10.呪いの食品に手を出した
『敢然たる詩』の打合せも終わり、あたしは寮の自室に戻ってきた。
試験期間中は部活棟が閉まっているので、大っぴらに部活に出ることはできない。
運動部の生徒なんかは自主練ということで、構内で各人が走り込みをすることもあるようだ。
新聞部みたいに部活棟に部室が無いところはこっそり活動をしている可能性もあるかも知れない。
ちなみに図書館は開いているけれど、普段はそこまで混んでいないのに試験期間中は凄い混み具合になるとエリーやアルラ姉さん達から聞いている。
そうなると寮に戻り自室で過ごすか、気分を変えるのに学院を抜け出して王都に繰り出すかという選択肢が基本になる。
学院側としては試験期間中に、学生が王都に繰り出すことは禁止していない。
結局、それで試験の成績が落ちたとして、困るのは生徒自身だからだ。
それに加えて試験直前になって、王都の書店などに参考書を買いに行きたい学生も居るらしい。
「特に用事も無いし、いつもよりも早めだけれど日課を片付けますか……」
あたしはそう呟いて日課のトレーニングを始めた。
まず環境魔力のトレーニングから始めた。
以前クラウディアが見せてくれた魔力の制御を参考に、勉強机の椅子に座った状態で自身を包むように球状の環境魔力をイメージする。
環境魔力の球状の形成はとりあえず問題が無かった。
ところがこれを動かそうとしても簡単に動いてくれない。
「クラウディア先輩はスムーズにやってたけど、これは中々難しそうだな」
それでも焦らずに、球状の環境魔力を維持することを心がけてしばらくトレーニングを行った。
続いていつもの時魔法の【加速】、【減速】のトレーニングを始める。
小皿に乗せた大豆を箸で移すトレーニングだけれど、ふと思いついて魔法を掛けている状態と掛けていない状態で時間を計ってみた。
時計の魔道具とにらめっこしてトライしたけれど、体感上は大きな変化はない。
「……でも、すこしタイムに差がある気がするな。数回試して平均タイムを比べてみるか……」
そうしてしばらく試してみた。
「魔法を使わないと一セット五分くらい掛かるのが、十秒ほど差が出る……。【加速】と【減速】のそれぞれで同じように差が出るのね」
【加速】は十秒早く終わり、【減速】は十秒遅く終わった。
約三パーセントの加速と減速が出来ている感じだろうか。
体感だと僅かだけど、作業量が増えるほど効果は大きくなるはずだな。
「……一セット十分掛かる作業量だと、三パーセントなら十八秒差が出るのか。どうしようかなあ」
試験勉強をすればいいのに、勉強机でせっせと大豆を箸で移す作業をすでに一時間近く続けている。
さすがにもうめんどくさくなってきた気がする。
あたしのラクをする哲学からすれば、すでにレッドゾーンである。
でも時魔法の効果が確認できれば、それはそれで嬉しいんだよな。
「よし、ここまで来たら一セットずつ【加速】を使う場合と使わない場合だけ、いつもより大豆を増やしてやってみよう……。それが終わったら休憩で食堂に甘いものを食べに行くぞ!」
そうしてあたしは腹をくくり、気合を込めて試してみた。
その結果――
「実験成功ね。……と言っても一回しか試して無いから明日以降も確認しようかな」
結論としては【加速】を使った方が、使わない場合よりも二十秒ほど早く作業が終わった。
三パーセントちょっと、効果がある感じだろうか。
ゴッドフリーお爺ちゃんの話だと、一年間毎日練習して一割――要するに十パーセント加速も減速も出来ると言っていたか。
詳しく訊かなかったし、お爺ちゃんがトレーニングした環境は分からない。
あたしの場合は収穫祭のときだから、十月の頭に【加速】と【減速】を習って今は十二月の四週だ。
「大体三か月弱くらいよね。単純計算で一か月に一パーセント伸びたから、一年だと一割強ってところか」
割とお爺ちゃんから聞いていたペースなんじゃ無いだろうか。
「待てよ……。効果の違いはあるから単純に比較はできないけど、時魔法の習熟のペースが一か月に一パーセントなら、他の時魔法も同じくらいなのかもしれないのか……」
マーヴィン先生に時魔法を習ったのがニナが転入してきたころで、確か十一月の初旬くらいだったハズだ。
あのときは【減衰】と【符号演算】を教わった。
王宮の宮廷魔法使いの人から時魔法を習ったのがジェイクが呪いに掛かったころで、十一月の下旬くらいだったと思う。
王宮で教わったのは【符号遡行】だった。
「ざっくり言って【加速】と【減速】以外は一パーセントくらい効果が伸びた感じかなあ……」
【符号演算】のトレーニングは、コイントスをそろそろ卒業できるかもしれないな。
「まあいいわ。ここで一区切りってことで、休憩するわよ!」
思わず自室でそう叫び、あたしは部屋着から制服に着替えて食堂に向かった。
お昼時に比べて人の減っている食堂では、勉強をしている生徒の姿もあった。
寮の自室で勉強をしていても煮詰まってくることはあるよね。
そう思いながらあたしは配膳口の端でトレーを取って、甘いものを出すコーナーに向かう。
そこでアップルパイを二ピース確保し、ハーブティーを別の場所で手に入れて会計に向かった。
さて食べるぞ、と思ったところで知った気配に気づいてしまった。
思わず反射的にあたしも気配遮断しようとしたのだけど、向こうはどうやら気が付いたようだ。
ウェスリーとフェリックスとパトリックが固まって座っていて、ウェスリーがあたしに手を振っていた。
何となく面倒ごとの予感がしたので、パトリックの運命は気になったものの、あたしは軽く会釈をして適当な席に座った。
もちろん彼らから距離をおいたのだけれど、あたしが一つ目のアップルパイを口に入れ始めた所で彼らがやってきた。
「やあウィン。手を振ったのに逃げるように離れたから寂しかったぞ」
「逃げるようにではなく逃げたんですよウェスリー先輩」
にこやかに告げるウェスリーに対し、あたしも笑顔で応えた。
その様子をパトリックが興味深そうな表情で伺っている。
「ひどいな、俺はお前を自分の妹のように思っているのに」
「そのネタは完全にネタで、この前は『言ってみた』だけですよね。すごくキモかったんですけど」
「うん、どういたしまして。座ってもいいか?」
ウェスリーがそう訊いたときには、すでに彼ら三人はあたしの席の近くに座っていた。
「そういうのは座る前に訊くんじゃ無いんですか? フェリックス先輩、ウェスリー先輩に首輪つけてくださいよ」
「首輪ね。たぶんこの人の場合、イヌの気持ちになってモフモフされるのを目指すとか言いそうだから、黙っていた方がまだダメージが少ないと思うかなー」
フェリックスが達観したような笑顔でそんなことを告げる。
ウェスリーの場合フツーにやりそうな気がしたので、あたしは重いため息をついた。
仕方が無いので話を進めることにする。
わざわざ彼らが近づいてきたということは、何か用件があるのかも知れないし。
そう思わせて無駄なお喋りをして過ごしていただけなら、アップルパイを【収納】に仕舞って自室に戻るけど。
「それで、先輩たちはパトリックも巻き込んで、何か悪だくみでもしていたんですか?」
「悪だくみってひどいなあウィン。ちょっと僕らは相談をしていたんだ」
「ああ、冬休みの予定とか、王都の共和国料理の美味しい店とかだな」
パトリックの抗議の声に合わせてウェスリーがそう言うと彼は風属性魔力を走らせ、あたし達の周囲に見えない防音壁を作り出した。
「あとは、いま学院内で起こってる大食い騒動の話とかだな」
ウェスリーは相変わらずうさん臭そうな笑顔でそう告げた。
「大食いの話って、なにか問題がありそうな話なんですか?」
「それについてはフェリックスから話をしてもらった方がいいだろう。彼が最初に調べたんだ」
「ああ。幸か不幸か俺が最初に知ってしまってね」
ウェスリーの言葉で他のみんなの視線を集めると、フェリックスは肩をすくめて説明を始めた。
「結論からいえば、大食いをしている生徒は『グリーンモンスタースムージー』という食品を摂った連中だ。食品の対価で食欲が増しているらしい」
いまフェリックスは『対価』と言ったのか。
それならもしかしてその食品は、呪いを含んでいるのだろうか。
「……もしかして呪いが関係するんですか?」
「正解だ。効果はステータスの力の値の上昇らしいよ。食品の製造には『虚ろなる魔法を探求する会』が関係している」
フェリックスの口から洩れた『虚ろなる魔法を探求する会』の名で、反射的にあたしから怒気が漏れる。
だが自分を抑え込んで冷静になる。
「何か、引っ掛かることでもあるのか?」
ウェスリーが微笑みながら問うが、いま彼に話せることは無い。
「いえ、何でもないです。それよりも呪いの食品ですか。学則や校則などで取り締まりの対象になるんですか?」
「そこを少し、フェリックスとパトリックを交えて議論していた」
「うん、先輩たちと議論したんだけど、呪いの負の側面である『対価』が酷いものではない限り、取り締まるのは難しいかも知れないという話になってね――」
彼らの議論によれば、王国の民間療法で使われる薬草の中には、一時的にステータスの値を変動させるものがあるらしい。
違法な薬物ではなくあくまでも食品として扱われる範囲のもので、今回の『グリーンモンスタースムージー』もそれと同じだと言われて逃げられる可能性があるという。
「つまり『対価』が危険なものではない限り、食品などによる一時的なステータス上昇は学院から見逃されるってことなんですか?」
「そういうことになる。直前でステータスの上昇が多少あったとしても、実習科目は普段の評価の方が比重が重い。それ以外も知識を蓄えていなければ対処できないから、直前で何をしても気休めだろう」
ウェスリーは笑みを崩さずにそう説明した。
「それでも呪いの食品に手を出したってことは、今後さらに過激化する可能性もあるかも知れないってことですよね」
あたしが指摘すると、ウェスリー達はそれぞれに何か考え込んだ。
だが、パトリックが口を開く。
「そこが正に悩みどころだったんだ。ウィンも警戒した方がいいと思うかい?」
「可能なら警戒したいけど、あなた達だって試験があるでしょう? 学院に通報して注意喚起した方があなた達に手間が無くていいんじゃないかしら」
「「それなー」」
あたしの言葉にウェスリーとフェリックスが口をそろえた。
「ところで、パトリックは先輩たちの研究会に入ったの?」
「うん。まずは仮入部みたいな感じかな」
「そう? とりあえず忠告するけど、技術はともかくこの人たちの人間性はよく吟味した方がいいわよ」
あたしはアップルパイの最後のひとかけらを口に運びながらそう告げる。
「参ったな、そう褒めるな」
「褒めて無いわよ!」
ウェスリーの言葉に思わず反射的に叫ぶと、パトリックは苦笑いを浮かべていた。
クラウディア イメージ画(aipictors使用)
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