05.学院でしか学べない技術
昼食の後、あたしとキャリルは学院まで馬車で送ってもらった。
別れ際に母さんに声を掛けられた。
「ウィン、これから色々なことがあるとおもうけど、がんばりなさい」
「うん」
母さんはあたしの両肩に手を置いて優しく告げる。
「正直時間が足りないかと思ったけれど、あなたには私の全てを教え込んだわ。教えた内容を基に自分で高めれば、私を超えられるようにはしたつもり。……家事なんかの細かいことはもっと覚えてほしいけど、自信を持って言うわ。あなたは私の最高傑作の娘よ」
「母さん……」
「だから、サボったりせずに、困ったら周りの人に相談して色んなことに挑みなさい」
そして母さんはあたしを抱きしめた。
「あなたは私の自慢の娘よ。胸を張りなさい」
「うん」
ヤバいよ、一瞬目から汗が滲みそうだったよ。
「まあ、ボチボチ好きにやれや」
母さんとのやりとりを見ていた父さんが、いい笑顔を浮かべてサラッと告げた。
「ありがとう、父さん、母さん。またね!」
つぎに二人に会えるのは年末年始だろう。
あたしとキャリルは馬車を見送ってから、女子寮の自室に向かった。
「なあなあウィンちゃん、キミ王都には詳しいん? ウチよう知らんのやけど、今度の休みに遊びに行かへん?」
席替えで隣の席になったサラ・フォンターナという子から休み時間に話しかけられた。
なぜか脳内で日本の関西弁のような訛りに感じるのだが、彼女は狐獣人の留学生だ。
頭の上では猫耳ともすこし違う、尖った狐耳がピコピコ動いている。
彼女の切れ長の目は、可憐な印象を振りまいていた。
「え? あたしも王都はそんなに詳しくないよ。実家は王都から東の方だし」
「あーそやったらそれでもかめへんやん。一緒に王都を探検しよ? クラス委員長任されたし、ここでの生活になじまんとあかん思うんやわ」
サラは初日の最初のホームルームで、席替えの後に担任のディナ先生からクラス委員長を任された。
次回以降はクラスメートによる投票で委員長を決めるらしいが。
ついでに言えばあたしは窓側の一番後ろの席になり、彼女はその隣になった。
キャリルとは少し席が離れてしまったが、キャリルはキャリルで周りの席の子とコミュニケーションを取り始めた。
「な?」
「んー……次の休みはあたしも用があるけど、それに付き合ってくれるならいいよ?」
「やったわ! そんなん大丈夫やで。王都を探検や!」
嬉しそうなほんわかした笑顔を浮かべて、サラは喜んでいた。
彼女の向こう側の席はコウが座っていたのだが、一瞬こちらを興味深そうに伺っていた。
サラにせよ、ほかの顔見知りになっているクラスメートは、それぞれの個性というか第一印象はあたしのなかで固まってきている。
けれど、ホームルームでの自己紹介で名前を知った人たちは、まだ個性は把握できていない。
そのひとりにプリシラが居た。
プリシラ・ハンナ・ドイル。
以前ウォーレン様からクギを刺されたキュロスカーメン侯爵家の令嬢だ。
自己紹介のときには、他の生徒と同様に前に出てから淡々と簡潔に言葉を連ねていたが、終始無表情だった。
濃いブルーの長い髪に淡いグリーンの瞳をしていて、深窓の令嬢と言われれば納得する美しさがある。
もっとも、いま教室の中で自分の席の近くの子と何やら話し込んでいるので、コミュニケーションが苦手ということでも無いのだろう。
侯爵家としての思惑があるだろうから注意は必要だけど、プリシラ個人に接するときは自然体で接しよう。
とりあえず自分の中でそんな方針をきめた。
初等部の授業が本格的に始まったが、座学については情報量的にそこまで深い内容でも無い。
それでも退屈かといえば、教科担当の先生が随所に雑学的な関連ネタを話してくれるので、そういうところは勉強になる。
ふとキャリルの方を見れば、あたしと同じようなタイミングでメモを取っているが、よく見れば内職をしているようだ。
もしかしたらミスティモントで予習していたように、本来の授業よりも先の内容をこっそり勉強しているのかも知れない。
あたしも教科書を持ち込んでマネしよう。
先々ラクになるかも知れないし。
そして、実習となる体育と体術と魔法の授業も始まった。
最初の体育の授業のとき、教科担当の先生から四人一組で班を作るよう指示があった。
体育だけでなく、体術や魔法でも同じ班で行動するのだそうだ。
さて誰と組むかなと見渡した時には、あたしの左右にキャリルとサラが立っていた。
「あたしたちで班を組むの?」
「そう思って来たのですわウィン」
「ウィンちゃん、ウチも仲間に入れて欲しいんやけどええよね?」
「ふむ、じゃあこの三人は確定でいいよね?」
「「はーい」」
さて、四人一組と言ってたけどあと一人は誰にするか。
そう思って見渡していたら、ひとりの女子と眼があった。
「よーし、サラ隊員、あの子を確保する任務をあたえよう!」
「いえす、まーむ」
そう言ってサラは女の子を一人連れてきた。
クラスメートのジューン・ギボンズという子だ。
自己紹介のときは、親が彫金師をやっていると言っていた。
「ウィンの大将、ジューンちゃんを連れてきたで」
「ありがとう……ええとジューン。もし班がまだ決まって無かったらあたしたちの班はどうかな?」
「あ、え、その、……いいんですか?」
「いいもなにも、三人までしか決まって無かったんですの」
「じゃあ、おねがいします」
「こちらこそよろしくね」
「よろしくですの」
「あんじょうよろしゅう」
そして何故かまたキャリルが仕切って四人でグータッチした。
班長はキャリルに投げたが、それなりにやる気を見せていたので良しとしよう。
視線を移すと、レノックス様はコウとカリオの他にパトリック・ラクソンという男子生徒がいる班に加わっていた。
パトリックは親が王国西部にある辺境伯領で領兵をしているそうだ。
彼は学院で筋肉をつけたいとか自己紹介で言っていた。
卒業後は騎士でも目指すのかも知れない。
ともあれ、班のできた順に番号がついて、あたしたちは三班で、レノックス様たちは四班になっていた。
あと、プリシラは二班だったな。
先生によれば、本人たちの同意があれば、先生に連絡したうえで班は自由に移っていいとのことだった。
体育は身体強化魔法が使用禁止で、普通に走ったりジャンプしたり、サッカーボールに似た球を班内で蹴り合ったりした。
どんな球技に使うのかキャリルに聞いたら、『ゴールボール』という名の一チーム八人のほとんどサッカーみたいな競技があるようだ。
授業が終わってから、パトリックが体育の先生に『筋肉をつけたい』と相談していた。
それに対して先生は、『授業ではバランスよく鍛えるから、筋肉をつけたいなら部活や研究会をあたるといい』と応えていた。
説明によれば、王立ルークスケイル記念学院の部活や研究会は、学院にある附属研究所の協力があるみたいだ。
「キャリル、アルラ姉さんやロレッタが言ってた通りだったね」
「そのようですわね。在学中は研究会などに入って知識を深めるのがお得なようですわ」
パトリックたちの会話を聞きながら、そんなことをキャリルと話していた。
別の日に体術の授業があった。
王国の騎士団である光竜騎士団は、格闘術に『ディンルーク流体術』というものを制式採用しているそうだ。
この体術を担当の先生たちが実演してくれたけど、たぶん地球でいうムエタイに近いとおもう。
肘打ちをつかうキックボクシングがムエタイだったはず。
先生は、『すでに武術の基礎がある者は、他の武術を学ぶことで攻略法を考えてほしい』とか言っていた。
バンテージとか練習用グローブとか防具をつけて、地魔法の【回復】が使える先生が二人待機した物々しい雰囲気の中で授業があった。
けれど、キャリルがアゲアゲのテンションになっていて、班員の他の二人に任せるのが不安だったのであたしが“キャリル係”になった。
ジューンとか微妙に涙目になってた気がする。
一方でキャリルは約束組手の練習が始まると、「とうっ!」「えいっ!」「やあっ!」とか元気よく叫んでいた。
先生から身体強化などの使用は禁止されていたけど、キャリルとの練習自体は楽しかった。
楽しかったのだけど、これって自分がバトル脳になってることだよなと思っていろいろ諦めた。
そしてさらに別の日、あたしが学院に来ることを最終的に決定した大きな理由のひとつである、魔法の授業が始まった。
学院に来ることを決めたのは、キャリルに誘われたことはもちろん大きい。
マブダチだからね。
でも同時に、父さんと母さんに相談する中で、学院で学べることや王都で出来る経験に興味が出てきたことも大きかった。
学院の魔法科は、その名の通り魔法に関する教育に強みがある。
高等部では選択式の授業で魔法医学であるとか魔法工学など応用が学べる。
同時に、王国では学院でしか体系立って学べない技術がある。
それは魔法の無詠唱技術と、魔法構造の可視化技術だ。
無詠唱は文字通り念じるだけで魔法を放つ技術だ。
学院以外では自分の師匠になる人からコツコツと時間をかけて教わるしかない。
そして魔法構造の可視化技術は【魔力検知】を発展させたものらしい。
魔法理論上は自分が見た魔法を、見ただけで習得できるようになる技術という話もあるようだ。
実際には脳の処理限界とか色んな制約があるみたいだけど、それでも凄い技術なのは知られているみたいだ。
もし初等部から学院に参加すれば、その習得できる可能性が上がるという話だった。
可視化技術はムリでも、無詠唱だけでもあたしには興味がわいた。
サライメージ画(aipictors使用)
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