03.馴染むのも早いかも
今週は十二月の第二週だけれど、再来週の第四週には期末試験がある。
それが終われば一学期が終わり、第五週と年明け一月第一週は冬休みだ。
学院の授業は正直、内職をしながらずい分先取りをして予習済みだ。
あたしやキャリルは明日から期末試験だと言われても対応できるだろう。
それでもアンと勉強会をする話をした。
夕食後あたしはアンに【風のやまびこ】で連絡を入れた。
期末試験対策の勉強会を食堂でやろうかと思ったのだ。
その時にキャリルとアルラ姉さんとロレッタも紹介してしまおうと思ったが、アンに話すと是非にと言ってくれた。
あたし達は一度自室に戻って勉強に必要なものを用意し、食堂に集合した。
あたしが食堂に着いたときにはすでにアンが居て、キャリルと話していた。
二人とも席に座っている。
「こんばんは。誘ったあたしが遅れてごめんねアン」
「こんばんはウィンちゃん。大丈夫だよ。いまキャリルちゃんと自己紹介をしていたの」
「この子でしたのねウィン。確かに見かけたことがありましたわ」
「ごめんね二人とも。もっと早くに紹介していれば良かったわ」
あたしが告げると、二人とも気にしないでと言ってくれた。
「ウィン、せっかくですから姉上たちだけではなく、クラスの仲間にも紹介しませんか?」
「そう言われてみればそうね」
そういう流れであたしは【風のやまびこ】で、実習班のみんなとプリシラとホリーにも連絡を入れてみた。
みんなは自室で宿題を片付けていたり、本を読んだりしていたようだ。
あたしが友達を紹介したいというと、直ぐに行くと言ってくれた。
ニナはもうアンと友達だけど、せっかくなので声を掛けた。
そうしている間にも姉さんとロレッタが食堂に来たので、キャリルがアンを二人に紹介していた。
程なくみんながぞろぞろと食堂に集まってくる。
それぞれ適当な席に座ってあたし達に加わる。
「ごめんねみんな。部屋で休んでいたところを呼びつけて」
「気にせんでええよウィンちゃん」
「そうじゃの。よく考えればアンはみんなには紹介して居らんかったのう」
サラとニナはリラックスした表情で微笑む。
ニナも言っているけれど、改めて気が付いたという感じだったりする。
「あたしもニナとアンが知り合いだったから、いつの間にかみんなに紹介した気になってたのよ」
「その方がアンですね。友達が増えるのは歓迎すべきことと断言します」
「こんばんはアン。図書館で会ったことがあるかも知れませんね」
プリシラやジューンも笑顔を浮かべてアンに接している。
みんなは思い思いに話し始めるので、この人数を一気に紹介するのもアンには大変かもしれないななどと一瞬頭によぎる。
でも本人はおっとりした感じで受け答えをしている。
彼女の様子を見るに、いつものメンバーに馴染むのも早いかも知れないなと思う。
「もしかしてアン・カニンガムさん? 入試で教養科の先生が魔法科に働きかけて引き抜こうとした話があったわよね?」
『え?』
何やら一人考え込んでいたホリーが、いきなりそんなことを言い始めた。
あたしは知らなかったし、ニナの反応を見るに彼女も知らなかったようだ。
「ちょっとホリー、いきなりその言い方は不躾なんじゃないの?」
あたしが注意するとホリーは我に返り、アンに謝る。
「あ、ごめんなさい。でも一部で有名になってたから覚えてたのよねー。わたしはホリー・アンバー・エリオットよ、よろしくねアン」
「よろしくおねがいしますホリーちゃん。教養科には入試の後に連絡があって、転科を誘われたことはあります。でもわたしは……」
「ごめんアン。ウィンが言った通り不躾だったわ」
何やら考え込むアンに、ホリーが慌てて追加で謝罪した。
ホリーにしては珍しい言動だな。
「ううん。魔法に比べて、それ以外の科目は自信があったの。教養科に誘われたのはそのせいだとおもう。でもわたし、魔法をもっと使えるようになりたかったの」
「そういう事だったんだー……、ちょっと防音にしていいかな?」
みんなの反応を待つ前にホリーはそう言って、【風操作】であたし達の周りを見えない防音壁で囲んだ。
「ねえアン、わたしは実家が男爵でいちおう貴族の末席に居るの。だから王国に誓って、あなたから聞いた話を誰かに言ったりしないわ」
「え? ……うん」
「あなたが教養科に進まなかったのは、誰かがあなたを脅迫したんじゃないかって話もあったみたいなの。それはどう? もし今も脅迫されているなら、わたしが力になるわ」
いきなりホリーは初対面のハズのアンに重い話をぶつけている。
だけど脅迫とかどういうことなんだろうか。
「脅迫? なんで? そんなことはないよ?」
アンはやや呆気に取られたような表情で応えた。
それに対して、ホリーの雰囲気は冗談の類いでは無さそうだった。
「間違いない? 脅されて怖い思いとかして無いのね?」
「ないよ、ホリーちゃん?」
あたしが見る限り、アンは嘘とか誤魔化している感じでは無さそうだった。
だけど脅迫とはどういう話なんだろう。
「ホリー、何だか見当違いの方向に質問を投げてるみたいに見えるけど、そろそろ説明して?」
あたしの言葉にホリーは溜息を一つついて口を開く。
「情報の出元は秘密なんだけど、アンは入試で魔法や実技以外の科目が凄かったらしいのよ」
「秘密言うんやったらそこは聞かへんけど、どの程度すごかったん?」
「教養科の次席かその次くらいの点数になったらしいわ。作文の採点基準が魔法科と教養科で違いがあるから、その分で差があるみたいだけどね」
『え?』
「そ、そうなんだ?」
あたしを含めてみんなは驚き、アン本人も少し驚いているようだ。
「ふむ、それで“脅迫”なのじゃな?」
「ええ。知っての通り教養科の成績上位者は、学院を出ると文官のエリートコースに進むことが約束されるわ。だから『もしかして入学の段階で圧力をかけた奴が居るんじゃないか』なんて話も出たみたいなの」
そう言ってホリーは腕組みをする。
「そんなことは、無かったよ? わたしが、魔法の点数を取れなかったからかもしれないけど」
そう言ってアンは席に座ったまま俯いてしまった。
本人的には魔法の入試結果に納得が行っていないのか。
「アンよ、心配いらないのじゃ。入試の結果はしょせん試験じゃ。焦らず学院で学べば良いし、妾やここにおる者が手を貸すじゃろう」
ニナがそう言ってアンに微笑むが、あたしを含めてみんなうんうんと頷いている。
「ありがとう、ニナちゃん、みんな」
アンは顔を上げて真面目な表情を浮かべた。
ニナの言葉で気合が入ったのかも知れないな。
「そもそもアンの場合、それだけ膨大な内在魔力を活かせていない時点で、入学までの魔法の指導が合っておらんかったと思うのじゃ」
「魔法の指導?」
ニナの言葉にアンは不思議そうに問う。
「うむ。宝の持ち腐れというか、金庫一杯に金貨が詰まっておるのに、扉がほとんど開かん感じなのじゃ」
「わたし、まちがえたのかな? 入試対策で、入門書をがんばって読んだんだけど……」
アンのその言葉を聞いて、あたしを含めてみんなは違和感を感じたとおもう。
最初にその点を確認したのはプリシラだった。
「アンの入試対策の魔法の指導者は、何という名前だったのかを質問します」
「指導者? 本を書いた人の名前かな?」
そう言ってアンは入門書の著者の名前を教えてくれた。
だがそうじゃない。
「それは本の著者ですよね? 学校の授業だと初等科ではノーマ先生たちですけど、そういう先生役は周りに居なかったんですか?」
ジューンが信じられないものを見たような表情でアンに問う。
「え、でも、……うん。【石つぶて】はお母さんから教わったよ? 魔法って、最初は入門書で上手な使い方をおぼえるんじゃないの?」
「アン。あなたの周囲に魔法の教師が居なかったことを意味しますか?」
珍しくプリシラが驚いたような表情をしている気がする。
ニナは腕組みして目を閉じ、何か考え始めたようだ。
「ノーマ先生みたいな先生はいなかったわ。わたしの実家は商家だから、小さい頃から数字は得意だったの――」
アンによれば計算が得意だったのを親が期待し、学院に進学させることにしたそうだ。
だが彼女の父は教養科に進ませたかったらしく、アンが魔法科受験を希望したときに条件を出した。
それは『教材は幾らでも買うので、自力で勉強して受験に挑め』というものだったらしい。
そして彼女は魔法科に合格したそうだ。
ちなみに実技試験の魔法人形は【石つぶて】で壊したという。
「要するに、アンのお父さんの気持ちとアンの夢との戦いだった訳ね」
あたしが告げるとアンは不思議そうな顔をする。
「え、でも、お父さんはやさしいよ? 戦ったことは特にないかな」
いや、そういう意味じゃ無いんだが。
というか、アンの父親の爪の垢を煎じて、うちの母さんに飲ませたい気がしてきた。
まあ、母さんなら魔法とかで無効化してケロッとしてる気もするけど。
「話は分かったのじゃ。次回、ウィンの“ペンダント”を使うとき、アンを連れて行きたいと思うのじゃ。どうじゃろう?」
ニナがみんなに訊くが、あたしを含めて全員が賛成した。
「でもそろそろニナの部屋から溢れるかもねー」
「まあ、まだなんとかなると思うのじゃ」
ホリーとニナがそんなことを言っていた。
その後せっかく集まったので、食堂のテーブルで小一時間、みんなで期末試験対策の勉強会を行った。
サラ イメージ画(aipictors使用)
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