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04.銘柄を選ぶよりは


 その夜、ディンラント王国の王宮では、非公式の会合が開かれていた。


 場所は王宮内にある会議室だったが、その面々は国の重鎮達。


 王であるギデオンの他には、将軍と宰相が居る。


 将軍は王国の全ての騎士団の実務上のトップだ。


 宰相は各大臣たちの長であり王国行政の実務上のトップだ。


 その彼らが夜のこんな時間に集まっているのは、面倒事のせいだった。


 彼らの他には将来のことを見据えて云々という名目で、宰相が巻き込んだ二人の王子の姿もある。


「事実を整理しましょう。傭兵団は南部貴族派閥に属する男爵に依頼された。そして連中は晩餐会会場がティルグレース伯爵家と知っていた。それでも依頼を受けたのは、成功した場合にフサルーナ王国で男爵の爵位を買う後押しをすると言われたと?」


 そう告げたのは宰相であるロズラン・ジェイソン・ライス・ブリングウィンツォグ公爵だ。


 宰相といえば各大臣の長を勤める役職である。


 だが本人は自らのことを、自他ともに認める王宮のお小言担当のおじさんだと思っているふしがある。


 そのロズランが確認したのは、先ほど会議室で暗部の人間から報告させた内容を整理したかったからだ。


 先日ティルグレース伯爵家の晩餐会で発生した、侯爵家の令嬢誘拐未遂事件。


 その実行犯である傭兵団の人間から、宮廷魔法使いの闇魔法で情報を徹底的に吸い上げた。


 傭兵団の人間個人の【収納(ストレージ)】に入っている所有物も、闇魔法で前後不覚にして全て提出させてある。


 そして現時点で判明していることを全て報告させたのだ。


 ただの誘拐未遂事件であれば、この面々がこの時間に集まることも無かっただろう。


 だがこの事件は取り扱いを誤れば、王国内の貴族派閥の対立に影響を与える可能性が出てきた。


 そこを懸念したロズランがギデオンに奏上し、状況を整理することにしたのだ。


 それでも非公式な会合ゆえ、参加者はそこまで気を張っている訳でもない。


「世間には金を積んでまで貴族になりたいなんて連中が居るんですね。私はむしろ売り払いたかったくらいですよ」


「そう言うなロズラン。吾輩も正直同感ではあるが、お前が言ったら色々台無しだろう」


 ロズランにそう告げるのは、将軍を務めるオリバー・レイ・カルタッハ・ドゥラガンクローガ公爵だ。


 オリバーは王であるギデオンの実の弟だが、竜魔法の才能があった。


 竜魔法は広域魔法の元となった魔法体系であり、その破壊力などから軍事活動での使用に真価を発揮するとされる。


 加えて本人の資質もあり、オリバーは将軍に任ぜられた。


 彼が将軍になるとき、通例により王位継承権を永久に放棄することをギデオンに対して宣誓し、王家の姓であるルークウォードを捨てて今に至る。


 その二人のやり取りを、国王であるギデオンと第一王子ライオネル、第二王子リンゼイは、またかという目で眺めていた。


「まあ、お前らの人生設計がいろいろ予定通りに行かなかった話は、その辺に捨てとくとしてだ……。オリバー、今回の誘拐未遂事件に他国が関与した可能性は、どの程度あると考える?」


「当然だが、国のレベルでは各国とも予兆も動機も無い。貴族派閥の問題で王国内で火が点いて万が一にも内戦なんてことになった日には、大陸の経済に影響が出る。それぞれの国庫やら国内の市場が荒れるだろう。それを望む国は考えられん」


 ギデオンからの問いに、暗部が集約した情報を元にした分析をオリバーが応える。


「だよな。――ロズラン、現時点までに他国の戯けた貴族の情報はあるか?」


「ございません。主として魔石や魔道具、その次に鉱物や鋼材などの軍需物資、あとは兵糧などの食物を積極的に動かそうとしている者の情報は、他国からは入ってきておりません」


 各国に駐在する大使からの情報を集約し、文官たちに分析させた情報を元にロズランは応えた。


「よし、オリバーもロズランも、他国の貴族レベルでの動きを引き続き調査させろ。平時より厚めにな」


「「承りました」」


 そこまで指示を出してギデオンは「さて」と呟きながら、将軍と宰相を交互に見る。


「傭兵団に依頼を出した男爵だが、どうなってる?」


「急ぎ、召喚状を手配しました。明日中には本人が王城に来て聴取できるでしょう」


 ギデオンの質問にロズランが応えたが、この会合に先立ってオリバーから情報を受け取っており、王宮に指示して必要な手続きは済ませてある。


「本人の身柄は暗部に監視させている。いっそ泳いでくれれば話が早いんだが、背後が居るなら分かった段階でそのまま追う。あと当然だが、実力行使してでも本人の自殺や証拠隠滅なんかは防ぐ。話が分からなくなるからな。――それはそうと吾輩からもいいか?」


「どうした?」


「傭兵団から依頼の契約書と覚書を押収した。男爵のサインがあったが、高位鑑定で本物だと判明している」


「内容は?」


「今回の誘拐の依頼を出したのが男爵で、傭兵団には王国への敵意が無いのを保証するとかいう内容だ」


「ふむ、保証か」


 わざわざ伯爵邸(タウンハウス)に誘拐目的で侵入している。


 普通に考えたら実行犯は、未遂でも極刑まで一直線だ。


 これはディンラント王国のみならず、貴族家に手を出した時点でどの国でも同じだろう。


 厳罰を行わず賊やら傭兵などに舐められれば、再発して困るのはその国の貴族だ。


「減刑なんざ簡単には出来ねえのは分かってるだろうにな」


「傭兵団のリーダーが興味深い証言をしている。『男爵は王国貴族の対立について何とかしたかった』とかいう趣旨の内容だ――」


 傭兵団『黄昏の旋律』の侵入のリーダーを、闇魔法を使って何でも白状するようにして証言を取った。


 今回の計画は男爵側から依頼を持ち込まれた。


 リスクが大きすぎるため、当初は依頼を断ろうとした。


 男爵はディンラント王国の、貴族派閥の対立の構図を説明した。


 派閥の対立解消のために、北部貴族の重鎮である侯爵家を動かすと熱っぽく語った。


 傭兵団メンバーの母国フサルーナ王国は貴族による金満政治が横行しており、男爵の熱が『黄昏の旋律』のメンバーの感に入った。


 誘拐が失敗して実行犯が全員極刑になっても、傭兵団の子供たちの一部が将来フサルーナ王国で叙爵できるよう紹介状を用意した。


「つまり、何だ、……国を変えたいっていう男爵の意気に当てられたわけか?」


「それで誘拐というのは、あまりに短絡ではありませんか?」


 ギデオンがオリバーに確認するが、それまで沈黙を保っていた第二王子のリンゼイも思わず問うた。


 だが彼らの問いは、その場に集まった者も脳裏に浮かんだものだった。


 それぞれが頭の中で仮定を重ねて原因に繋がる筋立てを想像しようとしていた。


 そんな中、第一王子のライオネルが口を開く


「自分からいいだろうか?」


「構わんぞ、この場は無礼講だ。どうした?」


 ギデオンが発言を促すと、ライオネルは一つ頷く。


「ああ。今回の事件、証言やら証拠やらは当然今後も集めていくんだが、シンプルに考えたい。誘拐事件で誰が一番メリットがある? 成功した場合と失敗した場合の両方な」


「ライオネル様、仰りたいことは分かります。それを問うということは、傭兵団に依頼した男爵よりも別の誰かが、黒幕として関わっているということですね」


 ロズランがライオネルの問いに応えるが、その他の者も黒幕が存在する可能性は感じていた。


「誘拐に成功した場合か。男爵の目的は王国の貴族派閥の対立解消だな。それに協力するよう、誘拐した令嬢の侯爵家を動かせたという辺りか」


 オリバーはそこまで語って腕組みをし、利き腕の拳を唇に当てる。


 正直、現実的とは言い難い話ではある。


 それでも仮の話を進める。


「実際キュロスカーメン侯爵なら、北部貴族が有利な形で派閥対立を解消するよう動く事はあり得る。誘拐自体の落とし前はつけさせるにせよな」


 オリバーの言葉を受けてライオネルがそう告げるが、キュロスカーメン侯爵の反応を読んでの発言だ。


 男爵のような貴族が王国に現れたことに、侯爵が危機感を持つという読みがあった。


 そのニュアンスは言外に伝わっているのか、室内の者は異議を唱えない。


「そして誘拐に失敗した場合ですね。まさに今現実に起きている状況です。男爵が依頼したという事実は、直ぐに貴族社会に流布するでしょう。その結果、『南部貴族が暴挙に出た』と北部貴族が王家や中立派貴族に助力を求めやすくなります」


 リンゼイが淡々と告げる。


 それは余りに誰でも考え付く内容ではある。


「――そうなんだよな。誘拐に成功しようが失敗しようが、北部貴族にとって有利な条件で交渉を開始する切っ掛けや下地は揃うかも知れん」


 リンゼイの発言を頭の中で咀嚼しながら、ギデオンが告げた。


 それに対してライオネルが問う。


「なら陛下、今後の犯人捜しというか黒幕探しは、北部貴族を中心に行うべきってことでいいんだな?」


「ライ。犯人捜しは王国法に則って素早くやりゃいいんだ。だがそれは騎士団の仕事だ。おれ達にはおれ達の仕事がある」


「王家の仕事? 国と国民を守ることだよな?」


「そうだ。そしてここまでの話し合いで、黒幕らしきものがいて今回の事件を派閥関連の何かに利用するってことまでは整理された」


 気負いも迷いもなく、『国と国民を守ること』と即答したライオネルに目を細めつつ、ギデオンは言葉を続ける。


「恐らく、王国内の貴族派閥問題を動かそうとしている者が居る。それ自体は国内や国外の情勢、世論だとか時代の流れにも影響される。だけどな……」


 ギデオンはその場のオリバーやロズラン、ライオネルにリンゼイを見渡す。


「貴族派閥問題が大きく動いたときに備え、国や国民が痛まない手立てを考えにゃならん」


 ギデオンの言葉に、その場の者は然りと頷いた。


「無論なるべく早い方がいいが、戦略を決めるのはワインの銘柄を選ぶよりは時間が掛かるだろう。お前ら、頭の中を整理しておいてくれ」


 リンゼイを除き、皆はギデオンの言葉に「はい」と応じた。


「どうしたリン、懸念でもあるか?」


「いえ、陛下。戦略の話ですが、レノックスにも課題として投げてみませんか?」


「ふむ、レノか。……そうだな、面白いかも知れんな」


「分かりました、僕の方からレノックスに説明しておきます」


「ああ」


 ギデオンの返事を聞いて、リンゼイは良く出来た弟を巻き込む算段を考え始め、自身の頬を緩めた。


「ところで今回の一件、例の『王家の秘密を知る魔族』は関与しているでしょうか?」


 ロズランが問うが、その話もギデオン達には頭の痛い問題ではあった。


「そう自称してる迷惑な奴か――。王国に揺さぶりを入れるという部分では動機はあるかも知れん。オリバー、奴の動きは?」


「王国北部を中心にコソコソ動いているようだが、暗部では追いきれん手練れだ」


「やれやれ、年齢を重ねている魔族はつくづく厄介だな。一人の者が国相手に何が出来るって話ではあるが、おれ達に話を付けたいってなら真意を問うのも選択肢ではあるんだよな」


 軽い口調でギデオンが告げるが、ライオネル以外は眉をひそめた。


 ライオネルはどちらかといえば、ギデオンの意見に賛成しているのかも知れない。


「該当する人間の経歴なんかを共和国で調査中だ。王家の秘密云々があるから、表の照会は使えないってこの前報告しただろ。もう少し時間をくれ」


「時間切れにならないといいですねぇ」


 オリバーの説明に、ロズランがいつものようにお小言を投げる。


「それは分かってる。いま、派閥対立のせいで貴族家を動かせない場合も想定して、幾つか案を練っている。形になったところでまた奏上する」


「いいだろう、今日はここまでとする。お前らなら、緊急の話があったら先触れとか要らんからすぐ話を持ってこい」


「陛下はそう仰って執務をサボろうとしますからね。オリバー様と吟味して奏上いたしますよ」


 ロズランはまたお小言を投げたが、彼の危機意識の高さはこの場の者は皆分かっている。


 ギデオンのみが不服そうな視線をロズランに向けたが、その場の者は誰も気にしなかった。



挿絵(By みてみん)

ギデオン イメージ画(aipictors使用)




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