10.貴族家のお礼の品
ランクアップと報酬の受け渡しについては書類上の手続きが済んだので、冒険者ギルド一階の窓口に出向いてくれと案内がされた。
ギルド職員の人が説明したのだけれど、台帳だとかギルドの金庫の都合で一階の窓口に行く必要があるとデイブが教えてくれた。
あたしとキャリルとデイブは、ティルグレース伯爵家の副執事さんとギルド職員さんを部屋で見送ってから一階に移動した。
前回同様『冒険者登録・変更・抹消窓口』に向かい、職員のお姉さんに話しかける。
「こんにちは、済みません。依頼達成の関係でランクアップすることになったようなので、手続きをお願いします」
「あ、ウィン・ヒースアイル様ですね。冒険者登録証の提示をお願いします」
どうやら窓口のお姉さんはあたしの顔を覚えていたようだ。
加えてあたしの後ろにいるデイブに視線を送ると目礼した。
デイブの方を見ると、窓口のお姉さんにひらひらと手を振っている。
まあ、デイブは冒険者ギルドの相談役なんだよなと思いながら【収納】から冒険者登録証を取り出し、窓口のお姉さんに手渡した。
窓口のお姉さんは「確認しますので少々お待ちください」と告げてから奥のテーブルで魔道具を操作し、直ぐに戻ってきた。
「ウィン・ヒースアイル様、お待たせしました。ランクBへの昇格条件を満たしておりましたので、昇格いたしました。おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
その後キャリルも手続きをして無事にランクCに上がった。
「おい、あの嬢ちゃんあんなチビッコいのにランクBかよ」
「バカ、すぐ後ろに相談役が居る時点で気づけよ。あれが噂の八重睡蓮だよ」
「そういうことか。黒野薔薇と同じペースか少し早いくらいじゃね?」
「てーことは、もう一人の嬢ちゃん――いや、お嬢さまは鍾馗水仙か?」
「はー……、冒険者相手にお嬢さまとか言ってやるなよ、ホントにお前は無粋な奴だな」
何やらヒソヒソと内緒話をする冒険者の声が聞こえてくるが、聞こえてくる時点で内緒話じゃ無い気がする。
あたし個人としてはどんな噂になっているのかが若干気がかりだった。
でも斬撃の乙女とか言われなかったので、取りあえず良しとする。
その次にあたしは『冒険者向け依頼関連窓口』に向かった。
キャリルとデイブに待っていてもらい、列に並んでパーティションで区切られた窓口に辿り着く。
「こんにちは。ウィン・ヒースアイルと申します。報酬の受け取り手続きをお願いします」
そう言ってあたしは職員のお姉さんに冒険者登録証を提示した。
少し待つとお姉さんが奥から持ってきた革袋入りの賞金をカウンターに示す。
「こちらが今回の報酬になります。大金貨で八枚になりますのでお確かめください」
金額は分かっていたけどスゴい額なんだよな。
日本円に換算すれば大金貨一枚が日本円の十二万円くらいだから、おおよそ九十六万円くらいか。
ちなみにこれはあくまでもあたしの取り分だ。
月輪旅団あてに出た報酬から分配された分と、今日受け取りの手続きをした個人的な報酬を足した額になる。
報酬をもらったこと自体はもちろん嬉しいけれど、今回は依頼主がティルグレース伯爵家だ。
もとはあたしの地元のミスティモントなどを含む、伯爵領の税金などから伯爵家の収入になった分だ。
それを頂いていると考えると少々ビミョーな気分になる。
カネは天下の回りものと言ったのは江戸時代の日本人だったか。
仕事に対する報酬なんだし、細かいことは気にしないようにしよう、うん。
報酬の受け取りも済んだのでそろそろ帰るかと思ったのだけれど、デイブに店に寄って行かないかと誘われた。
特に予定も無いのでキャリルとあたしはデイブの店に移動した。
「戻ったぜー」
「「こんにちわ」ですの」
あたし達がソーン商会の玄関から入るとブリタニーがお客さんに対応していた。
武器商の店だし、闇曜日の午後のこの時間だとそれなりにお客さんが来るのかも知れないな。
「おかえり、あっちのお客さんに応対しとくれ。――こんにちはあんた達。奥で勝手に過ごしてておくれ」
「はーい、お邪魔しまーす」
「お邪魔しますの」
ブリタニーに促されたということもあるし、あたしはキャリルと共にバックヤードに入り込み、勝手にお茶を入れてキャリルと頂いた。
あたしは書棚にあったフサルーナ王国の名産品の本を何となく手に取って、流し読みして時間を潰した。
キャリルは同じく書棚で見つけた図入りの武器のカタログを鼻息を荒くして眺めていた。
体感で十五分から二十分ほど経ったところで、デイブとブリタニーがバックヤードに来た。
「済まねえお嬢、キャリル。誘っておいて待たせちまった」
「別に構いませんわ」
「そうそう、大丈夫よ」
「悪いね。いまあんたらのお茶も淹れ直すよ」
そう言ってブリタニーが焼き菓子と共にハーブティーを持ってきた。
お茶を飲みながらまずデイブが告げる。
「そんでお嬢、さっそくだけど伯爵閣下から個人的に頂いたお礼って奴を開けてみようぜ?」
「そうね。寮に戻ってからって言ってたけど、ここなら安心だし」
「別に寮で開けなければ燃え上がるような魔法などは、仕掛けていないと思いますわ」
燃え上がるってどんな魔法だよ。
「なんだいお嬢、ボーナスの他に何か貰ったのかい?」
興味深そうな表情を浮かべてブリタニーが視線を向ける。
あたしもそんなものを貰うなんて考えて無かったんだよな。
【収納】から大きな包みを取り出し、机の上に置く。
梱包している紐をほどき、二重にくるんであった包み紙をどけると折りたたまれた茶色い革素材が現れた。
「なるほど、これはアレですわね」
キャリルは一目見てこれが何の革なのか分かったのだろうか。
「キャリルはこの革素材を知っているの?」
「知っておりますわ。わたくしが説明してもいいのですが、折角ですしウィンが魔法で鑑定してみたらいいと思いますわ」
「そうだな、おれも何となく分かった」
「私も分かるけど、やっぱり伯爵閣下は気前がいいねえ」
なんだよ、この中で分からないのはあたしだけなのか。
ちょっと哀しくなるけどそもそもこれを貰ったのはあたしだし、と頭を切り替える。
「そういう事なら調べてみるわ」
あたしが【鑑定】を使うと、直ぐに結果が出た。
それを話す前に、取りあえず【風操作】で周囲を防音にする。
「ワイバーンの革、みたいなんですけど? ワイバーンて竜種の一種で翼竜とか飛竜とか言われる魔獣よね。『王都では貴重な素材』って、この辺では採れないってこと?」
「厳密には学者なんかだと竜とワイバーンは別のモンだって話らしいが、王都の周辺にはいねえな」
「王都に出現したら騎士団が狩るし、そのまえに高位冒険者が小遣い稼ぎで狩り始めるだろうねえ」
「小遣い稼ぎって……」
たしかワイバーンって大きさにもよるけど、ランクA以上の魔獣じゃ無かっただろうか。
空飛んでるし、対空攻撃が出来なければ色々難しい気がするけど。
「我が家の領地ではワイバーンの生息地があるんですの。あまり放置すると増えすぎてハグレのワイバーンが出るリスクがあるので、定期的に間引くのですわ」
「王国東部だと山がちだしそうなるか……。だが見る限り状態もいいし、いい性能の防具が作れるぞ」
キャリルの説明にデイブが頷いている。
そうか、防具の素材になるんだな。
「敢えてこの素材を送ってくださった意味を理解しなよお嬢?」
「どういうこと?」
「ワイバーンは空を飛ぶだろう? 頑丈さに対して革が軽いんだよ」
「まあ、月転流の気配遮断とか移動しながらの攻撃を阻害しない素材を選んでくれたってことだ。それはつまり、伯爵閣下としては月転流との関係を今後も大切にしたいって意味も含んでるだろうよ」
そうか、貴族家のお礼の品である以上、何らかの意味が込められていてもおかしく無いわけだ。
「いちおう普通に考えたら、そういうメッセージが込められているはずですわ」
「ん? 『普通に考えたら』って、そうじゃないメッセージもあるの?」
あたしとしては何気なく訊いたのだが、キャリルは珍しく腕組みをして難しい顔をした後、言葉を絞り出す。
「ウィンとデイブさんとブリタニーさんだからお伝えしますが、実は我が家のお仕着せの侍女服や執事が着るスーツには魔獣素材が使われておりますの」
「それは知ってるわよ。今回のことで説明を受けたじゃない」
「その魔獣素材ですが、ワイバーンの革も使われておりますわ」
『…………』
「恐らく……、恐らくは他意は無いと思うのですが、我が家で働きたいときはいつでも相談して欲しいという意味ももしかしたらあるかも知れませんわ……」
キャリルは脂汗をかきながらそう告げた。
月輪旅団は引き抜きをお断りしてるから、その辺りを気にしてるんだろうなキャリルは。
「まあ、難しく考えることはねえさ。伯爵閣下がキャリルのマブダチのお嬢に、応援の意味を込めて贈ったってのが一番大きいだろ」
そう言ってデイブはハーブティーを飲む。
デイブの様子にキャリルはホッとした表情を浮かべた。
「そうそう。貴族家同士ならいろいろ考えなきゃなのかもだけど、あたし平民だし。それに伯爵閣下なら無理難題はおっしゃらないと思うんだ」
ラルフ様はゴッドフリーお爺ちゃんの飲み友達だし。
ワイバーンについての雑談をしつつ、あたしはデイブとブリタニーから革防具の工房を幾つか教えてもらった。
ブリタニー イメージ画(aipictors使用)
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