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10.ただ知りたいだけなのさ


 非公認サークル『諜報技術研究会』の部長であるウェスリーに呼び止められ、あたしとキャリルはアップルスコーンを頂いている。


 そのついでに、学院で一時期流行りそうになった呪いの腕輪の話について、説明を受けている。


 説明とスコーンの優先度がひっくり返っている気もするが、細かいことは気にしなくてもいいとおもう。


「『諜報研』としては呪いに興味はなく、あくまでも流通経路などに関心があるということですのね」


「そうだ。別の例で考えてみてくれ。不穏な例えだが、学院内で生徒の間に違法薬物が流行りそうになったとして、俺たちが違法薬物の作り方とかに興味を持つと思うか?」


 そう言われてしまえば納得はする。


 あくまでもウェスリー達は、学院に入り込んだ奇妙な物の動きを把握したい訳か。


「先輩たちを動かしているのは正義感て訳ですか?」


「そうだなあ……、そういうのでもいいぞ」


「「え?」」


 そういうの、と軽い感じで応えられてしまったのはあたし的には意表を突かれたし、キャリルも同様だったようだ。


「少なくとも俺個人では学院の知り合いが食い物にされるような、舐めたことは気に食わん。それは別に義憤とかそういうのじゃ無くてな、――何つったらいいんだろうな」


「身内意識みたいなものですか?」


「ああ、それは近いかも知れん。別に学院生徒の兄弟を無条件に名乗るつもりもないがな」


 あたしの問いに、すごく軽い口調でウェスリーは応えた。


 ただ、あたしの虚実を読むスキル『影拍子』では、彼が真実を告げていることが本能的に分かる。


 ウェスリーの心根は、月輪旅団(うち)の在り方に通じるものがあるかも知れないなと、少しだけあたしは感心した。


 すると何を思ったかウェスリーはそっと食べかけのスコーンを皿に置き、食堂のテーブルに両肘をついて指を組む。


 そして組んだ指の上にアゴを乗せ、あたしの目を見つめながらうさん臭い笑顔を浮かべて口を開く。


「ウィン、俺は自分がお前のお兄さんだと思っているぞ」


 そう言って彼は歯を見せて笑った。


 あたしは反射的に背筋にゾクゾクっと走るものがあった。


「すごく、キモいです。本当にありがとうございました」


「ああ、どういたしまして……、あれ?」


 あたしとウェスリーのやり取りをじっとりした目で観察しながら、キャリルが口を開く。


「ウェスリー先輩がウィンの兄を自称するのは、個人の趣味ですので感知しませんわ」


 いや、感知してもいいとおもう。


 遠慮せずに苦言を呈していいとおもうんですけど。


 キャリルは巻き込まれたくなかっただけかも知れないな。


「いや、俺もウィンを妹とは思っていないぞ。話の流れ的に、言ってみた方が色々な事が分かると思っただけだ」


 そう言ってウェスリーはキリっと表情を引き締めた。


 どうしよう、今この瞬間あたしはこの人を殴りたい気がする。


「ええと、とにかく先輩の変態に踏み込みそうな立ち位置は把握しました」


「別に変態ってわけでもないけどな。だが必要ならそういう貌をかぶる用意はある」


 どんな用意をしているのかは、あたしはスルーすることにした。




「そろそろ、本題に戻りませんか?」


「構わんぞ。……例の腕輪の騒動が起きたのが先月の第二週で、翌週になって学院から公式に注意喚起が出た。これはいいか?」


 あたしの声に、何事も無かったかのようにウェスリーは話題を戻した。


 こういう切り替えは見事だな、うさん臭いけど。


 学院からの呪いの腕輪の注意喚起は、どちらかといえばあたしとキャリルは発信者側だ。


 キャリルは直ぐに応じる。


「そうですわね。わたくしが教養科の初等部一年のクラス委員から話を聞いたのが、風紀委員会としては最初だと思います」


「そうだな。『諜報研』幹部が興味を持ったのは、学院からの注意喚起があってからだ。あの直後は色んな噂が飛び交っていてな」


「たしかにお昼に食堂に来た時にも、みんな呪いの腕輪の話で持ちきりだった気がします」


「ああ、その時点で興味を持った幹部が調査を始めた――」


 調査の手法は聞き込みが主体だったそうだ。


 ただ、幹部本人が訊くだけではなく、間に知人や友人、場合によっては教職員などの何気ないうわさ話も集めた。


 集めた情報を元に関係図を起こし、ある種のネットワーク図のようなものを作り上げたらしい。


 この世界のこの時代にインターネットが無いのはその通りだ。


 でもどうやら貴族の家系図の応用で作図して、情報分析を行う手法が王国の諜報活動の基本にあるとのことだ。


「そんな手法はあたし知らなかったんですけど。その話をあたし達にしてしまって大丈夫なんですか?」


「君らなら問題無いだろ。俺からじゃ無くても、そのうち誰かから教わったんじゃないか? 割と基本的な手法だぞ」


「ウィンはそうかも知れませんわね。わたくしはもしかしたら父上か母上から聞いたかも知れません」


 あたしが聞くとしたら王都ではデイブからになるだろうか。


 まだ諜報活動での分析は未経験なんだけれど。


 ともあれ『諜報研』の幹部はその結果、情報の流れで二種類の人間をリスト化した。


 一つ目のリストはより多くの人間と繋がっている人物のリストで、もう一つのリストは特定のグループ間を繋げている人物のリストだ。


 ここまで聞くと、日本の記憶でおぼろげに聞いたことがあるネットワーク分析のようなことをしている気がした。


 SNSなどでの情報拡散についてそういうカンジの分析をしていると、日本の記憶にあるような無いような。


 ともあれ彼らは今回に限らず、定期的に噂話などの情報の流れで同様の分析をして、二種のリストを同じように作っているそうだ。


 目的は選別(スクリーニング)のためだという。


「君らの風紀委員会の仲間でいえば、エリーなんかは真っ先に除外対象だな。俺の料理研での後輩でもあるが」


「エリー先輩ですの?」


「ああ。無駄に謎の情報網を広げていて、その収集速度も異常だ。諜報に関してこだわりがある『諜報研』幹部からみてもヘンな奴なんだ」


 そう言いながらウェスリーは頬を緩めている。


「先輩から見てヘンと言うなら中々ですね」


「ああ、中々見どころがあるんだ。……情報が若干偏ってるがな」


 エリーは自称『恋バナハンター』だし、色んな所に突っ込んでいくんだろうな。


 彼女の場合は諜報活動とは全力で違う気がするけれど。


「――そんなわけで、別件の調査でもリストに名前が出てくる人間を一時的に避けた結果、ある程度の数まで絞れた。そこからさらに対象の情報を再検討したうえで、三人の生徒まで絞り込んだ」


「そこまで絞り込んだのでしたら、リー先生に相談してもよろしいのでは?」


「素行なんかに問題がある奴ならそうしたんだがな。調査を主導した幹部を手助けしたんだが、俺を含めた他の奴まで手伝って何も出なかった」


「何も出なかったって、どういう意味でですか?」


「交友関係だとか、親の職業や本人の言動などから判断される王国への意識だとか、単純に学院への不満だとかその辺りだ。それにリー先生に持っていくと、場合によっては本人の内申に影響が出る可能性がある」


 なるほど、内申書での評価か。


 場合によっては、本人たちの学院卒業後の進路に影響しかねないよな。


「内申書まで影響しますかね?」


「微妙なところだろう。噂レベルでもタレ込んだら、学院としては記録せざるを得ないかも知れん。特に今回絞れた三人は全員教養科でな。文官を目指すようなことを考えてる奴も居るんだ」


「それは……、判断に悩むところですわね」


 確かにウェスリー達の調査結果をそのまま出すのはマズい気がする。


 文官の採用に関する王国の審査なら、内申書は採る側が見るハズだ。


「俺たちは別に子供向け小説の、正義の勇者とかになりたい訳じゃあ無い。ただ知りたいだけなのさ。その程度の奴らが学院生徒の人生に影響を与えちゃ不味いよな」


 そう言ってウェスリーは肩をすくめてみせた。




「俺の相談内容としてはそんな所だが、リー先生にはイールパイを持っていかなくていいよな?」


「イールパイはもう先輩の好きにすればいいと思いますが、その三人の情報は待った方がいいですね」


「わたくしもそう思いますわ」


 あたし達の言葉でウェスリーは考え込む。


 イールパイ云々はもうスルーするぞ。


「仮にどうしても提出したいならまず複写して、本人を特定できる情報をインクで黒塗りして出す手もありますね」


「ふむ……」


「それに、あたしちょっと気になるというか、引っ掛かってる部分があるんです」


「どの部分だ?」


「『三人は全員教養科』という部分です。参考までに知りたいんですけど、その人たちは互いに知り合いなんですか?」


 ウェスリーはあたしの問いに少し考えてから告げる。


「互いに接点は無いし、クラスや学年も違うな。趣味や嗜好なども異なる。それが何か参考になるか?」


 あたし個人として引っ掛かっていた部分はある。


 なぜ教養科で流行していたのか。


 なぜ魔法科では無かったのか。


 なぜデイブに報告したのに続報が入ってこないのか。


 そもそもの呪いの腕輪は王都の商業地区付近で買ったものだと分かっている。


 それがなぜ街の噂だとか新聞記事などにならないのか。


「ウェスリー先輩たちは買った生徒の情報を特定したんですよね? 売った側の情報は何か分かっていますか?」


「噂で流れた以上の話は無いな。商業地区で買われたらしい。露店で売っていたようだ」


「学院が動いたってことは衛兵にも情報が行っているはずですし、その人たちが見つけたって話も聞きません」


「ふむ、そうですわね。王国が情報を絞っている可能性もありますが、売る側が売る相手を何らかの手段で選んでいることもあるかも知れませんわ」


 あたしとキャリルの言葉に、ウェスリーは表情を消して彼女に問う。


「キャリル、それは何のためだろう?」


「露見すると問題となると考えているのやも知れません」


「あたしも同意見です」


 それを聞いた後に、ウェスリーは長い溜息を吐いた。


「奇遇だな。俺も同意見だ」


 それはつまり、露見しにくい相手が選ばれて売られたかも知れないということだ。


「気に食わねえ」


 ウェスリーは絞り出すように呟いた。


「どうしますか?」


「そうだな。ウィンの案を一部採用して、塗りつぶした資料でカール先輩に相談する」


 それは無難な選択だろう。


 その上でリー先生に相談するか決めていい。


 あたし個人としては、もう先生に相談してもいい気がするけれど。


「ウィンとキャリルに頼みたいことがある。『諜報研(俺たち)』でも調べるが、売る相手を選ぶ手段や、その目的とか意味を魔法に詳しい知り合いに訊いてみてくれないか? 特に、呪いとか魔法の技術的側面からの情報が欲しい」


「わたくしは構いませんわ」


 キャリルは即答したが、彼女らしいとおもう。


「ウェスリー先輩、報酬は何ですか? イールパイ以外がいいんですけど」


 あたしの言葉にウェスリーは一瞬目を丸くした後、ニヤリと笑って告げる。


「カスタードプリンなんてどうだ?」


「その依頼、受けました!」


 あたしは思わず即答したが、キャリルからは呆れたような視線を感じた。



挿絵(By みてみん)

エリー イメージ画(aipictors使用)




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