04.論考のタイトルは刺激的
スパーリングの開始位置に立って、ウィンとコウは互いに相手を確認する。
気配をそれぞれが読みあうが、ベストコンディションに近そうだなと同じことを考えていた。
ウィンは木製の短剣と片手斧を手にし、コウは木刀を一振り手にしている。
「いつでもいいわよ?」
「そうだね、始めようか」
そう言って二人は開始位置で構えを取り、ウィンは内在魔力を循環させてから浅めに武器に魔力を纏わせ、コウは火属性魔力を身体と木刀に浅めに纏わせた。
次の瞬間、最初に動いたのはコウだった。
薄く身体強化を発動した状態で前に進みウィンとの間合いを詰める。
使っているのは古式剣術らしい戦場歩法だが、ベタ足の摺り足でも無い筈なのに床をぬめるようにするすると移動する。
そしてカタナの間合いに入った瞬間に、正眼の構えから一息に四段の突きの連撃を放っていた。
だがウィンもあわてることも無くコウの突きを往なし、刀身を引く動作に合わせて短剣の間合いに入って斬撃を繰り出す。
ウィンの連撃をコウはカタナで往なしつつ自ら隙を作り、そこを狙ってウィンが斬撃を繰り出してきたところを間合いを詰めた。
それはもう体術の間合いだ。
コウはカタナを持つ手から片手を放し、ウィンの袈裟斬りに近い軌道に対してその手を使う。
そしてウィンの斬撃の動きを利用しつつ、日本の武術でいえば腰投げに近い形で彼女を投げ捨てた。
だがウィンはコウの体捌きに意表を突かれながらも自ら跳び、回転しながら着地する。
跳ぶときにウィンが反射的に繰り出した魔力の刃による斬撃は、コウも半ば反射的に繰り出した魔力の刃――鳳鳴流の陰太刀ですべて防いでいた。
二人は慌てること無く次の動作に入っていたが、コウはウィンの着地の瞬間に構えを直しつつ向き直る回転力を使って斬撃を放っていた。
ウィンも感覚的にその軌道が読めていたので、一足で間合いを詰めてコウの死角に逃げつつ斬撃を放つ。
そこからは斬撃の応酬だ。
ウィンはコウの死角に入ろうとし、コウは抜き――相手との間合いを取る歩法で刀の間合いを作るのを基本にしながら互いに攻撃をぶつける。
ウィンの月転流は攻撃対象に正対せずに死角を探し、位置的に有利に戦うのを良しとする。
一方コウの鳳鳴流は、当代に伝わっているものではそこまで回り込むような動きを重視しない。
だがウィンとダンジョンで共に戦うことが増えたゆえか、コウもまたウィンのような円の動きを取りつつその回転力を斬撃に乗せる剣術を使っていた。
あるいはこの場に彼の父がいれば、コウの動きを元にマホロバで鳳鳴流が起きたころの、戦場剣術としての原型を説明してくれたかもしれない。
それはコウが半ば意図的に、半ば無意識のうちに選んだ体捌きの結果であり、彼が望んで得た自分のための鳳鳴流の可能性だった。
二人の斬り合いは何処までも続くかと思われたが、最後はあっけなく訪れた。
片やコウのカタナがウィンの首筋に寸止めされ、片やウィンの魔力の刃がコウの首筋に寸止めされた。
「相打ちかな?」
「あたしの負けかも」
「そんなことは無いよ」
「じゃあ、今日は引き分けにしておきましょう」
「そうだね」
そう言って互いに笑いあってから、二人は構えを解いた。
スパーリングの内容を見ていたキャリルのところに向かうとライナスが居て、二人はあたしとコウに声を掛けてきた。
「お疲れさまです二人とも」
「コウは急に腕を上げたな。ウィンは相変わらずのワザのキレだ」
ライナスの言葉にあたしとコウは顔を見合わせる。
急に腕を上げたとライナスは言ったけれど、コウは『敢然たる詩』のみんなと王都南ダンジョンに挑んでいる。
その実戦がコウだけではなく、パーティーのみんなの腕を上げていることをあたし達は知っていた。
まあ、コウの場合はそれだけじゃあ無さそうなんだけどさ。
「あたしは調子自体は悪く無いです」
「ボクも調子は悪く無いね。ライナス先輩にそう言ってもらえるのは嬉しいです。エルヴィス先輩に歩法を見てもらっているんですが、少しずつ形になってきているかも知れません」
「なるほどエルヴィスか。だが屹楢流の動きという訳でも無いし、鳳鳴流の動きを洗練させた感じだろうか」
「言葉にすると微妙なんですが……。エルヴィス先輩から見て、スパーリングをするときに嫌な動きを増やすようにしています。その上でボクの流派の動きを見直しているんです」
エルヴィスにとって嫌な動きというのは、戦う相手として見たときに手ごわく感じる動きという意味だろう。
屹楢流はグレイブ(西洋薙刀)の流派だけれど、彼らは槍の流派に比べて良く動く。
武器の先端部分が斬るための刃だからか、あんな長物をブン回しているのに相手の隙を探すような油断ならない移動をしているのだ。
同じ長物でも槍術の場合はよりシンプルだし、キャリルの雷霆流も移動自体は割と最短距離で行っている気がする。
虚実や駆け引きはもちろん槍術にもあるんだけれど。
「別に微妙ではないさ。エルヴィスのことだからエスプリがどうこう言い始めて、感覚的な話が多かったんじゃ無いのか?」
「そ、そうですね。そうかも知れません」
ライナスは感覚的な話と言ったけれど、武術の鍛錬で全てを論理的に言語化することはかなり面倒だとおもう。
ある動作を行うときに、どの骨格が動くからどの筋肉が動くかを割り出すことはできる。
その動作をどの程度の強度で行うか基準となる強さを事前に定め、全てを言葉で説明して理解を進める。
そんなことは通常の鍛錬では非効率だ。
研究書だとか武術の奥義書のたぐいを文章で起こすためなら、まだアリだと思うけど。
「でもライナス先輩は、ご実家が代々武術の研究をしているとのことですわね。そのため余計に感覚的な理解は違和感を感じるのではないですか?」
キャリルに問われ、何かを思い出すような表情を浮かべてライナスが告げる。
「俺の家か? 確かに武術史の研究のために武術自体の研究も進めて、先祖が文書に起こしたりしてるんだけどな。でも感覚的な理解は否定しないが、理屈を自分なりに考え続けるのも武術の上達には大事だと思うぞ」
ライナスの言葉にキャリルとコウは頷いていた。
言っていることは理解できるけど、月転流の場合は口伝の部分が多いし資料に起こせないんだよな。
あたしはそんなことを思いつつ、ライナスとコウとキャリルの話を聞きながら、武術研の先輩たちのユルめのスパーリングを眺めていた。
気だるい午後のひと時だったが、その部屋の中で会話する二人の間には熱のようなものが感じられた。
ディンラント王国の王宮内にある宰相ロズランの執務室には、第二王子のリンゼイが訪ねていた。
「――清書自体は僕が行ったが、内容に関して意見が欲しいのです」
「これは、どこから出てきた案ですかな?」
ローテーブルを挟んでソファーで話し込んでいた二人だったが、ロズランの手には几帳面な字で記されたレポートがあった。
それを注意深く読みつつ、時おり視線を外して何かを考え込んでいた。
「意見を貰ってから、出どころを説明します」
「いいでしょう……。少しだけお時間を頂きます」
ロズランはレポートに意識を集中し、その内容を頭の中で咀嚼し始める。
そのレポートには『ディンラント王国における地方行政府設立の検討とその可能性』というタイトルが記されていた。
やがてロズランはレポートを読み終え、レポートをそっとローテーブルに置いてから瞑目し考え込む。
彼の反応を伺いながら、リンゼイは自身がそのレポートを清書したときのことを思い出していた。
あるいは自分も脳内で咀嚼しながら、目の前の宰相と同じような表情を浮かべていたかも知れないとおもう。
ロズランはゆっくりと目を開き、リンゼイへと視線を向けた。
「意見を、ということでしたな?」
「ええ」
「まず、この論考のタイトルは刺激的に過ぎます。リンゼイ様からの資料でなければ王家に物申すことを意図したと言われかねません」
「確かにそうかも知れません。他には?」
内容を元に『地方行政』という語を冒頭で用いたのは、あるいは拙速と言われかねないかとリンゼイは頭の中で修正する。
「中身の方ですが、少々王国法的に甘い部分はあるかも知れません。ただ、それ以上に検討に値する内容を多く含んでいると思います」
「具体的に、どの点が良いと思いますか?」
「矢張り、地域の実情を把握する者が問題を整理して調整し、王宮の決裁をしやすくする点でしょう。これを地域の中で閉じるのではなく、王国各地の実情を知る者が合議で検討できる仕組みは示唆に富んでいます」
そう言ってロズランは大きく頷く。
「結局、王家では個別の領地の実情を把握するまでに、時間が掛かりすぎています。そこを手当てすれば当事者も納得しやすいでしょう」
「ええ。その点を、普段から貴族家の調整を行っている地方総督に整理させるのは良い案です。しかも王国の権力分散とならないよう、監査の仕組みであるとか合議制であるとか、王による決裁を前提としているのも好ましい」
「まあ、地方総督のお歴々は、仕事を増やしてくれるなと言いそうですがね」
そう言ってリンゼイは肩をすくめてみせるが、ロズランは語られた言葉を鼻で笑ってみせた。
リンゼイもロズランも、貴族間の問題が大ごとになるよりは地方総督の仕事を増やす方がマシだという点で一致していた。
「このレポートは使えそうですか?」
「これを大枠にして現行の仕組みに取組むには調整が必要ですが、私は使いたいですな」
「そうですか。宰相殿に資するものがあったなら何よりです」
リンゼイは頷きながらレポートに視線を向けた。
まずはこれで、王国の貴族派閥問題への一つの策になったかも知れない。
そう思うと少しだけ安どする。
「それで殿下。そろそろ発案者についてお教え頂けませんか?」
「ああ、レノですよ」
その言葉にロズランは目を丸くする。
王家の三王子は全て優秀だが、十歳にしてこの策を出したことに内心舌を巻く。
「……どの程度、リンゼイ殿下が補って形にしたので?」
「僕は書式と文体を整えたくらいですよ」
「それでこの完成度なのですか?!」
「まあ、レノも学院の友人たちと議論したようだけれどね」
「そのご学友は問題無い方々なのですよね?」
ロズランは、このレポートに何か見落としが無いかが心配になる。
場合によってはレノックスの学友が、その後ろに余計な勢力を背負っている可能性もあるからだ。
「話には聞いているでしょうけれど、ダンジョンに一緒に潜っている生徒のうち、王国の子だけで議論したようですよ」
「それは……、そうですか。最近の学院は中々レベルが上がっているのですね」
「全くですよ」
レノックスのダンジョンの仲間と聞いて、ロズランは記憶している情報を想起する。
学院のレベルの高さは卒業生であるロズランも把握しているが、それにしても良く人材を集めたと思う。
月輪旅団の宗家の血を引く娘や、ティルグレース伯爵の孫娘、王国内の五指に入る鍛冶屋の息子、そしてプロシリア共和国中立閥議員の息子。
レノックスに対して共和国などの全ての留学生から思想的影響が無いことは、暗部であるとか自家――ブリングウィンツォグ公爵家の“庭師”に確認させている。
そこまで頭の中で整理してから、ポツリと告げる。
「それにしても、ラルフ殿のご令孫はもう殿下の力になっているのですね」
「今後が楽しみですね」
ロズランの言葉に対し、リンゼイはレノックスの兄としての優しい笑みを浮かべて頷いた。
「殿下は、レノックス殿下を甘やかしてはいけませんよ?」
思わずいつものようにロズランはお小言をこぼすが、彼もまた笑みを浮かべていた。
レノックス イメージ画(aipictors使用)
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