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01.封印されし歴史を元に


 その夜、学院内の使われていない大きな倉庫の一つに、生徒たちが集まっていた。


 学院非公認サークル『虚ろなる魔法を探求する会』のメンバーがほとんどだったが、一部『闇鍋研究会』の生徒も集まっている。


 寮の門限は矢張り過ぎているが、彼らは今宵も抜け出してこの場にいる。


 彼らの一人が口を開くが、『虚ろなる魔法を探求する会』のゴードンだった。


「こんばんは諸君。先日の成功に引き続き、我々は今宵も別の儀式を試したいと思う」


 ゴードンの言葉にその場の生徒たちは期待感のこもった視線を送った。


 前回実施したホーリーバジルライスの儀式は成功し、ここにいる参加者は全員ステータスの知恵の値が上昇している。


 期末試験を目前に控え、今宵試行する儀式ではステータスの力の値が上昇するという話だった。


「時間をかけても好ましく無いでしょう。前回に引き続き準備は済んでおりますが、改めて呪いの食品の効果と対価を説明します――」


 怪しい笑みを浮かべながらそう告げるのはフレイザーだった。


 彼の説明は以下の内容だった。


 ・効果はステータスの力の値の上昇。


 ・対価は食欲が増大し、場合によっては飢餓状態に陥りやすくなる。


 ・効果も対価も食後約二週間続く。


「――ここで強調しておきたいことがさらに二点あります。一点目は呪いの食品の摂取量によって効き方に差があること。二点目は今宵の儀式は一人でも実践が可能な事です」


「覚えておいて欲しいのだが、呪いの実践は確かに美しい。しかし加減を誤ると美しくない結果を招くということだ。さらなる効果を望んで深淵に近づきすぎた場合、君らは後悔するだろう――」


 フレイザーに補足する形で、マニュエルが念を押す。


 実施する条件に付いては吟味を重ね、用いられる魔力量などの計算を行って状態異常が生じない範囲に収めている。


 それを個々人が踏み超えるのは感知しないことを、彼は強調した。


「それでは、以上を踏まえて確認をしますが、儀式に参加し力の値の上昇に挑む方だけこの場に残ってください。もしこの場を離れても、そのことで呪ったり害することは無いと、『虚ろなる魔法を探求する会』幹部は己の魂の輝きにかけて誓います」


 フレイザーの言葉に対し、集まった生徒たちは怪しい笑顔を浮かべてその場に佇んでいる。


「宜しいですね。それではみなさん、今宵もまた儀式と調理を始めましょう。デュフフフフ」


 フレイザーの笑い声に対し、全ての生徒が期待を込めた笑みを浮かべていた。


 程なく倉庫内には準備が成された。


 今回は小さなテーブルが用意され、その上には材料が並べられている。


 テーブルの周りには地魔法を使って生成された塩で円が描かれていた。


 同様な準備が四か所用意され、準備が整う。


 本来は一人で行う儀式と調理を、隣り合わせで行う準備だった。


 そうして儀式と調理が始まった。


 床に描かれた円の中でテーブルを前にして、『虚ろなる魔法を探求する会』の四人が地属性魔力を発し、同じ所作を行い祭句を唱え始める。


『広漠たる全き地よ! その秘められたる働きは今ここに現れんとす!』


 直後にテーブル前の四人は、同じように材料を加工し始める。


 そして同じ祭句を繰り返し唱えながら、彼らの作業は進む。


美しき肉体よ(オモルフォ・ソーマ)! 踊れ(ホロス)!』


美しき肉体よ(オモルフォ・ソーマ)! 踊れ(ホロス)!』


美しき肉体よ(オモルフォ・ソーマ)! 踊れ(ホロス)!』


 あらかじめ【洗浄(クリーン)】を掛けたほうれん草を適度に細かく千切り、巨大なすり鉢に入れる。


 続いてリンゴを切り分けて皮をむき、くし形に切り種を取り除いた後、適度に細かく切ってすり鉢に入れる。


 バナナの皮をむき、適度に細かく切ってすり鉢に入れる。


 そしてカニバルアロー(肉食アロエ)の果肉を取り出し、適度に細かく切ってすり鉢に入れる。


『悠久たる優しき風よ! 全き地の働きを統べよ!』


 テーブル前の四人はそう唱えると、それぞれが切り分けた材料が入った巨大なすり鉢に風魔法を放った。


『【風の刃(ウィンドカッター)】! 【風の刃(ウィンドカッター)】! 【風の刃(ウィンドカッター)】!』


 やがてすり鉢の中はややドロドロ感の残る果物ジュースとなる。


 最後に彼らは地属性魔力を発しながら、祭句を述べた。


『広漠たる全き地よ! その秘められたる想いはいまここにあらん!』


 そうして彼らの目の前にはグリーンモンスタースムージーが完成していた。




 その時グライフはクリーオフォン男爵家の部屋で本を読んでいた。


 当主のブルーが親友とはいえ、王都に滞在している間は男爵家やその縁がある者の武器のメンテナンスなどを手伝っている。


 客分として居候し続けるのが心苦しいためで、外に用向きが無く昼間に男爵邸に居るときは、何かしら手を動かすようにしているのだ。


 ブルーからは笑われるばかりだが、実家が武器職人だったため手を動かしていると安心するということもある。


 それでも夕食を頂いてからは、与えられた部屋で大人しく本を読んで過ごすことが多かった。


 今日も静かにページをめくっていると、突然念話で連絡があった。


「グライフよ、いま良いだろうか?」


「どうしたテラリシアス。何か問題でもあったか」


 グライフはページをめくる手を止めて念話に応じる。


 彼の本体であるテラリシアスは基本的に放任主義だ。


 グライフの方から相談しない限り、彼に声を掛けることは珍しかった。


「問題という訳では無いのだが、少々注意喚起だな」


「ふむ。吾輩に関係がありそうかね」


「恐らくは無いだろう。王都ディンルークのどこかで、吾輩の封印されし歴史を元にした呪いの儀式を発動した者が居る」


「呪いか。具体的には」


「効果は力の上昇で、対価は食欲増大だな。まあ、命にかかわるものでは無かろうよ」


 命にかかわるものでは無いという言葉で、グライフは心持ち安どする。


 呪いの儀式などは、場合によっては容易に人の命を奪ってしまうものだからだ。


「そうか、それで注意か。時に本体よ、神々の封印されし歴史がなぜ呪いの儀式の元になるのだ?」


「それは、ええと、うむ、あれだ」


「都合が悪いか?」


「いや。吾輩が過去に参加した『宇宙筋肉祭り』の愚痴を、ゼフィーナスタ(風神)が自身の巫女に漏らしたのだ。それが長い年月の中で奇妙な伝わり方をして呪いの儀式になった」


 テラリシアスの言葉を脳が理解した瞬間、グライフは本体からの連絡がどうでもよく感じられた。


「……大体把握した。こちらで問題があるようなら相談する」


「手間を掛ける」


「お互いさまだ本体殿」


「それではな」


「ああ」


 念話を終えた後、グライフは本にしおりを挟んでからソファから立ち上がり、気分を変えるために茶を貰いに部屋を出た。




 クラウディアに環境魔力の制御を教えてもらってから一夜経った。


 期末試験前最後の授業の日ということで、微妙にいつもとクラスの空気が違う気がする。


 それでも午前中の授業を受け、お昼休みに実習班のみんなと食堂に向かった。


 いつものように配膳口で料理を取って適当な席に座り、みんなとお喋りしながら昼食を食べ始める。


「それにしてもあっという間に一学期も終わりやね」


 ほうれん草とベーコンの入ったグラタンを食べながらサラがしみじみと告げる。


 ベーコンとほうれん草の組合せって割と最強格だと思うけれど、それにチーズが加わってグラタンになると、より美味しそうに見えてくる。


 あたしも迷ったんだよなあれ。


「週明けから期末試験ですね。でもみんなは準備が出来ているんじゃないですか?」


 トマトソースのスープパスタを食べながらジューンが言うけど、確かにこのメンバーなら試験対策とかは大丈夫なんじゃ無いかなとおもう。


「さすがに一年生の最初の期末試験ですしイメージもしづらいですけれど、小テストなどを掘り下げた程度でしたら想像できますわね」


 キャリルは今日は白身魚のフライとクラムチャウダーか。


 寒い季節のクラムチャウダーも割と鉄板だったりするよね。


「妾としては先生方の授業中の小ネタから、どの程度問題として出てくるかが心配なのじゃ」


 ニナはあたしと同じでエビ天丼だ。


 衣とかサックサクな上にエビ自体も大きくてぷりぷりである。


 どんぶりから立ち上がったエビ天を見て、他の選択肢を消したんですよあたしは。


「そこまで心配するものでも無いと思うわ。小テストから大きくひねってきたら大変かもだけど、その時は平均点も下がるわよ」


 サクッと一口噛むごとに、タレの甘辛さと衣やエビの食感が口に飛び込んできて安心する。


 それと共にタレが掛かっていないご飯を口に放り込んでお米の甘さと歯ごたえも一緒に味わうことで、エビ天自体の食感が口の中でさらに強調されていった。


 うん、今日はエビ天丼が正解だったな。


 そんなことを考えていたら、配膳口の方がいつもよりも騒がしい気がして視線を向ける。


 反射的にトラブルでも起きたかと思って気配を読むけれど、敵意だとか害意のたぐいは見られないからケンカなどでは無いだろう。


 そもそもお昼休みの食堂でケンカを始めるような無謀な人は居ないとおもう。


 先生たちや色んな運動部の人たちがいる上に風紀委員会のみんなも居るし。


「何の騒ぎでしょうか?」


「ケンカとかでは無いと思う。そういう気配じゃ無いし」


 キャリルの疑問に応えるが、彼女も頷く。


 それなら何なんだろうと思っていると、ニッキーから【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡があった。


「アイリスちゃん、エリー、キャリルちゃん、ウィンちゃん、いま大丈夫かしら?」


『大丈夫です(の)(にゃー)』


「いま食堂の配膳口で騒ぎが起きているけれど、もめ事のたぐいではないらしいわ。エルヴィスが確認してくれたけど、どうやら一部の料理が売り切れになったみたいなの」


「一部の料理って、そこまで騒ぎになるんだにゃ?」


「ビュッフェとデザート類以外の料理が売り切れらしいわ。それで買い損ねた生徒と教職員が騒いでいるみたいなの」


「そうなんですのね」


「それじゃあ、事件性のあるトラブルって訳じゃあ無いんですね?」


「先生たちも居るし、たぶん大丈夫だと思うわ。もし何かあったらまた連絡します」


『分かりました(の)(にゃー)』


 ニッキーからの連絡内容をみんなに伝えると、珍しいことがあるんだねなんて話になった。


 授業は今日で最後だけれど、テスト期間中も食堂は開いている。


 食材の在庫を減らすために料理の量を減らすということは無いだろうから、何か厨房の方で問題があったのかも知れない。


 確保できなかった人たちには申し訳ないけど、あたし達がお昼を確保したあとで良かったよ。


 あたしはエビ天丼を味わいながら、そう考えていた。



挿絵(By みてみん)

グライフ イメージ画 (aipictors使用)


お読みいただきありがとうございます。




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