08.当事者が認識した情報
ニナによる精霊魔法の特別講義と刈葦流の鍛錬も終わり、あたしは寮に戻った。
その後夕食を姉さん達と食べてから、事前に約束した時間にニナの部屋に向かった。
あたしがアシマーヴィア様からもらった『闇神の狩庭』というペンダントで、今日も実験をしないかとニナに誘われたのだ。
何でも“恐ろしくも魅力的なこと”に気が付いてしまったのだという。
反射的にあたしはその単語で、とあるマッドエンジニアな先生を想起してしまった。
ただ、ニナに関してはそういう面では自制心などはある気がする。
いちおうヤバかったらツッコミを入れようと思いつつ、あたしは彼女の部屋の扉をノックする。
直ぐに扉が開くが、前回のメンバーも集まってきているようだ。
参加者は前回同様あたしを含めた実習班のメンバーに、アルラ姉さんとロレッタと、プリシラとホリーを加えた顔ぶれだ。
全員が揃うとあたしは『闇神の狩庭』を【収納】から取り出し、ニナに闇属性魔力を込めてもらってから、魔道具を使用して夢の世界に入った。
「強いめまいを感じるのがヤな感じね」
「確かにのう。しかし、そのめまいもあるいは、妾の考えておることに繋がっておるやも知れんのじゃ」
「ふーん?」
「そんなら、まずは前と同じように食堂に行こか?」
『はーい(ですの)(なのじゃ)』
サラの声にみんなで返事してニナの部屋を出る。
その後廊下を移動するが、周囲の気配を探っても前回同様に人間の気配が消えている。
加えて、闇属性魔力の塊も寮の中をウロついているようだ。
今回もあれはみんなで潰して回るんだろうななどと思いつつ、食堂に到着する。
あたし達が適当な席に着くと、ニナは参加メンバーを見回して口を開いた。
「さて、まずはちょっとした理科の実験じゃ」
そう言って彼女は虚空から燭台に乗ったロウソクを取り出した。
それを食堂のテーブルの上に置くと、無詠唱で【火操作】でも使ったのか、ロウソクに火が点いた。
「ロウソクの火は落ち着くのう」
「私たちが生まれたころには、王国には照明の魔道具が普及していました。燭台は教会などでしか見かけないですね」
「それはジューンの家が都会にあったからじゃないかしら? あたしの地元だと、いまでも普通に燭台を使うか、生活魔法の【照明】ね」
「魔道具の普及には、地域格差はあるかも知れないわね」
あたしの言葉にアルラ姉さんが頷いていた。
「魔道具の普及の話は興味深いのじゃが、今は少々別のことを試させてもらうのじゃ」
ニナがそう言った瞬間、彼女から風属性魔力が走った。
たぶん風魔法で何かをしたんだろう。
「ふむ……。やはりそうかのう。一つ目の実験はとりあえず予想通りじゃ」
「いま使用したのは風魔法と推察します。ニナは何を実施しましたかと確認します」
プリシラも風属性魔力を察知したか。
「んー、火が点いたロウソクを使うて風魔法を使うたんやろ? 素直に考えたら、火ぃを消そ思ったんとちゃうんかな?」
「まぁ、サラが正解なんじゃが、問題は消し方じゃ。いま妾が使ったのは【風操作】じゃが、ロウソクの先端部分の空気の動きを固定したのじゃ」
『空気?』
「うむ。王国でも共和国でも鉱山の仕事や、未踏ダンジョンの深部を調査する者は、空気が淀むと火が消えるようになることを知っておるのじゃ。それを再現したのじゃ」
なるほど、風魔法でロウソクの先端部分に見えない覆いを被せたようなものか。
酸欠になればロウソクの火は消えるだろう。
だがその予想に反してロウソクの火は燃えている。
「ともあれ、本来は消えるはずの火が燃えておるので、一つ目の実験は終了じゃ」
まさかとは思うけど、夢の世界というだけあって物理現象がそのまま効かないのだろうか。
でもいまあたし達は普通に食堂まで歩いて来れたので、重力は存在する気がする。
その辺りの理屈について、ニナは何か思いついたのだろうか。
ニナは火のついたロウソクを、燭台ごと掴んでから虚空に仕舞った。
「さて、もう一つ実験をすればある程度たしかな事を言えるはずじゃ。……と、その前にウィン、キャリル、不躾で済まぬが昼の出来事の経緯を教えてはくれまいかのう。せっかくじゃから、みんなでお茶菓子を出して、ティーブレイクをしながら聞かせてくれぬか?」
突然のニナからの申し出に、あたしは反射的にキャリルの方を見た。
だがキャリルは動じることもなくあたしに頷いてみせる。
あたしはプリシラにも視線を送るが、彼女もあたしに頷いた。
「分かったわ。ここなら確かに部外者に盗み聞きされることも無いでしょう。あたしから簡単に説明するけれどいいかしら?」
そう言って今度はロレッタとアルラ姉さんとホリーに視線を送るが、みんな頷いてくれた。
「じゃあ……、ティーブレイクって言ったし、お茶菓子と飲み物を出してみましょうか」
『はーい(ですの)(なのじゃ)』
その後みんなは焼き菓子とかケーキを、虚空からどんどん取り出しテーブルに並べる。
あたしも以前、料理研や食品研の人たちと一緒に、食堂のオバちゃんに作ってもらったミルクブリューコーヒーを出す。
気が付けばみんな容赦なく甘いものを出し続け、テーブルの上はお菓子と飲み物で溢れた。
「少々多く用意しすぎたような気がすると感じます」
「でも足りないよりはいいんじゃないかしら。ここは夢の世界って話だし、気にしなくてもいいと思うわよ」
プリシラとホリーがそんなことを話しているが、みんなもホリーの意見に賛成のようだった。
「それじゃあ、順番に説明するわね――」
あたしが説明した内容は、敢然たる詩の打合せで話した範囲にとどめた。
あたしがキャリルの家の晩餐会を手伝い、プリシラが呼び出されたのをエントランスホールに送り、そこで交戦して傭兵団から護ったという話だ。
「――ということで、傭兵団の身柄はティルグレース伯爵閣下の判断で王城に引き渡されたってところまでは聞いているわ」
「そこから新聞報道に至る話はわたくしから説明しますわ――」
ラルフ様とキュロスカーメン侯爵があたし達の二つ名を決め、記事の詳細を伯爵家の者が監修して王都の主要紙で報道した。
あたし達は匿名にしたけれど、内容そのものは事実に即して報じることにした。
報道については王国貴族のあいだでは匿名性は、ほぼあって無いようなものになっていて、あたしとキャリルとプリシラの名は貴族に流布している。
「――ですが今のところ、王国貴族にはわたくし達のことは好意的に受け止められているようです」
「となると、昼の食堂での騒動は、学院内で妙な噂を立てられぬように先手を打ったということかのう」
「ま、たしかに武術研の部長さんも筋肉競争部の部長さんも、そう言ってはったやんな。正味、ウチ的には微妙な気ぃもするんやけど……」
キャリルの説明を受けて、ニナとサラが順に感想を漏らす。
「そんでもあの人らが表に出とって、ウィンちゃんとプリシラちゃんとキャリルちゃんを護る言うんやったら、学院内で妙なことを言うアホは減るかも知れんね」
スティーブンが自分で言ってたけど、“理不尽に対抗する理不尽”らしいからなぁ。
いや、スティーブンは、ドルフ部長に言いくるめられただけな気も何となくするけれど。
そこまで話している間にもテーブルの上に並んだ菓子類は消費され、それなりの量があったハズなのにほとんど無くなっていた。
それぞれ夕食も取っているはずなので、カロリー消費としては凄いことになっている気もする。
それでも不思議とお腹に溜まっている感じがしないのは、どういうことなんだろうとふと考えた。
「まずは新聞報道についての部分は様子見という状況かしらね」
ロレッタがその場を締めるように告げたが、みんなもその言葉に頷いていた。
「それで、ウィンたちの話はひとまずこれで説明されたとして、ニナちゃんの実験の続きはどうしましょうか?」
アルラ姉さんがそう言ってニナに視線を向ける。
するとニナは不敵に微笑み、口を開いた。
「じつは二つ目の実験については、すでに結果が出ておるのじゃ」
「どういうことなん?」
「ヒントはこのテーブルの上に示されておる」
その言葉であたし達は改めて食堂のテーブルを見やるが、そこには大量に消費された菓子類や飲み物の器が並んでいる。
「このティーブレイクがカギってことかしら?」
あたしが問うと、ニナはまじめな表情を浮かべて一つ頷く。
「そうじゃ。みんなはこれだけの菓子を食べたのに、お腹の負担はどうじゃろうのう?」
「ん? そう言われれば夕食もいつも通り食べた後にしては、甘いものを全力で食べたのにお腹に溜まっていないわねー?」
ホリーが反射的にそんなことを言うが、みんなも同じように不思議そうな表情を浮かべていた。
ティーブレイク前にはプリシラが冷静にツッコミを入れるくらいの量はテーブルにあったはずだ。
実際に口に入れたけれど、キチンと味はしたし美味しく感じた。
ほとんど消費されてもまだま余裕で食べられそうな感じがするけど、これはどういうことなんだろうか。
そう思ってあたしはニナに訊いてみる。
「……ニナ、一つ目の実験は本来は火が消せるはずなのに消えなかったのよね?」
「そうじゃのう。きちんと事前に現実で火が消せるのは確かめたうえで、同じように行ったのじゃ」
「二つ目の実験は、何を確かめたの?」
「ティーブレイクでのお菓子を出すことで、その風味を味わえたことと、お腹に溜まらないことを確かめたのじゃ」
「どういうことなん?」
サラに問われたニナは一瞬考えた後、その問いに応える。
「この夢の世界は『闇神の狩庭』の機能で用意されておる。その性質について妾は考えておったのじゃ。具体的には、現実の世界と違って何が出来て何が出来ないのかということじゃ」
そこまで聞いてあたしが反射的に考えたのは、この夢の世界がある種のシミュレーターのようなものということだ。
「妾が考えるに、ここでは最初に当事者が認識した情報で、身の回りの出来事が定まるという事じゃ――」
ニナの説明によれば、ロウソクの火は燃えるということで状況が定まり、その火を囲むように空気の動きを固定するということで状況が定まった。
ティーブレイクのお菓子は、味を楽しむためのものということで状況が定まった。
「じゃからロウソクの火は消えなかったし、みんなはお菓子の味を楽しんでもお腹は膨れなかったのじゃ」
そう言ってニナは再度手の中に燭台に乗ったロウソクを取り出し、無詠唱で火を灯す。
「今度は、直接火を消すように魔法を使うのじゃ」
次の瞬間ニナから風属性魔力が走り、ロウソクの火は息を吹きかけたような風であっさりと消えた。
「こまかいルールは調べる必要はあるじゃろうが、恐らくそういう理解でズレておらんと妾は思うのじゃ」
ニナの説明にみんなは考え込む。
ここは現実では起こせないことを実現できる環境だし、それは前回の時点であたしを含めてみんな理解している。
そのルールを把握しておくことは無駄では無いだろう。
だが。
「それでニナ。ルールが分かったとして、そのことがあなたが言っていた“恐ろしくも魅力的なこと”に関係するの?」
「うむ。この夢の世界で闇魔法を使うことによって、滞在時間を飛躍的に延ばせるかもしれないのじゃ」
「延ばせるって……。具体的にはどの位?」
「前回ここに来た後に検討をし、妾は色々と細かい計算をしたのじゃ。その結果、現実世界では時間はほぼ経過していない状態で、一週間以上はここに滞在できるハズなのじゃ」
そう言ってニナは妖しく笑った。
アシマーヴィア イメージ画(aipictors使用)
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