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03.微妙に何かを見落として


 ルークスケイル記念学院の食堂にて、彼ら『虚ろなる魔法を探求する会』の面々は気だるい午後の時間を過ごしていた。


 周囲には風属性魔法で防音壁を作り、周囲に会話が漏れることは無い。


「参ったわ。まさかここまで効果が低いとは思っていなかったわよ」


「そう肩を落とすものでも無いさ。ただのクッキー作りに祭句を導入するだけでステータス値がわずかでも上昇した。これは美しい結果だとおもう」


「クフフ、君の懸念は分かるよ。暗示の結果で一時的にステータス値が上昇しただけかも知れないということはね」


 男子生徒の言葉に、女子生徒は顔をしかめる。


 狙い通りなら自身の行った呪術で知恵や魔力の値が上昇するクッキーが、簡単に作れるはずだったのだ。


 だが彼女が寮の厨房を借りて行ったクッキー作りは、期待を大きく下回るものになったようだ。


「暗示というものは決して粗略に出来るものでは無いと、ぼくは考えていますよ。儀式や祭句を見直すことで、より効果が出るものを編み出せばいいでは無いですか。デュフフフフ」


 その場にいる彼らは、フレイザーの言葉に説得力を感じていた。


 何より儀式など見つめ直すということは、呪術を再解釈するという側面がある。


 その過程が彼らはとても好きだった。


「同感だし、非常に示唆に富んでいたと俺も思うよ、クフフフフ。そもそも彼女が言っていた言葉で閃いたことがあって、呪術書を読み直していたんだ」


「私が言ったこと? 何かしら」


「『祭句を唱えなければ料理研の活動だった』と言ったじゃ無いか」


 男子生徒が指摘したのはプロシリア共和国辺境の呪術のことだ。


 元々は土着宗教の儀式が呪術として伝わったもので、五感を刺激してトランス状態に至り、術者の魂に願望達成の運命を刻み込むという伝承が伝わっていたものだ。


 彼らは以前それを実施したのだが、本来は生きたヒツジの解体から始まるところを女子生徒が全力で拒否した。


 その結果、全員で頭を捻って儀式の解釈を見直し、肉屋や薬草店などから店買いした肉などを儀式に使用することになる。


 そして儀式により彼らはステータス値の上昇を経験し、自信を深めていた。


「ヒツジのハツ(心臓肉)と根菜をミノ(胃袋肉)包みにした薬草焼きね。私は内臓肉は苦手だったけど、あれは美味しかったわね」


「味のことは同意するから構わない。重要なのはこの本だ――」


 そう言って少年が取り出したのはディンラント王国の南、フサルーナ王国で書かれた呪いの儀式の本だった。


 気になったフレイザーがその儀式本を手に取り、示されたページの内容を読み上げる。


「こちらですか――」


 “飛ぶことを禁じられたものを祈りと共に肉にせよ。以下は全て祭句と共に成せ。得た肉をただ砕き、砕き、砕き、砕いて微塵とせよ。艶やかに赤く碧く、時に山吹に輝くものを祈りと共に破片にせよ。魔を祓い犬猫を害し、強壮をもたらすものを破片にせよ。何処までも中心が無く、斬れば涙をもたらすものを破片にせよ。体熱を覚えさせる、辛きものを微塵とせよ。数限りなく生臭きものを幾重にも塩に埋め、その残滓を備えよ。岩から剥がされた死肉と同じ色のものより残滓を備えよ。ただ甘きものを備えよ。禍々しく赤くただ辛きものを備えよ。禍々しさに抗うため、尊きバジルを備えよ。豊穣の実りを粒としたものを水と共に炊け。然して微塵としたもの、破片としたものを慈悲も無く油と共に火にくべよ。さらに備えたものを加え、容赦なく火にくべよ。全てが燃えるころ、ああ、頃合いは自ずと焼かれたものが語るだろう。それを以て炊かれたものの上に供えよ。最後に肉にしたものの子に至らぬものを白日の下にさらし、山吹の目を確かめつつ、油と共に火にくべよ。山吹がかすかに鳴動するうちに、供えたものの上に供えるがいい。全ては祭句と共に成せ。その上で術者は己がものとすることで、魂を書き換えるのだ。”


 ここにもし地球の記憶を持つ者が居て、フレイザーが読み上げたものを理解したら、場合によってはレシピの類いだと気付いたかも知れない。


 その上でさらに注意深く時間をかけて内容を検討すれば、あるいは地球でいうガパオライスのようなものを想起したかも知れない。


 だがこの場には、そういう記憶を持つ者は居なかった。


「もしかして、これが料理だと言いたいのかしら?」


「ご明察だよ、クフフフフ。料理というのは呪術と結びつきが深い。というより、民族や人種の歴史そのものと言っていい」


「なるほど、一理ある。料理として成立しているものを、更に祭句を加えることで呪術として成り立たせることも美しい。……もっとも、俺は料理研に加わる気は無いがね」


「その点は俺に考えがある。『闇鍋研究会』には料理研や食品研に縁がある者も居る。連中の協力を得たら面白いと思わないか? クフフフフ」


 少年の提案に、彼ら『虚ろなる魔法を探求する会』の面々は考え込む。


 だが前回の成功もあるし、仮に失敗しても料理ならと彼らは納得した。


「私は乗るわ」


「別に家畜の血を浴びて、月夜の下で舞い踊るようなことを求められるわけでは無いでしょう。ぼくも参加します。デュフフフフ」


 その他の少年少女たちも、提案した者の話に乗ることにしたようだ。


 そして彼らは実際に行う呪術のために、呪術書の再解釈を進めることにしたのだった。




 ウェスリーに中間報告を終えたので、あたし達は席を立つ。


「君らはこの後予定はあるか? もし良ければコラトゥーラを味見するか?」


「ああ済みません。興味はあるんですけど、あたしはこの後武術研に行こうかと思ってて」


「そうですわね。ウィンが行くならわたくしも武術研に行きますわ」


 ここのところ色々あって顔を出せていない気がするし、そろそろ武術研究会に行きたいんだよな。


 キャリルも行くということは、案外同じことを考えていたりして。


「そうか。そういうことなら中間報告の礼ということで、サラに二人の分を渡しておくから受け取ってくれ」


「え、いいんですか?」


「構わない。どうせ部活で作る奴だし、量は出来るんだ」


「「ありがとうございます」の」


 あたし達が礼を告げると、ウェスリーは少しだけ頬を緩めて厨房に歩いて行った。


 あたし達も部活用の屋内訓練場に移動しようとしたのだけれど、何か気になったものがあったように感じて足を止める。


 そのまま食堂の中を見渡してみるけれど、特に異常なものは見つからなかった。


 害意や悪意の類いの不穏なものの気配では無いからいいんだけれど、微妙に何かを見落としているような予感を覚える。


「どうしたんですのウィン」


「あ、ごめん。妙なものがいるように感じたんだけど……、気のせいみたい」


「そうですの? 行きますわよ」


「そうね」


 そうしてあたし達は食堂から移動した。


 移動中はキャリルにコラトゥーラの使い方を訊かれたのだけれど、要するにナンプラーと同じで隠し味とか旨みを出すのに使うものだ。


「食堂でパスタを食べるときに、お好みで何滴か入れてみたらいいんじゃないかな」


「何滴か、ですの?」


「エリーも言っていたけど、発酵させた液体だから確かすごいニオイなのよ。ドバドバ入れたら逆に料理が台無しになるとおもう」


「それでサラ達はあんな格好をしていたんですのね」


「そうだと思うわ」


 厨房に居たサラとかカリオとか料理研と食品研の獣人の人たちは、完全防備をしていたんだよな。


 嗅覚が鋭いと、料理の場合は大変な時もありそうだな。


 キャリルとは共和国の料理の話をしながら部活用の屋内訓練場に移動する。


 彼女が最近知った料理でカチャトーラというものがあるそうだが、これは『猟師風の料理』という意味なのだそうだ。


 話を聞くにカチャトーラ自体は鶏肉のトマト煮みたいだから、コラトゥーラを入れてみてもおいしいかも知れないねと二人で話していた。


 ちなみにあたしの地元のミスティモント辺りで『料理風料理』とか言ったら、自動的にシカ肉のシチューとかになる気がする。


 次点でキジなんかの鳥の肉を使った料理だろうか。


 二人で食べ物の話していると、あっという間に屋内訓練場に着いた。




 そのままあたしたちが部活に参加する旨を伝えると、順番に部のみんなとユルめのスパーリングをすることになった。


 今日はどうやらコウが部活に出ているみたいだな。


 ライナスにはグライフやポールと練習試合をした話をしたけど、羨ましがられてしまった。


「でもグライフさんには謎の連撃を出されたら五秒でギブアップしましたよ」


「それでも五秒もったならいい方だろう。『双剣の鷲獅子ツインソードグリフォン』の謎の連撃って、恐らくは渦層流(ヴィーベルシヒト)の奥義・乱氷割(みだれひわれ)だな。双剣に加えて魔力で形成した刃で斬りまくるワザだったはずだ」


 さすがライナスは詳しいな。


 月転流(ムーンフェイズ)でいえば絶技・月爻(げっこう)を連続で放ち続けるようなものか。


 出来るかどうかでいえば出来ると思うけど、月転流(うち)の場合は気配を消してここぞというところで使うとおもう。


 でも今でこそ慣れたけれど、魔力の刃は制御をミスると自分の身体を斬っちゃうのでヤバいんだよな。


「グライフさんからは月転流(うち)は格闘に近いとか言われましたよ」


「そりゃまあ、渦層流の源流は剣術で、ウィンの流派は格闘に近いからなんじゃ無いのか?」


「どうなんですかね?」


 多分そうだろうとは思ったけれど、あたしは適当に誤魔化すことにした。


 自分で言い出した話だけれど。


 別にいじわるしている訳じゃ無くて、ライナスの場合は武術に関する知識が深いから、あたしがちょっとしたことを答えると口伝の部分を推理されそうで怖いのだ。


「お、コウとキャリルが終わったみたいだな」


「つぎ、あたしがコウと練習してきます」


「おう、行ってこい。俺はキャリルが休憩したら次に相手をしてくる」


 あたしはライナスに頷いてからコウに近づいた。


「コウ、久しぶりにユル目のスパーリングをしない?」


「もちろんウィンなら歓迎だよ?」


「どうする? 休憩する?」


「別に大丈夫だよ。いつでも始められるかな」


 少し考えて、休憩を挟んでから木製武器を手にしてあたし達はスパーリングの開始位置に移動した。



挿絵(By みてみん)

ライナス イメージ画(aipictors使用)




お読みいただきありがとうございます。




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