12.血祭に上げたくはない
放課後になってからクラスを出て、実習班のみんなと部活棟までは一緒に行った。
そこからキャリルと学院の附属研究所に行こうとしたら、ニナも付いてきた。
「あれ? ニナは美術部じゃ無いの?」
「うむ。マーヴィン先生から話を聞いておるよ。ウナギランチを食べたときにのう」
そう言われた段階で、あたしは夢の世界で食べたウナギの味を脳内で反芻していた。
「ウナギは美味しかったですわね」
「現実でも行きたいな」
「そのうち行けばいいじゃろう。それより、今日はおぬしらのパーティーとマクスの全体の様子を観察をする予定じゃ」
「そうなのね。分かったわ」
その後附属研究所の玄関であたし達はマクスを含めた他のメンバーと合流した。
待っているあいだカリオとコウが、ニナの参加について本人と話をしていたけど、直ぐに高等部の先生が来てあたし達を案内する。
玄関から附属研究所の旧館の廊下を歩き、下りの階段で地下に向かうと石壁の広い廊下に出る。
そこを歩いて行くと古びた鉄扉に辿り着いた。
扉の脇には『附属研究所内部演習場』と表示があった。
廊下はまだ続いているので、何か別の施設があるのかも知れない。
あたし達は案内されるままに室内に入ると、内部は体育館ほどの広さがある空間になっていた。
床や壁や天井は石造りで、魔法による建築らしく継ぎ目のない構造になっている。
演習場の扉をくぐって直ぐのところには大きな机と椅子が並び、マジックバッグが幾つか置かれていた。
そこには指名依頼の話をした時の顔ぶれで先生たちがいて、マーヴィン先生の顔もあった。
マーヴィン先生は他の先生たちに指示を出したりしていたけど、あたし達の顔を見るとこちらに歩いてきた。
「みなさんこんにちは」
『こんにちは(ですの)(なのじゃ)』
「今日はありがとうございます。実験の方は実施して大丈夫ですか?」
「オレたちは問題無い。敢然たる詩は活動可能だ」
「俺も大丈夫だぜマーヴィン先生」
レノックス様とマクスの言葉に頷くと、先生は告げる。
「分かりました。少し早いですが全員揃っています。情報共有を行ってから始めましょう。空いている席に掛けてください」
全員が椅子に座ったところでマーヴィン先生は説明を始めた。
「みなさんこんにちは。それでは本日より『魔力暴走の汎用的対処法の研究』を始めます。前回の初会合で紹介したので、あの時居なかったメンバーだけ自己紹介をお願いします」
そうしてニナと研究員の先生が二名自己紹介をした。
ニナはそのまま研究者の先生たちに混ざった。
「それでは今日のメニューですが、敢然たる詩の諸君とマイヤーホーファー君には二回模擬戦を行ってもらいます――」
マーヴィン先生が、『魔力暴走の汎用的対処法の研究』についてこの場で説明した内容は以下の通りだ。
・毎回、二度の模擬戦を行う。
・模擬戦では制限時間を三十分とする。
・模擬戦で使う武器は指定のものを使い、腕には指定の手袋をつけるが、これにより相手に与えるダメージが低下する。
・敢然たる詩が使うロングコート型防具とマクスが使うロングコート型防具には細工があり、運動能力に制限が掛かる。
・敢然たる詩が使うロングコート型防具には自動で回復の魔法が掛かる魔道具が組み込まれている。
・戦術については模擬戦のたびに指示が出る。
・模擬戦後は心身のダメージチェックを毎回受ける。
「――以上がまず、基本的な情報になります」
「防具で制限が掛かるってのを、もっと説明した方がいいんじゃねえかな先生?」
マーヴィン先生の説明にマクスが声を上げる。
それに対しては別の先生から補足が入った。
武器にしろ防具にしろ、装備することで王国の光竜騎士団兵士の中央値の戦闘力になるよう調整されているそうだ。
マクスの方はそれを踏まえても、『無尽狂化』の魔力の集中による戦闘力上昇があるのは確認済みらしい。
「本来は近衛騎士が訓練で使うものだな……」
レノックス様がボソっと呟いたが、その言葉に反応する者は居なかった。
あのマクスでさえ空気を読んだのか、一瞬レノックス様の顔を見た後に、視線を逸らして聞かなかったことにしたようだ。
というか、さりげなく近衛騎士団の訓練用魔道具じゃないのかこれ。
それって軍事機密の類いな気がしたが、あたしも聞かなかったことにした。
だが。
「ふーん、中央値ってのが訓練にはいいのかな?」
そう思っていたら、空気を読まないでカリオがレノックス様にそんなことを言った。
「さあな。平均値よりは外れ値に影響を受けないだろうが……、そもそも開発の経緯は知らんしサンプルをどうしたのかもオレは知らん」
「なるほど。魔道具入りの装備品って、作るの難しそうだよな」
「おうカリオ、そういう魔道具の話をしたいんだったら、俺様があとで基本を教えてやるんだぜ。だから今は模擬戦に集中するぜ」
「それもそうだな」
さりげなく(?)マクスが話題の軌道修正を図ったけど、どうやらそれは成功したようだった。
模擬戦が三十分とされたのは、王国での過去の事例を検討した結果らしい。
衛兵に通報されてから駆けつけて戦闘開始し、魔力暴走している者が重体にならず確保できる大体のタイムリミットらしい。
研究者の先生たちが過去の事例を調べて、目標時間を決めたそうだ。
「さて戦術についてだが、一回目はガンガン行こうぜ」
あたし達のパーティーの戦術担当になった先生がそんなことを言う。
続いて具体的な指示が出るかと思ったが、あたし達が視線を向けていても次の言葉が来ない。
「もしかして、それが戦術なのだろうか?」
レノックス様は真意を探ろうと油断なく問う。
「初回の一回目なので戦術以前の問題だな。まずは装備で抑えられた戦闘力で、魔力暴走している相手に挑んでどの辺で無力化できるかを調べたい」
「それは、ボクたちの基準になる戦力を把握するって意味ですか?」
戦術担当の先生にコウが問うと、先生は頷く。
「そういうことだ。実際の連携などで決めておくことがあるなら、今のうちに話をしておくことだ」
そう言って戦術担当の先生は黙り込んでしまった。
なるほど、そう来るか。
今後戦術の検討などをするにせよ、基準になるあたし達の強さを把握しておく必要はあるんだろう。
「要するにまずはフリーハンドで行けってことだろ?」
カリオが身体をほぐしながらそう言うけど、連携とかは考えた方がいい気はする。
「今回はマクスが相手だからねぇ。ダンジョンで魔獣を狩るときのようには行かないかも知れないね」
「そうだな……、今回のマクスの動きは三パターンくらい想定しておくか――」
レノックス様が想定したのは、まず一番引き付け役っぽいキャリルに向かうケースだ。
そして魔法使いっぽいレノックス様に向かうケースと、一番最初に接敵した相手と戦闘を始めるケースを挙げた。
「正直、装備による動きの制限がどの程度のものかが未だ分からん。オレが想像するに、ウィンとカリオ以外はダンジョンでの戦闘を念頭に動いていいだろう」
その言葉にキャリルとコウが頷く。
「あたしとカリオは別ってことかしら?」
「そうかも知れん。おまえ達は身体強化のための魔力操作が独特だ。防具などに仕込まれている機能が上手く働かんかもしれん」
それってつまり、普通に攻撃をしたらマクスを傷つけることになるのか。
「あー、マクスを血祭に上げたくはないな」
「あたしもよ」
レノックス様が気にしたのは月転流と風牙流の魔力操作だろう。
初回の一回目だし、戦術担当の先生の言葉は話半分にして慎重に行ってみるか。
マクスの普段の言動にはムカつくけど、あたしも血祭りにあげたいわけでは無いのだ。
「分かったわ。様子見しながら攻撃に加わることにする」
「俺もウィンと同じだ」
「よし、それじゃあ装備品をもう一度確認したら、模擬戦を始めてもらうぞ」
レノックス様の言葉にあたし達は頷いた。
演習場の中であたし達とマクスは距離を取り、それぞれ模擬戦の開始位置に立った。
「それでは本日一回目の模擬戦を始める。双方用意!」
審判役を務める先生が声を上げる。
研究に参加している他の先生たちやニナも見守る中、あたし達はそれぞれに身体に魔力を纏わせたりして身体強化を発動する。
特徴的なのはマクスで、今回『無尽狂化』のスキルを発動しても雄たけびを上げることは無くなっていた。
それでも魔力暴走に近い理不尽な魔力の集中が、彼を中心に起きている。
「始め!」
先生が叫んだ直後、マクスが大声を上げながら小走りで駆けだした。
「よおし、ぶっとばすぞお」
その両手には武器は無く、素手で戦う積もりの様だった。
マクス本人としては魔力暴走を起こしている人間の役のつもりかも知れないけど、そのセリフは完全に棒読みだ。
そもそも魔力暴走を起こした状態の人間は正気を失っているので、セリフなど無い筈なのだけど、誰もそれは指摘しないみたいだ。
開始直後にあたしとカリオは気配を消したが、あたしは慌てて気配遮断を弱めつつ移動を始めた。
事前にレノックス様が危惧した通り、あたしとカリオに関しては戦闘力の制限がそれ程機能していないみたいな気がした。
普通にいつものように戦えそうな気がしたのだ。
程なく敢然たる詩とマクスはぶつかるけど、マクスが最初の攻撃相手に選んだのはキャリルだった。
マクスはたぶん一足で刻易流の格闘術の間合いに入り込みながら、初手の掌打をキャリルに叩き込もうとした。
だが、身体が思うように動かないのか表情が硬い。
以前見た速さなら間合いに入り込めているタイミングで、キャリルの戦槌の殴打が迫る。
それでもマクスは向かって左側から迫る打撃を、掌打のために伸ばしていた手で受けつつそのまま間合いを詰め、キャリルに肘打ちを繰り出した。
キャリルにしても、雷霆流の刺突技に近い打撃である雷炙にいつもほどのキレが無い。
何やら衝撃を受けたような表情をしている。
それでもマクスの肘打ちを受けながら、そのまま自分で後方に飛んで打撃のエネルギーを少しでも減らした。
キャリルとしては想像よりもダメージが無かったのか、ホッとした表情に変わりながら次撃を繰り出そうと間合いを詰める。
その間にもコウやレノックスが自身の武器を繰り出すものの、いつものキレもなく魔力集中したマクスの手捌きで無造作に対処されていた。
「カリオ! 身体強化をせずに攻撃しなさい! たぶん技が通るわ!」
「マジで?! 了解」
あたしは一度は両手にある短剣でマクスを斬ろうとした。
でも技を繰り出そうとする段階で、自分の中でマクスを軽々と切断できる予感が高まってカリオに叫んだ。
そして結果的に初回の第一戦は、研究の目的であった魔力暴走を起こした者を衛兵が制圧していくものに近くなって行った。
あたしの脳裏には“泥仕合”という単語が過ぎり、そのまま三十分間五対一の試合を行った。
「こりゃ大変な指名依頼かも知れないわね」
模擬戦が終わった段階で、あたしは思わず呟いた。
マクス イメージ画(aipictors使用)
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