06.誰かを護る盾を持つ
買い物とお昼を済ませたあたし達は、王都内を循環する乗合い馬車で学院まで戻った。
学院の敷地に入った段階で、エリーが突然「急な作戦会議を思いついたにゃ」などと言い出してどこかに消えた。
ディナ先生に突撃するための作戦会議なのかも知れないけど、色々と巻き込まれたくなかったのでそのまま見送った。
というか、だれと会議をするんだそれは。
キャリルやアイリスもあたしと同様だったかも知れないけど、サラとジューンはよく分からないといった感じの顔をしていた。
エリーが消えた後あたし達は寮に辿り着いたけど、買ってきた絵の具を試したいと言ってアイリスが早々に離れて行った。
あたし達も解散するつもりだったのだけど、ふと思い立ってニナに時間があるかを訊いてみた。
「ねえニナ、今日はこのあと忙しいかしら?」
「この後は特に予定は入っておらんのう。夜には少し教科書などを開こうかとは思っておったのじゃが、夕食くらいまでは大丈夫なのじゃ」
「そう? なら、もし良かったら魔石の使い方を教えて欲しいのだけど」
「構わぬのじゃ」
むむ、意外とトントン拍子に話が進んだな。
魔石の使い方自体は難しく無いんだろうか。
あたしとニナのやり取りを聞いていたキャリルとサラとジューンも関心を示し、急きょニナの部屋で魔石の使い方を習うことになった。
みんなでニナの部屋に押しかけるとニナがお茶の用意を始めようとする。
だが今回頼み込んだのはあたしの方なので、とっておきのコーヒーを淹れるからと言って引き下がらせた。
共用の給湯室でコーヒーを淹れてニナの部屋に戻り、牛乳粉と砂糖を加えてみんなで頂く。
「さて、魔石の使い方じゃったの」
「ええ。魔石を使った魔力譲渡のやり方も、もしできれば教えて欲しいかしら」
「そうじゃな、効率の問題はあるのじゃが、やり方自体はすぐ覚えると思うのじゃ。まずみんな、魔石を出すのじゃ。小さいもの――これくらいのもので充分じゃからの」
そう言ってニナは無詠唱で、【収納】からコメつぶサイズの魔石を数個取り出した。
あたし達も同じようなサイズの魔石を数個取り出す。
「魔石から魔力を取り出して使うこと自体はカンタンなのじゃ。魔石が含んでいる魔力を意識して感じ取れば使えるからのう。まず、一つぶ選んで手のひらに乗せ、その魔石の魔力を感じ取ってみるのじゃ」
魔石に意識を集中して魔力を感じ取ってみると、あたしが魔石の魔力を認識した瞬間にその魔力を動かせそうな感じがした。
「感覚的な話だけど、魔石に意識を集中させたら移動できそうな気がしたわ」
「うむ。後はその魔力を取り込めばいいのじゃが、魔法を使って内在魔力が減っている状態であれば勝手に補われるのじゃ。そして使用した魔石は数十秒から一分ほどでクズ石になってしまうのじゃ」
「なるほど。ちょっと【風の盾】を出してみるわ」
そう言ってあたしは【風の盾】を使った状態で魔石から魔力を移動させてみた。
すると魔石はやがて若干黒っぽい色になってしまったが、これがクズ石なんだろう。
「使った魔法があまり魔力を使わなかったから実感がわかないけど、魔石の使い方は分かったわ」
あたしの様子を見ていたキャリルとサラとジューンも、直ぐに同じ状態を再現してみせた。
使った魔法の盾の属性は違ったけれど。
「それでじゃ、魔石への魔力譲渡に関しても、人間に譲渡することを考えたらひどく簡単なのじゃ。クズ石に完全に変わる前に魔力を纏わせるだけで良いのだからのう」
「纏わせる魔力の属性は指定とかあるん?」
「特に無いはずじゃ。内在魔力が切れぬ限り、魔力を込められるはずなのじゃ」
『ふ~ん』
「それでも練習が必要なんでしょう?」
「いちおう練習はしておいた方がいいじゃろう。基本的には武器などに魔力を込められる者はその要領で行けるハズなのじゃ」
そういうことならあたしやキャリルはカンタンにできそうだな。
サラとジューンは練習が必要という事か。
実際にニナの監督のもと、使用直後の魔石への魔力譲渡を試してみた。
想定通りあたしとキャリルはいきなりできてしまったが、サラとジューンもニナの指導で直ぐに体得してしまった。
「ふと思ったのですがニナ、魔石への魔力譲渡の練習は、武器に魔力を纏わせる練習になるのではありませんか」
「…………確かにそうかも知れんのう。そう言われてみるとその通りなのじゃ。まあ、武器となると、魔石ほどは魔力は保持しないから大変ではあるのじゃ」
キャリルがポツリとそんなことを言う。
基本的すぎて誰も思いつかなかったのか、魔石の魔力譲渡に興味を持つ人にバトル脳の人が居なかったからなのか。
こと戦闘面での発想に関しては、キャリルのセンスは凄いものがあると思う。
好きこそものの上手なれって奴なんだろうけど、伯爵家令嬢としてはどうなんだろう。
たぶん本人に言っても「我が家は武門ですから」とドヤ顔で胸を張るまでがセットの気がするが。
いずれにせよニナとキャリルの勧めで、サラとジューンは魔石への魔力譲渡をしばらく練習してみることになった。
「それでニナ、魔石からの魔力の出し入れなんだけど、効率を上げるのって魔力の操作を練習しなさいってことなの?」
「半分はそうなのじゃ。魔力の操作を練習することなのじゃ」
「半分って? 残りは何?」
「もう半分は、魔石へのイメージなのじゃ。例えばこの使用する前の魔石じゃが、見た目はくすんだ宝石とか鉱物のように見えるじゃろう。じゃがあくまでもイメージの上で、魔力の詰まった果物のようだと思い込んでみるのじゃ」
「イメージトレーニングってこと?」
「そうじゃ。果物でも水筒でもシチューでも、あるいはコーヒーでも良いのじゃ。日常生活の中で皮膚感覚でとらえられるものに置き換えてイメージすると、魔力操作の効率がグンと上昇するのじゃ」
『へ~』
「まあ、言うのはカンタンなんじゃがのう」
たぶんいまニナが言ったことは、口伝のようなものじゃないだろうか。
「けっこう貴重な話だったと思うけれど、あたしたちが聞いても良かったの?」
「ウィンは心配性なのじゃ。妾の友達に教える分にはまったく問題無いのじゃ」
そう言ってニナはドヤ顔をしてニヤリと笑ってみせた。
男子寮に戻ってからフェリックスはパトリックを訪ねることにした。
訪ねることはすでに『諜報技術研究会』の幹部たちに告げてある。
彼はウェスリーから『黒の風食』の話を聞いてしまい、それをきっかけにパトリックに興味を持ってしまったのだ。
同時に、妹であるホリーのクラスメイトであることから、直接会ってどういう人間なのかを把握しておきたいという事もあったのだけれども。
『諜報研』の幹部から聞いていたパトリックの部屋まで向かうが、室内には人の気配がする。
ウェスリーが言っていたような気配遮断などは感じられなかったので、自室では特にそのような事を行っていないのかも知れないとも思う。
ウェスリーがこういう状況で生徒の実力を読み違えることは考えられない。
だから、パトリックが自然体で過ごしていることにフェリックスは少しホッとする。
おもむろに扉をノックすると、直ぐに室内の気配が動いて扉が開いた。
「はい、……ええと、どなたですか?」
「ああ、突然すまない。俺はフェリックス・アリアス・エリオットという。君はパトリック・ラクソンで間違いないだろうか?」
「ええ、そうですが」
「俺は君のクラスメイトのホリー・アンバー・エリオットの兄で、君が先日参加してくれた『カンニング技術を極める会』にも所属している」
「ああ、そうでしたか! 『カンニング研』にはとてもお世話になりました! お陰で試験勉強が捗りました。ホリーにも仲良くしてもらっています」
そう言ってパトリックは屈託なく笑う。
こうして見ると、ホリーと同年代の普通の少年に見えてくるが、それでもウェスリーから聞いていた特徴に気づく。
確かにパトリックには拳ダコがあるようだ。
「君の助けになったのなら良かった。ホリーも世話になっている。それで、今日君を訪ねたのは、少し話をしたかったからだ。試験前のこんな時に申し訳ないけれど、時間をもらって構わないだろうか?」
パトリックは少し考えて応える。
「夕食までに済む話でしたら大丈夫ですよ」
「すまない。ちょっと内緒の話をしたい。寮から出て構わないだろうか」
「分かりました」
そうしてフェリックスとパトリックは男子寮を出て学院の食堂に移動した。
食堂では適当な席に座り、フェリックスが【風のやまびこ】で周囲を防音にする。
「それで、話というのは勧誘なんだ。非公認サークルではあるけれど、『カンニング技術を極める会』の母体になったサークルがある。そのサークルに参加してみないか?」
「ええと……、僕が勧誘された理由を訊いても大丈夫ですか?」
「ああ。君の頭脳の優秀さと、その拳ダコと、体捌きと、――今も微妙に行っている気配遮断に関心を持ったからだ」
フェリックスの言葉に少し照れたような笑みを浮かべつつ、パトリックは頭をかく。
「拳ダコと体捌きですか?」
「そうだ。気配遮断も見事なものだ。だけど根本的には、俺たちは君の人間性に興味があると言っていいだろう」
そう告げてフェリックスは穏やかに微笑む。
それはある部分で彼が身につけた会話術のようなものだったが、語った内容に関してフェリックスは確信を込めていたのも事実ではあった。
「弱ったな……、僕の身内の話をされたなら直ぐ断ったんですが」
そう言ってパトリックは本当に困った様子で笑みを浮かべた。
そして彼は告げる。
「『諜報技術研究会』への勧誘ですね? 非常に光栄ですが、僕は筋肉競争部に所属していますよ?」
パトリックの言葉にフェリックスは笑みを濃くする。
どうやらパトリックは自分たちを知っていたようだということで、フェリックスは彼への評価を上方修正する。
「問題無いよー。俺だって『手品研究会』と兼部している。身に付けたいものがあるなら挑むべきだと思う」
「身につけたいもの、ですか。……僕は騎士になりたいんです」
「目指せばいいじゃないか」
「でも、僕の家系は父方も母方も小柄なんですよ。いちいち身体強化しなければ、全身鎧とか着れないんです……」
絞り出すようにパトリックはそう告げる。
その様子に、フェリックスは穏やかな笑みを崩さずに告げる。
「君の言葉で、一つ思い出した言葉がある。これでも俺の家は男爵家でね、王城で騎士として働いている人にも縁がある。その中には、体格に恵まれずに騎士になった人も居る。ホリーが以前その人に、『騎士とは何か?』と訊いたことがあるんだ」
「それは……、そうですか」
「ホリーに訊いてくれてもいいよ、事実だし。……どんな応えが返ってきたと思う?」
フェリックスの問いにパトリックは応えようとする。
それでもパトリックは応えを口にすることが出来ずにいた。
何を告げても間違いを含む気がして、そのことで騎士への道から自分が遠くなるように感じるのが怖かったのだ。
「…………」
その様子を見ていたフェリックスは告げる。
「あくまでもその人の応えだけれど、『常に心の中に、誰かを護る盾を持つ生き方』だ」
「盾、ですか」
「まあ、その人は盾術は使わないんだけどねー。……ともあれ、『諜報技術研究会』と君の騎士への道は矛盾しないよ」
フェリックスの言葉に、パトリックは目をつぶって考え込む。
やがてパトリックは目を開け、フェリックスに真っすぐ視線を向けた。
「ひとつだけ、お願いがあります。フェリックス先輩と、いまから手合わせして貰うことは可能ですか」
「別に構わないけどー、……そんなお願いでいいのか?」
「はい」
パトリックの真剣な視線を受けとめつつ、フェリックスは笑う。
「分かったよ。多分だけどー、見た目よりは強いからね、俺」
そう言ってフェリックスが立ち上がると、パトリックも立ち上がって一つ頷いた。
フェリックス イメージ画(aipictors使用)
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