02.ほっこりと癒される
午後の授業を受けて帰りのホームルームになった。
ディナ先生から来週の期末試験の説明があった。
「先生、実習の授業はどうするんだぜ? 学年全体なんざ実習室に入らねえだろ」
マクスが軽い感じで質問すると、学院内で体育館や実習棟を使って分散で試験を行うと説明があった。
「実習科目の試験は普段の成績の方が比重が大きいです。試験内容自体はすぐに済むようなものですので、気負わずにいつも通りに教科担当の先生の指示に従ってください」
『はい』
試験期間中は体調不良などで受験できない場合は、寮生は寮母さんに連絡を入れるようにすればペナルティ無しに追試を受けられるらしい。
自宅生の場合は職員室に代理の者が連絡をすればいいそうだ。
最悪無断で欠席しても追試は参加できるけれど、内申書に期末試験の無断欠席が記録されるという。
試験期間中も朝と帰りのホームルームは行うみたいだけれど、最終日の帰りのホームルームが終わった段階で冬休みに突入すると説明があった。
「一学期も残すところあと少しです。皆さん、気を抜かずに頑張ってください」
『はい』
ホームルームも終わって放課後になり、あたしとキャリルは風紀委員会室に向かった。
委員会室にはエリーとニッキーが来ていたが、他のメンバーも直ぐに揃い週次の打合せが始まる。
「それではみなさんが揃いましたので、週次の打合せを始めます。まず先週に引き続き、期末試験対策の話からです――」
リー先生が打合せを始める旨を告げたが、その直後に期末試験対策の話が始まった。
と言っても、懸念されていた不正に繋がるような動きは見られていないとのことだった。
「――というわけで、幸いにも現時点では問題は起きておりません。皆さんには引き続き風紀委員会のメンバーとして警戒をして、問題がある場合は学院に報告をお願いします」
『はい(ですの)(にゃー)』
その後みんなから個別の連絡事項の話になったけれど、それほど大きな問題は起きていないようだった。
エルヴィスからの連絡で昼間の食堂の騒ぎの話があったけれど、基本的にはすでに聞いていた話だった。
細かい点をいえば、普段はそれほど量を食べないような生徒が珍しく大量の料理を食べ、運動部の人たちが対抗意識を燃やしてフードファイトが起きたらしい。
それが偶発的に数か所で起きたので、食堂の品切れにつながったとのこと。
「よく分からないにゃー。学院の食堂は百戦錬磨の料理のオバちゃんたちが、運動部の生徒の胃袋と戦って来た戦場にゃ。そんなにカンタンに陥落するにゃ?」
「でもエリーちゃん、ワタシが噂で聞いた話もエルヴィス先輩からの話と似たようなものだったわよ?」
「肉体改造でも行っているのか、当の生徒たちはペロッと完食して運動部の連中を驚かせていたようだ」
エリーの疑問にアイリスやカールが応じていたけど、よく分からない話だった。
少なくとも食堂側の問題では無くて、大食いした生徒とそれを見て反応した生徒が原因だった訳か。
あたしは隣の席に座ったキャリルと「そんなこともあるのね」などと話していた。
他にはジェイクからの連絡で、教養科の初等部三年生に試験の成績で賭け事をしようとした連中が居た話があった。
結局それは未遂で終わったし、賭けたのが食券だったのでリー先生とそれぞれの生徒の担任からのお説教で済んだらしい。
あたしとしては呪いの腕輪の件でリー先生かニッキーが何か発言するかとも思ったけれど、特に連絡として上がることは無かった。
今回はあたしが先に何もなかったと連絡したので、キャリルも呪いの腕輪関連の話は特にせずに終えた。
「――皆さん、個別の連絡をありがとうございました。風紀委員会ですが、来週の期末試験最終日のこの時間に集まって年内最後の打合せとなります。それでは、期末試験を頑張ってください」
『はい(ですの)(にゃー)』
そうして、今週の風紀委員会の週次の打合せは終わった。
風紀委員会の打合せの後、あたしはキャリルとエリーと三人で部活棟に移動していた。
当初あたしは回復魔法研究会の部室で医学の入門書を読もうと思っていた。
ふと会話の中でそれをキャリルとエリーに告げると、エリーは微妙そうな顔を浮かべた。
「どうしたんですかエリー先輩?」
「いや、ウィンちゃんだったら気にしないかも知れないにゃ」
「何の話なんですか?」
「んー……、たぶんだけど、高等部の勉強が関係する部活は人が集まるにゃ。とくに回復研は期末試験前だと、医学の専門書を読みに来る高等部の人たちで殺伐とするにゃ」
「そんなことがあるんですのね」
キャリルが少し驚いた口調で告げた。
確かに医学の専門書とかは高額なんだよな。
貴族家ならいざ知らず、平民だと参考書のたぐいは買えない人も居るんじゃないだろうか。
そういう場合、図書館か回復魔法研究会で調べ物をするのは想像できる。
「殺伐と、ですか」
「にゃ!」
でもキャリルが顔を出す歴史研究会も、勉強が絡むと思うんだけど。
「ねえキャリル、歴史研も資料を読みに来る先輩でごった返すんじゃないの?」
「そう言われてみるとそんな気がしてきましたわ」
「それなら二人とも、今日は料理研の試食につきあってみるにゃ」
試食か、モノによっては大歓迎だけど、ウェスリーの実験料理とか出てこないだろうな。
イールパイがどうこう言い始めたら殴りそうになるかも知れない。
「何の試食ですの?」
「正確には試飲にゃ! サラちゃんが料理研に持ち込んだ話で、食品研究会と協力して風邪の予防をするにゃ! ほっこりと癒されるにゃ!」
「「お~」」
サラが持ち込んだということは、狩猟部のバーベキューの時の話で思いついたのかも知れないな。
「風邪を予防する飲み物ですか」
「そうにゃ」
回復魔法研究会が殺伐としてるなら、料理研の試食や試飲で風邪予防をする方が有意義になる気がしてきたぞ。
「エリー先輩、あたし試食と試飲、参加します!」
「ウィンはそう言うと思いましたわ。でも風邪予防というのは興味深いですし、よろしければわたくしも参加したいですエリー先輩」
「二人なら歓迎にゃ!」
エリーは部室で着替えてから食堂に向かうというので、あたしとキャリルは先に食堂に向かった。
食堂の厨房ではサラやカリオやウェスリーなど知った顔がすでに居て、何やら美味しそうな匂いがするものを作り出していた。
「あ、ウィンちゃんとキャリルちゃんやん」
「キャリルとウィンか。ちょうどいまサラが二人に連絡しようとしてたんだ」
配膳口に近づくとサラが気付いて声を上げ、その声でこちらを見たカリオが歩いてきた。
「風紀委員会の打合せが終わって、エリー先輩に誘われたのよ」
「風邪予防がテーマで試飲をするという話だけは伺っていますわ」
「そうなんや。まあ、こっちに来てみ」
あたしとキャリルはサラに促されて厨房に移動した。
三角巾とエプロンを渡されたので装着する。
「まずは何も言わず、この三種類を飲み比べてくれ」
カリオがそう告げて、あたしとキャリルに三つずつ茶色い液体の入ったカップをトレーに乗せて差し出した。
カップにはそれぞれ別の色が付いているけど、味によって変えているんだろうか。
そう思いながら一つ目のカップを手に取る。
この時点で特徴的な香りがしていたので、あたしはこの飲み物の正体を察した。
ひとくちグイっと口に含んだ瞬間にスパイシーなフレーバーが存在を主張するが、直ぐに酸味と特徴的な甘みが口の中を落ち着かせた。
「ジンジャーティーね?」
「正解や。ウィンちゃん飲んだことあるん? ウチの地元やとテアッロゼンゼロとか言うんやけど、要はジンジャーティーやわ」
なるほど、日本の記憶でも生姜湯とかあったし、風邪予防にいいかも知れないな。
「レモンとハチミツが入っていますわね」
「それも正解だ。いまレシピを検討中なんだ。他のカップの奴も飲んでみてくれ」
カリオに促されてあたしとキャリルは二つ目と三つ目のジンジャーティーを飲んだ。
二つ目はレモンが強調されて酸っぱく、三つめはハチミツが強調されて甘味が強かった。
「あたしの好みでは三つ目かな。でも全部濃すぎる気がするけど」
「わたくしは一つ目が好みですわね。バランスは一番良いと感じます」
その後、濃さを調節したジンジャーティーが出され、あたしとキャリルはそれぞれの好みを告げた。
そうしている間にエリーが厨房にやってきて、料理研と食品研の部員に加わり何かを作り始めた。
「あっちは何を作ってるのかしら。サラとカリオは参加しなくていいの?」
「ウチたちはジンジャーティーの担当になったんや。あの人らはカボチャのポタージュを作成中やで」
「それは興味があるわ!」
「ウィン、そこまで大きな声を出さなくても、試食に出してくれますわよ」
キャリルは苦笑しながらも、調理に視線を向けていた。
やがてカボチャのポタージュが出来上がるとカップに入れて配り始めたので、エリーがあたしとキャリルの分を持ってきてくれた。
カリオはサラと自分の分を持ってきたな。
さっそくあたしは頂いたけれど、口に入れた瞬間に感じたのは滑らかさだ。
ポタージュの食感というのか、スープとして重くなり過ぎない程度のトロッとした感じが口に広がる。
そして下味にチーズが入っているのか複雑なフレーバーと塩味を感じつつ、同時に甘味に気づいたらそれがカボチャの甘さだと気づく、という体験をした。
「チーズかしら。何か下味に入ってるわね」
「ヨーグルトにゃ」
「ああ、そういうことなんですのね」
「何か色んな栄養が入り込んでる気がするけど、とりあえず焼いたパンが欲しくなる味ね」
あたしがそう言うとカリオが「夕メシ食えなくなるぞ」とか言ったけど、こういうのは別腹なんですよ。
ともあれ、あたしとキャリルはジンジャーティーとカボチャのポタージュで身体が温まった状態で寮に帰った。
エリー イメージ画(aipictors使用)
お読みいただきありがとうございます。
おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、
下の評価をおねがいいたします。
読者の皆様の応援が、筆者の力になります。