02.人間の本性に注目する
あたしは油断なく視線を送りつつ、ウェスリーに質問する。
「あたしが風紀委員会に所属したころ、『カンニング研』は要注意なサークルで、“試験問題の入手”や“試験中のカンニングの実践”が警戒されていました。これは変わりませんか?」
あたしの問いに、表情を変えずにウェスリーが応える。
「過去の『カンニング研』、つまり『諜報研』の幹部にそういう派閥があった。いまは俺が活動を掌握している」
そこまで言ってから彼は腕組みしてため息をついた。
エプロンはともかく、頭に三角巾をつけて重い表情をすると違和感しかないな。
その原因はあたしの殺気と質問内容な訳だけれど。
「今年度に入って現時点までで、俺たちのリスクにしかならん最上級生たちは証拠付きで学院にタレこんで退場させている。現幹部がそうならないかの注意は必要かもしれん。……もう一つの問いは?」
「今日、あたしの友だちが『カンニング研』の活動に誘われたんです。話を聞く限りでは過去問の分析などの情報収集がメインで、熱心な試験対策の範囲は超えていませんでした。これは事実ですか?」
「事実だ。誰にどういう形で聞いた話かは分からないが、一般の部員には校則を破らせるようなことをさせるつもりは無い」
ここまでウェスリーが語っている内容には、嘘は含まれていないようだ。
その時点であたしは殺気を弱める。
「その時、幹部は何をしているんですか?」
「学院との取り決めがあるので、詳細は部外秘だ。だがそうだな、風紀委員会に伝えるとすれば、生徒の視点からの学院教師の監査だ。最上級生を掃除したときに、俺たちの活動を許容する代わりに仕事を与えられた。そんなところだ」
「分かりました」
あたしは訊きたいことも聞けたので殺気を仕舞った。
「わたくしからもよろしいですか? わたくしとウィンがウェスリー先輩や『諜報研』のお話を今日まで聞くことが無かったのはどういう経緯なんですの?」
「ごめんなさい、それについては私とカール先輩の伝達ミスです。ウェスリーたちの掃除というか代替わりがあったのが収穫祭の休みの期間中で、エリーから上には昨年度までの感覚で伝達したけど、二人には伝え忘れちゃったのよね」
「それは、……そうでしたか。ニッキー先輩にしては珍しいミスですわね」
「ごめんなさいね。それで今日ウィンちゃんからカンニング研のことで相談を受けて、説明していなかったことを思いだしたのよ。どこかで伝えたつもりになってたのね」
そう言ってニッキーは気まずそうな表情を浮かべながら頭を下げた。
『カンニング研』とかは頻繁に話に上る非公認サークルでも無いし、忘れられていたのは仕方が無いかも知れないな。
「大丈夫ですわニッキー先輩。これまで問題は起きていなかったのですし」
「そうですね。あたしも気にしません。ウェスリー先輩を今日紹介してもらったし、大丈夫ですよ」
キャリルとあたしの言葉に、ニッキーはホッとした表情を浮かべた。
「ありがとう二人とも。今後は気を付けるわね」
「俺としてもキャリルやウィンに紹介してくれたのはありがたい。特に『カンニング技術を極める会』としての活動で、横やりというか敵対する可能性も幹部が懸念していたんだ」
確かに事前情報が無くてアンが巻き込まれたのを知ったとかだったら、ひと悶着あった可能性は否定できないか。
「敵対していたらどうしましたか?」
あたしが何気なく訊いたら、ウェスリーは軽く両手を上げてみせた。
「無条件降伏してカール先輩に泣き付いたな。月輪旅団の新星を敵に回すほど命知らずじゃあ無いんだ」
「ウェスリー、月輪旅団って何よ?」
「なんだ、ニッキーは知らないのか? 一言でいえばウィンの武術流派の互助会みたいなものだ。体裁としては傭兵団だが、常設ではない。歴史は長いし、お隣の共和国建国史に出てくる」
「……私がそれを知っちゃって大丈夫なの?」
ニッキーは困った顔を浮かべてウェスリーとあたしを見比べた。
別にそれくらいなら知られて困る話でもない。
「学院内で、手あたり次第吹聴されちゃうと考えちゃうところですけど、少し調べれば分かる話です。別に大丈夫ですよ」
「そう……」
ニッキーはそう言ってため息をつきながら苦笑した。
「それよりウェスリー先輩、本人に断りも入れずに後輩のプロフィールを吹聴するなんて感心しませんが」
そう言ってあたしはじとっとした目でウェスリーを見る。
だが彼は特に気にした様子は無いようだ。
「そうか? ニッキーなら知ってる話かと思ったんだが」
そう言ってウェスリーは悪びれた様子もなく静かに笑っている。
「『諜報研』の活動って、学院生徒のプロフィール集めでもしてるんですか?」
「いや、君の所属に関してはうちの幹部は知ってる話だ。……そうだな、このメンバーなら話しておいてもいいだろう――」
ウェスリーはそう前置きして、彼ら自身のことを説明した。
曰く、『諜報研』の幹部は全員が身内に“庭師”か、そのOBを持つ者で構成されているらしい。
ウェスリーにしても、実家はアロウグロース辺境伯領都の乾物屋だが、父は辺境伯家の“庭師”らしい。
「君らを信用して伝えることだ。他言は無用で頼む」
「分かったわ先輩」
「ウェスリー、あなたの実家や『諜報研』幹部の話は、カール先輩を含めて誰にも他言しないから、説明したくなったら自分で話しなさい」
「ああ」
ニッキーの言葉にウェスリーは頷く。
「アロウグロース辺境伯家ということは、わたくしのお爺様の家ですわね。お父君にはお世話になっております」
「こちらこそ、お館様には大恩を賜っている。微力でもいつか返せればと思っているよ、キャリル様。それでだ――」
彼らが学院にタレこんで放逐した最上級生たちは、そういうバックボーンが無かった。
その結果、諜報技術関連のスキルを覚えて色々とやらかしてしまったらしい。
「今後『諜報研』を存続させるならそういう素地がある人材を集めるか、心構えを教え込もうとは思っている」
ウェスリーは泰然とそう告げたが、エプロンと三角巾で微妙に締まらない感じがしたのは黙っておこうと思った。
その後、現『カンニング技術を極める会』の活動の説明を受けたけれど、活動の元になった戦略の説明もしてくれた。
彼によれば諜報活動は、一般論としてその八割がたが、公開情報の収集と整理をしたうえでの分析らしい。
残りの二割にしても調査対象に関わる人間からの聞き取りとか、行動の観察が主体になるという。
創作物などの影響で、敵拠点などに潜入して秘密の書庫を探すのが諜報だというイメージがあるかも知れない。
だがウェスリーによれば、そこまで秘匿された情報で“庭師”が対処しなければならない状況は普通は無いそうだ。
逆にそういう状況に陥っている場合は、かなり上の立場の人間が戦略的にどこかのタイミングで大きなミスをしているのだという。
「色んな戦略があるかも知れないが、諜報の基本は人間の動きだ。それを忘れなければ大きな失敗は無い。俺はそう教わっている」
「そうなんですね」
あたしはウェスリーに応えつつ、そう言われてみればそうかも知れないなと思う。
「ああ。だからこそ、人間の本性に注目する必要があるのだ。そう、良ければ君らも新しいイールパイを開発してみないか?!」
「「「遠慮します!」」」
右手を握りしめて熱っぽくアピールしたウェスリーの申し出を秒で断って、あたし達はケーキを食べ始めた。
あたし達の様子に彼は少し残念そうだったが互いの紹介も済んだので、「料理研の部活があるから」と言ってトボトボと厨房に戻って行った。
あたしとキャリルとニッキーはケーキとお茶を楽しみつつ、ウェスリー達が追い出したという最上級生の話をした。
その後、寮に戻っていつものように姉さん達と夕食を食べている。
周囲は【風操作】で防音にして、『カンニング研』の話をした。
一応約束なので、ウェスリーや『諜報研』の幹部の話はしていないけれど。
「『カンニング技術を極める会』か。噂だけは聞いたことがあるけど、去年は問題用紙の盗難疑惑とかがあったわね」
ロレッタが以前の『カンニング研』の話をしてくれるけど、好き放題していた連中がいたのは確定なようだ。
「その一方で過去問の分析なんかをしたっていう噂も流れていた気がするわ」
アルラ姉さんもそんなことを言うけど、ロレッタも姉さんも特待生で入学する学力は持っている。
本人たちとしてはカンニングは縁遠い話なんだろうなと思う。
「そういえばウィン。そもそもの発端のアンでしたか? まだわたくし達は紹介されていない気がするのですが」
「あれ? そうだっけ?」
そう言われてみればそうだったような気がしてくるな。
ニナはもともと美術部だしアンと面識があったんだよな。
その関係でニナ以外のいつものメンバーも、アンを知っているように錯覚していたかも知れない。
「ニナが美術部でアンと友達だったから、みんなもアンを知ってるかと思い込んでたわ」
「ウィンにしては珍しい思い込みですわね」
「いやー、そのくらい一緒にいて安心するっていうか、前から友達だったんじゃないかって思える子っていうか。……ごめんね、紹介するわ」
とはいうものの、面識がないだけで会ってるんじゃないかなこの面々は。
「でもキャリルも姉さんもロレッタ様も会ってるわよ。ニナの刈葦流の指導に参加してるわ」
「あら、そうなのね」
「私たちの自己紹介だけじゃ無くて、参加者の名前も訊いておけば良かったわね」
ロレッタとアルラ姉さんが順に告げるけど、あたしが紹介しておけば済んだ話なんだよな。
「でもやっぱり、そのときウィンが紹介してくれれば済んだ気がしますわ」
「……ごめんなさい、キャリルの言う通りです」
そしてそれはマブダチから正確に指摘されたのだった。
キャリル イメージ画(aipictors使用)
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