06.秒で撃破って
王都の南門の外で、ルークスケイル記念学院とブライアーズ学園双方の狩猟部の交流戦が始まっている。
開催に当たって衛兵には連絡を入れてあるそうだ。
王都をぐるっと囲む城壁の上から、勤務中か休憩中かは分からないけど衛兵の視線を感じた。
あたし達は南門前の空き地で待機しているけれど、学園初等部のチーム六人が草原に展開している。
彼らを含め、標的のイノシシ型ゴーレムも移動を始めていて、あたしやキャリルの気配察知で位置を把握できていた。
開始から数分で学園初等部チームの弓矢の射程に入るけど、まだ動かないのか。
「そろそろ初等部の人たちでも弓矢で狙える距離に入ったと思うわ」
「そうですわね。動かないのは作戦でしょうか。包囲殲滅的に仕留めるのはある意味正しいですが、今回の場合は標的が包囲網を抜ける可能性もありますわね」
「狩猟だと追い込み猟はドライブハントとか呼んだりもするけど、普通に行うわ。狩猟犬を使うこともあるみたい。うちではやった記憶は無いけどね」
あたしと父さんはやらなかった、というかミスティモントの狩人は今思えばチーム戦を行わなかった気がするな。
やり方自体は父さんから聞いたことがあるから知ってるんだけどさ。
父さんの狩人仲間のおじさんたちも、街で会ったときに挨拶したりちょっとした情報交換くらいしかしていなかった。
そう考えるとミスティモントの狩人は、独力でクマとかに対処できる人たちが揃っていたのかも知れないな。
「あ、上手くゴーレムを包囲しましたわね」
「そうなん? なんか『おーい』とか叫んどるけど、あれで追い立てとるんかね」
気配を追っていたキャリルが告げると、それを聞いていたサラが不思議そうな顔をした。
サラはまだ気配は分からないのか。
彼女も狩猟部に関わっている以上、早めに気配に関する技術を身に着けた方がいいと思うんだけど、その辺はディナ先生の判断なんだよな。
ともあれ、学園初等部チームのメンバーが叫び声で追い立てるのに対し、標的のイノシシ型ゴーレムは次第に包囲網の中心に誘導されていった。
これが魔獣なら一番挑発している生徒のところに突っ込んだろう。
今回の標的は、野生動物の方のイノシシ型のゴーレムで確定だな。
油断するつもりは無いけどラクでいいや。
そんなことを考えていると、包囲していた生徒たちが『いまだー!』とか『仕留めろー!』とか叫び始めた。
その直後に一斉に矢が放たれ、イノシシ型ゴーレムは活動を停止した。
ブライアーズの初等部チームが終わったので、あたし達の試技になった。
あたし以外は初等部の二年生と三年生の先輩たちだ。
すでに開始位置に集まり準備も出来ていて、いつでもみんなは動き出せる。
ただみんな妙に表情が硬いんだよな。
「先輩たち、何か表情が硬いですけど緊張してるんですか?」
特に捻りもなくそのまま疑問をぶつけてみた。
「うん、久しぶりの交流戦だし、ブライアーズ学園には負けたくないのよ」
先輩の一人が応えると、他のみんなも頷いている。
「えー、でも……」
「どうしたのウィンちゃん?」
「勝っても負けても、交流戦の後は料理研の先輩監修でバーベキュー大会ですよね?」
「それは……、そうだが……」
男子の先輩が怪訝そうな表情を浮かべる。
バーベキューと言う単語に一瞬喜色を浮かべたのを、あたしは見逃していないんだぞ。
「一生懸命やればいいじゃないですか。勝っても負けてもおいしいバーベキューですよ? あたし、今日はそっちの方がメインで来てるんですけど。……ダメですかね?」
あたしがそう言ってチームのメンバーを見渡すと、みんなは吹き出したり苦笑いを浮かべたり、気合を入れたりしていた。
「ウィンちゃんの言う通りね。一生懸命やって、バーベキューを楽しみにしましょう」
初等部チームのリーダーがそう告げると、あたし達は微笑みながら頷いた。
やがて、ブライアーズ側の顧問の先生が合図の笛を吹く。
それを聞いて小走りであたし達は草原に分け入る。
その直後にあたしは王都南ダンジョンで行うくらいの気配遮断を発動し、身体強化を行って高速移動を始めた。
黄色い草原の中を風よりも早く走る。
事前に交流戦の決まり事をディナ先生に確認したけれど、弓矢を使う限りはどんな技術を使っても構わないとのことだ。
なので初等部チームのメンバーと相談して、一回目はあたしは好きに攻めさせてもらうことにした。
特に問題が無さそうなら、二回目はあたしが狩猟犬役をして追い込み猟を行う話になっていた。
「始まりましたわね。ウィンはいきなり距離を詰めようとしていますが、この回は早くに終わりますわね」
「え、どういうことなん?」
ウィン達の気配を読んでいたキャリルだったが、開始直後にウィンがかなり気配を絞り高速移動を始めたことは把握していた。
しかもその気配の絞り方も余力を残しているというか、ウィンにしてはまだ気配を察知できる隠し方だ。
たぶん彼女のことだから、初回の試技を早々に終わらせたときに文句を付けられないように、追跡可能な気配遮断を行っているのだろう。
そんなことを思いつつキャリルはサラに告げる。
「少なくともこの回ではウィンが独力で狩ることにしたようです。いま気配遮断をして、気配を察知できるギリギリの状態で高速移動をしていますわ。あと数秒で弓の射程に入ると思います」
「どんな速さなん?! 数秒って……、え? もう終わってまうの?」
「風向きから考えて風下から迂回して接近していますわね。交流戦だからと油断することも無く、狩猟を行うときの動きをしているのでしょう。――いまウィンが停止しました」
「え?」
「……標的のイノシシ型ゴーレムの気配が消えましたが、破壊されたようですわ」
「破壊……? え? もしかしてもう終わったん?」
その直後にブライアーズ学園の顧問が合図の笛を吹き、一時キャリル達がいる空き地は騒然とした。
そして草原に展開していたルークスケイル学院の初等部チームが姿を見せると、空き地に居た教員や生徒たちは彼らに拍手を送った。
取りあえず空き地に戻っても対戦相手のブライアーズ側からクレームなどは挙がらなかった。
逆にあたし達に拍手が送られたので照れ臭い感じがする。
「みなさんお疲れさまです」
ディナ先生がそう言って学院の初等部チームのみんなに声を掛けたけれど、みんなは微妙そうな顔をしている。
「先生、私たち何もしてません」
「そうです。ウィンが仕留めてくれました」
先輩たちがそう言ってくれるけど、初回はあたしの好きに攻めさせてもらうことになっていたハズだ。
まあ、先輩たちも不満そうな感じは無いというか、どちらかというと戸惑ってる感が強そうだけど。
「大丈夫ですよ。皆さんは身体強化は練習中ですが、気配察知や気配遮断はある程度出来ていますね? 今回の試技はどうでしたか?」
ディナ先生がそう言ってあたし達に水を向けるけれど、先輩たちは「ウィンが高等部の先輩たちのような動きだった」とあたしを評してくれた。
「獲物にムリなく近づける距離まで出来るだけ早く移動して、獲物に察知される前に仕留めるように頑張りました」
あたしがそう言うとディナ先生は何かを言おうとして口を開き、でも何も告げずに黙って微笑んだ。
その後あたし達は二回目開始まで各自休憩と告げられ、それを告げたディナ先生は高等部の試技の合図のために移動していった。
休憩に入るとき初等部チームの先輩たちは順番に声を掛けてくれた。
要約すると「狩人や斥候や冒険者など、弓矢を使った仕事をするためにはもっと頑張る」というもので、みんな部活を頑張ると言っていた。
キャリルとサラのところに戻ると、キャリルがこぶしを出してくるのでグータッチをする。
それを見ていたサラもこぶしを出してきたのでグータッチした。
「おつかれウィンちゃん。秒で撃破って何なん?」
「手を抜いたわけでは無いでしょうけれど、気配遮断はもっとできましたわねウィン?」
「ただいまーサラ、キャリル。いちおうこの天気とかフィールドの状態を考えて、できるだけ早く仕留めるようにしたらあの位の時間になったのよ」
サラにそう応えるけれど、割といいタイムだと思うんだけどな。
ゴーレムじゃ無くて野生動物が相手だったとしても匂いで警戒されないように動いたし、気配も抑えた。
仕留めるのも弓矢に魔力を込めて一撃でゴーレム頭部を破壊して、あまり他の箇所を損壊させなかった。
山の中で父さんの仕事を手伝うにはブランクが微妙に心配だけど、そこまであたしの中の動きのイメージからはズレていない。
それよりもキャリルが気配遮断のことを言っているな。
「気配遮断はあんまりやりすぎると追えない人も多くなるでしょ? そうなると試技がルール通り行われたかの確認が長くなるじゃない?」
「まさかウィン、あなたは……」
「そうよ、ひとえにバーベキュー開始を遅らせたくなかったの」
「さすがウィンですわ」
「そこまで考えとったんか。どんだけの執念やねんホンマに」
説明を聞いて、キャリルとサラはじっとりした視線をあたしに向けた。
サラ イメージ画(aipictors使用)
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