10.語るのは時の必然
「ご教示ありがとうございます。あたしは時属性魔力のトレーニングを、もっと頑張ってみます」
あたしは目の前のティーマパニア様に告げると、彼女は右手をおろした。
そうか、時魔法とか時属性魔法のトレーニングについて訊くのに、彼女以上の専門家は存在しないな。
なんせ時の神格ですから。
あたしはせっかくの機会に何を訊いたらいいものかを考え始める。
いちおう今悩んでいる問題の一つは解決した。
時属性魔力が四大属性と関連する属性で、時属性をトレーニングすることで四大属性の練習にもなるというなら、やらない理由は無いだろう。
というかあたしの性格的には、一粒で五度おいしい飴とかだったら迷わず口に入れそうだ。
まあ、いまは食い意地の話はいいか。
「……魔法のトレーニングは……いまキミが行っているのが正解です……でもいろいろ試すのもいいでしょう……」
そう言ってティーマパニア様はあたしに近づき、あたしの頭を撫で始めた。
「ええと、時神様?」
あたしの頭をひとしきり撫でた後、気が済んだようでティーマパニア様はあたしの前に戻る。
「……【符号遡行】はふつうの人の身では魔石が必要です……魔石への魔力譲渡と魔石からの魔力使用をまなびましょう…… 」
「……! はい!」
【符号遡行】の使い方に関しては確かに悩んでいたことの一つだ。
ティーマパニア様はあたしの心を読んでいるのだろうか。
「……君に至る時を読んでいます……ワタシが語るのは時の必然です……」
「はあ……」
さすが時の神格というか、心を読むよりも面倒そうなことをしている気がするな。
ともあれ、ティーマパニア様から直前に言われたことを想起する。
葉っぱに傷を入れて直すトレーニングでは、【治癒】で葉っぱを治すよりは魔力を倍以上使うのだ。
環境魔力を使えるようになったら解決するのかも知れないけれど、今はまだ使えない。
それが魔石から吸い上げることで解決するなら、いざというときは強力な回復手段になる気がする。
でも、どの程度のものを直すことができるんだろう。
「……【符号遡行】ではふつうの人の身では三日以内に実施すべきです……それを超えると神々の範疇です……三日以内なら一切を現世に残さず消えた者も直せます……以前の状態を知る人がひつようですが……」
「え、それって、三日以内なら遺体が無くても直せるってことですか?!」
あたしが訊くとティーマパニア様はコクリと頷いた。
それを見ていたソフィエンタが口を開く。
「もうちょっと補足してあげてもいいんじゃないですか、ティーマパニア。――ええとウィン、【符号遡行】を使えばヘンな話だけど生身で大気圏突入して跡形もなく燃え尽きた人も、三日以内なら目の前に復元できるわよ」
「割ととんでもないわねっ?!」
あたしの言葉にソフィエンタとティーマパニア様が揃って頷く。
というか生身で大気圏突入ってどういう例えなんだよ。
「アカシックレコードから情報を持ってくるから、そういう意味では融通が利くわ。でも対象の知り合いがその場に居る必要があるわ。あなた自身が知っている人ならそれでもいいけど。あと魔力消費が膨大だから、早めに環境魔力の扱いを覚えるべきよ」
ソフィエンタの言葉にティーマパニア様がまた頷いている。
「え、でも三日を超えちゃったらムリってこと?」
「人間の身ではムリね。髪の毛でも皮ふでも血の一滴でも、身体の一部をどこかから手に入れて、光魔法の【復活】をひと月以内に実施する必要があるわ」
「……それはそれでとんでもないわね」
「いちおう生き物の蘇生に関しては神々が見張っているから、魂がドス黒くなって現世での更生の余地がない悪党なんかの類いは、蘇生は失敗するようになっているわ」
「ふーん……」
この世界では条件付きではあるけど死者蘇生が出来るのか。
あまりお世話になりたくは無いけど、覚えておいて損は無い。
そう思ってあたしは頭の中にメモをした。
その後ソフィエンタとティーマパニア様から、もう少し具体的な話を聞いた。
まず【符号遡行】や【復活】で、取りあえず四肢欠損などの状態で蘇生するのだそうだ。
その後に、地魔法の【回復】か光魔法の【復調】で欠損を治す方が魔力消費も少ないと教わった。
「折角だし、ティーマパニアもウィンもお茶していきませんか?」
ソフィエンタがそう告げるとティーマパニア様はコクリと頷いた。
あたしの方も特に断る理由も無いので「お願いしますソフィエンタ」と応えた。
するとソフィエンタは何も無い空間に視線を向ける。
直後にそこにテーブルと椅子が出現し、それぞれの席には大き目のグラスに入ったトロピカルジュースとドーナツが用意された。
内心あたしは感動で声を上げたい気分だったが、それを抑えてゆっくりと席に着いた。
ソフィエンタだけだったらともかく、ティーマパニア様もいるからな。
その様子をソフィエンタはニヤニヤと観察し、ティーマパニア様はじーーーっと観察していた。
なんか全部あたしの内面がバレてる気がするけど、気にしないことにしよう、うん。
ソフィエンタが用意してくれたトロピカルジュースとドーナツを頂きながら、あたしは時属性魔力のトレーニングについてティーマパニア様に質問した。
「時神様、時属性魔力のトレーニングがお得だし続けるべきだっていう事は理解しました。それで、以前ソフィエンタから月転流の絶技・識月について聞いたんです」
「……だいじょうぶ……キミはいずれおぼえます……」
先に確認しようと思っていたことを応えられてしまった。
あたしたちはドーナツをもきゅもきゅ頂きながら話をする。
「覚えるのにコツとかはあるんでしょうか?」
「……日々少しずつ続けるべき……使えるようになったら……時属性魔力を纏っただけで世界を見る目が変わります……」
「世界を見る目、ですか」
「……キミは今そう言われて……変わるまえの自分と同じでいられるか……不安を感じましたがキミはキミです……だいじょうぶです……」
なにやら徹底して先回りして応えられている気がするな。
相手は時をつかさどる神様だし、あたしのグダグダした心配とかが馬鹿みたいに思えてくるな。
「……ウィン……だいじょうぶ……キミの慎重さは美徳……」
そう言ってティーマパニア様はドーナツを頬張りながらコクリとうなずいた。
神様にそこまで言われた以上、あたしは細かいことを悩む必要はないな。
少なくともこのドーナツとトロピカルジュースを頂いている間は。
そう考えてあたしは意識をおやつに集中した。
ソフィエンタはあたしとティーマパニア様のやり取りを、面白そうに黙って眺めていた。
おやつを平らげたあと、あたしはソフィエンタに現実世界へと戻してもらった。
戻るときにソフィエンタとティーマパニア様が気軽な感じで右手を振っていた。
あたしは感謝の気持ちを込めて頭を下げると、頭を上げた直後に自分が自室で椅子に座っていることに気が付いた。
「ふむ。……時神様ってああいうキャラなんだな。時の神格ってもっと厳しい感じかと思ってたよ」
あたしがそう呟くと、どこかはるか彼方の空間で「……ワタシはワタシです……」と時神様が気持ちドヤ顔で呟いたような気がした。
まあ、気のせいだとおもうけど。
「あ、そう言えばさいきん邪神うんぬんの話を聞いてないって、ソフィエンタに言うのを忘れてたか」
それでも何か動きがあったら向こうから連絡はあるだろう。
そう思ってあたしは日課のトレーニングを始めることにする。
神域に呼ばれるまでとは違って、いつもよりは少しだけやる気が出てきた気がした。
一夜明けて翌日、授業を受けて昼休みになった。
実習班のみんなと昼食を食べ、そのまま食堂でお喋りをしているとホリーが現れた。
「ウィン、キャリル、ちょっといまいいかしら?」
「どうしたんですのホリー?」
「風紀委員会としてのあなた達に、少し確認したいことがあるの。いまから話が出来ないかしら」
風紀委員会としてというからには何かの面倒事なんだろうか。
あるいは面倒ごとになるかも知れないなにかかも知れないか。
「別に構わないわよ。ねえキャリル?」
「そうですわね。みなさん少しだけ席を外します」
「うん、行ってらっしゃい。――ホリーちゃん、早めに二人を返してや」
「うん、返す返す」
レンタル制かよ。
サラとホリーのやり取りを苦笑しつつ、あたしとキャリルはホリーに連れられて食堂の隅の席に移動した。
ホリーはそこで【風操作】を使い、周囲を防音にする。
「それで、確認って何かしら?」
「うん。実は個人的に調べていた生徒が『虚ろなる魔法を探求する会』に所属してたの。その過程で知り合いから、風紀委員会が『虚ろ研』の幹部を特定しようとしているって聞いたのよ」
ホリーが言う『虚ろ研』というのは『虚ろなる魔法を探求する会』の略称だ。
略称にするなら『虚ろ会』じゃないのかと思うんだけど、どうにもその名で通っているらしい。
それはともあれ、風紀委員会の話は初耳だ。
ただ、キャリルが切っ掛けになる情報をニッキーに流したんだよな。
ニッキーに渡した情報は、レノックス様が紹介してくれた宮廷魔法使いのライアンが話した内容だ。
他の人間ならちょっと問題だけれど、ホリーは諜報で王国に貢献してきたという貴族家の娘だ。
出どころを秘密にして話す分には問題無いとあたしは思った。
そこまで頭の中でそろばんをはじいてから、あたしはキャリルの顔を伺う。
するとキャリルもあたしを見て頷いていたので、あたしは口を開いた。
「出どころは言えないんだけど、じつは以前学院内で流行しそうになった呪いの腕輪の件で、製作者に関する情報が出てきたの」
「それがどうやら、『虚ろなる魔法を探求する会』かそのOBが関わっているようなんですの。詳しくは風紀委員会がこの国で最も確かなスジに照会中ですわ」
キャリルが言っているのは王宮に照会中っていう意味なんだけど、ホリーは流石に分かるだろう。
妙に納得した表情に変わったし。
「そう……、そういうことなのね」
「いずれ詳しい話が流れると思うから、それまではホリーは内緒にしてくれるかしら」
あたし達の言葉を聞き、ホリーは腕組みして目を閉じて考え込んだ後に口を開く。
「分かったわ。とりあえずわたしの心配事とは直接関係なさそうだから、しばらく大人しくしているわね」
「ホリーの心配事って?」
「とある人の安全にかかわる話で、秘密ですー」
そう言ってホリーは悪戯っぽく笑った。
ソフィエンタ イメージ画(aipictors使用)
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