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12.根を同じくするという


 闇曜日は学院が休みということで、レノックスは王宮(実家)に顔を出していた。


 午前中はマーヴィンから朱櫟流(イフルージュ)の稽古を付けてもらい、昼食後にはキャリルに相談された件で宮廷魔法使いに会うことになっていた。


 呪いの腕輪の製作者の件だ。


 彼は第三王子であるから、王宮のどの部分にも基本的にはフリーパスである。


 立ち入りの制限がある部屋や施設なども、王族や管理責任者が立会えば足を踏み入れることができる。


 その立場を使い宮廷魔法使いに呪いの研究を行っている者が居るかを確認したところ、あっさりと面会が可能になった。


 ただ、内容が呪いであったため、万が一にもレノックスに呪いが掛けられることが無いよう、宮廷魔法使いの管理職と近衛騎士も一名ずつ同行していたが。


 レノックスにとっては勝手知ったる王宮の中ではあるが、壮麗な歴史ある石造りの廊下を進み、宮廷魔法使い達が使用している区画に足を踏み入れた。


 目的の部屋に辿り着くと、宮廷魔法使いの管理職が扉をノックする。


 すると直ぐに扉が開かれ、中から宮廷魔法使いの青年が現れた。


「よ、ようこそお越しくださいました、殿下。ど、どうぞお入りください」


「ああ、休みの日に手間を掛ける」


 案内されて入った部屋は、書庫のように本棚が並んだ部屋だった。


 それでも整理整頓されているようで、床や本棚の上にモノがあふれているようなことは無かったが。


「ど、どうぞお掛けください。い、いまお茶をお持ちしますので」


「いや、気遣いは無用だ。お前もオレの用が早く済んだ方が、自分の時間を使えるだろう」


 レノックスは案内された大きなテーブルの適当な席に座り、そう告げた。


 応じてくれている青年は吃音があるようだが、その目は深い知性を感じさせる。


「い、いえ。滅相も無いです。殿下がぼ、僕の研究内容に関心を持って下さったのが嬉しいんです。め、迷惑で無かったらお出ししようと思ったのですが」


「そうか、そういう事なら任せる。手間を掛けるな」


「も、問題ございません」


 青年は線の細さを感じさせたが、それでもレノックスの言葉に嬉しそうに微笑んでハーブティーを人数分用意した。


 その後に空いている席の傍らに立ち、レノックスに視線を向ける。


「今日教えを請いに来たのはオレの方だ。座ってくれ」


「は、はい」


 青年が席に着くのを待ってからレノックスは名乗る。


「それで、改めて自己紹介をするが、オレは第三王子のレノックス・アーロン・ルークウォードだ。呪いの件で教えを請いたくお前を訪ねた。今日はよろしく頼む」


「こ、こちらこそよろしくお願いいたします殿下。ぼ、僕はライアン・フランクリン・ハウズと申します。宮廷魔法使いの一人として、の、呪いの研究を任されております」


「ああ、早速だが本題に入らせてもらう。もしかしたら耳にしているかも知れないが、オレが今年学院に入ってから、学院で呪いの腕輪が流行りそうになった――」


 ルークスケイル記念学院の教養科で、『頭が良くなる呪い』が掛かったお守りとして腕輪が流行しそうになった。


 魔法による鑑定の結果、創造魔法の一種である【上達(プログレス)】が掛かっていて、効果の定着のために呪いの技法が使われていた。


 呪いの対価は生命力で、ちょっとした運動をした程度の負荷しか掛からないものだった。


 呪いの対価が深刻なものになった場合を懸念し、学院が生徒に注意喚起した。


 その呪いの腕輪の製作者は『底なしの壺』と鑑定された。


「――ということになるが、オレとしては『底なしの壺』という名について情報が欲しいと思ったのだ。もしおまえが何か知っていたら教えて欲しい」


 レノックスの言葉を落ち着いて聞いていたライアンだったが、呪いの腕輪の製作者の名を聞いた途端に眉を寄せ、奥歯を噛み締めたような表情を浮かべた。




 ライアンの執務室で沈黙が流れた後、レノックスが口を開く。


「何かオレが知るには不都合な話でもあるのだろうか。何ならおまえの上司を経由して話を聞いても構わんが」


「い、い、いえ。大丈夫、です。頭のなかを、整理していたんです。じ、順に説明します」


「頼む」


「ま、先ず僕は学院の卒業生ですが、在学中は広域魔法研究会で活動しつつ、ひ、非公認サークルで活動していました。サークルの名はう、『虚ろなる魔法を探求する会』と言います――」


 ライアンが所属していた『虚ろなる魔法を探求する会』は、ディンラント王国や大陸各地に伝わる呪いの研究と実践を行っていた。


 呪いというと昏く恐ろしいものという印象が先行するが、文献を調べていくと宗教的な祈りとか祈祷、祭儀のたぐいと根を同じくするという。


「で、ですので、王立国教会の神官様にご確認いただきたいのですが、『呪いと祈りは同じもの』なんです」


「……続けてくれ」


「は、はい」


 呪いと教会の祈りは、理論魔法学の側面から同じものという立場を採用しているため、現在の王国法では“呪いの実践”というだけで取り締まれない。


 学院は生徒の自主性を重んじているので、非公認サークルでの“呪いの実践”はその内容と結果で処分が判断される。


 そしてその実践の中で、呪いのかかった呪物の製作者を『底なしの壺』とするテクニックが登場したという。


「つまりおまえは、製作者が『底なしの壺』という呪物は、学院の生徒か卒業生が作っていると言いたいのか?」


「は、はい。加えて、い、いつ頃からそのテクニックが使われているかですが、ある卒業生が在学中に始まったと、僕は聞いているんです」


「卒業生?」


「はい。な、名前をアイザック・エズモンドと言います。先日、学院生徒に呪いを掛けて逃亡した神官が報道されましたが、か、彼のことです」


 そこまで黙って話を聞いていた宮廷魔法使いの管理職が、ライアンの説明を補足した。


「ライアンは逃亡中のアイザックの後輩にあたります。アイザックが高等部に在学中、ライアンが入学したようです。このためライアンは先日のアイザックの捜査に関連して、闇魔法を用いた聴取を自ら申し出て受けています」


「ぼ、僕は、アイザック先輩が歪んでしまったことに怒りを覚えます。知的好奇心は構いません。だ、誰にでもあるモノだから。でも、生徒に呪いを掛けて逃げ出すだなんて……」


 そう言ってライアンは奥歯を噛む。


「落ちつけ。オレはおまえを逃げた容疑者と同列で扱ったりしない。『呪いと祈りは同根だ』という説明も、興味深いものに感じる。だから、才ある宮廷魔法使いとして働いているその身をバカにする奴が居たら、オレが性根を正してやる」


「レノックス殿下……、ありがとうございます」


 ライアンはゆっくりと視線を上げ、レノックスに頭を下げた。


「だいたい生命力を対価にする呪物だが、武器にもそういうものはあるだろう?」


 そう言ってレノックスは同行していた近衛騎士に視線を向けた。


「は。お恐れながら、使用者の身を削って威力を発揮する武具は確かに存在いたします。もっとも、呪物と同列かは専門家に判断を委ねますが」


 レノックスは近衛騎士の言葉に頷き、視線をライアンに戻す。


「ああ。呪いが祈りと同じものだというなら、ライアン。おまえはその証明を目指せばよいのだ。雑音が大きいようならオレなり上長に相談しろ」


 レノックスの言葉にライアンは表情を戻し、席から立ち上がる。


「承知、いたしました、殿下」


 彼はそう告げて恭しく頭を下げた。




 店を出たあたしは、デイブとブリタニーに教わった革防具の工房に寄った。


 キャリルも興味があったようで付き合ってくれた。


 工房では素材を見てもらい、ロングコート型とハーフコート型のものが作れるというので前金を渡して両方注文した。


 採寸もしてもらったし、一点物の防具なんて贅沢だよななんて思っていたのだけれど、キャリルに表情を読まれて笑われてしまった。


「ウィンもランクBの冒険者なのですし、キチンとした装備を仕立ててもいいと思いますわ」


「そういうものかしら。あんまりというか、ぜんぜん実感が伴って無いんだけどさ」


 むしろ気が付いたら逃げ道がふさがっていて、全身がさらなる脳筋への道に誘導されていた気がするのは気のせいなんだろうか。


 これでも学院に通う十歳の女子なんだけど、休日に専用の防具を仕立てに来てるのは何かが違う気がするんだよな。


 でも女子らしく喫茶店でキャリルと甘いものを食べていくのは、風邪の流行とかが心配だ。


 そう思って今日のところは二人で寮にまっすぐ帰った。


 寮ではアルラ姉さん達と夕食を食べ、自室に戻って日課のトレーニングを行った。


 そう言えばここのところステータスを確認していなかったかと思い、調べてみると大きな変化があった。


 必殺委員(キラーモニター)が称号欄から消えたのだ。


 思わず自室で小躍りしてあやしい人になっちゃったよ。


 それくらい嬉しかった。


 これで斬撃の乙女(スラッシュメイデン)も消えれば嬉しいんだけど、今は良しとしよう。


 あとステータスを確認して称号が消えたことについて、以前アシマーヴィア様が上書きできないか試すと言っていたのを思い出した。


 ソフィエンタ経由でお礼を伝えてもらおうかな。


 他の内容については各数値が伸びたのと、戦闘技法として白梟流(ヴァイスオイレ)が含まれるようになった変化がある。


 白梟流についてはまだ基礎の段階だし、もっと練習しないとなんだけれど。


「とりあえず、お礼とかはちゃんとしなきゃダメよね」


 そう呟いで勉強机の椅子に座り、目を閉じて胸の前で指を組んで呼びかけた。


「ソフィエンタ、ちょっといいかしら?」


「いいわよ、どうしたの?」


 今回は肉体の感覚に変化が無いし、念話が繋がったようだ。


「今日気が付いたんだけどさ、あたしのステータスで称号からアレが消えてたじゃない?」


 いまあたしが自分で『必殺委員』と(念話の中でも)告げて、ステータスに復活してもイヤなので“アレ”と呼びました。


「ああ、必殺委員のこと?」


「……ソフィエンタが呼んで称号復活とか無いわよね? ええと、前にアシマーヴィア様が上書きを試すって言ってくれたのよ」


「ああ、そういうこと? お礼を言っておけばいいのね?」


「うん、頼んでいいかな」


「別にいいわよ。ついでにお茶してくるから」


 それはまあ、好きにしてくれればいいんだけど。


 あたしもキャリルと喫茶店に行きたかったな。


「ありがとう、お願いします。……あと別件だけど、王都の商業地区で風邪が流行り始めてるみたいだけど、あたし的に何か気を付けた方がいいことはあるかな?」


「風邪かあ。季節の変わり目だし流行るかも知れないわね。気になるならうがいと洗浄の魔法を多めに使えばいいと思うけれど。マスクはあまり見かけないかも知れないわね」


 うがいと【洗浄(クリーン)】か、気を付けるようにしようかな。


「うがい自体は王国で知られているのかしら? 少なくともミスティモントでは聞いたことが無かったんだけど」


「地球では日本が一番うがいを普及させてたし、それと比較したら一般的じゃ無いわ。でも知ってる人は知ってるから、水でうがいしても変人と言われることは無いわ」


「分かったわ。ありがとう」


「それにしても風邪かぁ……」


「どうしたの?」


「ううん、何でも無いわ。流行するような条件が揃ってたかちょっと考えただけよ」


 ソフィエンタもさっき言ったけど、【洗浄】も風邪の予防にはなりそうなんだよな。


 でも流行し始めているいう噂がある訳だし、気を付けた方がいいよね。


「そう? とにかく、アシマーヴィア様にはお礼をお願いします」


「うん、お願いされました」


 そこまで話してあたしはソフィエンタとの念話を終えた。



挿絵(By みてみん)

アシマーヴィア イメージ画(aipictors使用)




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