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05.広い意味での人体改造


 一夜明けていつも通りに登校して授業を受けた。


 お昼をいつものメンバーと食べて午後の授業を受け、放課後になる。


「なあウィンちゃん、今日は狩猟部行くんやろ?」


「うん。週一回は最低でも行っておきたいし、週の三日目っていうのは個人的にいいサイクルかなって思ってるわ」


 実習班のみんなと部活棟に移動しながらサラに誘われる。


 サイクル云々は一週間前の同じ曜日に狩猟部に参加したから、そろそろ行こうかなという話で深い意味はない。


 本当は毎日参加した方がいいよなと思いつつ、狩猟部のみんなの練習時間もあるから噛みあう時じゃ無ければ行けなかったりする。


 まずは習慣化するのを目標に、気長に練習に参加するつもりだ。


 部活棟の玄関でみんなと別れた後、あたしはサラと狩猟部の部室に向かう。


 そこで動ける格好に着替えた後、部活用の屋外訓練場に移動して狩猟部の練習に参加した。


 みんなで身体強化しない状態で合同練習を行い、その後個別練習に移った。


 前回同様先輩に教わりながら、弓矢に魔力を纏わせて射る練習を行った。


 人によっては単純作業と感じる人も居るかもしれないけれど、意外とあたしは黙々と矢を射るのが好きだ。


 マトに対して弓を構えて矢をつがえ、魔力を纏わせた弓を押し矢を引き、弓矢を引き分けて落ち着いて矢を放つ。


 特に弓矢を引き分けきった時に、放つ前にマトが矢で射抜かれていると確信する瞬間が好きだ。


 加えて弓術の練習なら無為に獲物の命を奪うことも無い。


 あたしは先輩から教わった魔力の指向性の保ち方を意識する。


 その上で、手元にある自分の矢が最初からマトに生えていたような感覚を覚えながら射続けた。


 そうしてその日の練習が終わった。


「やっぱりウィンちゃんは実際の狩りを経験しているだけあって、矢に凄みがあるわね」


「凄み? ってなんですか?」


「うん。殺気とかが漏れたら野の獣や魔獣は逃げるでしょう? そういう攻撃性とか当てる気持ちみたいなのを、自分の中に仕舞い込んでるみたい。それでいて標的を射る意思そのものになっているっていうか」


 ずいぶん哲学的なことを言うんだな。


 日本の記憶にある弓道なんかに近い部分でもあるんだろうか。


「べつに難しいことは考えてませんよ。弓矢を射ること自体は、たぶんあたし好きなんだと思います」


「そう? まあそういう事にしておくわ」


 狩猟部のみんなが引き上げるタイミングであたしも練習を終え、部室で着替えてから別の部に行くことにした。


「サラは食品研?」


「そやで。ウィンちゃんはまた美術部なん?」


「確かにあたし、意外と絵を描くの好きなんだけど、今日は回復魔法研究会に行くわ」


「回復魔法の勉強やのうて、医学の基本を勉強しとるんやったっけ? 普段ラクやないとアカン言う割に、ウィンちゃんて勉強家やんな?」


「でもラクこそ正義って思うのは本当よ?」


「そんなん知っとるで。普段エラい実感込めてそう言ってるやん」


 サラとはそんなことを話しつつ途中で別れた。


 彼女はエリーとカリオに誘われて、今日は魚醤作成に挑戦するそうだ。


 よく分からないけれど「コラトゥーラが出来たら味見するで」とか言いながら、サラは食品研の部室に向かった。


 あたしが回復研に行くと、部室にはジェイクやクラウディアの姿があった。


 彼らに挨拶しながら生理学の入門書を借り、適当な席を借りて勉強を始めた。


 その日は特に連絡などが入ることも無く、勉強自体はスムーズに進んだ。


「平和っていいなぁ」


 思わずそう呟きながら腎臓の機能とかをノートにまとめていった。


 先日の食堂での騒動以来、学院内で歩いていると生徒からの視線を感じることがある。


 害意とか敵意の類いでは無くて、怖いもの見たさで観察しているというか珍獣がいるから思わず追いかけたような感じというか。


 それでも学院内で平和に過ごせているのは、ドルフ部長やスティーブンがあの場で実質的に後ろ盾を宣言してくれたからかも知れない。


 一瞬、頭にそんなことがよぎるが、取りあえずここではそういう視線は無い。


 あたしは集中しなおしてノートに向かい、生理学の入門書の次のページをめくった。




 ルークスケイル記念学院の歴史は長いが、その長い年月を経て集積された様々な標本や資料がある。


 集めたときは高名な専門家が居たが、彼らが年月を経て去ったり学問分野の潮流が変わったりで未分類のまま放置されたようなものは多い。


 忘れられた標本や資料には本当に貴重だったり高価なものは含まれていないが、一度集めて学院の所有物としてしまったものは簡単に棄てられなかった。


 そういった放置された標本などの保管庫が学院の管理棟の一角にあったが、そこは彼らの溜まり場だった。


 薄暗い保管庫には数名の生徒が集まり、何やら話し込んでいる。


「それでは、次の共通テーマは人体改造という方向でいいかね?」


「いいけど、私グロいのは嫌よ。臭そうだし」


「クフフ、確かに以前試したプロシリア共和国辺境の呪術は微妙だった。五感を刺激してトランス状態にいたるという発想自体は悪く無かったが……」


「ええ、獣人の鋭い五感が前提の呪術は触らない方が無難ですね、デュフフフ」


 彼らは『虚ろなる魔法を探求する会』の面々で、その中にはフレイザーの姿もあった。


 全員学院の制服姿のままで、特に変装などは行っていない。


「無論だ。ただ、儀式の構造は参考にすべきだろう」


「はぁ……、原型を残したラムのハツ(心臓肉)を細切れにして、根菜と薬草を混ぜ込んでからミノ(胃袋肉)で包んで、こんがり炭火で焙るとかどうなるかと思ったわ。祭句を唱えなかったら完全に料理研の活動だったもの」


「だがあれは美味かった」


『異議なし』


「私も異議なし。……ただ、薬草の臭いがキツかったけど、ラムの臭みを消す以上に危険な方向に臭ってた気がするのよね。そこは興味深いわ」


 “危険な”という語を使った女子生徒は、言葉の強さに反してうっとりした表情を浮かべた。


 だが彼女は、視線の先の男子生徒の背後にビン詰の生物標本が並んでいるのに気づいて視線を逸らした。


「でも儀式の前後で、ステータスの値に一時的な上昇が見られたではないですか。詳しく調べてみる価値はあると思います。デュフフ」


「クフフ、そうだな。ステータス上昇を起こす要素を、そろそろ特定するのもいいかも知れない」


「広い意味での人体改造に繋がる呪術だな。現実的で美しい方向性だ」


「丁度期末試験も近いですし、知性が増大する呪術食品という方向性を提案したいです。デュフフフ」


「それもいい案ね。私も彼に同意する。その上で縛りを入れたいわ。食品に卵と小麦粉などを使った焼き菓子という条件を付けたいの」


「クフフ、君のことだ、何か考えがあるのだね?」


 男子生徒に問われ、女子生徒は頷いていた。


 その後も『虚ろなる魔法を探求する会』の面々は、管理棟奥の標本保管庫で熱心に呪術に関する打合せを続けていた。




 その日の放課後、レノックスは王宮に呼び出されていた。


 兄である第二王子のリンゼイから、直接魔法で連絡があった。


 詳細は会って話すが、この国のために力を貸せということだった。


 王宮には実務に長けた文官やら騎士などが揃っているし、レノックスに求められる助力とは何かと本人は思う。


 それでも兄の申し出に承知し、放課後になる。


 寮で正装に着替えてその上から地味なコートを羽織り、玄関先に出るとよく顔を知った暗部の人間が数名現れる。


 彼らの案内で附属病院の敷地から馬車に乗り、中でコートを着替えた。


 王宮に着くとそのままリンゼイの執務室に向かい、扉を三回ノックする。


 中から侍女によって扉が開かれ、レノックスが室内に入ると兄の姿があった。


「リンゼイ兄上、お待たせした」


「いや、時間通りです。大丈夫ですよレノ」


 リンゼイはそう言いながら執務机の席から立ち、来客用のソファにレノックスを案内して二人で向き合って座った。


「学院内はどうですか?」


「平和なものだよ兄上。ただ、知っていると思うがオレの鍛錬で組んでいる、パーティーメンバー二人が新聞報道されてな――」


 レノックスは今週になってからの学院内での気になった動きをリンゼイに伝える。


 その間に侍女がレノックスとリンゼイにハーブティーを用意してから、執務室隣の控え室にそっと移動した。


「いまの学院生徒はそこまで見据えて動くのですね。教育の質が年々上がっているのかも知れません」


「兄上の頃も大差無いだろう?」


「もう少し大人しい生徒が多かった気がします。ともあれ、レノが穏やかに過ごせているなら何よりです」


「ああ。……それで兄上、助力云々の話を詳しく聞かせて欲しいのだが」


「そうですね。それには昨夜の会合の話をしなければなりません――」


 先日の伯爵邸の誘拐未遂事件実行犯から、情報が得られた。


 彼らは南部貴族に属する男爵に口説かれる形で犯行に及んだ。


 今回の事件で誘拐が成功した場合と失敗した場合、いずれも北部貴族に理がありそうだと状況が整理された。


 その上で今後考えるべきは捜査の継続と、貴族派閥問題の悪化への対策だ。


 特に後者は今後の王国の政治に関わるので、王家が注意深く調整しなければならない。


「――という話になります。ここまでは良いですか?」


「大丈夫だ兄上。そうなると、王家の末席に座るオレとしては、貴族派閥問題への対策案のアイディア出しという辺りだろうか」


 淀みなく応えるレノックスに微笑みつつ、リンゼイは告げる。


「そうなります。特に僕個人の希望としては、レノだからこそ言える意見を求めたいのです」


「オレだからこその意見?」


 リンゼイはここまでの情報を伝えたことで、レノックスを観察する。


 だがレノックスは気負いも重圧も無さそうだし、それでいて自然体のまま問題への興味を抱いていそうな目をしていた。


 その様子に内心喜びながら、努めて冷静にリンゼイは告げる。


「僕や兄上や父上、叔父上や宰相閣下などは、どうしても実現可能性と実効性という面で物事を考えてしまいます」


「それは当たり前だろう。兄上たちはこの国の(まつりごと)を担っているのだから」


「確かにそうです。ですがレノックスは未だそうではない。だからこそ見えるものが無いかを期待したいのです」


「ふむ」


「あまり時間は無いかも知れませんが、それでも妙案があるようなら僕たちに示してくれませんか」


「妙案、か」


 そう呟いてからレノックスは目を閉じ、ソファの背もたれに身体を預ける。


 そうしている間にも幾つかのアイディアを思いつくが、それをいきなり口に出すことは無い。


「なあ兄上、一般論としての貴族派閥問題を、友人たちと議論するのは構わないだろうか?」


「勿論構いません。王家だけが知るべき内容を漏らさなければ、友人と議論を深めて欲しいと思います」


 レノックスは兄の言葉に頷いてみせた。



挿絵(By みてみん)

ホリー イメージ画(aipictors使用)




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