって昼寝をしたのだけれど、キャリルが部屋の扉をノックして起こしてくれたのでアルラ姉さん達と夕食を食べた。
夕食後はいちおう試験期間らしく、明日の試験科目の教科書やノートや参考書を開いて過ごした。
ここ最近の流れとして、週初めの地曜日の夜には闇神の狩庭を使って夢の世界で魔法のトレーニングをしていた。
でも参加メンバーのみんなと話し合った結果、部活に準じる集まりということで休みにしようということに落ち着いた。
話し合ったときにジューンが、「私たちは非公認サークルというよりは秘密サークルですよね」と何やら嬉しそうに言っていたんだよな。
でも、その言葉に嬉しそうに反応したのはキャリルだけで、他のみんなは微妙そうな笑顔を浮かべていた。
ともあれ、期末試験初日の夜は共用のシャワーを浴びて、温まってから早めに寝た。
一夜明けて期末試験の二日目になった。
さすがに二日目にもなると、Aクラスのクラスメイト達は特に緊張も無さそうだ。
あたしにしても何となくペースがつかめた気がする。
今日の科目は魔法科初等部一年で共通で、王国史、理科、魔法学基礎のテストがあった。
あたし的には王国史の試験を警戒していた。
アンが『カンニング技術を極める会』への協力で掴んだ情報で、王国史の先生は授業中の雑談ネタから意外と出題をすると分かっていたためだ。
その雑談にしても、参考書にあるような内容を膨らませたものだという分析は出ていた。
そして試験が始まると、教室の中は微妙に重苦しい空気になった気がした。
指定の字数は少なめなものの、論述問題が多かったからだ。
しかし問題の難易度は想定の範囲内だったので、あたし的には安心して解答を行った。
その後も他の教科の試験を受け、昨日と同じように解散後は実習班のみんなで食堂に向かった。
みんなと試験の話をしながら料理を確保して適当な席に座る。
試験の話はやっぱり王国史の試験問題の話だったけれど、あたしを含めてみんなは無難に乗り切ったようだった。
「――指定の字数で文章をひねり出すのは意外と大変やったわ」
トマトソースのフィットチーネを食べながら、サラが苦笑いを浮かべている。
「サラの場合、王国史も大変だったんじゃない?」
あたしがオニオンスープと一緒にバゲットサンドを食べながら訊いてみると、サラはすぐに首を横に振った。
「そんなことないでウィンちゃん。ウチの家って商売しとるやん? ちっさい頃から共和国とディンラント王国と、フサルーナ王国とオルトラント公国の歴史は勉強しとったんよ」
なるほど、この世界の商売人だと国際情勢を把握するのに、各国の歴史を学んでおく必要があるのかも知れないな。
「サラは歴史は得意なのじゃな。何なら他の国の歴史も妾が教えてやるのじゃ」
ニナは白身魚のフライを食べながらそう告げる。
「いや、都市国家の固まった国とかあるし、そういうのはこまくてムリやわニナちゃん」
ニナが面白そうな表情でサラを弄るが、サラは慌てて拒否していた。
お昼を食べながら二人の様子を観察していると、なにやら配膳口の方が騒がしくなっていた。
「また大食い騒動が起きているんでしょうか?」
チーズグラタンを食べながらジューンが配膳口の方を伺っている。
「そうかも知れないですわ。時間的に他の風紀委員会のみんなもいるでしょうし、先生たちもいますからすぐ収まると思いますけれど」
キャリルがチキンソテーを食べる手を止めずにそう告げる。
たぶん呼び出される可能性を考えて、気持ち早めに食べようとしているのかも知れないな。
あたしも少しだけ食べるペースを上げて、運動部仕様のバゲットサンドを口に入れていく。
というかサイズが大きすぎるし、急いで食べる食べ物じゃ無いなこれ。
そうしている間に前回同様ニッキーから連絡があった。
今度はどうやらビュッフェの方が品切れになって騒ぎになっているとのことだった。
連絡を終えてあたしとキャリルは首を傾げつつ、みんなにニッキーから聞いた話を説明していた。
ニッキー イメージ画(aipictors使用)
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