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09.やりたいことと出来ること


 寮に戻ったあたしは部屋着に着替えた後、アルラ姉さん達と夕食を食べた。


 その後は自室に戻り、日課のトレーニングを片付ける。


 トレーニングを片付けた後、あたしはふと夕方のことを思い出した。


 パトリックとフェリックスが手合わせしていた件だ。


「『家の縛り』かあ。あたしはそういうのは無いけど、確かに大変だよね」


 そう呟いてから椅子から立ち、ハーブティーを淹れるために共用の給湯室に向かう。


 ティーサーバーを弄りながら、ぼんやりと考える。


 家といえば、この前のティルグレース伯爵家の晩餐会ではロレッタが婚約を発表した。


 ロレッタは学院を卒業したら将来家を継ぐための準備で、伯爵家の仕事を手伝い始めるだろう。


 キャリルもどこかに、というかどこかの第三王子殿下あたりに嫁ぐ予感がする。


 他のみんなも、女子の多くは結婚するか、結婚を見据えて働き始めるんじゃないんだろうか。


 ディンラント王国というかあたしが生きるこの世界のこの時代では、人生の選択肢はそこまで多くない気がする。


 そんな世界で、あたしは何を選ぶべきなんだろう。


 そこまで考えてティーサーバーを抱えて自室に戻る。


 日本人の記憶とかを参考にする限りでは、文官なんかの公僕になって安定した生活を送るのが一番だと考えるだろうか。


 真逆の選択肢としては冒険者になって、それなりの難敵をコンスタントに狩って蓄財し、アーリーリタイア(早めに隠居)するとかだろうか。


「でもリタイアしたあと、あたしは具体的にやりたいことはあるかなあ……」


 思わず呟きながら、ハーブティーをカップに注ぎ一口飲む。


 生き方とか働く面でいえば、月輪旅団のみんなは表の職業に就きながら旅団の仕事をこなしている。


 あたしが表の仕事をするとしたら何があるんだろう、狩人だろうか。


 でも狩人は出来ることであって、やりたいこととは違うんじゃないのか。


「やりたい事かあ。無いわけじゃあないけど」


 やりたいことと出来ること。


 あたしは好きなことに打ち込んでいいんだろうか。


 なら第一候補は食べ物だよねやっぱり。


 でもあたしは食べる方に専念したいんだよな。


 それ以外なら、やっぱり薬草の使われ方が気になる。


 今の王国での医者のあり方ともちょっと違う。


「消去法だと、薬草の使い方だよなあ」


 ぜんぜん具体的じゃあ無いことにため息が出る。


 幸いにもまだあたしは初等部の一年生だし、卒業までは時間がある。


「まだしばらくは態度保留かなあ……」


 今日は共用のシャワーを使うか【洗浄(クリーン)】で済ますか悩んだけど、ハーブティーで温まったので【洗浄】で済ますことにした。


 あたしはティーサーバーとカップを片付けて早めに寝た。




 一夜明けて十二月も第四週になり、期末試験が始まった。


 朝のホームルームもあっという間に終わり、普段授業を受けているクラスで一つ目の科目の試験時間になる。


 初等部の初日は数学からだけど、入試の段階で四則演算と面積、速度の計算などはチェックされているので意外とレベルは高い。


 といっても年齢に対してだけれど。


 アルラ姉さんの数学の教科書を見せてもらったけれど、高等部は普通に微分積分代数幾何確率統計とかがあるらしい。


 だからいまから油断している訳にはいかないようだ。


 魔法科と言っても魔法工学とか理論魔法学がある関係で、高等部でも数学は必修科目みたいなんだよね。


 考えてみれば学院ってこの国を代表する学校だし、先に進むほど道は険しくなっていきそうな気がする。


 あたし地球の記憶では文系だったハズなんだよな。


 数学は確か苦手でも得意でも無かったけれど、何とかラクできないかな。


 そんな雑念を浮かべながらも、とりあえず解答を終える。


 時間をかけて見直したうえで、何となくクラスの様子を観察した。


 迂闊に魔力操作をすると不正をした扱いになってしまうから、目視で観察している。


 試験時間自体は同学年で共通だけど、解答を終えたからと言って途中退出は認められていない。


 うちのクラスは何やらみんな解答を終えている気がする。


 机に突っ伏して寝てる感じの子もチラホラ見えるけど、あたしはどうするかな。


 念のためもう一周見直しをしてからお昼寝をするか、まだ一科目の途中で午前中だけどお昼寝って呼んでいいよね。


 そんな感じで試験に臨み、初日の三科目――数学と現代文と王国法基礎――をすべて終えた。


 時間的にはお昼だけれど、今日はこのまま解散だと朝の段階でディナ先生から説明されている。


 高等部の方は選択科目がある関係で午後にも試験があるみたいだ。


 あたしは実習班のいつものメンバーと食堂に向かい、トレーを持って配膳口に向かう。


 すると、妙な注意書きが貼ってあることに気づいた。


「『同じ料理は一人あたり、一回一人前でお願いします』、……なんだこりゃ?」


「これはアレや、大食い競争防止ルールなんちゃうん?」


『あ~』


 あたしを含め、みんな納得する。


 確かに先週、食堂の料理が品切れになって騒動になったから、その防止策なのかもしれないな。


 そこまで考えたところで視界の端をカリオが通り抜けた。


 彼はビュッフェからこんがり焼かれたソーセージを取り、比喩ではなく形状として皿に山盛りにしてトレーに乗せていた。


 その後カリオはオマケみたいにパンと小さいサラダを取って、幸せそうな顔で会計に向かって行った。


「大食い競争防止ねえ……」


 思わずあたしは呟くものの、直ぐに今日いちばん美味しそうな料理を選ぶことに頭を切り替えたのだった。




 昼食後にあたしとキャリルはみんなと別れ、『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』の打合せのために大講堂前の広場に向かった。


 広場の脇のベンチにはすでにレノックス様とコウとカリオが座っている。


「ごめん、お待たせー」


「お待たせしましたわ」


「大して待ってないし大丈夫だよ」


「ああ、どうせ今日はもう試験も無いしな」


「そうそう。それにしても王国法基礎はキツかったなあ……」


 あたしとキャリルの言葉にコウが笑顔で応じ、やや落ち着いた雰囲気でレノックス様が応えた。


 カリオは試験の結果に不安があるみたいだな。


「カリオは共和国出身だからな。感覚的に王国法の試験問題で悩むところもあっただろう。まあ、試験の話は後でするとしてだ、パーティーの活動の話をしよう」


「と言っても、今週は休みということでいいんだよね?」


「ああ。だがおまえらが希望するなら、王城で騎士相手に模擬戦を設定するくらいは可能だ」


「それは興味がありますわ!」


 コウの確認の言葉にレノックス様が模擬戦の話をすると、キャリルが即座に声を上げた。


「あたしは少しメンドウ寄りの、みんなに合わせる感じかしら」


 ダンジョンでの鍛錬はともかく、王城で騎士の皆さん相手に模擬戦とか言ってもなあ。


 実戦訓練ならともかく、モチベーションが保てるだろうか。


 やってみないと分からないけれども。


「…………」


「どうした、カリオ?」


「あ、ああ。いちおう試験期間中だし、俺としてはそっちに集中したい気分はある。でも、王国の騎士と模擬戦ができるなんて機会も無いし、ちょっと悩んでるんだ」


 確かにカリオの言っていることも分かる。


 もともとあたしたちパーティーは鍛錬目的で結成されたし、その活動で勉強というか試験結果に影響が出るというなら何か違う気はする。


「そういうことなら、試験が終わったあとに設定することはできないかい? ウィンとキャリルは光曜日に風紀委員会の打合せがあるだろうし、闇曜日の辺りで」


「ふむ、可能だな。普段オレがおまえらと放課後にダンジョンに行っているのは、闇曜日に王宮での用向きが入ることが多いからだ。だが模擬戦くらいなら調整できるだろう」


「おお~」


「それはぜひ実施すべきですわ!」


 レノックス様の言葉でカリオとキャリルの表情が明るくなった。


 コウも何気にやる気はありそうだし、あたしも腹をくくるか。


「期末試験の邪魔にならないなら、あたしはいいと思うわ。ついでに王城の美味しいランチが食べたいなって思うけど」


「夢を壊すようで悪いが、王城の普段の食事はそこまで派手なものではないぞ。騎士たちと王城の食堂で食べる分には学院のビュッフェと大差無いし、王宮の食堂で食べる分にはビュッフェにデザートが一品付くくらいか」


 あたしはそのデザートという言葉が引っ掛かった。


 予感と言ってもいいかも知れない。


「レノは王宮の食堂で食べる訳にはいかないかも知れないけど、デザートというのには興味があるわね」


「ウィンはそこに食いつくんですのね」


 キャリルがあたしの言葉に苦笑いを浮かべているけど、気になるものは気になるじゃないか。


 王宮の食堂ってことは、この国を動かしている文官の皆さんとかが利用しているはずだ。


 そこで出るデザートは無視できるもので無いだろう。


「オレは別に王宮の食堂も利用するがな。父上はともかく兄上たちも時々利用している」


 王族も使う食堂ということだが、王城や王宮での調理はお抱えの料理人たちが仕切っているだろう。


 あたしとしてはますます無視できなくなった気がした。


「はい! あたしデザート食べたいです!」


 その言葉にレノックス様とコウは微笑み、キャリルとカリオはじとっとした視線を送った。


「そういうことなら、次の闇曜日の午前中に模擬戦を設定しておこう。デザートの方はそこまで期待しないでくれ」


 レノックス様はそう言って軽く手を挙げた。



挿絵(By みてみん)

コウ イメージ画(aipictors使用)




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