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01.微妙に変人の雰囲気


 学院の『附属研究所内部演習場』でマクスを相手に行われた模擬戦は、二戦目ではあたし的には多少マシになった。


 学院側から提供された武器や防具に初戦の結果から調整が入った。


 その結果、あたしやカリオがいつも通り動いても、マクスをバラバラに斬り分ける心配が無くなったからだ。


 模擬戦が終わったあたし達は、最初のブリーフィングの机に戻ってきて椅子に座っている。


 先生たちは何やら魔道具を弄り始め、空中に投影するタイプのモニターを眺めながら机上で何かを延々と計算していた。


 ニナもそれに加わっているな。


 あたし達は戦術担当の先生の案内で、休憩ということになっている。


「安全性での心配が無くなったのは良かったけど、普通に戦ったら泥仕合ね」


 あたしがややうんざりした口調で告げるが、マクスを含めて他のみんなの表情はそこまで暗くない。


「結局時間切れになったのは仕方がないが、自分の挙動を確認できる時間になったのはオレ的には歓迎だがな」


「確かにな。マクスをダンジョンの階層ボスに見立てた討伐戦の練習と考えれば、連携確認とかも出来てるしな」


「階層ボスってのはひでえなカリオ。俺様はゴブリンとかオークとかかよ? だがまあ、『無尽狂化』発動状態で、多対一の動き方を試せるのはお得だぜ」


「そうだねえ。ボクの場合は、刃引きした刀を使ったボス戦形式が、新鮮に感じるなあ。気兼ねなく技を使えるのはいいね」


「連携の確認などもいいですが、今後行われるはずの戦術の検討なども実戦の参考になりますわ」


 いちおうみんなが言っていることも分かる。


 ここにいるメンバーは相応に武術の腕があるので、実戦形式の鍛錬はダンジョンに行かなければ実現しづらい。


 それを装備で攻撃力を抑え込んで、安全に配慮して対人戦の訓練が出来るなら、確かに鍛錬になるかも知れない。


「みなさんお疲れさまでした。まずは今回、事故も無く模擬戦を実施できたことに感謝します」


 あたし達がお喋りしているところにマーヴィン先生がやってきて告げた。


 確かにケガ人が出なかったのは良かったけどさ。


「次回以降も同様の体制で模擬戦を実施していくことになりますので、よろしくお願いします。ところで気が付いている方も居るかもしれませんが、皆さんが使用した装備品はディンラント王国の軍事機密なので、他言無用でお願いします」


『はい(ですの)』


 マーヴィン先生の説明を受け、マクスがじとっとした目でカリオを眺めていたが、本人はその視線に気づいていないようだった。


 カリオにはクギを刺しておかないとどこかで情報を漏らしかねないよな。


「それから、これももちろん内緒にして貰いたいのですが、今回の装備を使って模擬戦をした事で、皆さんのステータスが伸びているはずです。詳細はやはり軍事機密ですが、魔力による高負荷トレーニングのようなものと理解してください。宜しいでしょうか?」


『分かりました』


 そこまで喋ってからマーヴィン先生はみんなを見渡す。


 みんなからは特に質問などが上がらなかったので、先生は今後の予定を説明し始める。


「さて次回ですが、期末試験や年末年始の休みを挟む関係で、少し時間が空いてしまいます。現時点では年が明けて来月の第二週の二日目放課後を予定しています。それまで皆さんには体調の管理をお願いします」


『はい(ですの)』


 その後あたし達は装備類を返却し、附属病院の医師の先生から魔法を使った体調や心理面のチェックを受けた後に解散した。


 ちなみにニナは、研究者の先生たちと魔道具越しに模擬戦のデータを色々確認していたようだ。


 彼女はそのまま先生たちと、模擬戦で得られたデータの検討を行うとのことだった。




 附属研究所を出たあたし達だったが、寮に戻るにはまだ早い時間だった。


 そのまま全員で部活棟まで移動し、玄関で別れた。


 さて、今日はどこに顔を出そうかと思っていたのだけれど、お昼にアン達と話したことでニッキーから説明があると言われたことを思いだした。


 『カンニング技術を極める会』、通称『カンニング研』のことだ。


 寮に戻ってから話を聞くつもりだったけれど、せっかく時間が出来たので【風のやまびこ(ウィンドエコー)】で連絡を入れてみることにした。


「ニッキー先輩済みません、いまお話は出来ますか?」


「あらウィンちゃん? 大丈夫よ。ちょうど部活も区切りが良かったし。そろそろ寮に戻るか図書館に行くか考えてたのよ」


「あ、そうなんですね。昼の件で説明があるって話でしたけど、伺っていいですか?」


「そうね。本当はキャリルちゃんにも説明しておきたいんだけど」


 おっと、さっきまで一緒だったのにタイミングが悪かったか。


 キャリルは歴史研究会に顔を出すって言ってたし、連絡は付くと思うんだよな。


「さっきまで一緒だったんですよ。歴史研に行ったはずです」


「そういうことならそうね……。もうこんな時間だし食堂で甘いものを食べちゃうと、夕食が食べられなくなるわよね……」


 そんなの別腹だろ(断言)。


「問題ありません。食堂でお話しましょう」


「そう? なら部活棟の正面玄関に集合で、食堂に行きましょう」


 そこまで決めたあたしの行動は早かった。


 連絡を終えると直ぐにキャリルにも魔法で連絡して状況を説明し、部活棟の玄関に来てもらうことに成功する。


 そしてニッキーとキャリルとあたしとで食堂に移動するが、道すがら今日の昼間にアンに相談されたことを改めて説明した。


 ニッキーはアンについて、「カンニング研に誘われるなんて才能か学力がある子なのかしらね」とか言っていた。




 食堂に移動して配膳台の辺りを三人で通過すると、厨房にはエリーやサラ達がいた。


 カリオの姿は無いけど、どうやら料理研究会と食品研究会が部活で使っているようだ。


 あたし達はサラやエリーたちに手を振りつつ、スイーツを置いてあるコーナーでケーキとハーブティーを取る。


 会計を済ませて適当な席に着くと、ニッキーがトレーをテーブルに置いてから告げる。


「ちょっと待っててくれるかしら。一人、関係者を連れて来るから」


「「関係者?」ですの?」


 ニッキーはそのまま厨房が見える配膳台のあたりに歩いて行き、誰かの方を向いて招くようなしぐさを送っていた。


 すると一人の男子生徒が厨房から現れて、ニッキーと一緒にあたし達の席にまで歩いて来て座った。


 あたしはその男子生徒に見覚えがあったけど、料理研究会の先輩だった。


 制服のズボンと腕まくりしたシャツにエプロンを着け、頭には三角巾を被っていた。


 体格的には中肉中背だけど意外と鍛えている気配がする。


 そこまで考えたところでニッキーが風属性魔力を一瞬走らせ、あたし達の周囲を魔法で防音にした。


「もしかしたら知り合いかも知れないけど、紹介するわね。彼はウェスリーと言って、普段は料理研で活動しているわ。魔法科高等部二年で、私と同学年よ」


「こんにちは君たち。直接話したことは無かったな。俺はウェスリー・フォレスターという」


 あたしとキャリルも挨拶をして名乗る。


 穏やかな口調で、真面目そうな印象を与える表情だ。


「ああ、よろしく。――そうだな、俺を呼びつけたということは、“美味しいシチューの作り方”をレポートで出して再提出になったから、知恵を借りたいというところだろうか?」


「ちがうわよっ! ……ウェスリーがボケるときは学院が平和な時だからいいけれど」


 そう言ってニッキーは溜息をつく。


「ボケるとはひどいな。俺は常に人間の本性に興味があるだけだ。料理研で料理の腕を磨いているのもその一環だ」


「人間の本性、ですか?」


 あたしが思わず訊くと、ウェスリーは穏やかな顔を崩さずに応える。


「そうだ。魔道具が普及していなかった時代ならいざ知らず、きょうびレシピを知っていれば料理に失敗することはまず無い。その前提を崩すような斬新な盛り付けや料理を作ってみせることで、見えてくる本性があるんだ。例えばイールパイの中央から、天を睨むようにウナギの素揚げを生やしてみたりとかだな」


『……』


 ウェスリーの話でニッキーは額に手を当て、あたしとキャリルは首をかしげていた。


「ちなみにそのイールパイは実際に作ってみたんですの?」


「ああ、作った。呆れた表情を浮かべる者や腹を抱えて笑う者の他に、熱心に観察してメモを取るような者もいて、なかなか人間の本性を観察するにはいい料理だった。……だが! 実際にはそれを切り分けて食べるところまで観察することで「ちょっとウェスリー」」


 割と穏やかな感じで微妙に変人の雰囲気を醸し出すウェスリーに、ニッキーからストップが掛かった。


 どうやら彼女がウェスリーを呼び出したのは別の用事があるようだった。


「あなたの料理の哲学に関しては、料理研か食品研の中だけで研究して頂戴。彼女たちは予備風紀委員なのよ。有名だし知ってるでしょ? あなたが部長をしている非公認サークルの話をしたいの」


「なんだ、それを最初に言えニッキー。料理を使った人間の本性の把握というテーマで、斬撃の乙女(スラッシュメイデン)変幻の乙女(メタモルメイデン)をパワーアップさせようとしているのかと思ったぞ」


「ちがうわよっ! ……もう、話が進まないから説明しちゃうけど、彼は『カンニング技術を極める会』の部長なの。そして『カンニング研』にはもう一つの貌があるわ」


「ああ。休日に王都の裏通りの喫茶店で、ニヒルとかダンディズムな感じのお茶会を研究して実践する貌だな」


「ちがうでしょっ?!」


「特に違わないな。むしろ真実だぞ」


 そこまで会話が進んだ(と見せかけて停滞した?)段階で、ニッキーにしては珍しく「ムキー」とか声に出して腹を立て始めたようだ。


 あたしとキャリルは取り敢えず、冷静に手元のケーキを頂きながらそのやり取りを観察していた。


 やがてニッキーは深呼吸してから口を開いた。


「……いわゆる『カンニング研』と呼ばれる非公認サークルはいちおう表の顔で、裏では『諜報技術研究会』、略して『諜報研』として活動してるのよ」


「ああ。風紀委員会のメンバーにはこちらから情報を出すこともあるし、委員会からの要請で情報集めをすることもあるな」


「そうそう」


 ニッキーはウェスリーの言葉にようやくホッとした表情を浮かべて頷いてみせる。


「この間もカールに頼まれて、商業地区で手ごろな値段で食べられる店の情報を渡したしな」


「だーかーらーっ……」


 そう言いつつニッキーは頭を抱えてしまった。


 取り敢えず、ニッキーが説明したいというのはウェスリーに関することだろう。


 『諜報研』は風紀委員会と協力関係にあるようだ。


 ウェスリーは冗談めかしてというか韜晦(とうかい)しながら煙に巻いたように話をしていたけど、彼は割と計算ずくで語っている予感がした。


「おおよそ把握しましたがウェスリー先輩、二つ教えて下さい」


「……何だろう?」


 あたしが軽く殺気を向けながら告げると、ウェスリーは穏やかな表情を崩さずにあたしに応じた。



挿絵(By みてみん)

カリオ イメージ画(aipictors使用)




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