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01.過激な試験対策


 一夜明けて今週も五日目の光曜日になった。


 先週の光曜日はティルグレース伯爵家の晩餐会で色々あったのだけれど、気が付けば一週間経とうとしている。


 この分だと来週もあっという間に過ぎて再来週になり、一学期末の試験期間にあっさり突入しそうな気がする。


 それが終われば冬休みに入って、あっという間に年末年始だ。


 そうなると母さん(ラスボス)が王都に襲来するけど、今は考えないようにしよう、うん。


「ウィンちゃんどないしたん? 顔色が良くない感じやけど」


 鶏とほうれん草のクリームパスタを食べる手を止めて、サラが声を掛けてくれた。


 今日の午前中の授業も終わって食堂に移動した。


 いつものメンバーで昼食を食べている。


 クリームパスタに入ってるほうれん草の緑って、安心するというかなんであんなに美味しそうに見えるんだろうと一瞬考える。


「あ、うん。大丈夫。冬休みになると母さんが王都に来るなあって思って、ちょっと心配になっただけ」


「ウィンの母君ということは、武術の師匠かのう。おおかた、久しぶりに会って絞られるのが怖いとかそんな所じゃろう」


 ニナはサラと同じパスタを選んだけれど、のんびりした口調でそんなことを言いながらフォークを動かしている。


 パスタに絡めたクリームソースもおいしそうだな。


「ニナも以前ノーラさんに絞られていましたね。久しぶりに会う師匠というのは、そういうものなのかも知れませんね」


 ジューンが苦笑しながら告げる。


 彼女は今日はビュッフェで取ってきたポークソテーを食べている。


 キチンと焼き目を付けてガーリックで香ばしくした奴だ。


 ジューンに指摘されてニナは困ったような表情を浮かべる。


 ノーラが学院に来た時のことを思い出しているのかも知れないな。


「ノーラさんといえばローガン先生と付き合い始めたのよね? うまく行ってるの?」


 あたしはビュッフェで取ってきたチキンソテーをつつきながら、ニナに訊いてみた。


「ノーラお姉ちゃんはローガン先生と付き合い始めて変わったようじゃ。前より穏やかになった気がするのう。何でも『ここ百年で一番才能がある人に巡り合えたわ~』とか言って居ったのじゃ」


「才能?」


「別にヘンな話じゃ無くての、同じ時間を歩めるように変わってもらう話じゃ。何でもローガン先生が文化史の研究者で、世界各地の様々な風習に長じておったのが決め手らしいのじゃ」


 ニナやノーラの種族は長命だ。


 ただの人間が同じ時間を歩むには、仙人になるなどして人間の寿命を超える必要があるだろう。


 そのメドが立ったというなら、何気にスゴい話である気がする。


「ということは、ノーラさんは恋愛結婚をなさるんですか?」


 シェパーズパイを食べつつキャリルが問う。


 マッシュポテトとラムのひき肉を使ったミートパイだけど、ボリュームがあるんだよな。


 学院の食堂のラム肉は臭みがほぼ無いんだけど、なにか下処理をしてるんだろうか。


「どうじゃろうのう。その辺りはまだ聞いておらんのじゃが、以前二人に会った時は甘々な雰囲気で胸焼けして倒れるかと思ったのぢゃ」


 そう言ってニナは遠い目をした。


 あたしもその空気が想像できるだけに思わず遠い目になってしまった。




 午後の授業を受けて放課後になり、あたしとキャリルは風紀委員会室に向かった。


 週次の打合せのためだけれど、一週休んだだけで結構時間が経ったように感じるのは不思議だな。


 委員会室にはジェイクとアイリスが来ていたが、直ぐに他のメンバーも揃って打合せが始まる。


「それではみなさんが揃いましたので、風紀委員会の週次の打合せを始めます。まず共通の連絡事項ですが、再来週に一学期末の期末試験が控えています。その関係で試験対策に関するトラブルを懸念しています――」


 リー先生が打合せを始める旨を告げたが、その直後に期末試験対策の話が始まった。


 ここ数年は非公認サークル『カンニング技術を極める会』、通称『カンニング研』を筆頭に過激な試験対策を行う生徒が増加傾向にあった。


 それが『カンニング研』の内部告発により、悪質な生徒を処分できた。


 ただ、カンニング活動を行うのは彼らだけでは無いので、風紀委員会としては情報を集めて学院に報告して欲しいとのことだった。


「参考までに知りたいんですが、過激な試験対策ってどんなものがあったんですか?」


 あたしが挙手して質問すると、みんなは微妙な顔をする。


「けっこう悪質なやつだと、色仕掛けで問題をリークさせようとしたケースとかあったにゃ」


「そうだね。男女問わずだからたちが悪いよ」


 エリーとエルヴィスが眉をひそめながら告げる。


「生徒が教員に色仕掛けですの? それは生徒も問題ですけど、教員も不味いですわね」


「不味いですね。学院としては即時退職させたうえで業務妨害で教員を通報して、それに加えて教員に損害賠償請求を行ったケースもあります」


「年齢差とかは結婚の基準とかあるから許容できる場合もあるけど、試験問題のリークは完全にアウトよね。王国の公文書を漏洩させた罪に準じる形で手続きされたわ」


 キャリルの質問にリー先生とニッキーが応えた。


 問題の漏洩に関わった生徒と教員にドン引きする間もなく重い話を知ってしまったな。


 公文書漏洩で逮捕とかヤバい話だ。


 でも学院の卒業生は文官とか各種機関に就職する場合もあるし、その採用基準の生徒の成績に関わる話なら手を抜けないか。


「グレーゾーンで逃げ切られたケースもある。教員が貴族家に報酬を提示されて、問題そのものではなく出題内容に限りなく近い対策問題を売買したケースとかな」


「でも該当する教員は退職して、別の学校に転職したって聞きましたよ?」


 カールが嘆息しつつ説明するが、ジェイクがそれに補足をした。


 下手をすると生徒の実家を巻き込んだカンニング騒動になることもあるのか。


 学院生徒の実家は裕福なところが多いし、必死になると色々あるんだろうな。


「ともあれ、詳細は言えませんが、今では教員が関わる問題漏洩については魔法による対策が進んでいます。概ね問題無いと考えていいでしょう。それでも情報は集めてください」


『はい(ですの)(にゃー)』


「ちなみに問題の盗難などはちゃんと対策されているんですか?」


「ワタシが聞いた噂だと、マーゴット先生をリーダーにして対策チームが組まれて、魔道具を使って王宮よりも厳しい盗難対策がされてるらしいけど……」


「ボクもそれ聞いたことがあるかな。王宮だと防犯機構が暴発するのは別の問題になるけど、学院だと暴発してもある程度は言い訳が立つ。だから実験的に開発された防犯機構をこれでもかって盛り込んで、試験問題を守ってるって話だね」


 アイリスとエルヴィスが苦笑しつつ教えてくれた。


 だれがそんな人選をしたんだ。


 明らかにオーバーキルをしそうだな。


「それって盗難対策でいきなり自爆装置に繋がってそうですね。盗まれるのがイヤならいっそ壊してしまえばいいじゃない的な」


『…………』


 あたしがそう告げると、リー先生を含めてみんなはあたしに視線を向けて黙ってしまった。


 否定しろとかフォローしろとか言わないから、何か言ってくださいよ。




「ええと、カンニング行為の情報集めは分かりましたが、一つ確認していいでしょうか?」


「何でしょうかウィンさん」


「内部告発後の『カンニング研』は、過去問の分析などの手法で試験対策を行っているようです。これは学院としては問題ありませんか?」


 あたしの言葉にリー先生は少し考える。


「そうですね……。一般常識と王国法に反しない分には大丈夫でしょう。ただ、対策問題を作成した後に、生徒間で売買を始めるようなら相談してください」


 リー先生の言葉にカールやジェイクが「その問題はあるか」なんて呟いている。


「分かりました」


「それでは共通の連絡事項も伝えましたし、皆さんの方から個別の連絡事項をおねがいします」


 カールからは先日食堂で上がった話の続報があった。


 学院生徒が事件の当事者になって、新聞報道などがされてしまう件についてだ。


 現時点では生徒会が集約する形で、風紀委員会や各部活、各クラスの委員長を窓口にする案で話が進んでいるらしい。


「基本的には今あるもめ事を解決する仕組みを、流用するのを考えている。問題があるようならまたこの場で報告する。僕からは以上だ」


 ニッキーからは特に報告は無し。


 エルヴィスからは先日話があった、教養科高等部一年の恋愛関係のトラブルが、模擬戦で決着した報告があった。


「どうやら幼なじみ同士が婚約の話で揉めたみたいなんだ。男子の方が護身術レベルの体術で、女子が用意した代理人の魔法科の女子と戦ってひどい目に遭ってね。その姿を見て女子の方が折れていたみたいだよ」


「あれは中々感動的だったにゃー」


 エリーは野次馬で模擬戦を見守っていたようで、何やらエルヴィスの話に頷いていた。


 ジェイク、アイリス、エリーからは特に報告は無し。


「それではあたしの番ですね。あたしが企画したものではありませんが、地曜日の食堂では色々とお騒がせしました」


「お騒がせしました」


 あたしが頭を下げると、それに合わせてキャリルも頭を下げた。


 だがみんなは一様に不思議そうな顔をしている。


「二人は巻き込まれたんだし、気にすることは無いんじゃ無いかな?」


「ぼくも同感だ」


 エルヴィスが最初に口を開きジェイクが同意する。


「そもそもの報道内容だって、事件の被害者だったにゃ」


「そうそう。それを騒がしくしたのは周りの人間よ」


 エリーとアイリスはそう言って頷き合う。


「だからウィンとキャリルが気にすることは無いんだ」


「そうよ、じゃないとせっかく食堂で声を上げてくれた、ドルフ先輩たちの覚悟がムダになるし」


 カールとニッキーも微笑んで告げる。


 みんな優しいなと安心する。


「ドルフさんとスティーブンさん……。あの誓いは非常に尊いものだったと思います。そう、『武と筋肉の誓い』とでも……。いいえもっとシンプルに考えて『筋肉の誓い』と呼ぶべきもので無いでしょうか?!」


『それは違います(わ)(にゃー)』


 リー先生はあたし達に一斉に却下されてショボーンとしていた。



挿絵(By みてみん)

エルヴィス イメージ画(aipictors使用)




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