09.突然存在を現わした
呪いの儀式と調理を経た翌日の放課後、数名の生徒が構内にあるガゼボ(西洋東屋)の一つに集まっていた。
非公認サークルの『虚ろなる魔法を探求する会』と『闇鍋研究会』。
そのメンバー三人ずつがガゼボ内のベンチに座っている。
「それで、体調などはどうかしら?」
「全く問題無い。睡眠が浅くなるという話だったから心配していたが、体感ではデメリットは感じていないな」
『虚ろ研』のナタリーが問えば、『闇鍋研』のジュリアスが応えた。
「それは重畳でした。ステータスの変化はいかがですか?」
「みごとに効果があったよ! 大したものだと思う。ステータスの数値でいえば知恵の値が平均して四十から五十ほど上昇していたんだ! 君たちには感謝が尽きない」
フレイザーに問われ、ジュリアスの『闇鍋研』の仲間が興奮気味に応える。
その様子を冷静に観察しながら、表情を崩すことも無くフレイザーは頷いている。
「俺たちの方も同様だよ。もっとも、上昇した数値は平均して五十から六十程度だったがね。『闇鍋研究会』の諸君には俺としても感謝が尽きない。クフフフフ」
「私としては完成した“ホーリーバジルライス”の味にも感動したわ。ステータス値を上げられてあれだけ美味しいなら、もっと気軽に食べられればと思うのだけれど」
ゴードンとナタリーが嬉しそうな表情で告げるが、その様子を見て他の面々も満足げな表情を浮かべていた。
正直なところ今回の呪いの儀式は挑戦的な内容であったため、どの程度効果があるのかが不透明だった。
それでもデメリットがほぼ無く、ステータスの知恵の数値が上昇したのなら成功したと言っていいだろう。
「忘れないうちにこれを渡しておこう。今回行った調理のレシピを清書したものだ。必要なところはカンタンな図も併記しておいたから、君たちだけでも実践はムリでは無いと思う」
そう言ってジュリアスは【収納】から書類を取り出し、近くに座っていたフレイザーに差し出した。
フレイザーは礼を告げながら恭しくそれを受け取ると、【収納】に仕舞った。
「今後の課題というかアイディアだが、今回用いたマッドオストリッチよりもランクが高い魔獣の素材を使えば効果を高められるかも知れないな」
「だといいのだけど、デメリットも大きくなる可能性もあるのよ。呪いって難しくて……。でも参考意見として覚えておくわ。ふふ」
ジュリアスの意見に機嫌が良さそうにナタリーが応えた。
それを見ていたゴードンも書類を取り出し、ジュリアスに手渡す。
「諸君は興味は無いかも知れないが、今回の儀式をまとめた資料の複写だ。簡易的に実施できる内容も付記してあるから、興味があるなら実践してくれたまえクフフフフ」
「ありがとう、参考に受け取っておく」
「俺としては呪いという技術の可能性に、興味を持ってくれる者が増えることを願っているよ。クフフフ」
ジュリアスは書類を【収納】に仕舞いながら、彼らに確認しておこうと思っていたことを口にする。
「ところで以前小耳に挟んだんだが、学院構内には魔道具研究会が開発した呪いを検出する魔道具が仕掛けられているらしいじゃないか」
「そうかも知れませんね」
「今回の効果はその魔道具で引っ掛かって問題になることは無いか?」
ジュリアスがやや真剣な表情で『虚ろ研』の三人に問う。
結局、今回の儀式と調理でステータス値が上昇しても、呪いと判明して解除されたら折角の効果がムダになるからだ。
それに対してフレイザーが冷静な表情で応える。
「全く問題ありません。今回の場合は儀式で作られた料理を食べ、己の血肉とした段階で呪いとは切り離されています。加えてデメリットの睡眠の変化についても体調変化の枠内で収まるものでしたから、学院が気付くことは無いはずです。デュフフフフ」
「恐らくだが、効果が強い状態異常の類いなら検出されていたかも知れない。その辺りは今後も気にかける必要があるかも知れないな。クフフフフ」
ジュリアスはフレイザーとゴードンの話に頷き、ひとまず安心した様子だった。
「呪いっていうのは中々奥が深いものなんだな」
「そうなのですよデュフフフ」
フレイザーはそう言って人差し指を立ててみせる。
「リアス、君はもしかしたら、俺たちの仲間たりうる才覚があるかも知れないクフフフフ」
ゴードンはそう言って親指を立ててみせる。
リアスというのはジュリアスの『闇鍋研』での通り名だ。
「ちょっと、二人とも落ち着きなさい。……リアス、ごめんなさい。呪いの話になると特にこの二人は見境が無くなるのよ」
その様子を眺めていたジュリアスと『闇鍋研』の仲間たちは、微妙に苦笑いを浮かべていた。
こうして『虚ろなる魔法を探求する会』と『闇鍋研究会』のはじめての合同企画は、成功裏に幕を閉じたのだった。
そして『虚ろ研』の彼らが自信を深めたことを、冷静な立場で評価する者はこの場に居なかった。
寮に戻った後あたしはアルラ姉さん達と夕食を食べ、自室に戻って宿題をやっつけた。
幸いにもというか何というか、学院には長期の休みにまとまった宿題は出ないようだ。
長い休みには年末年始の冬休みの他に春休みや、学年が切り替わる夏休みがある。
それでも夏休みの宿題などは存在しないという。
そもそも夏休みには学年が変わっちゃうし。
でもこれは学院で授業が無い間に生徒がどう自習するかを、生徒自身に任せているという話でもある。
長い休みだからと言って遊んでばかりいて、授業が再開して生徒の成績が落ちても学院は知りませんということなんだろう。
あたしは適当にやるけどさ。
そこまで考えて日課のトレーニングに掛かろうと頭を切り替えると、今日の狩猟部の部活で何か考えていたことを思い出す。
「あ、時属性魔力のトレーニングか」
いま行っている日課のトレーニングは、大まかな分類でいえば魔法の発動と、魔力の制御と、チャクラを開いた状態での気配察知だ。
魔法の発動に関しては時魔法の【加速】、【減速】、【減衰】、【符号演算】、【符号遡行】、そして地魔法の【回復】を練習している。
魔力の制御については環境魔力と始原魔力と時属性魔力だ。
こうして考えると、いろいろ手を広げ過ぎなんじゃ無いだろうか。
狩猟部での練習の時に白梟流の千貫射のトレーニングで火属性と水属性魔力を試した。
このとき時属性魔力の制御よりはすごくカンタンだった。
「トレーニングをこのまま続けていいのか、ソフィエンタに相談するつもりだったんだ」
そう自室で呟いて、勉強机の椅子に座った状態で伸びをする。
そのあと一つため息をついてあたしは椅子に座り直し、目を閉じて指を胸の前で組む。
「ソフィエンタ、ちょっと今いいかしら。相談したいことがあるんだけど」
次の瞬間、椅子に座っていたハズの自身が立っていることに気づき、あたしは目を開けた。
「どうしたの? ……と言ってもさっき呟いていた『時属性魔力のトレーニング』かしら」
「そうなのよ。ちょっと相談に乗って欲しいの」
あたしが目を開ければ、そこは周囲が真っ白な空間だった。
いつもの神域に呼ばれたんだろう。
いつもの神域というのも雑で凄い言い方ではあるけど、だんだん慣れてきている自分が恐ろしくもある。
「ふむ。ちょくちょくあなたのトレーニングは見ていたけれど、上手く行ってると思ってるわよ」
「ホントに?! 実はさ、今日狩猟部の部活で火属性魔力と水属性魔力を弓矢に纏わせるトレーニングをしてたのよ」
「ええ、白梟流の千貫射と言ったかしら。それで?」
「あ、見てたんだ。ええと、それが時属性魔力のトレーニングに比べたら、凄くカンタンに扱えたのよ。あたし何か時属性魔力で間違ったりして無いかなとか、このまま続けていいかなって思ってさ」
「ああ、そういうことか」
ソフィエンタはそう応えて腕を組み、何やら考え込む。
トレーニングが上手く行っているというなら、ソフィエンタに相談する必要とか無かったのだろうか。
でもまあ話してしまったし、先ずは返事を待つか。
「……そうね。あたしが応えてしまってもいいけど、その前に専門家が来てくれるかもしれないし、呼んでみるわね」
「……専門家って?」
「来てくれれば分かるわ。――ティーマパニア! ちょっと今いいですか?」
ソフィエンタが何もない空間に向かって叫ぶと、ソフィエンタのすぐ前に一人の少女が現れた。
王都南ダンジョンで転移の魔道具を使っているけれど、あれでも突然人間が現れる。
だけど魔道具の場合は、人間が転移してくる前に魔力の揺らぎみたいなものを感じる。
でもソフィエンタが呼びつけた少女は、その場に突然存在を現わしたのだ。
まるで初めからその場所に居たかのように佇む少女は、白い肌に琥珀色の瞳で、輝くようなシルバーブロンドの髪をしている。
何より特徴的なのはその存在感だ。
ソフィエンタやいままでに会った地神様や闇神様と同じように、圧倒的な存在感を感じる。
ということは、ソフィエンタが専門家と言った以上、時の神格なのだろう。
「ティーマパニア、来てくれてありがとうございます。突然ですが紹介します。こちらはあたしの分身のウィン・ヒースアイルといいます。あなたが加護を与えてくれた子です」
ソフィエンタがそう言うとティーマパニアは頷き、あたしの方に視線を向ける。
だがあたしの目をまっすぐ見たまま、何を告げるでもなくこちらを見続けている。
一瞬こちらから話しかけるべきかとも思ったけれど、目上の方から話しかけられるまで待つのがマナーだよなと思いそのまま待機する。
そのままティーマパニアは、じーーーっとあたしを眺め続けるがイヤな感じはしない。
それでもさすがにこちらから挨拶した方がいいんだろうかと思い始めると、彼女はあたしの前につかつかと歩いて来て口を開く。
「……ワタシはティーマパニア……時の神格……」
「こんにちは、ウィン・ヒースアイルと申します。いつもお世話になっております時神様。生まれた折には加護を賜りありがとうございました。こうしてお会い出来たことは光栄の極みです」
あたしはそう告げてカーテシーをした。
ティーマパニア様は割と無表情な感じで、あたしにコクリと一つ頷いた。
その直後彼女は無造作に右手の指を四本立て、あたしに示した
「……時属性は四大属性全てに通じます……よんばいお得です……」
ティーマパニア様はそう告げてあたしの目をじーっと見入る。
『お得です』っていうことは、あたしに勧めてるってことか。
いきなり本題に入ってくれた感じなのかな。
彼女から言われた意味をあたしは考え始めるが、時間と物質との関わり合いの話かも知れないとあたしはふと思う。
「……いまキミが考えたことで正解です……時属性のトレーニングは……四大属性をいちどに鍛えているのと同じです……」
そう告げて彼女は親指も立てた状態で、右手の平ををあたしの方に伸ばしてみせた。
「……それに時属性が加わって……ごばいお得です……」
ティーマパニア様は相変わらず無表情だったけれど、何となくあたしはプリシラのことを思い出し、時神様がドヤ顔を無表情に作っている気がした。
そこまで想起すると、彼女はあたしにコクリと頷いた。
ティーマパニア イメージ画(aipictors使用)
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