11.効果が強く出る相手
寮に戻ってから食堂でアルラ姉さん達と夕食を取るとき、さっそく呪いの腕輪について話を振ってみた。
「ところで突然だけど、ちょっと防音にしていいかな?」
「別に構わないけど、何か相談事かしら?」
あたしは姉さんに応える前に、【風操作】で見えない防音壁を作る。
「相談事ってほどでも無いんだけど先月、呪いの腕輪の騒動があったじゃない?」
「そういえばあったけれど、続報は聞かないわね」
ロレッタがあたしにそう言うけれど、確かに続報は聞いていないんだよな。
ウェスリーとの話が無かったら、あたしも特に話題にしなかった気がする。
「姉さん達の学年でも続報は無いのね……、今日ちょっとキャリルと先月の話をしていて呪いの腕輪の話になったの」
その時ウェスリーもその場に居たが、とりあえず内緒にする。
「そうですわ。そのときに、なぜ教養科で流行り始めたのかを誰も触れていなかったという話になったんですの」
「そうそう。微妙にいまだに引っ掛かっているんだけれど、話を聞かないなって思ったのよ。姉さん達も知らないわよね?」
あたしとキャリルの言葉に、アルラ姉さんとロレッタは顔を見合わせて互いに首をかしげる。
「続報を知らないし、教養科で流行った原因の話なんて知らないわね」
「あ、でもロレッタ、いちおうクラス内では話題には出たじゃない」
「ええと、……魔力の感知で呪いに鈍感だから、教養科の子が買っちゃったんじゃないかって話はしていた気はするわね」
確かにあたしもキャリルが借りてきた腕輪から、妙な気配がした覚えがある。
魔法科の生徒ならそれに気づいて、購入を控えたりするかも知れないのか。
売人からすればその時点で、魔法科生徒は面倒な客と判断されそうだ。
「呪いに詳しい先生でも居たら、教養科で流行り始めた理由は説明してもらえるかも知れないんでしょうけど……」
そう言ってアルラ姉さんは首を横に振った。
念のためあたしはキャリルに視線を送るが、彼女も首を横に振っている。
キャリルの場合は、アルラ姉さんとロレッタから聞けるのはこの位だろうというニュアンスで首を振っているように感じた。
あたしとキャリルはその後適当に話題を変えて夕食を済ませた。
自室に戻って一息つくと、扉の向こうにキャリルの気配がした後にノックされた。
あたしが扉を開けると開口一番、「ニナのところに行きますわよ」とキャリルが言い出した。
呪いの腕輪の話の続きだろう。
確かにニナなら呪いに詳しそうな気がする。
そう思ってキャリルと彼女の部屋の前に移動して扉をノックしようとすると、先に扉が開いた。
「どうしたんじゃおぬし達」
どうにもあたし達の気配で気が付いたらしい。
部屋に誘われたのであたし達は上がり込むが、ニナはマジックバッグから椅子を出してあたし達を座らせた。
「ちょっと待っておるのじゃ」
ニナはそう言って部屋を出て、直ぐにホットのカフェオレが入ったコーヒーサーバーを手にして戻ってきた。
共用の給湯室で用意してくれたのだろう。
「突然来たのにありがとうねニナ。休んでたでしょうにごめんね」
「カフェオレですか? 香ばしいですわね」
「先週末、商業地区で買ったばかりの豆を使ったのじゃ。休んでいたと申してもさっきまで本を読んでおっただけじゃから、別にかまわぬのじゃ。……それで、何か用件かのう」
「うん。実はあたし達、先月のことを話していて呪いの腕輪のことを思い出したのよ――」
夕食の時にアルラ姉さんとロレッタに訊いてみた話をしてみた。
するとニナは頷きつつ、口を開く。
「正直に申せば妾も呪いは専門外なのじゃ。ゆえに、一般論的な話になってしまうが、呪いの効きやすさは関係するじゃろうな」
「「呪いの効きやすさ?」ですの?」
「うむ。魔法が得意な者は状態異常などに強いのじゃ。これは本人が纏っておる魔力の性質や、魔力流れの制御によるのじゃ。そして学院でいえば、教養科よりも魔法科の生徒の方が状態異常に強いのじゃ」
そう言いながらニナは幸せそうな顔でカフェオレを飲んでいる。
こんなことならウェスリーに交渉して、アップルスコーンを多めに作ってもらえば良かった。
ニナが言っている内容は、いちおう理解することはできる。
「状態異常に弱い方が呪いが効くし、その方が呪いの腕輪に込めた効果は大きく出るという事ですの?」
「あくまで一般論的な想像じゃが、妾は大きく外して居らんと思うのじゃ。腕輪の入手経路に関しては全く知らぬが、商売なのじゃろう? 効果が出る方が売りやすいのではないかのう」
確かに学院全体に流行させるまえに、まずは効果が強く出る相手に売りつけて評判を高めた方が商売としては手堅いだろう。
呪いの腕輪っていうのが不穏だけれど。
「いちおう噂では、呪いの腕輪は商業地区の露店で買われたらしいですわ。この売り手が教養科の生徒を選ぶ手段は、生徒の魔力量の確認でしょうか?」
「恐らくはの。露天商が魔力察知ができたのか、あるいはそういう魔道具を使っていたのか。何れにせよそこまで難しい手段はとっておらぬと妾は思うのじゃ。……しかし妾としては教養科で流行し始めた事よりも、あの奇妙な作成者情報が気になるかのう」
「確か『底なしの壺』でしたでしょうか」
「そうなのじゃ。しかしあれは、妾のそれなりに鍛えた【鑑定】でもそのように見えるようになっておったのじゃ」
「魔法による鑑定への対策がされてたっていう事?」
製作者の情報は個人名が基本で、二つ名が付くにせよ個人名と併記されるものだった気がする。
個人名を全く漏らさずに製作できるものなんだろうか。
「分からんのう。しかし、普通の魔法の手法ではあまり見かけぬのじゃ。独自に伝わる魔法によるのか、あるいはそういう鑑定対策ができる呪いの技術でもあるのかも知れんのう」
魔法による鑑定を騙せるとなると、商業ギルドなどからは嫌われるんじゃないだろうか。
この世界では良くも悪くも【鑑定】が生活に根差している。
それを騙す技術は、生活の根幹を揺るがしかねない気がする。
「ニナは共和国ではそういった魔法は見聞きしたことはなかったのですか?」
「話だけは聞いたことはあるのじゃ。その話にしても、『そんなことが出来れば良いな』といった願望交じりの冗談じみた話ばかりじゃのう。ゆえに実際に見たことは無いのじゃ」
ニナの魔法の知識は本物だ。
精霊魔法に関しては共和国から専門家として送り込まれるレベルだし、魔力暴走に関する研究ではマーヴィン先生に協力を求められている。
そんな彼女でも見たことが無いわけだ。
「妾が分からない以上、一般的なものでは無いと思うのじゃ。より専門的で技術としてのバリエーションが豊富で技術的な蓄積があるとすると、やっぱり呪いの類いかのう。呪いはヘタをすれば魔法よりも歴史が古いかも知れんのじゃ」
そうなるとやっぱり、呪いに詳しい人に話を訊くべきなのかも知れないな。
「分かったわ。参考になったわよニナ」
「ありがとうございましたニナ」
「確定的な事が言えずに済まんのじゃ」
あたしとキャリルは改めて「助かったわ」と伝え、別の話をお喋りしてからニナの部屋を出た。
食堂であたしとキャリルがウェスリーに頼まれたことは、ニナからヒントをもらえたとおもう。
姉さん達からも、教養科生徒が呪いの感知に鈍感だからじゃないかという噂を聞いたし、そちらも参考になるだろう。
ただニナが言っていた通り、鑑定情報をごまかしているかも知れないという話は気になるかもしれなかった。
あたしはキャリルを連れて自室に戻り、ニナと話したことを整理した。
キャリルはあたしのベッドに腰掛け、あたしは勉強机の椅子に座って話し込んでいる。
「ニナから聞いた話で、ウェスリーが知りたがっていたことは説明できそうじゃないかしら?」
「確かにそうですわね。ただ、鑑定情報をごまかすような技術はヤバそうですわね」
「そうなのよね……、ちょっとデイブに相談してみていいかしら」
「構いませんわ」
そう言ってキャリルは【収納】から本を取り出して読み始めた。
デイブに【風のやまびこ】で連絡を入れると直ぐに繋がった。
挨拶もそこそこに、非公認サークル『諜報技術研究会』の話から入る。
「――へえ、学院はおもしれえ奴らが多いな」
「面白いというか変人一歩手前な感じよ。アウト寄りのギリギリセーフな感じというか。まあそれはともかく、『諜報研』関係者から相談を受けたのよ」
「どんな話だ?」
「先月呪いの腕輪が学院で流行し始めて、学院から注意喚起がされたのは知ってるわね? その騒動で最初期に腕輪を入手した生徒を絞れたそうなの――」
あたしは『諜報研』が関係図を使って調べ、学院や王国にとって問題無さそうな教養科の三人の生徒が絞れたことを伝える。
これを学院側に伝えるべきかという相談だったが、内申書に影響することが心配された。
なのでまずはまとめた資料を匿名化し、風紀委員会の会長に相談することで落ち着いた。
呪いの腕輪は商業地区の露店で買われたが、教養科の生徒が多く購入していた。
露見しにくい相手として、学院の教養科の生徒が狙われた可能性が懸念されたので、あたしとキャリルに魔法に詳しい人間からの情報収集が依頼された。
「……魔法に詳しい奴ねえ」
「それでもまずは、知りたかったことはニナから訊けたのよ」
「なるほど。まあ、ヘタな奴に訊くよりは詳しいかも知れんな」
あたしはニナからの話をかいつまんで説明して、『呪いの効きやすさ』や『客の魔力量』などの話をした。
そして最後に『底なしの壺』の話と、魔法による鑑定を騙す話をする。
「――ということで、ニナからは呪いの類いが鑑定情報をごまかすために使われているかも知れないって言われたわ」
「そうか。鑑定情報の話は気になるといえば気になる話だが……、おれ個人の勘では王都を揺るがすようなもんでも無いんじゃねえかと思うけどな」
「どうして?」
デイブにしては意外と楽観的だな。
「手広くやれば直ぐに国が動く。高付加価値の商品でやれば商人ギルドが動く。できるのは学院生徒とかの小遣いをかすめ取るぐらいだろ。その位は王都の裏社会とかでも許容される」
子供の小遣いをかすめ取るのが許容されるって、カツアゲ上等ってことなんだろうか。
なかなか容赦ないけど、脱法とか違法な商売やら裏社会の活動なんてそんなものか。
マーヴィン イメージ画(aipictors使用)
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