02.受動的な感じがする
放課後になってから実習班のみんなとプリシラとホリーとで部活棟に向かい、そこからあたしとニナは附属農場に向かった。
前回と同様に附属農場の管理棟に入り、あたし達は“特別講義臨時訓練場”に移動した。
デボラや参加者全員が揃ったところでニナの特別講義が始まった。
挨拶も済ませて彼女は指示を出すが、前回の続きだ。
属性魔力を自身の身体に発生させて、その状態を保つ訓練を始めた。
「それではみんな、始めるのじゃ」
『はい』
あたしはその様子を観察しているけれど、ニナの特別講義を受けている子たちはかなりスムーズに訓練を行えている気がする。
近くにデボラが居たので、あたしはそのことを訊いてみた。
「デボラ先生、いまニナが行っている訓練ですけど、ここにいるみんなは割と簡単に魔力を扱っている感じがしますよね?」
「確かにそうだね。属性魔力を自分の身体に保つ訓練は、どちらかといえば私の中では武術の訓練の印象が強いよ」
「あたしもです。王国の魔法の授業とかでも、初心者用の内容では無いですよね?」
あたしの言葉にデボラは頷く。
「そうだね。どちらかといえば広域魔法のトレーニングに近いような気もするけれど、ニナ先生の訓練を観察するに受動的な感じがする」
む、デボラが何やらニナに「先生」とか付けているな。
特別講義中だから意識を切替えているのかも知れないけれど。
「受動的って、どういう面でですか?」
「単純に魔力の扱いについてだよ。広域魔法とか普通の魔法だと、魔力はどうしてもイメージの力なんかでコントロールするものじゃ無いか」
「そうですね、確かに」
「うん。でもいま行われている訓練は、魔力のあり様を感じ取ることを訓練しているね。魔力の受け止め方、という意味で受動的かな」
「ふーん……」
デボラはそこまであたしに話した後、ポケットから筆記具を取り出してメモを取り始めた。
何となく手持ち無沙汰を感じて目の前で練習している生徒たちの気配を探ってみたけれど、みんな属性魔力が揺らいだり乱れることも無く保持できている。
あたしが月転流の練習を始めたとき、ここまでスムーズでは無かった気がする。
でも月転流の魔力操作は体内の循環を含むから、単純に比べることも出来ないかな。
途中に休憩を挟み、ニナの特別講義は無事に終了した。
「さて、それでは年内の特別講義はここまでとするが、みんなには課題を考えてきたのじゃ」
『お~』
「けっきょく、一人で精霊魔法のトレーニングをすると魔力暴走のリスクがあるのじゃ。逆にいえば魔力を扱わない課題ならば問題無いのじゃ」
ニナの説明をみんなは黙って聞き入った。
果たして魔力を扱わずに精霊魔法のトレーニングなどできるのだろうか。
でもニナが言う以上アイディアはあるのだろう。
「精霊魔法は想像力であったり、何かをイメージする力がそのまま魔法の精度や威力に関わるのじゃ。なので、イメージをきたえるトレーニングを課題としたいのじゃ――」
そう言ってニナが出した課題は動作のイメージトレーニングだった。
椅子に深く座って目を閉じ、リラックスした状態で刈葦流の稽古の様子であるとか、日常の料理を行う様子などをイメージしなさいとのことだった。
それって地球の記憶でいえば、右脳トレーニングのたぐいなんじゃ無いんだろうか。
まあ、ニナによればイメージする力のトレーニングみたいだけれど。
「――というわけで、いま伝えたトレーニングを一日最低でも十分間一セット、できれば二セット行うのじゃ。目を閉じて座る環境があればできるのじゃ。年末年始のあいだはもちろん、妾の特別講義が続く間はこの課題に取り組むことを勧めるのじゃ」
『はい』
イメージの力か。
特別講義の初回から、ニナは念じることとかイメージすることを精霊魔法の特徴として話していたと思う。
だから彼女が示した右脳トレーニング的なイメージトレーニングは、確かに効果があるのかも知れないな。
「ついでに刈葦流のイメージトレーニングになるのじゃ。一石二鳥じゃのう」
そう思いながらニナがのんびりした口調でみんなに説明している様子を、あたしは眺めていた。
精霊魔法の特別講義の後はニナによる刈葦流の指導があった。
けっきょく特別講義を受けている全員が参加するのが流れになりつつあるな。
加えてアルラ姉さんと、ロレッタとその付き添いのキャリルが来るまでが定番になっている。
「それでは十分ほど休憩をしてから鍛錬を始めるのじゃ。それまで解散なのじゃ」
休憩が終わると直ぐに練習が始まった。
みんなは前回教わった歩法について、突きや往なしと組合わせて前進と後退を行って稽古をしていた。
それが終わるとニナは大鎌部分の斬撃と、石突部分を使った打撃について型の指導を始めた。
横方向の斬撃と打撃だったけれど起源が杖術というだけあって、柄の持ち方とかインパクトの瞬間の柄の絞り方なんかが杖術に近い感じがした。
やがて稽古も終わり、ニナはみんなに挨拶をした。
「それではこれで今年の刈葦流の指導を終えるのじゃ。休み明けの初日からまた指導は再開するので、イメージトレーニングなり実際に身体を動かすなりして、今日までの刈葦流の稽古内容を復習しておいて欲しいのじゃ」
『はい』
「うむ。それではみんな、期末テストをがんばって、よい年末年始を過ごすのじゃ。ありがとうございましたなのじゃ」
『ありがとうございました』
そうして指導を終えたニナはあたしとキャリルのところまで歩いてきた。
アルラ姉さんとロレッタ、それにカレンとアンも来たな。
「お疲れさまニナ」
「なーに、軽いものなのじゃ」
あたしが声を掛けるとニナは得意げな表情を浮かべて見せる。
「このあと、ニナちゃんはどうするの?」
「そうじゃのう、まだ寮に戻るには少し早いかのう」
「それならみんなで薬草薬品研究会に来ない? ハーブティーを淹れるわ!」
「それも良いのう」
アンとニナが話していたところに、カレンが薬薬研でのお茶を提案した。
結局みんなでカレンの申し出に乗り、ぞろぞろと薬薬研にお邪魔してハーブティーを頂いた。
ちなみにお茶菓子はアルラ姉さんが【収納】から提供した。
その流れのままに薬薬研の部員も巻き込んで、ちょっとしたお茶会になっている。
「それでアン、前に言っていたカンニング研の活動は大丈夫そうかしら?」
「うん、だいじょうぶよ、ウィンちゃん。何年分か、出された問題をみんなでしらべてるの。けっこう勉強になるのよ」
ホリーの話では、アンは元々魔法以外の試験の成績はいいみたいなんだよな。
そのアンが勉強になると言っている以上、過去問の分析はいい線を行っているのかも知れない。
試験の話になって、先輩たちを交えて各教科担当の先生たちの話になった。
あの先生は出題を変えないだとか、あの先生は授業中の小ネタの方が問題に関係してくるだとか色んな話を聞くことができた。
「そう言えば、試験とは関係無いけどさ、ウィンちゃんのクラスのディナ先生ってさ、最近キレイになったって噂があるよね」
薬薬研の同学年の女子部員がそんなことを言い始めた。
担任だし、ディナ先生がキレイになったとか言われても毎日の変化は追いきれないんだよな。
そのことを告げると、薬薬研の男子の先輩の一人が「パーシー先生と付き合い始めたって噂があるぜ」なんて話をした。
「あ、それはあたしが狩猟部の関係で、害獣駆除の研究をしているパーシー先生をディナ先生に紹介したんだけど」
『ふーん?』
その後、果たしてディナ先生とパーシー先生は付き合っているんだろうかという話で女子たちが盛り上がった。
あたしとしては本人たちに任せてあげた方がいいと思うので、ノーコメントを貫いた。
寮に戻った後は姉さん達と夕食を食べ、その後約束した時間にニナの部屋に向かった。
「また一段と狭くなったわね」
どうやらあたしがニナの部屋を訪ねたのがいちばん最後だったようだ。
今夜はアンの姿もあるな。
「ごめんねウィンちゃん。わたしが参加して良かったのかな」
「そんなん誰も気にしとらんて。大丈夫やアンちゃん」
「まあ、スペースが限られているのは仕方が無いのじゃ。ラグを敷いてあるので床に座って欲しいのじゃ」
「それでアン、あとで色々説明するけど、まずは隣の人の肩に手を当ててくれるかな」
「え? うん。わかったわ」
全員が揃っているので、あたしは『闇神の狩庭』を【収納】から取り出す。
そしてニナに闇属性魔力を込めて貰い、魔道具を使用して夢の世界に入った。
カレン イメージ画(aipictors使用)
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