01.呪いの効果を持つ食品
週が明けて十二月も第三週になった。
今週は各教科が今年最後の授業となっていて、来週はもう一学期の期末試験がある。
でも期末試験と言っても、あたし達のクラスは平和だ。
もともとAクラスは入試の成績上位者が集まっていることもあり、実技を含めて試験に苦手意識がある生徒は居ないようだ。
「先生! 来週の期末試験ですが、どういう問題が出そうですか?」
男子を中心に、それぞれの授業でしれっとそんな質問をする生徒も居ることは居る。
「なんだパトリック、そんなことも分からんのか?」
いま受けている授業では、教科担当の先生にパトリックが質問をしたな。
正直なところ反応は先生ごとに色々だ。
「いえ、出題範囲は今まで教わったところですし、例題で重点的に説明してもらったところは全部把握しています。でも例題だけで大丈夫だろうかって気もします」
「そんなことは肯定も否定も出来んな。パトリックを含め、みな今までの授業に付いて来ている。このクラスとBとCクラスの生徒は、特に問題無く点を取れるだろう――」
特定の授業に限らず学期末ごとに飛び出す質問らしく、先生たちものらりくらりと明言を避けて応えていた。
いまの会話にしてもこれまでにあった小テストの話には持って行かなかったし。
いちおうあたしのスキルの『影拍子』で、先生たちの発言内容の虚実を読めばある程度対策はできる気もするけど、それってカンニングな気がしてあたしは控えた。
あたしはラクこそ正義だと思ってるけれども、ズルをしたいわけでは無いのですよ。
あたしの中ではラクとズルは別のものだ、うん、いちおう、たぶん。
それにしても『影拍子』については、ステータスの中のスキルに頼らず再現したいなと思っている。
相手の魔力とか気配の察知や、相手の語調とか態度の観察など、複合的な情報を勘として統合するテクニックは何とか会得できないものだろうか。
まあデイブとかブリタニーとか、最悪でも年末に襲来すると思われる母さんに訊くという手もある。
でもたぶん相談したら特訓が始まるんだけど、それは悩ましいんだよ。
スパーリングとか試合とかじゃない特訓なら、むしろアタリな内容かも知れないし。
母さんとは戦いたく無いんだよな、主としてラクをしたいという意味で。
まあ今から気にしても仕方が無いし、いつも通り内職を進めながら授業にも意識を割いておこう。
午前中の授業を受けていつものメンバーで昼食を食べ、あたしとキャリルは『敢然たる詩』の打合せに向かった。
みんなが揃ったところでレノックス様が口を開く。
「それで今週の予定だが学院からの指名依頼も無い。今週は王都南ダンジョンに行っておこうと思うのだが、おまえらの都合はどうだろうか」
「わたくしは問題ありませんわ」
「俺も大丈夫だぞ」
「ボクも賛成かな」
「いいんじゃないかしら。今年最後のダンジョン行きってことになるのかな」
みんなを見渡してから、あたしはレノックス様に視線を向ける。
「来週は行けないことは無いだろうが試験期間だ。無理はしない方がいいだろう」
別にこのメンバーならムリでは無いと思うけど、忙しない感じはするかも知れない。
見合わせておくのが無難なんだろうな。
「再来週はもう冬休みなんだよな?」
「そうだよ。年末年始に入るし、月が替わって一月第一週には学院の入学試験の前期日程だよね」
「もうわたくし達が受験してから一年経つのですね」
「意外と入試から時間が経っているな。――ともあれ、済まんが年末年始の冬休み期間中は、オレは実家の行事に駆り出される。おまえらだけでダンジョンに行ってくれても構わんがどうする?」
レノックス様はそう言ったけれど、あたしを含めてみんなはお休みにしようということで意見が一致した。
このメンバーの鍛錬が主目的である以上、メンバーが欠けた状態で挑むのも違う気がしたのだ。
「実家の行事かレノ。大変だな」
「全くだ。何ならカリオが変わってくれても構わんが、基本的には置物だぞ」
そう言ってレノックス様は、王宮での年末年始の行事の内容をかいつまんで教えてくれた。
王立国教会の式典なんかも絡んで、色々と参加することになっているようだ。
何時間も式典で椅子に座りっぱなしとかキツそうだなとあたしは考えていた。
他のみんなは基本的に時間があるだろうけど、カリオは留学生だし帰省したりするんだろうか。
「カリオ、あなたは実家に帰ったりしないの?」
「うーん……、魔導馬車を使えば日程的に余裕で行けるけど、そこまで帰りたく無いんだよな。費用はともかく、帰ったら帰ったで兄貴たちに風漸流の稽古相手にされるのが目に見えてるし」
「お兄様たちはお二人いらっしゃるのでしたか」
「ああ。上の兄貴は父さんの仕事を手伝ってて、下の兄貴は騎士団にいる。けど風牙流を習い始めたのが知れたら、延々と稽古をしそうだ」
身内に武術の稽古好きが居ると大変そうだよな、他人事では無いんだけどさ。
「ウィンは帰省するのかい?」
「ううん、いま実家には父さんと母さんだけだし、二人とも王都の父さんの実家に来ると思う。こっちで会うと思うんだけど、うーん……」
「ということは、ボクはウィンのご両親に挨拶した方がいいのかな?」
コウはニコニコとした表情を浮かべて軽薄な感じでそう言ってみせるが、カリオが横で「はいはい、いつも乙」とか言ってるな。
「別に挨拶したいなら止めないわ。ちゃんとパーティー仲間のクラスメイトだって紹介するわよ」
「それは光栄だね」
彼のこの思わず軽薄な感じで発言してしまう現象は、何か名前を付けてもいい気がするんですけど。
それでも一つ思い付いたことがあった。
「真面目に、父さんは竜征流の本部と縁があるし、そういう面で興味があったら紹介するわよ」
「そうなんだね。……ボクも兄さんが王都に来るような話があるし、少し考えさせてくれないかな。もし可能なら兄さんと二人で紹介して欲しいし」
あたしの言葉に少しだけコウは不敵な笑みを混ぜつつ、応えた。
「いいわよ。決まったら教えてね」
キャリルに関しては年末年始は王都の伯爵邸に居るようだ。
退屈したらあたしに連絡するから助けて欲しいとか言われた。
その件はその時になってから考えようと思った。
今日の打合せでは結局、今週の王都南ダンジョン行きを今年最後の活動とすることでみんな了承した。
その日の昼休み、彼らは学院のとある倉庫で会っていた。
彼らというのは非公認サークルの、『虚ろなる魔法を探求する会』と『闇鍋研究会』の者たちだ。
共に全員が揃っているわけでは無く、それぞれ数名がその場に集まっていた。
その中の一人であるフレイザーが口を開く。
「今日は期末試験を控えた忙しい時に、貴重な時間を頂きありがとうございます」
「構わない。おれは闇鍋研究会ではリアスと名乗っている。おれ達としても興味深い話だ。仲間のグーディーから概略は聞いているが、念のためこの場に居る者に改めて説明を頼みたい」
リアスはそう言ってグーディーと呼んだ男子生徒を見た後、フレイザーに視線を向けた。
もっとも闇鍋研の場合は呼び名はコードネームであり、生徒の本名では無いのだが。
「クフフフフ、俺は闇鍋研究会と虚ろなる魔法を探求する会の両方に所属しているからね。話は繋いだが、より客観的に俺以外がここは説明するべきだろう」
グーディーはそう告げて笑みをフレイザーに向ける。
「承知しました、では初めから。 基本的な話ですが、我々『虚ろなる魔法を探求する会』のテーマは呪いの研究と実践です。ここで強調しておきたいのは、呪いを行うだけで王国法に背くような事は無く、逮捕されることも無いということです――」
フレイザーは以下の内容を淡々と説明した。
・呪術はその成り立ちを教会などの祈祷と同じくし、学術的には同じものであること。
・祈祷は神々への信仰を対価として成立するが、呪いは生命力や五感の感度など様々なものを対価として成立し、共に魔力は必須ではないこと。
「――ということで、今回は食品をテーマとした呪いの儀式を計画しています。その目的は、呪いの効果を持つ食品をつくることです。ここまでは宜しいですか?」
「大丈夫だ」
リアスの返事に頷いて、フレイザーは口を開く。
「説明を続けます。今回目的とする呪いの効果ですが、期末テストも近いということもあり、実利を兼ねています。ステータスの知恵の値を上昇させる効果の儀式を探してありますので、その実践に協力をお願いしたいのです」
「その呪いの対価は何だ?」
「出来上がった食品を食べた者が、浅い睡眠となり普段よりも夢を長く見やすくなるというものです。若干、疲労が蓄積しやすくなるかも知れません」
「効果は永続的なものか?」
「違います、呪術書――文献を読み解く限りでは食後二週間から三週間程度は効果が続くようです。体調の変化も同様でしょう」
リアスはいま聞いた内容を頭の中で整理するが、デメリットは疲労の蓄積とのことなら挑んでみる価値はあるかも知れないとおもう。
だが、より根本的な確認をフレイザーにしようと思い立つ。
「ここまで聞く限り、料理を作るだけならおれ達の助けは必要ないんじゃないのか?」
「ひとつだけ、料理研究会の所属者などに頼むには不安な要素があるのですよ」
「不安な要素……、それは何だ?」
「ぼく等は儀式を解読しレシピを読み解きました。複数人が独立して解読し、最後に集まって答え合わせをして導き出した内容です。それによると、魔獣素材をつかう必要があるのですよ。デュフフフフフ」
フレイザーはそこまで淡々と説明した後に、ねっとりと笑った。
「魔獣素材……、そういうことか。いいだろう」
リアスもまた不敵な笑みを浮かべていた。
パトリック イメージ画(aipictors使用)
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