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02.発酵させるんですよね


 風紀委員会の週次の打合せであたしの発言内容は他に特に無いので、次はキャリルの番になった。


 キャリルには事前に相談されたけど、言っておいた方がいいという結論になったんだよな。


「次はわたくしからですわね。詳細は秘さねばならないのですが、学院内の貴族派閥の対立を心配しております」


 キャリルの言葉にみんなは怪訝そうな表情を浮かべるけれど、リー先生は一瞬視線が鋭くなった。


 もしかしたら何か情報を持っているのかも知れないな。


「現状ではどのような問題に発展するかは未知数ですが、学生間でのもめ事が発生した場合は必要に応じて、早めに先生方に問題を引き継いだ方が良い場合もあると考えておりますの」


「ディンラント王国の貴族派閥問題は以前からの話だ。今のところ学院にその問題を持ち込むような生徒は居ないが、それでも懸念されるということだろうか?」


「そうですわ。と申しましても現段階では注意喚起のレベルでしょうか」


 カールに問われてキャリルが応えるが、風紀委員のみんなは首をかしげている。


「貴族派閥問題にゃ? それなら派閥が男女の間に横たわって、一層恋が燃え上がるケースもあるかも知れないにゃ?!」


 エリーがなにやらいつものテンションで鼻息を荒くする。


 その言葉にニッキーが厳しい視線を送っているけど、エリーは気にしていないようだ。


 ちなみにエリーの言葉で、アイリスの目がなにやらシャキーンと光っていた。


「情報収集という意味では男女間の交際というのは今後、一つの指標として重要になる可能性はありますわね」


「むむ、そうなると『恋バナハンター』としては大活躍すべき局面にゃ!」


「エリー、落ち着きなさい。キャリルちゃん、あなたもエリーを余りのせないで」


「「分かりました(の)(にゃー)」」


 キャリル達のやり取りを黙って見ていたジェイクが告げる。


「そもそもなぜ貴族派閥の問題がいま問題になるんだい? 直近で大きな問題というと、それこそ『平穏の乙女(ピースメイデン)誘拐未遂事件』になりそうだけど、あれは立場の違いを超えて問題に対処したとされているね」


 確かに新聞記事のレベルではジェイクの認識で問題無い。


 でも、その続報が出た後の流れがどうなるのか。


 今はそれが読めないし、それをどこまで話せるのかという状況だ。


「詳細は申せません。ただ、先の事件の背景が明らかになった場合の懸念、とだけお応えしますわ」


「キャリルさん、注意喚起ありがとうございます。その問題は現時点では半信半疑の内容かも知れませんが、わたしの個人的な知り合いからも同様の話が生じています。過敏に反応する必要はありませんが、みなさんだけで判断が付かないトラブルがあったときは、迷わず教員に連絡してください」


『はい(ですの)(にゃー)』


 最後はなにやらリー先生が話をまとめるようにしてその場を収めた。


 キャリルは他に報告が無いことを告げて、風紀委員会の週次の打合せは終了した。




 委員会が終わった後、ウェスリーの件でカールに声を掛けられるかとも思ったけど、特に話は無さそうだった。


 彼が呪いの腕輪関連で相談するにも、情報をもう少し集めてからと考えているのかも知れないな。


 あたし達は解散したが、部活棟に向けてあたしとキャリルはエリーと一緒に歩いていた。


「エリー先輩、今日ってウェスリー先輩は料理研に居ますかね?」


「どうだろうにゃー。たぶん居るとおもうにゃ。ところでウィンちゃんはウェスリー先輩が趣味にゃ?」


 趣味っていうのは交際相手と言う意味での趣味だろうか。


 エリーが質問した以上そういう意味なんだろう、たぶん。


「いいえ、直ちに殴りたいと思って我慢したことは一度ありますけど」


 あたしが真顔で応えるとエリーは「そうにゃー」とか「つまんないにゃー」とか呟いていた。


 だってムリだよ。


 ウェスリーと気が合う子ってどんな人なんだろう。


 会ってみたい気もするけれど、会ってからくたびれる気もする。


「ちょっとウェスリー先輩には調べ物を頼まれたんですよ」


「そうですわ。わたくしとウィンとで頼まれた件がありますの」


「そうだったんにゃー。んー……、今週は淡水魚を使って料理研と食品研が合同でコラトゥーラを作ってるにゃ。たぶんみんな食堂にいるにゃ」


 そうか、そういう事なら直接食堂に向かえばいいのかも知れないな。


 それよりもいまエリーが気になることを言った気がする。


「エリー先輩、いま淡水魚を使うって言いませんでした?」


「そうにゃ」


「……淡水魚でコラトゥーラって作れるんですか? 確かあれって採れたてのカタクチイワシを使うんじゃなかったでしたっけ?」


 地球の記憶だと確かそんな感じで作るイタリアの魚醤だった気がする。


 タイの魚醤であるナンプラーと同じ材料じゃ無かったかな。


 そもそも海水魚じゃ無くて淡水魚を使う時点で寄生虫が凄く心配なんだけど。


「詳しいにゃウィンちゃん。んー……、王都の場合は周りに海が無いにゃ。だからサンクトカエルレアス近辺で採れたナマズとかを使うにゃ」


 いや、地球のナンプラーでも淡水魚から作る奴もあるみたいだけどさ。


「寄生虫とか大丈夫なんですか?」


「ウィンちゃんコラトゥーラを作ったことがあるにゃ?! 寄生虫はだいじょうぶにゃ。【鑑定(アプレイザル)】と【分離(セパレイト)】を組合わせてポイポーイってするにゃ」


 そうか、魔法を使うのか。


 というか、さりげにあたしが薬草薬品研究会で練習しているワザと同じものを使うんだな。


 あたしも手伝えるかもしれないな。


「エリー先輩、ウィン、そろそろコラトゥーラですか? どういうものなのか教えて欲しいのですが」


 そう言ってキャリルが不満そうな顔をしている。


「キャリルちゃんは知らないにゃ?」


 エリーは微妙に悪そうな笑顔を浮かべる。


「知りませんわね。語感から言って共和国の料理でしょうか」


「んー、コラトゥーラはスゴ―くくさいにゃー。そしてスゴーく濃いにゃ。そして病みつきになる汁にゃ」


「ふむ、くさくて濃くて病みつきになる汁……」


 その言い方はどうなんだろう。


「要するに調味料の類いですわね。先ほど淡水魚とかナマズとか言っておりましたし、魚が材料なんですのね」


「正解にゃ! キャリルちゃんは洞察力があるにゃ。つまんないにゃ」


 なにがつまんなかったのかを小一時間ほどエリーを問い詰めた方がいいんだろうかと、あたしは一瞬頭によぎった。


「チーズなんかと同じで発酵させるんですよね?」


「そうにゃ。手順自体は昔の食品研の先輩が確立しているにゃ。……ウィンちゃんはホントに詳しいにゃー」


「たまたまですよ」


 手法が確立しているなら安全に作れるのかも知れないな。


 発酵を促進させる【発酵(ファーメント)】なんて魔法もあるし、意外とこの世界での発酵食品はレベルが高いのかも知れない。


「ウィンは食べることに関してはホントに求道者的ですからね」


「そんなことは無いわよ。もしそうなら料理研か食品研に参加してるわ」


「いえ、ウィンは作る方よりは食べる方が一生懸命に見えますわ」


 やばい、バレてるよ。


「ま、まあ、食事って大事だと思うし、別にいいじゃない」


「ふふ、そうですわね」


 キャリルには何やら見透かされている気がしたまま、あたし達は食堂に向かった。




 食堂の厨房にはサラやカリオを始め食品研と料理研の人たちが集まっていて、その中にウェスリーの姿もあった。


「おーいウィンちゃん、キャリルちゃん、どしたん?」


「あ、なんかキャリルとウィンが来た」


 そう告げるサラとカリオは長い手袋をして長靴を履き、撥水のエプロンを着けている。


 顔には臭い対策か、鼻と口を覆うように顔の下半分にタオルを着けていた。


「なんかって何よカリオ。……それよりあなたたち重装備ね。コラトゥーラ作りでその恰好かしら?」


「そやで。下準備は済んどるし、今日は【発酵(ファーメント)】で発酵を一気に進めて、出てきたコラトゥーラを搾るんよ」


「ウィンとキャリルは見学か?」


 なるほど、今日中にはコラトゥーラが出来上がるのか。


「わたくし達はウェスリー先輩に頼まれた調べ物の中間報告ですわ」


「「ふーん?」」


 そんな話をしていると名前を呼ばれたのが分かったのか、ウェスリーがあたし達に気づいてこちらにやってきた。


「ようウィン、キャリル。どうしたんだ? 搾りたてのコラトゥーラの味見でもしに来たのか?」


 相変わらずの飄々とした感じでウェスリーが声を掛けてきた。


 でもこの人が言う味見って、原液をいきなり舐めさせられそうで恐ろしいのだけれど。


「まっとうな味見なら。そうですね……、チーズトーストにコラトゥーラを入れたのとそうじゃ無いのを用意して、食べ比べるとかなら付き合いますよ?」


 あたしがチーズトーストと言う単語を使うと、何人かの料理研の先輩たちがこちらに反応して、何かを考え始めていた。


「わたくし達が来たのは例の件で中間報告をしようと思ったんですの」


「なるほど、カスタードプリンの件だな。ちょっと話をするか」


 ウェスリーは近くの料理研の先輩に一声かけてから、あたし達と厨房を離れて適当な席に着いた。


 その直後にウェスリーから風属性魔力が走り、周囲の音が消えて防音になった。


「それで、中間報告だって?」


「そうです。まずあたしの姉が噂で聞いていた話で――」


 あたしは先ずアルラ姉さんとロレッタから聞いた話をした。


 魔力の感知で呪いに鈍感だから、教養科の子が呪いの腕輪を買ったのではと話していた件だ。


 その次にキャリルから、ニナが言っていた内容を説明した。


 ニナの名前は出さなかったけれど。


 魔法が得意な者は状態異常に強い分呪いが効きにくいし、そうでない者は呪いが効きやすい。


 その結果教養科の生徒の方が呪いの腕輪の効果が出やすく、効果が出た方が売りやすくなる。


 魔法の得手不得手は、生徒の魔力量の確認で判断されたかも知れない。


 露天商が魔力察知を出来たか、そういう魔道具を使ったのではないか。


 製作者の情報が特定の内容になっていたことは、呪いか何かの技術かも知れない。


「――という話をしてくれましたわ」


「ずい分調べてくれたな。感謝する。……だが、中間報告なのか?」


「ええ。製作者情報の件はもう少し調べようと思ってるんです」


「分かった。そっちが済んだらまた声を掛けてくれ。カスタードプリンは当日渡すのは難しいから、翌日かその次の日くらいに食べられるようにする」


「了解よ」


「なに、俺はカスタードプリンは、作るのも食べるのも得意だ。期待してくれ」


 そう言ってウェスリーはうさん臭い笑顔を浮かべながら、あたしとキャリルにサムズアップした。


「作るのはともかく、食べるのが得意とはどういう意味ですの?」


 キャリルは何気なく聞いてしまっただけかも知れないが、ウェスリーはその問いに不敵に笑って応える。


「食べるのは色んな食べ方ができるということだ。片手で逆立ちしながら食べてみたり、スプーンですくったプリンを宙に投げてジャンピングイートしたりとかだな」


「「はあ……」」


 大道芸かよ。


 べつに食べ物を粗末にしないならいいけどさ。


「ウェスリー先輩はそんな食べ方をしたことがあるんですか?」


「逆立ちして食べたことはあるが、他は未だだな。多分行けるだろう」


 そう言ってウェスリーはキリっとした表情を浮かべてみせた。


 あたしはやっぱり今この瞬間、この人を殴りたい気がした。


 だがカスタードプリンのために、あたしは頑張って我慢したのだった。



挿絵(By みてみん)

アイリス イメージ画(aipictors使用)




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