08.弓は弓でアリだと
「それでは両校とそれぞれの狩猟部の発展を願って、乾杯!」
『乾杯!』
ディナ先生の声に合わせてみんなで乾杯し、あたし達生徒は果実水を頂いた。
ちなみに先生たちはエール(ビール)を飲んでいる。
「さあどんどん肉を焼くわよ~」
『オー!』
待機場所に使っている空き地には、土魔法で作ったバーベキューコンロが幾つも用意され、肉が大量に投入され始めた。
料理研にも所属している先輩が仕切ってバーベキューが始まったのだ。
羊肉や鶏肉がメインみたいだけど、どうやら昨日までに下準備を済ませてあるようだ。
香草だとかソースで味付けされた肉が串に刺さり、火にくべられて食欲を刺激する香りを発している。
その他にもソーセージ串やら野菜も焼かれているので、周囲には美味しそうな匂いが充満し始めた。
何となく視線を感じたので城壁の上を見ると、衛兵のお兄さんたちが羨ましそうにこちらを眺めていた。
申し訳ないけど、このバーベキューはあたし達のモノなんですよ。
そんなことを思いつつあたしはニヒルな笑みを浮かべた。
「キャリルちゃん、その肉串もうイケるおもうで」
「あら、そうですか。それではお先に頂きますわ……」
「ウチも頂くでウィンちゃん……」
二人の言葉であたしは我に返る。
バーベキューコンロの一つには金網がセットされ、炭火で肉串がどんどん仕上がっていた。
キャリルとサラを始め、狩猟部のみんなはもきゅもきゅと一本目を食べ始めている。
どうやら出遅れたか。
そう思いつつあたしも肉串を頬張った。
噛み締めた瞬間に肉の食感と羊肉の独特のフレーバーが感じられるが、同時に香草の香りも肉を邪魔せずに口の中に広がる。
何より焼き目の効果が絶大で、炭火で焼かれた肉串の外側は絶妙に焦がされ、噛み締めるごとにザクッっと口の中で肉々しさが広がっていく。
「ぜんぜん臭みが無いし、脂がしつこく無いわね」
「先輩に訊いたけど、エールの濃いのに漬け込んだらしいで」
『ふーん』
あたしやキャリルだけでなく、同じコンロの周りにいた先輩たちも納得した表情を浮かべていた。
同時に中々のペースで肉串が消費されていく。
みんなあんまり野菜食べないんだな、美味しいのに。
「外でこうして食事をするのは、どうしてこんなに美味しいのでしょうねウィン」
「普段と違うから新鮮に感じるのもあると思うし、魔道具じゃ無くて炭を使って焼いてるのもあるんじゃないかしら?」
日本の記憶でも、バーベキューイコール美味しいものというイメージがある。
あんまりどうしようもなく寒かったり暑かったりする中でやらない限り、外での炭焼きは美味しいんじゃないかなと思う。
「炭焼きですか?」
「火の通りとか、炭に使った木材のフレーバーとか色々あるみたいよ?」
キャリルはあたしの言葉に何やら納得していた。
まあ、彼女は買い食いとか屋台メシが好きだけど、伯爵家の令嬢だから自分で料理をすることは無いだろう。
そのことをキャリルに聞いてみたのだが、ティルグレース伯爵家では違うようだ。
「普段の生活ではありませんが、戦場での食事を想定して簡単な調理技術は、我が家の者は全員習っておりますわよ」
「戦場での食事かあ」
「どこまでもバトル方向なんやね」
あたしとサラがやや呆れた表情を浮かべると、キャリルは得意そうに胸を張った。
あたし達が先輩やブライアーズ学園の狩猟部の人たちとバーベキューを楽しんでいると、ディナ先生とパーシー先生が現れた。
二人は程よく酔っているようだ。
「皆さん今日はお疲れさまでした、お陰さまで今年最後の交流戦は我が校の完全勝利となりました!」
『お疲れさまでした!』
ディナ先生は木樽ジョッキを掲げたあと、エールを飲む。
みんなも土魔法で作ったテーブルから自分の木樽ジョッキを手にして、果実水を掲げて飲んだ。
「パーシー先生は今日は手伝いに来てくれたんですか?」
近くに来ていたパーシー先生にあたしは何となく声を掛けた。
見た感じでは機嫌が良さそうな表情を浮かべている。
「え、あ、ウィンさんか、お疲れ。今日は手伝い兼見学で来たんだよ」
「見学ですか?」
「ああ。ディナ先生が弓矢の凄さをお見せしますといって誘ってくれてね。折角だからゴーレムの魔法を使えるし、それで手伝っていたんだ」
「え、パーシー先生はゴーレムの魔法が使えるんですか?」
「使えるよ。【土人形形成】って魔法だけど、創造魔法だから覚えるのは少しだけ難しいかな」
創造魔法か、そういえばプリシラの【従僕召出】も創造魔法なんだよな。
土人形を作るのと、手持ちの縫いぐるみを操作するのだと、どちらの方が使い勝手がいいんだろうな。
数を用意できるなら複数を操れる【従僕召出】の方が強力ではあるけど。
「パーシー先生、ワタシを呼びましたか?」
「あ、いや、ディナ先生に今回誘われた話をしたんですよ」
「そうですかー」
そう言ってディナ先生はパーシー先生に木樽ジョッキを掲げた。
それを見たパーシー先生は笑いながら木樽ジョッキをこつんとぶつけ、二人はエールで乾杯していた。
「パーシー先生、まだ訊いて無かったですけど、今日はどうでした? 弓矢も美しいでしょう?」
おっといきなりディナ先生がパーシー先生に絡み始めたか。
前にパーシー先生の研究室を訪ねたときは何やら言い合いをしていたんだよな。
「そうですね。俺は今でも罠を使う狩猟の方が美しいと思っていますが、でも……」
「でも……?」
そう問いながらディナ先生はパーシー先生に迫る。
かなり顔を近づけていて、周囲の生徒たちは何やら色めき立ちながら二人の様子を伺っている。
「弓は弓でアリだと俺は思いました。キチンと腕を磨いて戦術を考えて使う分には効果的な運用ができると思いますよ」
「そーでしょーそーでしょー」
ディナ先生はそう言いながら破顔して、パーシー先生の背中をバシバシ叩いていた。
パーシー先生も特に逃げるでもなく叩かせているから、そこまで強くは叩いていないのかも知れないけど。
というか、ディナ先生は結構酔ってるのかこれ。
「ディナ先生、お酒飲みすぎてませんか? 必要ならあたし【解毒】を使えますけど」
【解毒】を使えば取りあえず泥酔状態は直ぐ解除できる。
あまりヤバそうなら今すぐ使っちゃうんだけどな。
「だいじょーぶです。交流戦が終わった以上、ここからはもっと交流を深めるべきです」
そう言いながらディナ先生はエールをがぶ飲みしている。
「ウィンさん、俺も【解毒】は使えるから、ディナ先生は見ておくよ」
「うちの先生が済みませんホントに」
『うちの先生が済みません』
こっそりあたしとパーシー先生のやり取りを聞いていた周りの学院のみんなも、あたしと同じように頭を下げた。
「だいじょうぶだいじょうぶ。――ええと別件だけど、ウィンさん。例の件だけどマーヴィン先生から許可が出ました」
例の件というのは、キラースパイダーの毒腺から経皮睡眠薬を作る件だろう。
「あ、分かりました。お手数を掛けます」
「いえ、大丈夫。また連絡をください。何ならディナ先生と一緒にどうぞ」
「ありがとうございます」
とりあえず魔獣の毒腺の加工方法は教えてもらえることになりそうだな。
また時間を作らなきゃ。
「パーシー先生! 次はあのグループにいきますよ!」
「はいはい……、それじゃあ皆さん失礼します」
『ディナ先生をおねがいします』
半ばディナ先生に連行されるようにパーシー先生が引きずられていく。
「ディナ先生は大丈夫なんかね?」
「意外と足取りはしっかりしておりますわね」
「パーシー先生が同時に酔いつぶれない限りは大丈夫……、だといいなあ」
あたし達は苦笑しながらディナ先生とパーシー先生を見送った。
キャリル イメージ画(aipictors使用)
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