表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
365/866

07.戦いのサンプルを示すこと


 何を思ったかパトリックがフェリックスに手合わせを求めたが、フェリックスはそれを快諾した。


 二人で学院の食堂を出たところでフェリックスが【収納(ストレージ)】を唱え、一本のT字ステッキを取り出した。


「ええと、手合わせには剣の代わりにこれを使っていいかな?」


「剣の代わりですか? 木剣とかでもいいですけど」


「これは手品研究会の部活で使うステッキなんだ。ヘタな木剣よりも手に馴染んでるし、試合にはこれくらいでいいかなと思っている」


 二人で食堂を出て少し歩いたところで立ち止まり、フェリックスはステッキをパトリックに差し出す。


 確かめろという意味だろうと察しパトリックがステッキを手に取るが、普通の木製のステッキだった。


 甘く見ているという訳では無いだろうが、こんなステッキで大丈夫なのかと思いパトリックはフェリックスに視線を向ける。


「それで、パトリックはどうする? 何か武器を使うかい?」


「いえ……。じつは僕は素手の方が得意なので」


「何となくそう言うんじゃないかと思ったよー」


「はあ……」


 フェリックスが面白そうに微笑むが、その表情にパトリックは拍子抜けする。


 それでも自分から手合わせを頼んだのだからと、パトリックは自らの中の闘争心を呼び起こそうとする。


「ところで、どこで手合わせをしましょうか?」


「え? ここでいいと思うけど?」


「え? ここって、食堂前でやるんですか?」


 闇曜日の午後の時間帯ということもあり、平日よりは学生の姿は見られない。


 それでも学院の構内にはまばらでも人の流れがある。


 ここで試合などを始めたらすぐに止められるか、教職員なり警備の人間に連絡されるのではないかとパトリックは考えてしまう。


「ちがうちがう、食堂前をスタート地点にするんだ」


「はあ……」


「君も俺も気配遮断や気配察知を行えるだろう?」


「フェリックス先輩、まさか……」


「うん。気配を消した状態で手合わせをしよう。どちらかが降参するか、戦闘不能になるか、気配遮断が出来なくなるまで。気配遮断をしててもバレたらダメだ。あと即死攻撃禁止で」


 フェリックスが言っていることをパトリックは理解していたが、その内容に動揺する。


「ええと、試合ってこういうものでしたっけ?」


「でも君は『手合わせ』としか言っていないよね?」


「それは……」


 フェリックスは当惑するパトリックを観察しながら、言葉を続ける。


「パトリック。君は騎士になりたいと言った。それは戦いに身をささげる生き方だ。ところで戦いとは、かならず場所や時間を選んで起こるだろうか?」


「ですが……」


 無茶苦茶だと言いたい自分と、フェリックスの言葉に一片の真実があると感じる自分にパトリックは気付いていた。


「俺は君が手合わせを求めた理由は分からないけれど、俺が知る戦いのサンプルを示すことくらいはできる。……どうする? ふつうにどこか訓練場を借りるか?」


「…………」


 パトリックはその場で目を閉じ考え込む。


 気配を軽めに遮断して佇むパトリックとフェリックスの傍らを、教職員や生徒などが時おり歩いて行くが彼らに気づくことは無かった。


 そしてパトリックは目を開ける。


「分かりました。それでお願いします」


「承知したよー。言い忘れたけど、学院の建物に傷をつけたり、通行人に攻撃をしたらそれも負けってことで」


「はい」


 そうしてフェリックスの指示で、二人は隣り合わせに並んで立った。


「ここから、同じ方向に三歩進んだら気配を消して手合わせを始める」


「分かりました。いつでも行けます」


「ああ。それじゃあ始めようか」


「はい」


 そうしてフェリックスとパトリックは、声を出しながら歩を進める。


「「一!」」


 同時に自身の気配を急速に遮断して消していく。


「「二!」」


 そしてその状態で身体に属性魔力を纏わせ、身体強化を施した。


「「三!」」


 次の瞬間その場から二人の気配が消え、その状態での手合わせが始まった。




 魔石の使い方も習ったので、ニナの部屋であたし達はコーヒーを飲みながら期末試験というか教科担当の先生の話をして過ごしていた。


 すると、何か妙なことが起きている予感がした。


 命にかかわるような事ではないけれど、微妙に不穏な感じというか。


 強いて例えるなら、ある程度武術の腕がある人同士がこれから本気の試合を始めるような感じというか。


 いや、もしかしたら始まっているんだろうか。


「どうしたんですのウィン?」


「あ、うん。ちょっと妙な予感があって。誰かが近くで武術の試合を始めようとしているというか、その割には何かヘンというか」


「ふむ、武術の試合か。何じゃろうのう」


 そう言ってニナが一瞬目を閉じて意識を集中するが、直ぐに目を開く。


「環境魔力などでは特に変化は無いのじゃ。恐らく魔法などは派手には使われておらんのじゃ」


 そうか、周辺の気配を確認してみればいいのか。


 ニナの言葉であたしはステータスの“役割”を『風水師(フローセージ)』に変え、周辺の気配を探ってみた。


 すると学院構内で高速移動しながら誰かが戦闘している様子が察知できた。


 でも害意とか敵意は無さそうだけど、気配が遮断されているな。


 王国の暗部の人たちが訓練でもやっているのだろうか。


 そこまで考えたところで、戦っている片方が何となく知り合いの気配に似ていることに気付く。


 あたしは『風水師』での気配察知を終え、みんなに告げる。


「よく分からないけど、気配を遮断した状態で戦っている人が居るわ。害意なんかは無いから試合の類いだと思う。でもその片方がなぁ……」


「なにかトラブルですの?」


 キャリルの問いに思わず考え込む。


 トラブルに巻き込まれている線も否定はできないのか。


「まだ分からないわ。キャリル、悪いけど予備風紀委員として出るから同行してくれる?」


「分かりましたわ」


「そういう事なら妾も行くのじゃ。気配を消しながらの試合なぞ普通は揉め事の類いじゃろうからのう。手は多い方がいいのじゃ。済まぬがサラ、ジューン。ここでお開きにするのじゃ」


「分かったで」


「気を付けて行ってきてください」


「ありがとうニナ」


「気にすることは無いのじゃ」


 ニナの部屋には寮に戻ってきたときの格好で上がり込んでいるので、そのまま外出できる。


 あたしは【収納(ストレージ)】から、買ったばかりのワイバーン革を織り込んでいるロングコートを取り出す。


 それを着込んでからみんなとニナの部屋を出た。




 パトリックとフェリックスは気配を消した状態で攻防を繰り返し、食堂前から移動して講義棟の辺りで戦っていた。


 開始直後から身体強化を掛けた二人は、高速移動しながらぶつかっている。


 ドワーフの喧嘩殺法を源流とする刻易流(ライフトハッケン)には、飛び道具が無い。


 従って接近戦(インファイト)の間合いで仕掛けるために、パトリックはフェリックスに突撃をする。


 迫り来る相手にフェリックスは、蒼蜴流(セレストリザード)蒼舌斬(そうぜつざん)を繰り出す。


 他流派には蒼蜴流の“飛ぶ斬撃”として有名な技だが、技の本質は武器に属性魔力を込めて切断力を高めるところにあり、斬撃を飛ばさずに繰り出すこともできる。


 あまり魔力を込めすぎると殺傷力が増すため、当初はフェリックスも様子見をしていた。


 だがパトリックの実力をある程度把握したところで威力を調整し、“当たると痛いワザ”くらいに調節して繰り出している。


 この時点でパトリックは加減されていると思い込み、自身の肘から先に纏わせる魔力を厚くする。


 その状態で彼は刻易流(ライフトハッケン)徹打ち(てつうち)を主体にパトリックの“飛ぶ斬撃”を迎撃する。


 徹打ち(てつうち)というのは属性魔力を込めた貫通性の打撃技で、片手槌または素手での打突を繰り出す技だ。


 練度にもよるが徹打ち(てつうち)の連打は槍の連撃に似た破壊力をもつ。


 ともあれ、パトリックがようやくステッキや蹴り技の間合いよりも近くに入り込んだところで、今度は属性魔力を込めた拳による突き技がフェリックスから繰り出される。


 パトリックがある程度のダメージを覚悟しながら歩を進め、徹打ち(てつうち)波兼打ち(はがねうち)をゼロ距離からフェリックスに繰り出す。


 波兼打ち(はがねうち)というのは属性魔力を込めた振動波を打ち出す打撃技で、ヒット面が破裂する技だ。


 ここでようやくパトリックの距離での攻めができると思いきや、フェリックスは蒼蜴流の無影撃(むえいげき)で対抗した。


 無影撃(むえいげき)蒼蛇流(セレストスネーク)から蒼蜴流が継承した技で、属性魔力を込めたゼロ距離打撃だ。


 この技は打撃面が爆裂する性質があるため、パトリックの波兼打ち(はがねうち)を相殺していた。


 だがフェリックスはステッキを握り込んだ右手の拳と空いた左拳で適当に打ち合ったところで、技の相殺で発生した爆発力を使ってパトリックから距離を取るように跳んだ。


 この跳び方も水平とは限らずに構内の建物の壁に着地し、そこからさらに壁走りして“飛ぶ斬撃”を繰り出すという立体機動を行う。


 これにはフェリックスが有利な位置を確保するという意味の他に、通行人から距離を取るという意図もあった。


 結果的にパトリックが苦労して間合いを詰めて連撃を繰り出すが、フェリックスがそれを相殺しつつ距離を取るという状況が繰り返されていた。


 もちろんその間も構内を移動する生徒や職員などの傍らを過ぎるが、二人が察知されることは無かった。


 そうして移動を繰り返した結果、やがて彼らは大講堂前の広場に辿り着いた。


「先輩の魔力は底なしですか?」


 刻易流の徹打ち(てつうち)を主体にフェリックスに向かいながら、パトリックが思わず漏らす。


「さて、どうだろう。もうすぐ底かも知れないし、そうじゃ無いかも知れないな。実戦ならどうしたらいいと思う?」


 技を繰り出しつつ、パトリックは考える。


 そして、一撃で決めることを想起し、自身の身体に闇属性魔力を厚く厚く纏わせていく。


 直ぐにその闇属性魔力は、フェリックスからの“飛ぶ斬撃”を魔力の厚みで撥ねのけるようになる。


「……行きます」


「まあ、それも答えの一つだな」


 パトリックはフェリックスを射抜くように見つめている。


 対するフェリックスはここへ来てパトリックのポテンシャルを目の当たりにし、反射的に凄絶な笑みがこぼれる。


 だが――


「双方止まりなさい! 風紀委員会ですわ!」


 キャリルが叫んだ直後には、突如現れたニナによってパトリックの鳩尾に金属製の杖が付きつけられていた。


 同時に、フェリックスの鳩尾に、いつの間にか現れたウィンの拳が付きつけられていた。


「……うーん、両者失格でドローだなー」


 フェリックスは直ぐにそう告げて気配遮断を解き、纏っていた魔力を解いた。



挿絵(By みてみん)

パトリック イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、


下の評価をおねがいいたします。




読者の皆様の応援が、筆者の力になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ