06.順番に引き算をして
寮に戻って姉さん達といつものように夕食を食べ、自室に戻ったところで部屋のドアがノックされた。
「はーい」
「わたくしです」
「キャリルか。どうしたの?」
そこにはさっき食堂で別れたばかりのキャリルが立っていた。
表情は何やらニヤニヤしているな。
「ウィン、突然ですが例の茶会を開きますわよ」
「例の茶会? ってなんだっけ?」
とっさには何のことかは分からなかったけど、何となく思い出しそうな気もする。
「神鍮ですわ」
「ああ、それね」
以前あたし達のパーティー名を決めるとき、『敢然たる詩』の他にどこかで使えないかと言っていた名があった。
キャリルの案である『神鍮の茶会』だ。
反射的に何か秘密の話だろうかとも思ってしまったけれど、その辺りも含めてみんな集まったときに訊けばいいか。
「場所はどうするの?」
「『敢然たる詩』と同じ場所で考えておりますわ。明日の昼休み、開けておいてくださいます?」
「別に構わないけど急ねえ」
「ふふ、伝えましたわよ」
そう言ってからキャリルはあたしの部屋から離れて行った。
あたしは彼女を見送ってから、宿題と日課のトレーニングを片付けて寝た。
一夜明けていつも通り授業を受け昼休みになり、みんなとお昼を食べた。
その後あたしとキャリルはみんなと別れ、実習棟の魔法の実習室に向かう。
すでにそこにはコウとレノックス様がいた。
みんなはそれぞれ適当な椅子に座る。
あたしは【風操作】で周囲を防音にして口を開いた。
「それで、『神鍮の茶会』として話があるって聞いたけど?」
「そうだね、カリオも居ないしどういう話なんだろう」
あたしとコウが順に問うと、レノックス様が応える。
「実はこの国に関することで議論をしたくてな。カリオを仲間外れにするようで気が引けるが、このメンバーに声を掛けさせてもらった」
「秘密組織『神鍮の茶会』の初会合ですわね」
「秘密組織ねえ……」
キャリルの言葉にあたしは苦笑いを浮かべるが、彼女的には“秘密組織”という言葉で気分がアガってるのだろうか。
「それで、議論のテーマは何だい?」
「ディンラント王国の貴族派閥問題への対策についてだ」
「どのレベルでの議論ですの?」
「全くのフリーハンドだ。実現可能性とかそういうものは考慮しなくていい。最優先なのは国と国民を守るということだろうか」
「けっこう大きな話ね。それでもあたし達をわざわざ集めたのは、そうする切っ掛けがあるのよね?」
あたしの問いにレノックス様は頷きつつ、口を開く。
「キャリルの家で起きた事件の実行犯から情報やら証拠が取れてな、連中は王国の南部貴族に属する男爵に依頼されたようだ」
ちょっと待って欲しい。
そんな王国が調べればすぐに分かるようなことを、どうしてその男爵さんは依頼してしまったんだ。
「レノ、その時点で色々指摘したいんですけど」
「気持ちは分かるが一通り話は聞いてくれ。実行犯からの情報では、男爵の動機は王国内の貴族派閥問題への対策にあるらしい。北部貴族の重鎮である侯爵家を動かしたかったようだ」
「……その手段が誘拐っていう時点で、ボクは斬り捨てたくなっちゃうかな」
そう告げるコウからは殺気が漏れ始めた。
表情は笑顔を作っているけれど、笑わない目と漏れ出る殺気であたし達も色々考えてしまう。
彼は誘拐という犯罪に関して、思うところがあるのかも知れないな。
「控えめに言って無茶苦茶な発想だとはオレも思う。だが誘拐が成功した場合でも失敗した場合でも、北部貴族が貴族派閥問題で表立って動くようになると考えられる」
「誘拐が失敗した場合は、要するに糸を引いたのが南部貴族の人間で、それに北部貴族が怒り出すって構図よね? 誘拐が成功した場合は?」
「人質を盾にして侯爵家を貴族派閥問題に向かわせる。侯爵は男爵の言いなりになっているフリをしながら北部貴族が有利な条件を探すだろうがな」
一時的に誘拐に成功して、男爵に協力しているフリをしている間にプリシラを見つけるケースもある。
でもこれは誘拐が失敗した場合と同じ方向に動くだろう。
プリシラを失った場合は想像したくないので省略だ。
「目的に対して手段があまりにお粗末な以上、男爵が主犯というのは納得できませんわ」
キャリルの言葉にあたしもコウもレノックス様もうんうんと頷く。
「キャリルの指摘はもっともだし、黒幕が別にいると考えるところだろう。だから王国は黒幕探しをしなければならん。だが、それとは別に貴族派閥で揉めることも考えねばならん」
「それで『神鍮の茶会』を開催したってことなのね?」
「そうだ。実現可能な方策は、オレたちよりも実務に通じるものが考えるだろう」
「それでフリーハンドですのね」
「そういう事なら、確かにカリオは呼べないかな。王国の困った部分を議論しなきゃならないしね」
コウがそう告げると、あたしたちは思わずため息をついた。
貴族派閥問題への対策と一口に言っても、カンタンに実現する方法があればすでにやっていると思ったりする。
それでも手を付けなかったのは、いままでたまたまそこまで表立って揉めることが無かったからだろう。
「王国貴族の派閥の対立で、軍事的な衝突は無かったわよね? 歴史なんかの授業では内戦なんて聞いたことは無いもの」
「それはそうなんだが、小競り合い規模のものは過去に例がある。ただ、爵位が低い者同士でのぶつかり合いで、双方に罰を与えて済ませていた」
あたしの質問にはレノックス様が応えた。
この辺の知識は歴史研究会に所属しているだけのことはあるなと思う。
「そうなりますと、望ましくないのは内戦とか王家や領民に矛先が向く状況ですわね」
「シンプルに、貴族から領兵なんかを取り上げて、全て王国の騎士団に再編成するのはどうだろう?」
「一時的には機能するかも知れんが、兵を取り上げるときは確実に揉めるだろうな」
コウの意見はレノックス様にダメ出しされてしまった。
確かに貴族と軍権を分けられたら一番安心ではあるんだよな。
というか、あたし的には日本の記憶をもとに、三権分立と民主主義をこの場で言うこともできる。
でも変人のレッテルを張られる可能性はある。
それは嫌なので、もうちょっとあたしにとっての現実に即した答えを探す。
「コウが兵を取り上げるって言ったけれどさ、順番に引き算をして考えてみない?」
「「「引き算?」ですの?」」
「うん。例えば、問題になってるのは貴族でしょ? 貴族を引き算してみるの。王国は王家があってこその王国だから、王家以外の貴族は一度全員平民にしたらどうかな?」
「兵と同じだな。爵位を取り上げようとしたら揉めるぞ」
「その調子ね。兵と爵位はダメだったわ。領地はどうかしら? 全部王家のものにして、貴族は全員代官と同じ扱いにするとか」
「……やり方によってはありかも知れないね。カンバンをかけ変えて、貴族と呼んでいるものを代官と呼ぶだけにすると考えることはできる」
「貴族と、いま言った代官が同じなら、変える意味は無いのではありませんか?」
「いや、代官は王家に所属しているから、王家の決定には逆らえなくなるだろう」
「それなら貴族には抵抗する者が多く出ますわね――」
そんな感じであたし達はしばらく話し合ってみた。
その結果分かったのは、貴族がもつ兵や領地や既得権益を王家が取り上げるのはムリだという基本的な事だった。
「なかなか議論といっても上手くいかないものだな」
「そんなことは無いわ。引き算が上手くいかないって時点で、言えることがあると思うし」
「どういう意味だい?」
コウに問われたけれど、そろそろ昼休みが終わっちゃうんだよな。
「もう昼休みも終わるしカンタンに言うけど、貴族の利益を守るために公平な仕組みがあればいいんだとおもう。その仕組みを王国に足し算すればいいんじゃないかしら?」
「引き算とは逆の方向ですわね」
「興味深いが、時間切れだ」
「明日の昼休みか、今日の放課後のどこかでまた議論するかい?」
コウがみんなに視線を向けるが、あたしを含めてみんなはまだ話し足りない様子だった。
「よし、なら今日の放課後、キャリルとウィンは時間が出来たら連絡をくれ」
「そうだね。二人の都合が付くならボクも呼んでくれるかな。時間が出来そうなら加わるし、ムリでも夜にレノから話を聞くよ」
「構いませんわ」
「了解よ」
あたし達は頷き合ってから魔法の実習室を出た。
コウ イメージ画(aipictors使用)
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