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09.契約で決まっていた内容


 二校の狩猟部の交流戦後に行われたバーベキューでは、あたしを含めみんなモリモリと肉を食べた。


 あたしは適当に野菜串にも手を出したんだけど、みんなはとにかく肉を頬張っていた。


 その合間に学院の狩猟部の仲間以外に、ブライアーズ学園の生徒ともお喋りをした。


 学園の学科は体育科、魔法科、商業科、医学科があるけれど、狩猟部では体育科と魔法科の生徒が多いようだ。


 うちの先輩たちの誰かが期末試験の話をし始めたけれど、学園でも期末試験があるらしい。


 ただ内容を聞いてみると筆記試験よりは実技試験の割合や比重が大きいみたいだった。


「ところでウィンさん、あなた凄かったわね。初等部って本当かしら」


「そうそう。あっという間に試技が終わっちゃったし、しばらくは交流戦も学園(うち)の初等部は不利かなあ」


「なにか弓のトレーニングを続けてきたのかしら?」


 あたしがマイペースで肉串を平らげていると、いつの間にか学園の狩猟部の人たちから声を掛けられた。


 弓のトレーニングと言ってもなあ。


「あたしは実家が狩人なんですよ。五才くらいの頃には弓矢を親から習ってましたし、学院に来るまで狩人の仕事の手伝いで森に入ってました。それが力になってるのかもですね」


 あたしがそんな説明をすると、学園の狩猟部の人たちは納得したような顔を浮かべていた。


「でも、狩猟部に入るまでは弓矢は道具って意識が強かったですけど、部活で練習してると何だか楽しいんです。あたし、弓矢が好きなんだと思います」


 そして部活での話をすると、「わかるー」とか「あなたは上達するわよ」とか言ってくれた。


 あたしの話をした後にみんなの趣味とか休みの日の王都の過ごし方の話になって、うちの先輩たちと先方の生徒たちが何やら商業地区にある店の情報交換を始めた。


 喫茶店の情報だとか雑貨屋の情報で盛り上がっていたのだけれど、学院の生徒の一人がふと気になることを言った。


「――そう言えば、商業地区で風邪が流行り始めてるみたいよ?」


「え、マジ?」


「うんマジだよ。症状はそれほど重く無いんだけど、ダルさや熱っぽさが急にくるみたい」


「症状が軽くても怖いねー」


 先輩たちが風邪の話題で盛り上がり始めた。


 風邪もそうだけど、感染症は厄介だな。


 現状、王国の魔法医療では、【回復(ヒール)】や【治癒(キュア)】や【復調(リカバリー)】は感染症に効果がほぼ無いのだ。


 経験的に【解毒(デトックス)】が症状緩和に効くことが知られているので、薬草なんかの民間療法と組合わせて対処することになっている。


「風邪の流行は困りますわね」


「ホンマやね。当面は用が無いんやったら、商業地区には近づかん方がええのかも知れんね」


 キャリルとサラもそんな話をしているけれど、日本の記憶を持つ身としてはうがいとかを勧めたくなってきてしまう。


 ただ、多分うがい薬とかは無いんだよな。


 いちおう民間療法のレベルで、ハーブティーでうがいをする習慣がある地方が王国にあるようだ。


 以前、回復魔法研究会の先輩から民間療法の話に絡んで聞いた記憶がある。


 いちどソフィエンタに相談してみてもいいかも知れないな。


 交流戦の方はバーベキューもみんな満足したところでお開きになった。


 ディナ先生はパーシー先生に【解毒(デトックス)】を掛けてもらったのか酔いが抜けていたけれど、なにやら交流会前よりも恐縮した態度になっていた。


 午後は報酬の件で冒険者ギルドに行くことになっているけれど、あたしとキャリルは一度寮に戻ることにした。




 そこは小さな部屋だった。


 窓はなく、床はリノリウムのような樹脂の素材が張られている。


 中央には飾り気のないテーブルが置かれ、それを囲むように各辺に椅子が四つあるが席についているのは三人だ。


 いや、三柱の神々だった。


「魂魄感染性三毒ウイルスでござるが、順調に感染者が増えているでござるよ」


「せやな。指標症例(インデックスケース)を国ごとに用意したんはええ手ぇだった思うで」


「ウイルスくんが勝手に仕事をしてくれるのは助かるんだぉ。どんどん増えて欲しいんだぉ」


 秘神オラシフォン、秘神マスモント、そして秘神セミヴォールは白衣に身を包み、目の前のモニターに表示される統計情報を眺めて表情を崩していた。


「ああ、増えれば増えるほど、すべてがワイになる!! …………いうことは無いんやけど、ワイらの影響を流し込みやすくなるんやったな」


「その件でござるが、ウイルスを設計する段階で地球のダークウェブを参考にしてあるのでござる。デュフフフフ」


「ダークウェブというと、手に包帯を巻いてポーズをつけながら『今からダークウェブを展開する!』って叫びたくなるんだぉ」


 秘神セミヴォールがうっとりした表情を浮かべながら告げるが、他の二柱は眉をひそめる。


「いや、無いやろ」


「無いでござるな」


 淡々とボケとツッコミを虚無的に展開する秘神たちだったが、全員ダークウェブについては知識はある。


 地球の情報でいえばインターネットを利用しているものの、専用ソフトや特別なネットワーク設定などで関係者以外には秘されたウェブコンテンツだ。


 個人情報であるとか違法薬物取引、サイバー攻撃やテロ活動のための情報などの流通経路になっている一方で、内部告発に使われたりもする。


「ま、今回の場合でいえば、主流派の連中からワイらの仕込みを隠せるようにしたんやろ?」


「そうでござるよデュフフフ。仮に神術のたぐいの使い手が居てウイルスを除去できても、いちど感染に成功した魂には三毒の記憶が刻まれるんでござる」


「それなんだけど、感染した子たちが転生したりするときに、カルマには影響があるのか知りたいんだぉ」


「無いでござる。その辺りの条件は拙者が吟味したのでござる。デュフフフフ」


 秘神オラシフォンは両目をつぶって器用に舌を口から横に出し、秘神セミヴォールにサムズアップしてみせた。


 それを見て秘神セミヴォールが同じ仕草をしているが、秘神マスモントは覚めた目で彼らを眺めていた。


「とにかく、いまは感染者が増えるんを待てばええんやろ?」


「そうでござるよ、デュフフ」


「ボクチン楽しみに待つんだぉ」


 そう告げて三柱の神々は、小さな部屋でモニターに向かってニヤニヤしながら統計情報の推移を観察し続けた。




 ティルグレース伯爵家から報酬がある件で今日の午後、冒険者ギルドを訪ねることになっていた。


 狩猟部の交流戦を終えた後いちどあたしは寮の自室に戻り、部屋着に着替えてから【洗浄(クリーン)】を連発する。


 身体や戦闘服からバーベキューの匂いを取り除いた上で、適当に時間を潰した。


 そしてキャリルとの待ち合わせの時間に戦闘服を着て寮の入り口で合流し、そのまま身体強化と気配遮断を発動して二人で冒険者ギルドに向かった。


 指定の時間より早めにあたしとキャリルが冒険者ギルドの入り口に入ると、そこにはデイブが待っていた。


「こんにちはデイブ」


「こんにちはデイブさん」


「よお、こんにちは。キャリル、お嬢」


 服装は冒険者の服装というよりはジャケットを着ているので、その辺の店の商店主にも見えてくる。


「ちょっと早くに着いたけど大丈夫だったかな?」


「早い分には問題ねえ。どっちにしろこの時間帯には他に予定を入れてねえからな」


 そういう事なら助かった。


 早めに着いたので、訓練場を借りて軽めのスパーリングをしないかとキャリルに誘われていたのだ。


 あたしとしては他の冒険者の予約があるだろうし、訓練場を使えるまで待っている間に時間になるとは言ったのだけれど。


「それじゃあ部屋を借りてるから移動するぜ」


「分かったわ」


「承知しましたわ」


 冒険者ギルドから借りた応接室に移動して、大き目のテーブルの席に着く。


 しばし待つと時間どおりに扉がノックされ、スーツを着込んだ男性とジャケットを着た男性が現れた。


 あたし達が席から立って迎えたが、スーツの男性はティルグレース伯爵家の副執事長さんだった。


 いきなりウォーレン様とかラルフ様とかが現れなくて、あたしは少しだけホッとする。


 副執事長と言っても、ティルグレース伯爵家の王都の邸宅を統括する立場の人だから、偉い人ではあるんだけどさ。


 副執事長さんはキャリル()にすこしだけ頬を緩めて目礼し、一緒に来た男性と共に自己紹介を始めた。


 副執事長さんと一緒に来たのは冒険者ギルドの職員らしい。


 あたしとキャリルも自己紹介と挨拶を行った。


 その後、副執事長さんからは先の晩餐会での誘拐未遂事件で戦った件について、とても丁寧なお礼の言葉を頂いた。


 かなり恐縮したのだが、それを見ていたキャリルが副執事長さんに「言葉が固すぎますわ」などと冗談めかした口調で苦言を呈し、場を和ませてくれた。


 報酬の金額については月輪旅団の代表であるデイブと話が付いているので、あたしは書類にサインをするだけで良いらしい。


 それに加えて事前にキャリルから聞いていた通り、あたしを冒険者ランクBに、キャリルをランクCにすることがギルドの職員の人から告げられた。


 このランクアップも書類にサインをすればいいようだ。


 ここまで説明が済んだところであたしとキャリルに書類が示され、あたし達は内容を確認したうえでサインをして手続きを済ませた。


 さてこれで報酬の受領は済んだかなと思っていたのだが、副執事長さんが口を開く。


「それでウィンさん、ここまでの内容は契約で決まっていた内容に、冒険者ギルドへのランクアップの推薦を加えたものでした」


「はい、手続きを増やしてしまい、恐れ入ります」


「いえ、当家にとって本当に感謝が尽きない成果を出して下さいました。――その上で当家の旦那様より、個人的なお礼を預かっておりますのでお納めいただきたいのですが」


 副執事長さんはそう言って【収納(ストレージ)】の魔法で大きな包みを取り出して渡してきた。


「ええと、これは一体……」


「旦那様からは『王都では貴重な革素材なので、寮に戻ってから開けなさい』との伝言を預かっております」


 そう言われたらすごく怖くなるんだけど。


 思わずあたしはデイブに視線を向けるが、何やらニヤニヤした表情を浮かべて告げる。


「大丈夫だお嬢。伯爵閣下が個人的に下さった品だ。ここは感謝して受け取っときゃあいいんだ」


「デイブの言う通りですわ。お爺様が下さるものに間違いはございません」


 キャリルも何やら得意げに言ってのける。


「う、うん。――ええと、確かに、受け取らせて頂きました」


「はい。これからも、お嬢さまと当家をよろしくお願いいたします」


 副執事長さんはそう言って丁寧な礼をしてくれた。


 あたしは「こちらこそよろしくお願いいたします」と応え、何とか頭を下げた。



挿絵(By みてみん)

デイブ イメージ画(aipictors使用)




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