10.本質かも知れません
今からおよそ数十年前、あたし達が暮らすこの大陸で魔法の研究者を中心にある議論が活発になったのだそうだ。
テーマは『最強の魔法とは何か』。
その問いを前に、研究者や各国に仕える魔法使いなどは意見をぶつけ合わせた。
「いま考えればアホな問いじゃのう。武術に例えれば、拳や剣や槍、斧や槌、大鎌、カタナ、メイス、細剣、その他数多ある武器の中で、最強の武器は何かと問うようなものじゃ」
「それは、議論が白熱したのではありませんか?」
可笑しそうに語るニナに対して、キャリルが冷静な口調で問う。
キャリルは武門の娘だ。
最強の武器は何かと問われたら、それは騎士や領兵たちの酒席の話題と断じるだろう。
「わたくしでしたら、『最強の武器は何かと問い続ける知恵』と応えますわ」
こういう面ではキャリルはリアリストなんだよな。
今回はあたしも同意見だけど。
「そうじゃの。武術ならキャリルの応えに妾も同意するんじゃが、魔法の場合は厄介なのじゃ。アイディア一つで新魔法を作り出せる場合があるからのう」
確かに魔法はイメージで威力が変わる部分はある。
発動のメカニズムも意志とかイメージがカギだし、“最強の魔法”というイメージで魔法の可能性が広がる可能性はあるのかも知れない。
「その話が、私のお婆様の課題と関係があるかを質問します」
「結論から申せば、関係があるのじゃ――」
“最強の魔法”なるものについては、威力で決まるという意見が最初に出た。
その後、運用とか使い方によるという意見や、練度や習熟度によるという意見、あるいはそれらの条件がすべて組み合わさったものという意見が出た
そこまでニナが説明したところで、アルラ姉さんがニナに訊いた。
「もしかしてその時の答えの一つが、プリシラの課題ということなのね?」
「そうじゃ。この大陸の魔法の研究者などの専門家、そして軍や政治機構などで魔法を使う者たちから、最も反対が少なく、正解に近いとされた答えじゃ。名前を“単一式理論”というのじゃ」
「【水操作】の練度を上げる言うとったけど、それが最強なん?」
サラは半信半疑な顔を浮かべつつ、ニナに問う。
あたしは逆にここまでの話と、“操作”の魔法という点で背中に走るものがあった。
人間がどこまで極められるか分からないけれど、四大属性の操作の魔法を極めたら自然をいじる技術に繋がるかも知れないと、一瞬考えてしまった。
それって神に挑むようなものじゃないのか。
「普通はそう思うじゃろ? そうして魔法を使う者の多くが、派手でカッコいい魔法に目移りするのぢゃ。しかし初心者でも覚えやすい四大属性の操作系魔法は、極めると大変なことになるのじゃ」
「お婆様は私の前で、ディンラント王国国旗を作ってみせて下さいました。大きさは正規のものと同等で、【水操作】で出現させた水の糸で編まれておりました。それでも室内ゆえ大きさが制限されたと聞きました」
「…………」
プリシラの言葉に、ニナが固まってしまった。
「ニナちゃん大丈夫? 顔色が真っ青よ?」
ロレッタがニナに声を掛けるが、直ぐにニナは応じた。
「大丈夫じゃ。……全く、どんな鍛錬を積めばそんな凄まじいことができるんじゃろうのう」
「凄まじい?」
あたしがニナに問うと、ニナはテーブルの上の緑茶を飲みながら応えた。
「恐らくじゃが、プリシラのご祖母様は【水操作】で竜を狩れるじゃろう。しかも消費魔力は普通の【水操作】と変わらぬし、無詠唱などでの発動も速いじゃろう」
『…………』
ニナの言葉にあたし達は黙り込んでしまった。
初心者が初期に覚えるような魔法で竜が狩れると言われて、みんなは色々と考えているのだろう。
ニナの話の流れで、あたし的にはある程度想定していた話だけれど、プリシラのお婆様が実際に鍛えているとは思っていなかった。
「わたくしは直感的には理解できますわ」
ここで最初に口を開いたのはキャリルだ。
「剣でいえば、様々な流派や様々な技がありますが、突き詰めれば“敵を斬る”ということに集約されます。その文脈でいえば“斬るを極める”が、魔法の“単一式理論”の本質かも知れませんわね」
キャリルがそう言って頷いているが、戦闘の勝利条件の話でいえばそれは理解できる気はする。
でも、武術の場合は素振りを極めて竜を倒せるのか、という話が出る気もする。
そうやって考えると、実戦に関連するテクニックは、魔法でも色々とある気がするんだよな。
「ともかく、話は分かったのじゃ。いい機会じゃし、この夢の世界では時間は延ばせるのじゃ。プリシラの課題に、みんなも一緒に取組んでみるのも面白いかも知れんのう」
「はい、質問ー!」
ホリーがそのタイミングで手を挙げた。
「どうしたのじゃホリー?」
「プリシラの課題は【水操作】だけどー、他の四大属性魔法の【火操作】、【土操作】、【風操作】でも、実戦に活かせるようになるの?」
あ、それはあたしも訊いてみたいかも知れない。
さっきの実験の時、ニナがロウソクの火を【風操作】で消せるような話をした。
ホリーの問いで、あたしは【風操作】を使って敵を酸欠にすることも出来るかも知れないとかふと思う。
いや、いきなり殺しちゃマズいだろ。
あたしは反射的に、自分の心にセルフツッコミを入れておいた。
「発想次第じゃから、“活かせる”と言えるのじゃ。ただ妾としては火魔法の【火操作】はおすすめしたくないのじゃ」
「どうして? 威力がありそうじゃない?」
ホリーがニナの言葉に食い下がる。
それに対してニナが苦笑する。
「威力が出過ぎて加減が難しすぎると思うのじゃ。練習のたびに火事を起こすようになっても知らぬのじゃ」
「そっかー」
ニナの答えを受けてホリーが何やら考え始めた。
確かに練習のしやすさは考えておいた方がいいかも知れないな。
現実の世界でも練習したいときに練習できる方がいいし。
「【水操作】なら水の針やクギや剣や斧を作っても戦えるじゃろうし、圧縮した水の塊をぶつけても良いのじゃ。【土操作】でも似たことが出来るじゃろう」
その辺りはカンタンに思いつくかな。
現実の世界での練習を考えたら、【水操作】の後片付けが一番ラクかも知れない。
「操作に失敗して水とか土とかが床に広がったときは、水やったら【洗浄】でキレイに出来そうやんな」
「そうですね。土がバラまかれたら、場合によっては【洗浄】では対象にならない可能性もありますか」
サラとジューンがそんなことを言っている。
だがあたし的には、もっと片付けフリーな魔法があるのを忘れてはいない。
ラクこそ正義なのだ。
「【風操作】だと、空気の塊を作って飛ばす感じかしら?」
「そうじゃのう。風魔法は“切断”に関しては【風の刃】があるし、【風操作】の使い方は空気の使い方の話になるのじゃ。空気の塊を飛ばすというのは加減もしやすいし、攻撃方法としてはシンプルで良いかも知れんのう」
「え、そんでも飛ばすの空気やんな? それってダメージになるん?」
サラが問うのも理解できる。
でも、イメージしやすい説明をあたしは思いついた。
「でもサラ、吹き矢ってあるじゃない?」
「あー、ストローに毒針を仕込む武器やったっけ? 小説かなんかで読んだことはあるけど……」
「吹き矢を飛ばしてるパワーをそのまま叩きつけられたら、ダメージになるんじゃないかしら?」
「うーん……、それはウチはうまくイメージできひんわ」
「あたしにしても、そうじゃないかなとしか言えないわ。それはそれとして、【風操作】だと、現実で練習したときに片付けとかがラクそうじゃない?」
「「「さすがウィン」ですわ」」
キャリルとロレッタとアルラ姉さんが、少し呆れたような色を含んでそう言った。
あたし達は結局ニナと相談しながら、四大属性魔法の操作系魔法の練習と、授業でやっている無詠唱技術の練習を行った。
もちろんその前に、寮内をうろついている闇属性魔力の塊はみんなで潰したけど。
練習場所は寮の屋上を使った。
あたしは【風操作】を選んだけれど、キャリルとジューンが【土操作】を選び、他のみんなは【水操作】を選んだ。
ちなみにニナも【水操作】を練習してみるという。
無詠唱についてはニナからみんなに教えてもらう形になった。
前回こちらに来た時に言っていた、「無詠唱の【収納】の訓練」は結局ダメだったらしい。
ニナが魔法の教科担当のノーマ先生に確認したら、いきなり【収納】などの生活魔法オンリーで無詠唱の訓練を行うと変なクセがつくらしい。
その結果、属性魔法の無詠唱が覚えられないそうだ。
ちなみにニナは無詠唱が出来るので、ふだんの学院の魔法の授業では完全に別メニューを行っている。
“魔法構造の可視化技術”という奴で、極めればどんな魔法もいちど見ただけで習得できるようになるという技術だ。
ニナにしてもなかなか難物なトレーニングらしいけれど。
ともあれ、そうしてあたし達は三十分魔法のトレーニングをして、その後ティーブレイクまたは夜食タイムを入れるというサイクルで合宿みたいなことを行った。
何回目の休憩時間の時か、相対時間で五時間ほど経ったとニナが言ったとき、あたしを含めてみんなはここが改めて現実ではないことを実感した。
五時間経っても眠気も来ないし、集中力が切れないのだ。
これはあたしにとってはスゴいことだと感じられ、真面目にあたしはアシマーヴィア様に感謝した。
もしトレーニングの結果を現実に持ち越せたら凄いことだけど、実際に現実に戻るまではまだ分からないか。
やがてニナが【時間計測】でそろそろ九時間くらい経つと言ったので、あたし達はトレーニングを切り上げた。
そのタイミングであたしは強いめまいを覚え、気づいたらニナの部屋に居た。
今回もやっぱり時間は経っていなかった。
みんなに「おやすみ」と言って自室に戻り、夢の世界でのトレーニング結果を試した。
取りあえず【風操作】による空気の圧縮を行う。
すると夢の世界で出来ていた、柔らかいゴムボールな感触の空気の玉を手の平の上に再現できたので、あたしは小躍りした。
だがすぐに宿題も日課のトレーニングも全く終わっていないことを思い出す。
あたしはしばらくベッドに腰かけて、抜け殻のようにボケボケっとした後にコーヒーを淹れ、それを飲んだ後に執念で宿題と日課のトレーニングを片づけた。
やはり現実は厳しいのである。
ジューン イメージ画(aipictors使用)
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