09.最初期に手に入れていた
あたし達の『神鍮の茶会』(キャリル命名)の打合せは、地方総督を連携させる案が出た。
レノックス様は“地方行政府”の案を実家に持って行ってみるそうだ。
「あたし達が思いつくような話なら、過去にも出たんじゃないのかしら?」
「どうだろうな。オレが知る限り、そういう仕組みは聞いたことが無い」
「地域をまたいで貴族間の揉め事を調整する機関、っていう案は悪く無いと思うよ」
「そうですわね。少なくとも剣や魔法をぶつけ合う前に、言葉を尽くす仕組みはあってもいいと思いますわ」
キャリルにしては大人しい意見だな。
「もめ事は決闘で決めなさいとか言い出さないのね、キャリル」
「それは別に否定しませんわ。でも武は最後の手段でいいとも思いますの。外敵への対処ならともかく、国内の貴族がぶつかり合うのは無駄な努力に感じますわ」
「確かにな。――よし、それでは今回の議論はここまでにしよう。みんな、感謝する」
「気にしないで」
「そうそう。ボクも相談事があったらお願いするだろうし」
「そうですわね」
そこまで話してあたし達は頷き合った。
キャリルがグータッチをしなかったのでその話を振ってみると、「流石のわたくしでも“お茶会”でグータッチはしませんわ」とか言っていた。
その後解散したが、レノックス様は寮で正装に着替えて直ぐ王宮に向かうそうだ。
コウは運動着のまま武術研究会に顔を出すとのことで、二人は揃って食堂から去った。
あたしはキャリルを誘って甘いものでも食べて行こうかと思い、二人で配膳台に向かった。
するとそこでエプロンを着けた男子生徒に会う。
それは先日ニッキーから紹介されたばかりのウェスリーだった。
「よう、ウィンとキャリルじゃないか」
「あ、こんにちは先輩」
「ウェスリー先輩、こんにちわですの」
「そうか、ふむ……」
ウェスリーはアゴに手を当てて何やら考え込む。
この人の場合うさん臭いというか、どこまでマジメに考え込んでいるのかが微妙に怪しい気がするんだけれど。
「どうしたんですか?」
「いや、ニッキーかカール先輩に連絡を取って、相談しようと思っていたことがあってな」
「風紀委員会関連のお話ですの?」
「ああ、リー先生が喜びそうなイールパイの意見を貰いたくてな」
あたしはその言葉で脱力した。
「それは……、リー先生に直接訊けばいいんじゃ無いんですか?」
あたしがじとっとした視線を送ると、ウェスリーは微笑んで応える。
だが彼の目は笑っていなかった。
「直接訊くのが一番いいとは思うんだが、そこまですべきか考えていてな。それでもそのイールパイを放置していいものか、悩んでいたんだ」
「ちょっと、特殊なイールパイなんですのね」
「まあな。君らに時間があるようなら軽く相談しようと思ったんだが」
「あたし達ですか? 今から甘いものでも食べようかって話してたんですけど」
あたしの言葉にウェスリーは「ふむ」と呟いて考え込む。
そして少しだけ表情を緩めて口を開いた。
「少し待ってくれれば食堂の厨房を借りてアップルスコーンを用意してくるが、試食する気はあるか?」
「ぜひお願いします!」
キャリルが何か告げる前に、あたしは即答していた。
あたしは食べ物に関する決断力には自信があるのだ。
「ウィンはラクをすることの他には、食べることにも一生懸命ですわね」
キャリルがどことなく諦めた視線を向けてくるけれど、食べることは大切なんだぞ。
「べ、別にいいじゃない」
「ちょっとだけその辺に座って待っていてくれ」
あたし達のやり取りに微笑んで、ウェスリーは厨房に向かった。
席に座ってウェスリーを待つが、この時間の食堂はのんびりした空気が漂っている。
寮生などは夕食は寮の食堂を使うけど、学院の職員はここで夕食を取る人もそれなりにいるようだ。
でもまだ夕食にはちょっと早いので、息抜きなどに来た生徒や職員などが軽食や甘いものを食べている光景が見られた。
キャリルとお喋りしつつ待っていると、十五分ほどしてウェスリーの気配が近づいてきた。
スコーンを作るにしては早すぎるので、作業の合間に話でもするのだろうかと思い視線を向ける。
すると彼はトレーを手にしていて、飲み物と焼き立てのスコーンが乗っているようだった。
「待たせたな」
「もう出来たんですか?!」
「ああ。生地は昨日作って【収納】に入れてあったんだ。だから型で切り出して焼いて、ハーブティーを淹れて持ってきただけだ」
そうか、それでこんなに早く準備が出来たのか。
食堂でこの時間に焼き立てのスコーンを食べられるとは思わなかった。
「……と言ってもクロテッドクリームが無かったから、付け合わせは生クリームなんだがな。バターソテーしたリンゴが入ってるから、ジャムは要らないとおもう」
「それは素晴らしいですわ」
キャリルが感心した表情を浮かべている。
貴族家の子だと学院に来るまでは自分で料理をしたことが無い子が普通だろう。
あっという間に食べ物を用意する技術は、魔法のように感じるかも知れない。
実際、料理はある種の魔法みたいなものかも知れないけどさ。
「それじゃあ、食べながら話すか」
「「ありがとうございます」」
その直後にウェスリーから風属性魔力が走り、あたし達の周囲から音が消えた。
無詠唱を使って魔法で防音にしたんだろう。
「それで、リー先生に渡すイールパイのお話でしたか?」
「ああ済まん、イールパイは思いついたから言っただけでそれ自体に意味はない。忘れてくれ」
キャリルがウェスリーに問うが、臆面もなく彼は応えた。
「「はあ……」」
適当な人だな、この先輩は。
そう思った次の瞬間に、ウェスリーはいきなり核心に入る。
「呪いの腕輪が一時期流行りそうになったろ? あれを最初期に手に入れていた生徒が恐らく判明した。それをリー先生に伝えるか考えている」
「判明したのはいつですか? あと、情報の確度と情報を手に入れた経緯を知りたいです」
あたしが反射的に訊くと、ウェスリーは表情を変えずに説明を始める。
「分かったのは今日になってからだ。情報の確かさについては、噂レベル。あとは情報入手の経緯だが……」
そこまで語ってから彼はあたし達を見る。
あたしとキャリルは焼き立てのアップルスコーンを上下で二つに割り、付け合わせの生クリームをたっぷりと乗っけて一口頬張ったところだった。
いや、美味いなコレ。
焼き立ての熱が若干残っているスコーンはサクサクで、それにリンゴのザクっという食感が混じる。
スコーン自体に味は付いていないけれどバターの風味は感じられ、ソテーされたリンゴの甘みと酸味とフレーバーを引き立てている。
隠し味的に加えられたシナモンは、リンゴをソテーした時に入れたのかも知れないな。
そういった諸々について甘味を抑えた生クリームが口の中でとろけ、全てをまとめていくのだ。
これはもうハーブティーが捗るなと思って、ウェスリーが持ってきてくれたお茶を一口飲んだ。
「一言でいえば幹部の好奇心だ」
「「…………」」
「先にスコーンを食べちまった方がいいか?」
あたし達の様子を観察しながらウェスリーが笑う。
「いいえ、大丈夫よウェスリー先輩。スコーンは凄くおいしいわ。それはそれとして、好奇心ってどういう事?」
「いや、君らも奇妙だと思わなかったか? あの呪いの腕輪は同時期に生徒が入手し、高位鑑定でも製作者が『底なしの壺』とかいうよく分からない名だった」
「先輩は製作者がよく分からないっていう事を知ってたんですね」
「それなりに伝手はあるんでね」
あたしが訊くとウェスリーは飄々とそう応えた。
「確かに、好奇心を抱く人は居るかも知れませんわね」
「ああ。ちなみにその幹部が抱いた好奇心は、ヤバいブツが街に流行している時の調査の訓練になるだろうかというものだった」
「そっちですか?!」
てっきり腕輪そのものへの好奇心かと思ったら、諜報活動につながるような部分の好奇心だったようだ。
さすがのキャリルもウェスリーの話に当惑した表情を浮かべている。
「俺たちに何を期待してるんだ? 腕輪の呪いの知識とかよりは、出どころとか調べたいだけなんだが」
そう言ってからウェスリーは、生クリームをたっぷり乗せたスコーンをザクっと頬張った。
ウェスリー イメージ画(aipictors使用)
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