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11.雪の話をしていると


 その日の昼休み、管理棟奥にある標本などの保管庫には、『虚ろなる魔法を探求する会』のメンバーが集まっていた。


 いつもは幹部以外には関心のあるテーマを語るときに顔を出す彼らだったが、今日は珍しく多くの生徒の姿がある。


 先日の呪いの調理に成功したことで、期末テストを控えてさらに実利ある実践を試そうという者たちが出てきたのだ。


「なるほど、ステータスの力の値の上昇か。諸君もなかなか強欲だねクフフフ」


「普段顔を出さずにいきなりこんなことを言い出して、ムシがいい話なのは承知している。だが、実践する訳にはいかないかい?」


 今回話が上がったのは、運動能力に関わる“力”の値だ。


 この場に居る者は偶然ではあるが、魔法や学問の才にそれなりに恵まれている反面、運動に苦手意識があった。


 期末試験の実技試験に向けて、そこを補強したいという意図があるのだろう。


 いまゴードンが相手をしている生徒を中心に、先日の呪いの調理に参加したか、参加した話を聞いた部員が集まっている。


「知っての通り、俺たちの会は長を置いていない合議制だ。俺個人としては、実践するという意志は等しく価値があると思っているよ、クフフフフ」


「ああ、意志の輝きこそ、僕たちが重視するものだ。その輝きがあるからこそ呪いは美しい」


 ゴードンの他にも会の幹部として振舞っている男子生徒の一人が同意する。


 だが、それを見ていたフレイザーは冷静な口調で告げる。


「ぼくは実践そのものは同意しますが、懸念もあります。先日のホーリーバジルライスの儀式を選んだ際に吟味しましたが、その他の値を上昇させる儀式にはリスクがあります」


「そうね、覚えているわ。私とフレイザーとマニュエルでそれぞれ独自に検討して、同じ結論だったと思うけれど」


「ふむ、力の数値が上昇する反面、さじ加減を誤ることで強い空腹感を覚える。場合によっては飢餓状態になりやすくなる、だったか。空腹というのは美しくはないだろうがね」


 フレイザーとナタリーの視線を受けるマニュエルだったが、それでも彼は笑みを浮かべている。


 彼らが懸念を示すのは、背中を押して欲しいからだと理解しているからだ。


 でなければフレイザーやナタリーは、はっきりと中止か不参加を表明しているだろうから。


「その辺りは料理なら調整が効くかも知れないと、僕は考えている。食べる量を調整すれば、ある程度デメリットを抑えられるかも知れないという話だ。この提案は、美しくないかね?」


「それは、一理ありますね。……デュフフフフ」


「確かに完全否定することはできないか」


 話を持ち込んだ生徒たちは、彼らのやり取りを固唾をのんで伺っていた。


 そこにゴードンが可笑しそうに告げる。


「摂取量でコントロールするというのは悪くはないけれど、本当に大丈夫かね? クフフフフ」


「どういう意味だいゴードン?」


 話を持ち込んだ生徒の中心人物が、怪訝そうな表情を浮かべる。


「いや、彼らが調べ上げた式次第から判断するに、そうだな、出来上がるのは“グリーンモンスタースムージー”とでも呼ぶべきものだ。気を付けないと、意外な美味しさに大量に摂取してしまうかも知れないのだよ、クフフフフ」


「そうなのよね……」


 ナタリーはゴードンの説明で微妙そうな表情を浮かべた。


 ナタリーとフレイザーとマニュエルが調べ上げた式次第(レシピ)では、呪いの儀式を行いながら魔獣素材を使ったほうれん草と果物ジュースのスムージーが出来上がる。


 魔獣素材というのもカニバルアローという魔獣の果肉だが、この魔獣は肉食のアロエだ。


 王都南ダンジョンのジャングルの階層で採取でき、果肉は石鹸などの材料に使われるため王都で店売りされている。


 いちおう石鹸などに使われる以上食品にしても問題は無いが、肉食アロエなので何を食べたのか分からない。


 そのため、カニバルアローを好んで食材にする者は王都には居ない。


「それでも挑んで良いか否かを、判断したいのですが。デュフフフフ」


「リスクがあっても挑むか否かという話だね。非常に美しい決断の場面だ」


「まあ、私たちの実践は、基本的に自己責任よね」


 フレイザーとマニュエルとナタリーは、そう言って笑う。


「クフフフフ、それではいつものように決めよう。ステータスの力の値の上昇に挑みたい者は、この場に残れ。今回は見送る者は今すぐ去りたまえ」


 ゴードンはこの場の者を見渡すが、全員がその場に残った。


 そして保管庫には、怪しい笑いが満ちた。




 午後の授業も終わり、あたしはいつものみんなと部活棟に移動したあと薬草薬品研究会に顔を出した。


 部室にはすでに何人かの先輩たちが居たので挨拶をする。


 そしてあたしは乳鉢を用意し、塩と砂を使って【鑑定(アプレイザル)】と【分離(セパレイト)】を組合わせる練習を始めた。


 先日もらったコラトゥーラが寄生虫を避けるために同じ技術を使っているとエリーから聞いたけど、意外と一般的な技術なのかもしれないな。


 そんなことを思いながらあたしは淡々と練習を続ける。


 キラースパイダーの毒腺から経皮睡眠薬を作るのにも、この手法を使う気がする。


 もしそうなるようなら、実際にパーシー先生立会いのもとで加工するときにあたしも出来るかも知れないな。


 そんなことを考えながらも練習を続けるけど、精度は悪く無い。


 あたしは適当なところで練習を終え、薬草図鑑を【収納(ストレージ)】から取り出して読み進めた。


 しばらくするとカレンとジャスミンが連れ立って部室にやってきたので挨拶した。


「ウィンちゃんも居るのね、ちょうど良かったわ。冬休み中のことを話しておこうと思って」


 そう言ってからジャスミンはみんなを集めてティータイムにした。


 彼女はハーブティーを飲みながら、部室にある鉢植えの話をする。


 冬休み中は、鉢植えを附属農場の薬草園で管理するとのことだ。


「明日の放課後にユージン先生が部室に来て、マジックバッグで鉢植えを持っていきます。なので、それを知らない部員がいたら教えてあげて下さい」


『はーい』


「附属農場の先生たちは年末年始は学院にいるんですか?」


「植物の世話があるから、交代で休みを取るらしいわ!」


「あ、そうなんですね」


 あたしが質問したらカレン先輩が教えてくれた。


 学院が休みだからと言って、薬草の手入れを止める訳にはいかないよね。


 その後はみんなとお喋りをしたけど、そろそろ雪が降るかも知れないねなんて話をした。


 雪の話をしていると部室にニナとアンが遊びに来た。


 二人には部員の先輩からハーブティーが振舞われた。


「すこし聞こえたのじゃが、王都ではそろそろ初雪なのかの」


「わたしの実家では降らないから、すこし楽しみだったりするの」


「妾も少し楽しみなのじゃ。舞い降りる雪と美少年などは、絵になると思うのぢゃ」


 ニナのこだわりに、みんなは苦笑いを浮かべていた。


 これでもニナは精霊魔法の専門家で、闇魔法は宮廷魔法使いに教えられるくらい詳しいうえに、刈葦流(タッリアーレレカンネ)の達人なんだよな。


 待てよ、何か魔法に関してあたしは誰かに相談しようと思っていたことがあった気がするな。


 そこまで考えたところで、あたしはティーマパニア様から言われた話を思い出した。


 【符号遡行(レトロサイン)】の使用では魔力が足りなくなる。


 環境魔力を使うのが一番だけど、それが出来ないなら魔石を使いなさいとか言われたのだった。


 でも『魔石への魔力譲渡』とかも言ってた気がするな。


 その辺りはニナは分かるだろうか。


「ニナ、あなたって魔法に詳しいじゃない?」


「なんじゃウィン、改まって。知っての通り、それなりに学んではおるのじゃ。何か相談事かの?」


「相談事っていうか興味っていうか。……ええと、戦闘とかダンジョン攻略をしていると、魔力が足りなくなるとかありそうじゃない?」


「そうじゃの」


「魔石から魔力を使えるって聞いたことがあるけど、練習とか必要なの?」


 まずはそこから訊いておかないとな。


 あたしの質問に少し考えてからニナは告げる。


「基本的には魔力が感じ取れる人間なら誰でも魔石は扱えるのじゃ。効率とか言い始めると練習をした方がいいじゃろうがの」


「そこまで効率って悪いの?」


「そうじゃのう……。あまり魔法が得意ではない市井の者が、魔力が枯渇して初めて魔石を使う場合でも、魔石が保有する魔力の六割は利用できるのう」


「それって魔石の中の魔力が四割捨てられてるってことかしら?」


 四割だとかなりもったいないな。


 練習しておいた方がいいんだろうか。


「ウィンは武術で魔力制御を練習しておるし、初めてでも九割五分は利用できると思うのじゃ」


『おお~』


 あたしたちのやり取りを聞いていた部活のみんなが声を上げた。


 微妙に照れ臭い気もするので、あたしは動揺しないようにしてニナに確認する。


「ええとニナ、ちなみに学院の普通の生徒だと、魔石の魔力をどのくらい使えそうなの?」


「あくまでも目安じゃがの、平均して八割から九割は使えると思うのじゃ」


 ニナの説明にその場のみんなは興味深そうな表情を浮かべていた。


「商業地区に工房向けの小さい魔石を扱っておる店があるはずじゃ。そういうところでバラ売りで買って、ダンジョン行きなどに備えるといいと思うのじゃ」


「分かったわ、ありがとう。ところで魔石って、魔力譲渡が出来るって聞いたことがあるけど、これはカンタンなの?」


「よく知っておるのうウィンよ。どこで聞いたのじゃそんな話」


 あれ、あまり一般的な話じゃ無かったんだろうか。


 まずいな、ティーマパニア様とのやり取りで教わりましたとか言えないんだよな。


 でも前にどこかで聞いたような気がするな。


「ええと、どこだったかな……あ」


 思い出した、体育祭の時にジューンと会場設営の話を聞きに行ったんだ。


「前に学校対抗の体育祭があったけど、その会場設営の話をジューンと訊きに行ったの。その時に教わったわ」


「体育祭の時にそんなことを調べるあたりがウィンじゃのう……。そうじゃのう。魔石への魔力譲渡はさすがに練習が必要と思うのじゃ」


「やっぱりそうなんだ……」


「うむ。しかし、魔石を介さない魔力譲渡の難易度に比べたら、初級の魔法と特級の魔法くらいの差があるのじゃ。興味があるなら魔石を買って来れば教えるのじゃ」


「あ、そのときはお願いします」


 いまは魔石の持ち合わせが無いし、また今度だな。


 でもニナから教えてもらえると分かったのはラッキーだった。


 その後もみんなでハーブティーを頂きながら、農業での魔法の使い方なんかの話を先輩たちとしていた。


 アンやあたしや同級生の部員は質問役だった。


 ニナは農業は流石に専門外だったらしく、面白そうに話を聞いていた。



挿絵(By みてみん)

ジャスミン イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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