表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
351/865

07.儀式と調理を始めましょう


 今週の王都南ダンジョンの探索も済み、王宮から寮に戻ったあたしとキャリルは姉さん達と夕食を食べた。


 おみやげのフルーツは今回も好評だった。


 その後あたしはキャリルの部屋を訪ねる。


 宮廷魔法使いのライアンが教えてくれた件で、キャリルがニッキーに報告をするからだ。


「お邪魔しまーす」


「どうぞお入りなさいましウィン」


 彼女に促されて部屋に入ると、目に飛び込んでくるのは大きな本棚と、その上に並んだデフォルメされた白い竜の縫いぐるみの一団だ。


「キャリル……。気のせいかも知れないけれど、また竜の縫いぐるみが増えてないかしら?」


「そ、そんなことはありませんわ。これでも飾ってあるのは以前購入したものの一部です」


 珍しくキャリルが言いよどんでいるけど、女の子の部屋に縫いぐるみが飾ってあるくらい普通の光景だろう。


 抜き身の斧槍(ハルバード)が何本も壁に掛かっている、とかじゃ無ければいいや。


「ふーん……それで、予定通りニッキー先輩に連絡を入れるのね?」


 勝手知ったる感じであたしはキャリルのベッドに座り、勉強机の椅子に座ったキャリルの方を見る。


 ちなみに彼女の勉強机と椅子は寮が設置したものをマジックバッグに仕舞い、同じサイズのきれいなものに置き換えて使っている。


 華美ではないけれど、サイズ感がキャリルの身長に丁度良さそうだ。


「ええ、それで良いと思いますわ」


「ウェスリー先輩はどうするの?」


「まず先輩との話は、家の伝手で聞くことになったきっかけということにします。ウェスリー先輩が呪いの腕輪の話をしたので、ふと気になって家の者に確認したら王宮の呪いの研究者と伝手があった。その研究者が呪いの腕輪の製作者について情報を持っていたと」


 一応キャリルにはティルグレース伯爵家の誰かに一声かけた方がいいのではと言ったけれど、側付き侍女のエリカに話を通しておくとのこと。


 エリカならその辺りの口裏合わせはあっという間に手配するだろうな。


「分かったわ。学院が王宮に問い合わせて、その結果情報があたし達に下りてこればウェスリー先輩に報告する形でいいわね」


「ええ、そう致しましょう」


 キャリルはそう頷いて、【風のやまびこ(ウィンドエコー)】でニッキーとの連絡を始めた。


 それが済むと直ぐに王都の伯爵邸(タウンハウス)に居るエリカに連絡を済ませた。


「――これで呪いの腕輪の件は一段落ですわね」


「ええ。あとは学院が王宮から情報を得てからの話になるけど、学院内で調査が始まるかも知れないわね」


「基本的には先生たちが動かれるでしょうが、わたくし達も頭の片隅には置いておくべきでしょう」


「月輪旅団には、学院からあたし達に情報が来た段階で流すわよ」


 今の段階で『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』のメンバーが呪いの腕輪について知っているのは、レノックス様の厚意によるだろう。


 学院が問い合わせて発覚したタイミングにした方が、色んな面で安全なハズだ。


「それで構わないと思いますわ」


 キャリルとはそこまで話してからあたしは自室に戻った。


 その後は宿題と日課のトレーニングを片付けて寝た。




 その夜、学院内の使われていない大きな倉庫の一つに、生徒たちが集まっていた。


 集まったのは学院非公認サークル『虚ろなる魔法を探求する会』と『闇鍋研究会』の生徒たちだ。


 すでに寮の門限は過ぎているが、当然の如く彼らは抜け出してこの場にいる。


 その中の一人が口を開いた。


 闇鍋研究会でグーディーを名乗る者だ。


「こんばんは諸君。急な招集に応えてくれて感謝する。今宵は学院の非公認サークルの中でも存在感ある我々が手を取り、合同の企画を行うことになった。詳細については『虚ろなる魔法を探求する会』の幹部から説明をしてもらおう。クフフフフ」


 グーディーに促されたのはフレイザーだった。


「こんばんはみなさん。時間も限られていますので、さっそく本題に。既に呪いの食品の調理に関しては、この場のみなさんには了承を得ています。その上で、実施に最大の問題となっていた食材がありましたが、本日それが入手されました」


『おお~』


 フレイザーは右手を上げ、その場の参加者に静粛を求めた。


 参加者たちは直ぐに静かになる。


「儀式を担当する『虚ろなる魔法を探求する会』はいつでも始められますし、調理を担当する『闇鍋研究会』はいつでも作業に入ることができるとのことです。その上で、改めて呪いの食品の効果と対価を説明します――」


 ・効果はステータス値の知恵の値の上昇。


 ・対価は睡眠が浅くなり、夢を見やすくなり、若干疲労が蓄積しやすくなること。


 ・効果も対価も食後二週間から三週間続く。


「――改めて確認しますが、疲労は期末試験にはリスクとなる可能性があります。それでも参加し、知恵の値の上昇に挑む方だけこの場に残ってください。仮にこの場を離れてもそのことで呪ったり害することは無いと、『虚ろなる魔法を探求する会』幹部は己の魂の輝きにかけて誓います」


 フレイザーの言葉に対し、参加者たちは全員が好意的な表情を浮かべてその場に残った。


「宜しいでしょう。それではみなさん、粛々と儀式と調理を始めましょう。デュフフフフ」


 『虚ろなる魔法を探求する会』の面々はフレイザーのねっとりした笑い声に口角を上げ、『闇鍋研究会』の面々は苦笑を浮かべた。


 そしてそれぞれ【収納(ストレージ)】やマジックバッグから儀式や調理に必要なものをその場に広げ始めた。


 程なく彼らが集まった倉庫には、中央部分に仮設の調理台と水場が用意された。


 そして地魔法を使って生成された塩で、調理スペースを囲むように二重の円が床に記された。


 円の中には『闇鍋研究会』の生徒が集まり、円の外には『虚ろなる魔法を探求する会』の生徒が東西南北に分散して集まった。


 そしてまず、儀式が始まった。


 円の外の東側の生徒が、揃って風属性魔力を放出しながら告げる。


『正に風よ起これ。命は芽吹き、その魂の輝きを新たにせよ』


 円の外の南側の生徒が、揃って火属性魔力を放出しながら告げる。


『正に火よ起これ。命は動き、その魂の輝きを新たにせよ』


 円の外の西側の生徒が、揃って水属性魔力を放出しながら告げる。


『正に水よ起これ。命は融け、その魂の輝きを新たにせよ』


 円の外の北側の生徒が、揃って地属性魔力を放出しながら告げる。


『正に地よ起これ。命は固まり、その魂の輝きを新たにせよ』


 円の外の東側に立つグーディーが告げる。


「神々が如く全てを見よ、我らはそれを知る者なり」


 円の外の西側に立つフレイザーが告げる。


「諸人が如く全てを見よ、我らはそれを知る者なり」


 円の外にいる全ての生徒が揃って告げる。


『星々よ諸人の魂を知れ、全ては等しく全き者なり』


 円の外の東に立つグーディーが右手を挙げると、予め決められた者以外は魔力の放出を止めて一斉に同じ言葉をゆっくりと繰り返して唱え始める。


汝自身を知れ(ノスケ・テ・イプスム)


汝自身を知れ(ノスケ・テ・イプスム)


汝自身を知れ(ノスケ・テ・イプスム)


汝自身を知れ(ノスケ・テ・イプスム)


 その唱和が始まるとグーディーは手を下ろし、フレイザーが手を挙げて告げる。


「いざ、調理を始めよ」


 それを合図にして、『闇鍋研究会』の参加者たちは調理を始めた。




 彼らが儀式と調理を行っている倉庫で、その様子を観察している者が居た。


 黒いローブを纏って深くフードを被り、倉庫の隅で気配を遮断して様子を伺っているのはホリーだった。


 目の前の様子に何の感想を抱くのでもなく、ただその場の変化を観察して記憶していく。


 だがあるとき違和感を感じて視線を自身の傍らに移すと、似たような服装の者がその場にいた。


 幸いにも相手に敵意は無さそうだとホリーは判断する。


 気配は以前ウィンがみせた隠形よりは漏れているが、それでも自分と同等以上に隠せている。


 その隠せている気配に意識を集中すると、ホリーは相手が自身の身内だと分かった。


 彼がここにいるということは、自分と同じくこの場の参加者を見張っているのだろうと判断する。


 幸いにも調理は始まったばかりであるし、多少は時間があるだろう。


 そう判断したホリーは、彼に向かってハンドサインを送って倉庫から共に出ることを促す。


 相手もそれを了承したので、彼女は気配も音も無くその場を離れた。


 倉庫を出て距離を稼ぐと、直ぐに相手も近づいてきて目の前に立った。


 ホリーはフードを外して告げる。


「なに、フェリックス兄さんも調べ物?」


「そうだぜ。まあ、俺はお前さんみたいに仕事をしてる訳じゃ無いし、ただのサークル活動だけどなー」


 そう応えたのはホリーの実の兄で、名をフェリックス・アリアス・エリオットという。


 クリーオフォン男爵の二男だ。


「『諜報研』だったかしら? 兄さんも好きよねー」


「まあなー。でもけっこー面白いんだぜうちの部。ホリーも入ればいいんだ」


「嫌ですー。『手品研究会』の方なら多少は興味あるけどねー」


「そう言うと思ったけどなー。……それで、マトは誰だ? 仕事の関係なら女子生徒だろ?」


 フェリックスに問われたホリーだったが、正直に伝えるべきか一瞬考える。


 それでも自身の兄が、情報集めの腕だけは自分よりも立つことを思い出して教えることにした。


「魔法科高等部一年のナタリー・カーヴァ―よ。裁縫部に所属してるけど、最近近づいてきたの」


 ホリーが近づいてきたという以上、彼女の護衛対象への接近ということだろう。


 フェリックスはそう判断する。


「そうか。俺の方は魔法科高等部二年のゴードン・シンプソンだ。『クフフフ』とか笑う変人だな」


「へー、ゴードンていうんだあの人」


「呪いの腕輪の件で『虚ろ研』を追い始めた所なのさ」


「何か情報があったの?」


「風紀委員会からの依頼だ。うちの部に『虚ろ研』幹部を特定して欲しいんだってさ。詳細は不明だけど、場合によっては火が点くかもなー」


 フェリックスは軽い感じで言っているが、兄が冗談めかして重い懸念を伝えることは過去にもあった。


 ホリーはそれを思い出す。


「どの程度延焼しそうなの?」


「今のところ『虚ろ研』で閉じそうかなー」


「要するに『今のところ』ってのを調べてるのね」


「そういうこと。……そろそろ俺は監視に戻るけどどうする?」


 兄に問われてホリーは少し考えるが、自身の調査対象が特定できたことを思う。


「わたしは帰るわ。マトが『虚ろ研』所属って裏が取れたし」


 そう言ってホリーはひらひらと手を振る。


「分かった。仕事で手が足らないときは呼んでくれ」


「うん。おやすみー」


「おやすみー」


 二人は挨拶すると気配を消し、その場から立ち去った。



挿絵(By みてみん)

ホリー イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




おもしろいと感じてくださいましたら、ブックマークと、


下の評価をおねがいいたします。




読者の皆様の応援が、筆者の力になります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ