04.名が売れた人間だ
王都ディンルークの商業地区の路地裏にある古ぼけた喫茶店に、少年たちが集まっていた。
その中にはウェスリーやフェリックスの顔もある。
王立ルークスケイル記念学院非公認サークル『カンニング技術を極める会』、真の名を『諜報技術研究会』とする者たちの“幹部会合”だ。
少なくとも本人たちはそう呼んでいるが、実質的に顔つなぎを兼ねた休日の時間つぶしだった。
「――それにしても各学科各学年の、予想問題が間に合って良かったな」
ウェスリーがそう言って他の幹部たちに問うが、彼らの表情は安どしている。
すでに周囲には魔法で不可視の防音壁を展開しているし、店には他に客が居なかった。
「今回は各学年の成績上位者が、中々協力的だったのも大きい」
「『諜報研』の旧幹部でヤバい奴を掃除したのがここに来て効いている」
「ああ。逆に『カンニング研』の活動で、試験勉強にメリハリがついたって奴もそれなりに居たな」
彼らは口々に自分たちの活動に良い評価を与えていた。
それを見ていたフェリックスが口を開く。
「おおむね好評だったけれど、もう少し早く始めて欲しかったって声もあったなー」
フェリックスの声に他の幹部たちも応じる。
「準備期間の短さは確かになあ」
「でも、直前まで分析に使う情報を集めた方が、精度が高くなるんじゃないか?」
『それなー』
結局彼らは『カンニング技術を極める会』を隠れみのにしているものの、実利を兼ねた試験対策に関わるのは嫌いではなかった。
試験対策はもちろん、情報分析の手順を確認する機会という事でもあるからだ。
「まあいいさ。予想問題は出来上がったし、来週末にまた集まって答え合わせをしよう」
ウェスリーがそう告げると、彼らは黙って頷いた。
「それで、今年の一年で気になる奴は居たか?」
「フェリックスの妹とか誘わないのか?」
水を向けられたフェリックスは困った顔を浮かべる。
ホリーにあっさりと断られたことを思い出したのだ。
「すまん、誘ったけど断られてる」
「だめじゃんお兄ちゃん」
「まあそう言うな。フェリックスだって声は掛けてくれたんだし、それでだめなら仕方ないだろう」
仲間に弄られてフェリックスは肩をすくめてみせた。
幹部たちのやり取りを眺めながらウェスリーが問う。
「他にはどうだ? 気になる一年は居たか?」
「クラウディアが連れてきた一年のアン・カニンガムは分析には向いてそうだな。だが女の子だし、腕っぷしはクラウディアほどには無いな」
その後、彼らからは何人かの名前が上がってきた。
だが彼らが“幹部会合”に招きたくなるような逸材は居ないようだった。
「ウェスリーはどうなんだ? 協力者が連れてきた連中で、気になる一年は居なかったのか?」
「…………」
「どうしたんだウェスリー?」
仲間からの問いに考え込んでいたウェスリーは視線を上げる。
どうやら考えがまとまったようだ。
「改めて言うのも何だが、ここだけの話にして欲しい」
ウェスリーは幹部たち一人ひとりの顔を覗き込むが、その眼はかなり真剣な色を含んでいた。
幹部たちはウェスリーの真意を探りながら、それぞれ彼の言葉に同意した表情を浮かべる。
「一人気になる奴がいるんだが、そいつは『黒の風食』の関係者かも知れない」
ウェスリーの言葉への反応は様々だったが、その二つ名を知っていた幹部はかなり驚いた表情を浮かべていた。
「『黒の風食』って何となくヤバそうな名前だけど?」
「……確かにヤバい。リベルイテル辺境伯家の暗部の人間だが、暗部なのに二つ名が付いている」
フェリックスの問いに幹部の一人が応えた。
その様子を見ていたウェスリーがハーブティーを一口嚥下し、告げる。
「領兵に所属し単独での特殊作戦で名が売れた人間だ。俺が親から聞いているネタがある」
誰も彼の言葉を邪魔しないのは、彼らが情報を待っているからだろう。
ウェスリーは一つ嘆息して続ける。
「……刻易流を修めていて、気配の扱いに通じ、リベルイテル流槍術を使うフリをしている紳士然とした奴とは、絶対に敵対するなってネタだ」
「それが『黒の風食』だと?」
「そうだ」
そこまでウェスリーの話を聞いていた一同だったが、現在まで話に上がってこなかった一年生の協力者の中から一人の生徒の顔を思い浮かべる。
そしてウェスリー以外の者は半信半疑な表情を浮かべた。
「もしかしてパトリック・ラクソンか? ホリーと同じクラスだけどさー」
「リベルイテル流槍術を習ってるってのは言ってたな」
「いやでも、あいつ筋肉競争部とか言ってなかったか?」
「でも頭は良さそうだったよな」
「刻易流を習ってるかどうかはそもそも話題に上らなかったな、当たり前だけど」
幹部たちの様子を伺いながら椅子に深く座り直し、ウェスリーは座ったまま腕を組んで口を開く。
「俺が見る限り、体捌きが刻易流だった。手のひらに槍を使うときのタコが無くて、拳ダコの方がある。気配遮断も半ば無意識に使っていた。というか、最初に違和感を感じたのは気配遮断だったんだがな」
「いちおう訊くけどウェスリー、本人が影が薄い体質っていうオチは無いんだよな?」
「…………無い、ハズだ」
幹部の一人にウェスリーはそう応えて黙り込んでしまった。
それに対して幹部たちは、一度呼んでみようかという話を始めていた。
彼らの反応を眺めながら、ウェスリーは先に本人に直接訊いた方が良かったかも知れないと思い始めていた。
その後彼らは呪いの腕輪の件で、販売者の絞り込みのための案出しを行った。
さらにその後は、風紀委員会から頼まれた『虚ろなる魔法を探求する会』幹部の特定の話をして過ごした。
その日、『虚ろなる魔法を探求する会』に所属するフレイザーの姿は、『王都学生用競艇水路』に設置された観客席にあった。
水路で練習する学生も居ないので、観客席と言っても閑散としているのだが。
昨夜遅く寮のフレイザーの部屋に、窓の隙間から一枚の紙片が放り込まれた。
状況的にそうとしか思えないのだが、フレイザーが気が付いたときには床に紙片が落ちていたのだ。
その紙片には以前彼がアイザックから教わった魔道具の回路図と、場所と時間だけ記されていた。
悩むことも無く好奇心のままにフレイザーは記されていた場所を訪ね、こうして待っている。
指定の時間を過ぎ、何かのイタズラの類いだったろうかと一瞬頭によぎった直後、フレイザーの近くに一人の男が歩いて来て隣の席に腰を掛けた。
「こんにちは、フレイザー君だね」
「こんにちは。あなたはどなたですか?」
「私はザック・モンターニュという。アイザックをよく知る者さ、誰よりもね。デュフフフフ」
「……! あなたは! そうですか……」
フレイザーにとってはどのような手段でそのような姿をしているのか不明だったが、目の前のザックと名乗る男はかつてのアイザックを思わせた。
顔はもちろん纏う雰囲気も変わっているのに、何故かフレイザーには同一人物のように感じられた。
「元気そうじゃないか、フレイザー君」
「ええ。――ぼくが、ええと……、ザックさんを売るとは思わなかったのですか?」
「君は私だよ。――正確には、私の学生の頃によく似ている。観察したうえで直接的な危機を感じないなら、君は興味を示すだろうと思ったのさ」
そう言われたうえでフレイザーは自身の内面に問うが、この状況で目の前の相手に好奇心を抱いていることに気づく。
「おっしゃるとおりです。たしかにぼくはあなたに関心を抱いています」
「まあ、私に起きたことやその背景は、機会が許せば話すこともあるかも知れない。だが今日来たのは半分は挨拶で、もう半分は勧誘さ」
「勧誘、ですか?
「提案と言ってもいいかも知れないけれど、私はいま探求に打ち込める環境づくりをしている。もし君が君の探求に不都合を感じるなら、いつでもブライアーズ学園を訪ねたまえ」
そう言われてフレイザーは考える。
ザックが探求という以上、呪いの実践などに関する環境だろう。
それをブライアーズ学園で整えているとは、教員や研究者として在職することになったという事なのだろうか。
「いろいろと気になることはありますが、あなたがぼくを気にかけて連絡を下さったのは分かります」
「まあ、私は学生時代は色々と目を付けられてしまってね。君が同じ目に遭うようなら、もっと過ごしやすいかも知れないと思ったのさ」
「それでわざわざ、連絡を下さったんですか」
先ほど告げたが、通報されるリスクを許容して連絡をしてきたことに改めて驚いた。
「正直なところをいえば、君なら私を手伝ってくれそうだという打算は一応ある」
「そうでしたか」
「でも、気にかけているのも私にとって事実だよ。今日はそれを伝えたかった」
そこまで話してザックは観客席から立ち上がった。
フレイザーもまた立ち上がる。
「申し訳ないけれど、今日はここで失礼するよ。デュフフフフ」
「分かりました。巡り会わせがあればまた。デュフフフフ」
ザックはフレイザーのねっとりした笑い声に一瞬目を丸くすると、本当に可笑しそうに笑顔を浮かべた。
そして彼らはその場で握手をして、それぞれ逆の方向に歩いて行った。
ウェスリー イメージ画(aipictors使用)
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