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06.そうあるように努力する


 予想外の戦闘はあったけれど『敢然たる詩ライム・オブ・ブレイブリー』の一行は無事に第十六階層に到達した。


 あたし達は入り口で転移の魔道具に魔力を登録したあと小休止して、道沿いに移動を再開する。


 当初の予定通り、『街道の安全確保』の作戦に見立てて魔獣を狩って進んだ。


 戦闘を重ねつつ破綻なく移動したけれど、ある魔獣の集団をあたしが見つけたところでレノックス様が討伐を譲ってくれるよう告げた。


 あたし達の行く手に居るのはオーク八体だった。


「ええと、一人で挑みたいということかしら?」


「そうだ。小休止の時にも話したが、確かにオレは冒険者ランクの昇格が遅れている。昇格の条件であるランクC魔獣の単独討伐が未達成なのだ」


「意外だな。そうだったっけ?」


「ああ。おまえらとの連携を重視して立ちまわっていたから、単独討伐はしていなかったのだ」


 レノックス様はそう応えてカリオに頷く。


 彼の言葉にみんなは考え込むが、思い返せばいままでの魔獣との戦闘ではチームとしての確実な勝利に重きを置いていたかも知れない。


「ボクは賛成かな。ジャングルの中というのが条件としては良くないけど、道沿いで戦う分にはレノにはカンタンだと思う」


「あたしも賛成だけど、多対一なのは意識して欲しいわね」


「わたくしも賛成です。レノなら秒殺でしょう」


 他のメンバーの言葉に考え込みつつ、カリオが告げる。


「俺もオークの集団なら問題無いとは思うけど、レノに一体任せて他は俺たちが対処するのはダメなのか?」


 カリオの申し出に、一向に随伴してきている近衛騎士団の護衛が揃って頷いているな。


 護衛は冒険者の格好をしているけど、その秘めた気配は歴戦の猛者のものだ。


 その彼らが微妙に困った表情を浮かべているのに、あたしとカリオは気付いている。


「ここにはオレは鍛錬で来ているのだ。多対一の鍛錬も重要では無いのか?」


「はー……、危なそうなら遠慮なく割って入るからな」


「念のため、あたしとカリオで気配を消して控えていましょう」


「それで構わない」


 そうしてレノックスはあたし達の前に出た。




 レノックスを先頭にいつもとは違う縦列の陣形で移動を再開し、身体強化と気配遮断を行った状態でジャングルの道を進む。


 オークの集団まで三十メートルというところで、レノックスとカリオとウィン以外の者は足を止めるが、レノックスはそのまま駆けた。


 カリオとウィンは気配を消しつつ、レノックスから適度な距離を保って共に進む。


 このときウィン以外の『敢然たる詩』一行が知るところでは無かったが、周囲に展開していた暗部の手練れたちが距離を詰めていた。


 カリオやウィンに期待することなく、いざというときはオークの集団を無力化するためだった。


 レノックスは駆け続け、朱櫟流(イフルージュ)神突(しんとつ)の間合いに入ったところで細剣を振るう。


 距離にして十メートル強あったが、魔力で形成した刃による刺突を連続で繰り出し手前側のオーク三体を順番に貫く。


 延伸した魔力の刃はレーザーのようにオークたちの頭部を二撃ずつ貫き、立ったまま絶命させた。


 そうしてレノックスはオークの集団から数メートルの位置で気配遮断を解いた。


「多対一を意識しろ、だったか」


 突如現れたレノックスに視線を向けるオークたちだったが、二メートルを超える体躯は圧迫感があった。


 直後に立ったまま仕留めた三体がその場に倒れ込んだことで、オークたちはレノックスを敵だと認識した。


 残る五体が一斉にイノシシのような唸り声を放ち始め、レノックスに殺到する。


「恨みは無いが……」


 レノックスは呟きながら細剣を振るい、朱櫟流(イフルージュ)神斬(しんざん)を連撃で繰り出して、最前列の二体の脚を魔力の刃で斬り落とした。


 その直後に一足で向かって左側に移動し、将棋倒しになるオークの集団の側面に立つ。


 そこから細剣の間合いになるまで移動し、朱櫟流(イフルージュ)命斬(めいざん)を繰り出しながら倒れ込んだオークたちの背面を移動していく。


「……オレの糧になってもらう」


 レノックスはそう呟きながら細剣を振るう。


 彼が命斬(めいざん)を一振りするたびに、魔力を纏わせた細剣がオークたちの首を背後から切断していった。


 気が付けばレノックスの目の前には脚を切断されたオーク二体が、仲間の死骸を振り払って這うようにその場から逃げようとしていた。


「苦しめて済まん」


 レノックスはそう呟いて朱櫟流(イフルージュ)命突(めいとつ)を振るい、魔力を纏わせた細剣でオーク二体のとどめを刺した。


 そうして呆気なくレノックスがオークたちを片付けると、その直後に気配遮断を解いたカリオとウィンが姿を現した。


「レノの場合、もっと敵の機動力を削いだ方が効率的に勝てる気がするわ」


「お疲れレノ。ウィンが言うのも分かるけど、手負いの魔獣は厄介だ。初手からとどめを刺していくのもいいと思うぞ」


 二人の言葉に微笑みながらレノックスが告げる。


「まだ無駄はあるかも知れんが、まずはこんなものだろう」


 そこまで話したところで、距離を取って控えていたコウとキャリルと近衛騎士たちが近寄ってきた。


「危なげ無かったねレノ」


「まるでお爺様が戦うのを見る思いでしたわ」


 笑顔を浮かべるコウに対し、キャリルは頬を染めながら評した。


「竜殺しの伯爵殿には、同門の後輩としてはまだ足らんぞ」


「それは生きてきた時間の違いですわ。それでもレノが若かりし頃のお爺様を想像させるほどには、わたくしはあなたの強さを感じましたわ」


「そうあるように努力する」


 キャリルの言葉に微笑みつつ、レノックスは頷いた。




 その後も魔獣との戦闘を行いつつ移動し、あたし達は第十六階層の出口に辿り着く。


 そのまま第十七階層の入り口の転移の魔道具に魔力を登録し、地上の街に帰還して魔石を換金してから王宮に移動した。


 今回も王宮の応接室でお茶を頂きつつ、加勢した学院の先輩たちの話などをして過ごした。


 休憩したあと学院に戻るかと思ったのだけれど、レノックス様が紹介したい人が居ると言い出した。


「直接的には風紀委員会に所属するキャリルとウィン以外は関係無いだろうが、このメンバーなら問題無いと判断する。入ってくれ」


 レノックス様が応接室の扉に向かって声を掛けると、一人の青年が入ってきた。


 痩せぎすの長髪で、あまり健康そうな感じがしない人物だ。


 ただ、本人から感じられる気配は穏やかなもので、その表情や目の印象から学者肌なのを想起させた。


「こ奴は宮廷魔法使いのライアンで、王宮内で呪いに関する研究をしてもらっている。ライアン、仕事中に手間を掛ける。自己紹介を」


「は、はい。僕はライアン・フランクリン・ハウズと申します。レノックス殿下のご学友の皆さまにお会いできて光栄です。いま殿下から紹介がありましたが、僕は呪いの研究をしております」


『呪いの研究 (ですの)?!』


 ジェイクの事もあったし思わずあたしは身構えてしまうが、ライアンからは不穏な気配は何も感じられないし、底意なども無さそうだ。


 そういえばキャリルとレノを経由して、王宮の呪いの研究をしている人に話を聞くことになっていたのだったか。


 まずは話を聞いてみるべきか。


「もしかして呪いの腕輪の件について、何か分かったんですの?」


「ああ。ライアンが情報を持っていた。――先日キャリルから相談を受けてな、以前学院で流行しそうになった呪いの腕輪の件で教えを請うたのだ。説明を頼む」


 キャリルとコウとカリオは興味深そうな顔を浮かべている。


 あたしにしても何か情報が得られるならいいなと思う。


「は、はい。し、少々迂遠な説明になってしまいますが、王国における呪いの扱いから、説明いたします――」


 そうしてライアンは順序だてて説明をしてくれた。


 彼は学院の卒業生で、在学中は『虚ろなる魔法を探求する会』などに所属していた。


 この研究会では呪いの研究と実践を行っていたが、学術的には呪いは祈りと同じものだという。


 現在の王国法では“呪いの実践”というだけで取り締まりは無いそうだ。


 そして、彼らの実践の中で呪物の製作者を、『底なしの壺』とするテクニックが登場したという。


「王国法のお話は少々意外に感じますわ」


「確かにね。呪いという言葉だけで判断すれば、ボクはネガティブな印象をもってしまうけれど」


ジェイクが被害に遭っているし、あたし的には余計に呪いへの印象が悪い。


「でも『呪いと祈り』っていうセットでの考え方は、俺としては目からウロコだ」


「一つ思い出したことがあるわ。風紀委員会で、リー先生に確認したことがあるの」


 あたしの言葉にコウが反応する。


「なにを確認したんだい?」


「『虚ろなる魔法を探求する会』は要注意だと言われたの。で、見つけ次第に彼らを処分するかを訊いたわ」


「リー先生との話でしたかしら」


「ええ。それで、本人たちの話を聞いて、問題があったら指導をすると言ってたわ。要するに問答無用で処分するわけでは無いのよ」


「なるほどなあ」


 あたしの言葉にカリオが呟き、コウとレノックス様は何か考え込んでいた。


 だがレノックス様はすぐに視線をライアンに向けると口を開く。


「それでライアン、『底なしの壺』の話の続きを頼みたい」


「は、はい。呪物の製作者を鑑定結果から固定して見えるようにする方法は、学院の卒業生が在学中に始まったと、ぼ、僕は聞いています。その卒業生は、アイザック・エズモンドと言います」


 その名前を聞いて、あたしは一瞬怒りが湧き上がりそうになるが、場をわきまえてそれを抑え込んだ。


 この場に問題の人物(標的)が居る訳じゃあ無いんだ。


「アイザック・エズモンドは、ジェイク先輩に呪いを掛けたとされる元神官ですわね」


「お、仰る通りです。彼は僕らの、『虚ろなる魔法を探求する会』OBの汚点と考えます。――そして皆さまにお伝えしたいのは、『底なしの壺』の呪物は学院の生徒か卒業生が作っていることです」


 そう告げてライアンは視線を下げた。


「説明に感謝する、ライアン。もし卒業生が何かを企んで製造しているのならそいつに問題がある。在校生が関わっているなら在校生や教職員が解決すべき問題だ。だから、おまえが独りで全てを背負うような顔をするな」


「ありがとう、ございます、殿下」


 ライアンはそう言って頭を下げた。


 いつだったか、あたしもレノックス様に「世界を背負うような顔をやめて」とか言った記憶があるな。


 この場で指摘したら、何かが台無しになる気がするから黙っていよう、うん。


 その後ライアンは、呪いで困ったことがあったら王立国教会や自分に相談して欲しいと告げて退出した。


「風紀委員会としては仕事が出来ましたわね」


「そうね。リー先生に報告するにせよ、まずは先輩たちに相談かしら」


「レノ、ライアンさんから伺った話は、学院に上げても問題無い話ですの?」


「それなんだが、キャリルが家の伝手で耳に挟んだことにしてくれ。その上で風紀委員会や学院が王宮の研究者に問い合わせるようにすれば、全て問題無い」


「分かりましたわ」


 キャリルはレノックス様の話に頷く。


 それを見ていたカリオがため息をついた。


「王国も大変そうだけど、共和国も父さんが色んな縄張りとかで大変そうだったのを思い出すよ」


「縄張りか。どこの業界でもそういう事はあるのかも知れないね」


 カリオとコウのやり取りを聞いて、レノックス様とキャリルは二人で顔を見合わせて苦笑いをしていた。


 業界という単語が出てきたことで、色々考えてしまったのかも知れない。



挿絵(By みてみん)

レノックス イメージ画(aipictors使用)




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